11.冒険者ギルド③
冒険者ギルドに入ると、今日もオーレッタが受付をしていた。
昨日の影響がないかをチェックするため、陰に隠れて遠めから様子を窺った。
うーん……なんかボーっとしてるな。
「今日のオーレッタさんなんか変じゃないか?」
「昨日の話聞いてないのか? そりゃまあショックだろうよ」
「ああそうか、さすがにちょっとな」
「俺はむしろそんな姿が見たかったぜ」
相変わらず昼から酒を飲んでいる、冒険者の雑談が聞こえてくる。
変態が一名いるが、仕方がないね。
人間は性欲に踊らされる生き物だし。
俺が受付に向うと、オーレッタは飛び上がって驚いた。
「あ、あなたは!」
「ええと……呼ばれたので……来たのですが」
俺が用件を尋ねると、オーレッタはなにやら挙動不審になった。
別室で話をすることになり、オーレッタは代わりのものを呼んで受付を変わってもらう。
それほど広くない部屋で、二人きりである。
二人とも椅子に座り、俺は話をするのを待った。
しかしオーレッタはやはりボーっとしていて、「やっぱりそうだ」などと意味不明のことをつぶやいている。
「あのー?」
「あ、はい! 申し訳ございません」
我に返ったオーレッタの話によると、俺の冒険者登録そのものは済んでいる。
ただこのままだとFランクスタートになるそうだ。
ランクが低いと依頼が受けれないものも多い。
依頼するほうも腕のいい人にお願いしたがるわけで。
失敗されると困る依頼。切羽詰った依頼とかは当然冒険者ランクが低いものには受けれない。
一応話は聞いたが、俺にはどうでもいい話だった。
俺はそういった依頼をこなす予定はない。
俺の目的はあくまでダンジョン。
ダンジョンはFランクだろうが好きに行っていいそうだ。死んだら自己責任ということ。
だから別にFランクで困らない。
説明が終わったところで、俺は立ち上がる。
さっさと帰るつもりだった。
「あ、お待ちください」
しかしオーレッタに引き止められる。俺は再度着席した。
「まだ……なにか?」
俺が怪訝そうに問うと、彼女はもじもじして恥ずかしそうにしている。
「昨日の件なのですが……」
昨日の件。彼女にとっては忘れたい過去。
さすがに切り出しにくいのだろう。
何を言われようが、俺は白を切るだけだ。
「あれはあなたのせいですよね?」
俺はいきなり核心を付かれ、思わず立ち上がりかけた。
「ヴぇ、ghもどfおrぁ(訳:な、何のことかな)」
アカン動揺が言葉に出る。
いや、言葉が出ないというべきか?
「この体が証拠です!」
彼女は俺に抱きついてきた。体は火照り、汗でびっしょり。
ハァハァという艶かしい息遣い。
レディーススーツのスカートがめくれ、黒いスケスケの大人のショーツが見える。
ストッキングで覆われた細いきれいな足が俺の足に絡んできた。
これは以前経験があった。
どうやら俺の邪気は人間の体を活性化させ、興奮状態にする効果が付与されることがあるようだな。
しかも俺が近くにいると、その効果が高まる。
これは間違いなく体が証拠になるわ。
他人がそれで納得するかはちょっとわからないが。
「誰かに言うつもりはありません。でもこんな体にした責任を取ってください」
前回は指輪のせいだったので、はずせば元通り。
しかし今回は?
俺はそもそも最近まで人間に会ったことがなかった。1000年生きてようがなかったのだ。
なのでこういったケースの対処法もわからない。
いやまあ興奮してるなら、発散すればとりあえず大人しくなる。
そのかわり俺が大人になる。大人の男に。
といいたいところだが、ここまでされても俺の男の子は反応してない。
でもこのままにするのもかわいそうなので、体の火照りを覚ましてあげることにした。
俺はワープの魔法を使い、瞬時に暗黒神殿の自室に移動した。もちろんベッドのそばに。
オーレッタは少し驚いたが、冒険者ギルドの受付という仕事柄、すぐに理解する。
そのまま二人でベッドに倒れこんだ。
「あ、そこは……だめです!」
どうやらここがいいようだ。俺はそこを重点的にマッサージする。
「あっ、あっ、あっ……ああ!」
俺は手を下のほうにも伸ばす。
「あっ、ああっ! ああああ!!」
ベッドの上でオーレッタの喘ぎ声だけがしばらく響き続けた。
彼女は服をはだけさせて、あられもない姿でベッドの上で荒い息をしている。
邪気によって発情した体は、どうやら俺に触られることで容易に上り詰めるようだ。
肩と腰を揉んだだけでこの通りである。
「アシュタール様……」
彼女はまだ絶頂の余韻が冷めやらず、起き上がることができないようだ。
「オーレッタ。悪いけど君を100%信用することはできない」
ゆえに、彼女に呪いをかけさせてもらう。俺の秘密に関することを話せば死に至る術。
言われて困ることは昨日の冒険者ギルドの騒動の原因が俺であること。
あとはここの情報かな。
自室を見ただけだから、これだけでは何も問題がないとは思うが。
「そんな術があるのですね」
オーレッタは立ち上がり、術がかかるのを待った。
邪属性魔法。邪術。人類には未知の魔法。オーレッタが知らないのは当然である。
「呪い」
俺はオーレッタに手をかざし、魔法を唱える。
魔法陣がオーレッタの足元にでき、術が発動した。
「特になんともないのですね」
自分の体を調べながらオーレッタは感想を述べる。
