20.対魔族会議①
ブリトン王国王城ウォーリック。ここに各国の代表が集っていた。
先日判明した第四魔災の魔元帥への対処を話し合うためである。
――対魔族会議。
人類は度重なる魔族との抗争を経て、魔族には一致結束してあたるという条約を結んだ。
それを話し合う会議である。
緊急の議題ということで、各国の王族、使者がワープしてやってきたのである。
「第四魔災のナンバー2とその部下、それ以外の魔族の生き残りが約1000体。そして魔法生物と死霊系モンスターが約10万」
確認のために述べているのは、スコットヤード王国現国王ジョージ三世。
息子のヴィンゼントも同席している。
「これは人類の一大事。規模だけなら魔王発生時と遜色ありません」
ブリトン国王リチャード二世が重々しく語る。
このブリトリア大陸は世界最大の大陸。この大陸の他にはいくつかの大きな島と、群島くらいしかない。
いわゆるパンゲア型である。
人間の大半もこの大陸に住んでいる。
その大陸の北方にスコットヤード王国。
西方にアイランド王国。
中央にブリトン王国がある。
この3つが世界の3大国と称されている。
東方は山岳地帯であり、10を超える小国が乱立していた。
また、龍族が支配している地域もある。
南方はある程度まではアイランドやブリトン、東方諸国の領土であるが。
南端の近くに住む人はほとんどいない。
いつ出てくるかわからない魔族におびえながら定住するという人がいないからだ。
各国から人材を派遣して、監視用の砦が作られている。
それを相手にする商人などがいるといった程度である。
「数だけならそのとおりだ。だが、大半は魔族ではない。さらに言えば魔王がいない」
「並の魔王より強いフメレスがいます!」
「そう。1年前に魔王マルコックを倒した勇者が、散々にやられて逃げ帰ってきたとか」
ジョージ三世はユーフィリアを見て嘲笑する。
ユーフィリアは勇者であるため、この会議に参加していた。
4年前の魔王を倒した先輩も隣にいる。
フィオナ・スペンサー19歳。4年前に魔王ラメレプトを倒した勇者。
ピンク色の髪を腰の辺りまで伸ばしている。パープルの大きな瞳は鋭く、険しい表情でスコットヤード王を見つめている。
胸と尻は大きいが、スラっとした体型で、さながらモデルのようでもあった。
魔王退治後は冒険者とカンタブリッジ学園の非常勤講師という肩書きで過ごしている。
暗黒神殿に来ないというのは言うまでもないが、魔王退治後はあまり活動的ではなくなっていた。
ゆえにアシュタールも彼女をチェックすることはほとんどない。
「挑発に乗ってはだめよ」
フィオナがユーフィリアに自制を促した。ユーフィリアは頷く。
「我々は古の条約、マグナ・カルタに基づき、共同戦線を張るべきである。そう思いませんか?」
リチャード二世は議場をぐるりと見渡す。賛否は半々、と言ったところである。
フメレスがいたケンジアンのダンジョンはブリトン王国の南東。
東方諸国側であり、その近くにある小国の王は積極的に賛同していた。
「しかしですなあ……マグナ・カルタ大憲章にははっきりとこう書かれています。『魔王発生時には人類は一致結束してこれに当たる』と」
「! それはっ」
「つまり今回は当てはまらないということです」
「ブリトン王国だけで対応しろと申すか!」
「いやいや……。そもそもそんな焦らずともよろしいのではないかと。400年引きこもっていたのだ。すぐに動く可能性は少なかろう」
ジョージ三世の言葉にユーフィリアが反論する。
「奴は言いました。ダンジョン暮らしもちょうど飽きていた。これもいい機会だと」
「それはつまり、あなたが藪をつついて蛇を出してしまったということではないかな?」
「くっ」
それを言われるとユーフィリアには言葉がない。
ジョージ三世はユーフィリアが黙ったのを確認すると、立ち上がって大仰なしぐさで演説を始める。
「確かに魔元帥フメレスは厄介。しかし第四魔災を思い出そう。人類は魔族に100年の支配を受けた。それを打ち破った勇者たち。7英雄――セブンスターズ。彼らはどうやってあの強大な魔族を倒したのか。そう。伝説の秘宝によってです。神剣クラウ・ソラス。神槍グングニル。神剣リディル。そういったものが人類にもたらされ、打ち勝ったのです」
そしてジョージ三世はちらりとユーフィリアを見る。
「そういえば、ユーフィリア殿下は今日はリディルをお持ちでないようですな」
「あれは王家の所有物です。常に持ち歩いているわけではありません」
「ほうほう。それが本当ならば結構。まあ、まさかフメレスに奪われたなどということはないでしょうなぁ~?」
わざとらしく芝居がかって問う。
ユーフィリアは衝撃で顔をこわばらせた。
それはブリトン王国でもごく一部のものしか知らないこと。
その中にスコットヤードに情報を流すものがいるということを示していた。
「それ……は……」
ユーフィリアは言葉が詰まる。
「清廉かつ実直と世に評判のユーフィリア殿下が、この会議の場でまさか嘘をつくはずはないでしょうな」
ジョージ3世に念を押されると、ユーフィリアは唇をかみ締め、答えた。
「奪われ……まし……た」
その言葉で会議場はざわめく。
「神剣を魔元帥に奪われただと!?」
「これは大問題ですぞ!」
最強の魔王をうちやぶりし剣を、今度は敵が持っているのだ。脅威度はさらに増した。
それまで静観を保っていた国々がユーフィリアを非難する。
「お待ちください!」
立ち上がり、そのざわめきを押さえたのはスコットヤード王国第一王子、ヴィンゼントであった。
「ヴィンゼント、ここはお前が口を挟むところではない」
父親であるジョージ三世が息子をたしなめる。
「いいえ、言わせていただきます。神剣は魔族に対して効果が絶大な剣です。魔族が使ったところでそこまで脅威になるとは限らない。むしろ使いこなすことすらできないかもしれない」
ヴィンゼントが皆を見渡す。
「それに、奪われたら奪い返せばいいだけです。ただそれだけのこと」
言いたいことだけを言ってヴィンゼントは着席した。
「皆様失礼した」
ジョージ三世が軽く頭を下げた。
「ユーフィリアは私の婚約者になる女性。黙ってなんていられない」
「おお、そうでした。いい加減返事を聞かせてもらいたいものですな」
ジョージ三世は頭をペシッと叩く小芝居をする。
「その話はこのような場でするようなことではないでしょう」
リチャード二世が怒気を含んで答える。
「そうですな。話し合いも終わったところでしたので、ついね」
「何も終わってはいない。魔元帥への対処は何も決まっていないではないか!」
「そう、何もする必要がないというのが結論ですよ」
「馬鹿な! 奴らが行動を開始したらどうする気だ」
「そのときはまた話し合うことにいたしましょう。先ほどの話の結論もそのときに、ね」
それは援軍がほしければ婚約しろと、暗に言っていた。
「もちろん貴国が単独で先制攻撃を仕掛けるのは自由だ。戦費が必要ならいくらでも用意しよう」
ジョージ三世はそう付け加えて会議を締めくくった。
各国の使者が次々と退席する中、ユーフィリアは座ったまま拳を握り締めていた。




