13.初めてのダンジョン①
ブリトン王国王都ローダンから南東へ300キロメートルほど行ったところに、今回の目的地はあった。
ケンジアンという名のダンジョン。
移動は当然ながらワープ。
土日を使って攻略する。
ちょっとした合宿のようなものだ。
「で、そのダンジョンは未攻略なのか?」
俺は4人に尋ねた。
今回は全員参加。ユーフィリア。ティライザ。アイリス。ジェミーである。
ちょっとゆっくり喋っていはいるが、これで問題なく喋れるようになってきている。
せっかくの初挑戦。
他人が攻略して何もない、敵もいない中を観光するだけで終わってはつまらない。
「この時代、未攻略ダンジョンがそう簡単にあると思うなよ」
ジェミーが簡単に言うなとたしなめる。
「しかしまあ。このダンジョンはその可能性ありと見ています」
ティライザが語る。
このダンジョンは地下2階構造で、最初に向った冒険者によって、結局何もなかったとギルドに報告された。
それ以降、たまに物好きが再度訪れることもあったが何もなかったとも。
「でもちょっとおかしいんですよね」
まずこのダンジョンは発見が最近のことである。
なぜ見つからなかったかというと、かなり巧妙にカモフラージュされていたからだ。
そういったケースはないわけでもない。
こういう場合、高度な知能を持った生物が住処としている可能性が高い。
ヴァンパイア、ドラゴンなどもそれに当たるが、一番厄介なのは魔族。
魔族、魔王との戦争は多々あった。
人類は勝利しても、魔族全員を討ち取っているわけではない。
生き残った魔族は人を避けて、隠れて暮らしている。
滅多に人が来ないダンジョンはそれにうってつけというわけだ。
しかし初攻略時、知的生命体は見つからなかったそうだ。
このダンジョンが怪しい点がもう一つ。
放置されたダンジョンは結構な確率で、再度住み着くものが出る。
知能の低い獣人種、つまりゴブリン、オークと言ったものから、野生の魔獣まで様々だ。
「ここはそういったことが起きてません」
「つまり、冒険者じゃない誰かが掃除している」
「はい。やはり知的生命体がいて、我々がまだ見つけていないエリアがあるということです」
ティライザは話し終えると、のどを潤すために水筒に口をつける。
「でも、その場合探査能力の高いクラスの人がいたほうがよくね?」
今の話を総合すると、今回の探索は隠し扉、隠し部屋、隠し通路といったものを探すのがメイン。
俺たちは5人パーティー。勇者、戦士、司祭、賢者、邪神である。
しかし今回必要なのは盗賊だ。
「盗賊さんは各国の密偵になることが多いですね。冒険者にいても町での依頼で引っ張りだこ。ダンジョンなんかにきてくれるわけがないです」
アイリスがお手上げといったポーズをとる。
「お前盗賊の心得は?」
ジェミーが尋ねてくる。
「あるわけないだろ」
俺は魔法戦士という設定にしてある。
本日はその辺の武器屋で100ポンドで売っていた銅のつるぎを携えている。
まあ邪神族にクラスという概念はないのだが、武器も魔法も使える中で無難なのがそれであった。
ダンジョンの中は当然真っ暗であった。
「灯り」
各自魔法を唱える。魔法には誰でも覚えられる基礎魔法というのがある。
これはその一つ。
ただしそんな魔法すら覚えようともしない戦士が一人いるので、ティライザに寄り添っていた。
中は薄汚れて入るが、むき出しの土壁などではなく、きちんと建設された立派な施設であった。
ダンジョンというのは大まかに言えば2つに分類される。
何者かが直接掘っただけの洞窟と、複雑な手を加えられてるものだ。
前者は大型の魔物、地龍とかが掘った。
人間が採掘のために掘った鉱山とかもある。
後者は先史時代、あるいは神話時代といわれるものの遺物。
この世界は有史以来1000年ほどが経っている。
当然有史以前もあるのだが、有史以前は原始的な生活をしていました、というわけではない。
数千年前。神話の時代。神々が実在したと言われる時代があったのだ。
世界は神の庇護の元、繁栄していた。
その時代にこういったものは多数作られた。
ただし、神々同士での戦争が起こると、ありとあらゆるものが完膚なきまでに破壊された。
よって地上部分にそういった遺跡はない。
残っているのは地下施設のみ、というわけだ。
神話時代は前世の世界よりも発展していた。
そう思わせる見事な施設。
もっとも、科学技術では元の世界のほうがかもしれない。
こちらが発展したのは魔法を利用した技術――魔科学。
その技術が建築にも生かされ、数千年経った今もなお、老朽化する気配もなくそこにあった。
俺はダンジョンの壁をコンコンと叩く。
材質は前世にあったような合金みたいなもの。
それが魔法で強化されている。
この世界の人にとっては未知の金属だろう。
