14.初めてのダンジョン②
「怪しいのはここね」
ユーフィリアが地下1階にある、部屋で入り組んだ先にあるスペースに着目する。
「ああ、まずはそこに行ってみよう」
俺は頷いて移動した。
その部屋の四方を手分けしてチェックする。
しかし入り口にあたるものは見つからなかった。
「本当にただのデッドスペースかしら?」
ユーフィリアが顎に手を当てて考えている。
俺は邪眼を駆使し、何かおかしなところがないかを隅々まで探した。
しかしそんなものはなかった。
「いっそ壁をぶち壊しちまう? ここだけならいけるっしょ」
ジェミーが乱暴な手法の提案をする。
頭を使うことを放棄しているので、皆が考えている時間は暇なのだ。
「それでもいいかもしれませんね。そんな斧で壊せるなら」
ティライザはジェミーをからかう。
「オーケー。やってやろうじゃねえか。斧ってのは破壊力抜群なんだよ!」
ジェミーは挑発に乗った。ジェミーは集中し、気合をためる。
人気が体の周りに充満していく。
「うおりゃああああああ!」
ジェミーは全力で斧を振り下ろした。
斧が壁にぶつかると、ガキン! という音とともに、ジェミーの斧は刃が欠けてしまった。
「ええええええええ」
ジェミーが情けない声を上げる。
腕もしびれてちょっと痛そうにしていた。
「先史時代の強化壁を甘く見てましたね」
金属自体の強度もジェミーの斧より高い。
強化魔法もティライザより古代の魔道師のほうが遥かに強いのだろう。
当然の結果だった。
『はぁ~』
ジェミーとティライザは同時にため息をついた。
斧を修理するのはティライザの仕事。でも自分で煽ったんだから自業自得じゃんね。
「これどうしましょうか?」
アイリスが困った顔をする。
「ユーフィリアの神剣なら壊せるんじゃないか」
俺はユーフィリアを見る。
ユーフィリアは勇者である。彼女は勇者にふさわしい武器――神剣を持っている。神剣リディル。
が、よく見たら今日もってきているのは違う剣であった。
「ああ、今日は持ってきてないの。というかあれは王家のもので、勝手に持ち出しできないのよねえ」
魔王討伐。もしくは魔王より遥かに恐ろしい邪神がいるはずだった暗黒神殿。
それらに行くときは借りることができたが、さすがに普通のダンジョン探索には持ち出せなかったようだ。
壁に隣接する部屋にスイッチなどがないか隈なく調べたがダメ。
八方塞であった。
1回隠したらよっぽどのことがない限りあける気がない。開けるときは壁を壊す。
そういう覚悟で隠したという可能性もある。
俺なら当然余裕で壊せる。
でもさすがにどうやった? って思われるわけで。
それは最後の手段。
「うーんどうしましょうかねえ」
ユーフィリアも頭を悩ませている。
隣接していない部屋に隠しスイッチがある可能性もあるが、それはもうしらみつぶしに探すのと同じになる。
ん……隣接?
「あ、まだもう一つあったか」
そうつぶやくと俺は駆け出した。
「ちょっと、どこに行くのよ!」
ユーフィリアが慌てて追いかけてくる。他の3人も続く。
俺が向った先は地下2階の一室。先ほどのデッドスペースの真下にある部屋。
俺は来る途中で見つけていた大きめの脚立を立て、その上に乗る。
そして天井を調べる。
「あった!」
「えっ! なにが?」
ユーフィリアはワクワクしながら尋ねた。
「つなぎ目がある。ここは何らかの方法で開けることができる」
それは人間の目ではわからないくらいのかすかな痕跡。
人が余裕で入れるくらいの大きさの四角い跡。
ユーフィリアの目にはそのつなぎ目は見えなかったようだ。
その部屋に何か開ける方法がないかと調べるが、何もない。
「また迷宮入りか……」
俺は落胆する。
「でも一歩は進んでるのよ、諦めちゃだめ!」
ユーフィリアが励ます。
あの天井から入るのが正しいルートなのは間違いない。
みんなは何か手がかりはないかと他の部屋を探しに行った。
俺はもういちと天井を調べる。
もうめんどくせえ。壊そう。
そう思いながらもまだ実行できず、イライラして軽く天井を殴った。
そうしたらあっさりと天井の四角い部分は浮かんではずれ、そのまま天井の裏に180度回転して倒れた。
あれ?