「そりゃ調べてわかるようじゃ困る」
俺は苦笑した。
「あなたは俺のことを話さないのであれば、これまでどおりの生活ができる」
妙な事態にはなったが、彼女をどうこうしようとかは思っていない。
オーレッタが望めば冒険者と受付嬢の関係に戻ることになる。
発作が起きたらその都度対処すればいい。
まあ俺の邪気を浴びなければそんな風にはならないと思いたい。
「そんなことおっしゃらないでください。もう私はあなた抜きでは生きていけません」
しかしオーレッタは俺とともに行きたいと言った。
「いいのか?」
「はい、覚悟はできてます。あなた様のお役に立ちます」
「ならば、一つ頼みたいことがある」
「はい。何なりともうしつけくださいませ」
俺は一つの用件を頼んで、冒険者ギルドにワープして戻った。
俺はギルドに戻ったあと、とある人気のない一室で人が来るのを待っていた。
足音がこちらに向ってくる。間違いなくこいつだ。
「あれ? なんでおめえがここにいるんだよ!」
ガチャリとドアを開けたのはバーナンド。当てが外れて怒っている。
「悪いがここは貸切だ。クソガキはさっさと帰って寝な」
「ここで何があるんです?」
俺は何も知らないふりをして尋ねる。
「ガキにはわからない大人の世界の話さ。オーレッタとな。わかったら早く帰れ」
バーナンドはやや興奮していた。
女性に人気のない部屋へと呼び出される。
それが意味するところを想像して。
俺は失笑するのをこらえていた。
「おかしいな。もう約束の時間は過ぎてるんだが……」
バーナンドは怪訝そうな顔をする。
「彼女は来ませんよ」
俺はもういいかとネタばらしをはじめた。
「ああ? なぜお前がそれを知ってる?」
「俺が彼女にそうするように頼んだからです」
「はあ? オーレッタがなぜそんな協力をする?」
そりゃ俺の家来になったからだ。
それを知らないバーナンドはただ困惑するだけだった。
「いや、それより俺に用ってなんだ」
バーナンドの問いに俺は答えない。ただ「クックック」と笑う。
「ふざけやがって! ぶち殺してやる!」
「それはこちらのセリフだ!」
俺は怒気を含んで言い返す。
最初に喧嘩を吹っかけてきたのはあちらなのだから。
「いいだろう、一流の冒険者の力を見せてやるよ!」
女性に呼び出されたのだが、バーナンドは剣を携えていた。
冒険者の端くれということだろう。
俺は少し感心した。
もっともどんな武器を持ってようが結末に変わりはない。
「うらあああああ」
バーナンドは剣を振り下ろした。
俺はズボンに手を入れたまま動かない。
剣が俺にあたる直前――ガキンッという音がして剣をはじいた。
「なんだ!? 結界か?」
俺の防御結界。物理攻撃、魔法攻撃、ブレス攻撃、ありとあらゆる攻撃を防ぐ万能結界。
発動はほんの一瞬だった。バーナンド程度では発動したことすら見えないのだろう。
バーナンドはその後幾度となく剣を繰り出すが、すべてがはじかれる。
そしてその剣はとうとう折れた。
「馬鹿な! こんなのありえるわけねえ。てめえ何もんだ!」
バーナンドが叫ぶ。
彼はようやく気付いた。強者の気配など一切見せない、平凡に見える少年が只者ではないことを。
答えは――邪神。
魔王がラスボスだとしたら、ラスボスの向こう側にいる存在。通称裏ボス。
魔王をはるかに超えた力を持ち、魔王軍を遥かに上回る戦力――邪神軍を束ねる存在。
だが、その答えは言えない。答えることは許されていない。
――だが、死体には答えてもかまわない。
俺はそれまで0に抑えていた邪気を開放する。
「あああああああああああ!」
バーナンドはその邪気を感じると絶叫した。
それは恐怖ゆえか、恐怖に抗おうとしたゆえか。
だが、どちらにしても同じ。
「この感覚……昨日のはてめえが!」
バーナンドはもはや立っていることすらかなわない。
尻餅をついて後ずさりをしている。
「なんだこの気配。魔王じゃない。魔王なんかの比じゃない」
こいつは魔王を見たことがあるのか。
思ったよりは腕はあったのかもしれない。
「俺は魔王の遥か向こう側にいる存在――邪神」
「邪神……?」
邪神に知名度はない。ゆえに邪神といわれてもバーナンドにはピンと来ない。
「いずれ人類は知るだろう。我らの存在を。真の恐怖を。だがそれはお前には関係のない話」
それは死刑宣告である。それを察知したバーナンドは命乞いを始める。
「ひぃ! ゆ、ゆるしてください……」
「お前の昨日の態度が許されると思うか? この世界最強の存在。この邪神に対してのだ!」
俺は昨日の怒りを思い出し、魔法を放つ。
「ぎゃあああああああああああ」
腕が、足が吹き飛ぶ。
「いくら叫んでもいいぞ。この部屋は防音結界を張っているからな」
「嫌だ! 死にたくない!」
俺はさらに体を破壊していく。
「ゆるひて……ゆるひてください」
もはや手足もなく、からだがズタボロになったバーナンド。
まだなんとか生きていたが、うわごとのようにそうつぶやくだけだった。
「ふん、もう反応が薄くなったか」
壊れたおもちゃに興味はない。
昨日受けた仕打ちと、その怒りを考えれば満足には程遠い。
しかし柔な人間の体が俺の攻撃に耐え切れるわけがなく、これ以上は不毛であった。
「邪炎」
俺はバーナンドを燃やし尽くした。
ひとかけらも残さず、すべてと塵へと変えた。