「しかし先史時代の遺跡ってよくわからないですよね。この壁もなにでできているんだか」
アイリスがのんびりとした声で言う。
「賢者としては色々と調べたいですけど、無理なんですよね」
そもそもクッソ固すぎて人間には壊すことすら大変だろう。
そして神話時代の魔法で強化された壁は、壊れるときはそれまでの蓄積されたダメージを放出するかのように粉々に砕け散る。
元の材質が何だったのかわからないくらい変質するので、再加工も調査も困難だった。
「じゃあとりあえず手分けして隠し部屋か階段を探しましょうか」
ユーフィリアがそう言うと、各自壁をひたすらコンコンと叩き始める。
「ボケッと見てねえでおめーもやれよ」
シェリーが俺を叱る。
「いj、お前ヴぁなnひゃってば……(訳:いや、お前らなにやってんだ)」
俺はちょっと動揺して微妙に噛んでしまった。だが大体は伝わったようだ。
「壁は奥が空洞かつまってるかで音が違うんですよ」
アイリスが実際にやって見せる。
「わかりますか? これが奥に何かがある音。たぶん柱があるんでしょう。そしてこっちが空洞がある音。少し高い音がしますね」
アイリスがしたり顔で解説した。
空洞があるところは隠し扉があるかもしれない、ということだ。
「アイリスが解説するって珍しいな」
「これはアイリスにも簡単に理解できることですからね」
パーティーの解説担当の賢者様も楽ができて満足気である。
「もしかしてこのダンジョンすべてそれで調べていく気か?」
地下2階構造でそれなりに広い。
いったいいつ終わるのか、俺には想像もつかない。
しかもその手法、隠し部屋があっても見落とす確率高くないかな。
「はい。手分けしてやればなんとかなりますよ。ここは魔物もいませんからね」
「一つ確認するが、このダンジョンの地図ってある?」
「ダンジョンの地図なんて作る物好きはいません」
「わかった。俺は俺のやり方でやらせてもらうぞ」
俺はそう言ってダンジョンの奥に向かった。
「勝手な奴」というつぶやきがジェミーから聞こえたが、無視した。
俺は1時間ほどかけてダンジョンの全エリアを見て回った。部屋の中もすべてだ。
そして紙とマジックペンを取り出し、その情報を書き込んでいく。
1階に戻るとちょうど皆が集合して何やら話し合っていた。
「みんなどうしたんだ?」
俺が問うと、ユーフィリアは難しそうな顔をする。
「これ結構大変だなーって話し合ってたのよ」
壁の中が空洞になってるところなんて至るとこにある。
空洞を見つけた所全部、隠し扉がないかを調べていくのは時間の無駄。
探すのは空洞の向こうが見つけられないところ。
どこからも行けない謎のスペース。
普通の建築物ならデッドスペースといわれるところだ。
「壁の向こう側の確認が大変でね……。ぐるっと迂回した先の通路から入った部屋だったりで、もうチンプンカンプン」
「そりゃそうだわな」
俺が当然の感想を述べると、ティライザが不満げに言う。
「でも他に方法はないでしょう。簡単に隠し部屋、通路を見つける方法があるって言うんですか?」
「ああ。もう見つかったよ」
「はあ!?」
俺の言葉で皆が一斉に驚く。
「何言ってんだよ。お前は適当に歩き回ってただけじゃねえか」
ジェミーの言葉に応じて、俺は2枚の紙を取り出す。
「これを見ろ」
「え、これってこのダンジョンの地図?」
ユーフィリアが目を見開いている。
「ああ、地図を作れば怪しい空間など一目でわかる」
もちろんそれは10箇所を超えている。しかし、あからさまに怪しい場所が3つほどあった。
「1時間ちょっとでこんな精密な地図を作れるんですか?」
ティルイザがこちらをじっと見つめてくる。
「ああ、俺ならな。1回歩けばマップというべきものが頭の中に入ってくるんでね」
空間把握能力とでも言うべきもの。
1回歩けば道を理解する奴はこの能力が高い。
逆によく道に迷う奴は空間把握能力がヤバイ。
普段通勤、通学している道を地図で見て、「え、こういう風になってんだ」って驚くくらいだ。
もっとも俺の能力は人間とは次元が違う。
コンピュータグラフィクスのように、正確なダンジョンの3Dの断面図が俺の脳裏にはある。
ただそれを紙に書いただけだ。
「すごい……これならもう隠し部屋なんてわかったも同然じゃない」
ユーフィリアが賞賛の声を上げた。
「私は逆ですね……未だに王都で道に迷います」
アイリスの気持ちは俺にはわからないでもない。俺も前世では道で迷うほうだった。
でもこの体になったら1回歩くと地形が完璧に頭に入るようになったのだ。
邪神にとっては、こんなのはステータスに表示するまでもない能力の一つである。
「こんな便利な特技があるなら、もう補欠からレギュラーですね」
ティライザの提案によって、俺は短期間で補欠の肩書きが取れたのであった。