ああそうか。つなぎ目があるってことはこれは蓋なんだわ。
どんなに頑丈に強化されてようが、扉を蹴れば動く。固定しているわけじゃないからな。
最後は簡単なことだった。
余計なことを考えすぎていたのだ。
俺が4人を大声で呼ぶ。
「おっしゃあ」
「やったぁ」
「おお~」
「すごい……」
4人はやってくると、4者4様の反応を見せる。
ユーフィリアが興奮して、我先にと上っていった。
ユーフィリアは下がスカートである。当然パンツ丸見えであった。
まあ俺は性欲ないから気にも留めてないけど。
「はっ!」
俺が視線を感じて振り向くと、ティライザがジト目でこちらを見ていた。
だが口に出しては何も言わない。
ただ自分のローブの裾を押さえていただけだ。
その目が「ヘンタイは先に上れ」と言っていた。
そのデッドスペースには金銀財宝があった。
「おおおおおおおお!」
興奮で打ち震えているのはユーフィリアである。
俺はそれを物珍しげに見ていた。
「こんなユフィを見るのは意外ですか?」
ティライザはいつものように冷静であった。
「まあ、一応3大国の1つ、ブリトンの王女様でしょ。財宝でそこまで感激するのかっては思う」
俺が正直な感想を告げると、ティライザの顔が少し翳る。
喜んでる3人に気付かれないように下の階に降り、ティライザは話しを切り出した。
「ブリトン王国の財政状況はご存知ですか?」
「ああ、財政赤字がやばいんだったか」
ブリトン王国の地は半世紀前、第六魔災で国土をすべて魔族に奪われた。
当時そこにあった国も当然滅亡。
ブリトン王国はその後にできた国である。
そのスタートは順調であったとは言いがたい。
国は滅亡したが、多くの人は北に逃げて無事だった。
ただし町は徹底的に破壊された。
それを再建するには大量の資金が必要である。
当時そんな大金を用意できる国など、世界に一つしかなかった。
世界で唯一魔災の被害がほとんどない国――スコットヤード王国。
「そういうわけで、この国はスコットヤード王国には資金面で頭が上がらないわけです」
「でも半世紀前の話だろ。今もそんなに借金が残ってるのか?」
「当時の借金はないですけど、その後もどんどん借りてますから」
国を復興させるには必要なコスト。
ただ、ブリトン王国の国土は温暖な気候で農業に適している。
質素堅実な国家運営をしていれば借金まみれにはなっていなかったろう。
「何しろ魔王に備えて軍備は怠れないですからね。あと、魔王戦争の戦費も莫大。それが近年2回」
1年前に魔王戦争があって、その魔王マルコックをユーフィリアが討ち取った。
マルコックの前の魔王ラメレプトを討ち取ったのは4年前。
短いスパンで2回も大戦争があると、財政は当然逼迫する。
「んーでもそれは国家財政の話だし、ユーフィリアがそんな気にすることか?」
「多少は気にするかなって程度でしょうね。でも今はユーフィリア個人の問題にもなってるんです」
「個人?」
「金を借りているスコットヤード王国から、婚約を要求されてますからね」
「あー」
あったな。俺も絡まれた。
スコットヤード王国の第一王子、ヴィンゼント・エヴァートン。
あいつの余裕のある態度は、その背景があるからか。
「本人は断固拒否してますけど、どこまで断れるやら」
「なぜ俺にそんな話を?」
俺はふと気になってたずねた。
「まあ部員ですから、多少の事情は知っておいてもらおうかと。私にはどうにもできない問題ですので」
「俺にだってどうにもできないが」
俺のその言葉に、ティライザはその大きなダークブラウンの瞳で見つめてくる。
「本当に?」
俺はその眼を見続けることはできず、目をそらした。
落ち着いてきたところで、配分の話になる。
「えっと、均等配分でいいかな? いつもそうしてるんだけど……」
ユーフィリアはちょっと弱気で、上目がちに聞いてくる。
「うん? いつもそれならいいんじゃない」
俺は即答した。
「これはほとんどアシュタール一人で見つけたようなものだから、それは悪いかなーって思って」
「というか最初に話をしておくべきだったな。こんな大当たりするとは思ってなかったから」
ジェミーが場を和ませようと笑う。
「というか俺は財宝には興味がないから、なしでもかまわないよ」
「それはさすがに……」
ユーフィリアがやんわりと断る。
そこまでされると気まずすぎる。
今後一緒に活動していきにくいのだろう。
「じゃあ今回は均等配分ということで。でもまあ、そこまで気にしなくていいんだぜ。俺には俺の目的があるんだから」
俺の言葉に、ユーフィリアは思い出したように声に出す。
「目的? ああ、女性が苦手なのを克服するのだっけ」
「その名目でいろんな女性を口説いていってるんですね。このスケコマシ」
ティライザが囃し立てる。
俺は軽くスルーした。
「でも、それだけなら別にダンジョン部である必要はないですよね」
アイリスも腑に落ちないようだ。
「ダンジョンはダンジョンで興味があったんだよ。今日は非常にいい体験ができた。俺はそれで十分さ。俺はお金では買えないものを得たんだよ」
そう、今回の件でいくつかのビジョンが見えた。
具体的に色々考えてみようと思う。
今日は財宝を運搬して、探検を終えた。
残りは明日に攻略することとなった。




