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100.覚悟

 俺は先日を思い出しつつ、目の前の騒動を見ていた。

 ここまでは想定の範囲内。

 あとは一押しすれば、人々はブリジット教団になだれ込むはずである。


 もっとも、彼らに金があるならすぐこちらに来ているわけで。

 それができないからあそこで文句を言っている。

 彼らを呼び込むには、違約金はブリジット教団持ちするといったサービスは必要になるだろう。

 

「うあぁ。すごいことになってんなあっちは」


 ジェミーが休憩がてらに外に出てきたのだろう。

 ジェミーは魔法が使えないので、あくまで雑用をしていただけで元気である。


「アンガス教団は完全にキャパシティを超えているみたいね」


 ユーフィリアも遅れてやってくる。

 そして眉をひそめた。


「何か問題が?」

「大有りよ。アンガス教団が混乱してるのはいいとしても、あそこにいるのもブリトンの国民なの」

「しかし、あの数に押し寄せてこられるとこちらも厳しいですよ?」


 ティライザが服をパタパタとさせている。

 魔法を使って汗をかいたのだろう。


「だから困ってるのよ。どうしたものかしらね」


 最後にアイリスが遅れてやってくる。

 見た感じ一番消耗しているようだ。


「なっ。あれは……」


 アイリスは向こうの騒動を見て、ショックで動きが止まる。


「なぜこのようなことに……」

「アンガス教団の処理能力を超えたんだ。軽くぶっちぎってな。人を増やしすぎたツケだ」


 アイリスは俺の説明を眉をひそめて聞き、群集のほうに向かおうとする。


「このままにはしておけません」


 しかし俺はそれを止めた。


「彼らは待ってればブリジット教団に来る。あるいはあそこにいって勧誘すれば来る奴は多いだろう。ブリジット教団ならまだ余裕があるから治療できると」


 これで勝負はアイリスの勝ち。病気も治る。

 完璧な解決策である。


「しかし……」


 アイリスは悩んでいる。


「何を悩む必要があるんだ? 信者を増やすのがアイリスの望みなんじゃないのか」

「私の望み……」

「いや、神の御意思って奴なのかな。そうなんだろう?」


 俺の言葉にはっとして考え込むアイリス。

 その後、頷くと目に力がこもった。


「そうか……。そうですよね」


 アイリスはつぶやくとそのままアンガス教団の方向に歩いていく。


「おいおい」


 俺たちはあとからついていく。

 アンガス教団に近づくと、俺たちを見つけたニコラスは露骨に顔をゆがめた。


「なにしにきたでふ。笑いものにでもしにきたでふか。それとも、これが好機とばかりに引き抜きに来ましたか」

「そのようなことを考えている場合ではないでしょう!」


 アイリスの強い語調にニコラスがうろたえる。


「なっ」

「重症患者を集めてください」

「治すにはハイ・リフレシュが必要でふよ」

「わかっています、私になら使えます」


 アイリスの言葉にニコラスは目を丸くする。


「そんなことをふるメリットがあなたに……」

「はやくしなさい!」

「はいぃ。ふぐ集めるでふ」


 ニコラスの号令のもと、担架に乗せられてきた重症患者は数十名。


「この数は無理ね……」


 ハイ・リフレシュを使えるのはアイリスとティライザだけで、ユーフィリアは使うことができない。

 この状況で役に立たないことに、ユーフィリアは悔しさから唇を噛みしめた。


「やれるだけのことはしましょう」


 ティライザがハイ・リフレシュを唱えて治療していく。

 しかしすでにかなりの魔法を使っていたティライザは、10名にも届かないうちに魔力が切れた。

 アイリスも同様に魔力切れを起こす。


「じゅ、十分たふかったでふ」

「そうです、ありがとうございました」


 人々も、他の教団に鞍替えした人でも分け隔てなく癒すその姿に感動した。

 すでに騒ごうとするものもいなくなっていた。


「いえ、まだです。まだ重症患者はいます」

「明日またきてもらえばいいでふ」

「明日までもたない可能性もあります」

「しかしどうやって……」


 アイリスは精神を集中させる。

 そして次の患者に近づいていく。


「ちょっと、それは……」


 ユーフィリアが意図に気付き、止めようとする。

 俺はその手を掴んだ。


「ハイ・リフレシュ」


 アイリスが魔法を唱えると、その患者の熱が下がり、呼吸が落ち着いていく。


「え、どうやって?」


 群衆から疑問が出る。

 アイリスを見ていた群衆がハッと驚く。


 アイリスは口から血を流していた。

「そう、魔力が切れても魔法を使う方法はある。生命力を犠牲にすれば――」


 命を削って魔法を使っているのだ。


「そ、そこまでしなくても!」


 止めようとする者も出るが、アイリスはかまわず治療を続けた。


「人々を癒すのが司祭の本懐です」

「そ、そうやってイメージをあげるつもりなんでふ。そうなんだろう?」


 ニコラスは思わず叫ぶ。

 自分には全く理解できない行動をしたアイリスに恐れ(おのの)いた。


「信者を増やすことは教団の重要な仕事。しかし傷ついた人を癒すのはすべてに勝る優先事項。神の御意思です」


 ニコラスは惚けたようにアイリスを見る。


「仕方ありませんね……」


 ティライザも覚悟を決めて治療を続けた。

 アイリスは最後の一人を治療し終えると同時に崩れ落ちた。

 意識を失ったのである。

 俺は彼女を抱えた。


「は、早く治療を!」


 魔法に詳しくないものがそう叫ぶが、俺は首を振った。


「魔法を使うために生命を削った部分というのは魔法では回復しない。自然治癒に任せるしかない。しばらく時間がかかる。ただ、止血だけしてやってくれ」


 アイリスは体中から血を流していた。

 ユーフィリアがアイリスを受け取り、慌てて走っていく。


「だ、大丈夫なんですか?」

「優秀な冒険者は普通の人間とは桁違いに生命力も高い。命に別状はない」


 俺の言葉に皆がホッとする。

 ティライザもジェミーに支えられながらふらふらとブリジット教団本部へと歩いていった。


「こ、こんなはずじゃなかったでふ。僕が悪いんではないでふー」


 ニコラスは錯乱して教団施設の奥に走っていった。


「ダリップとかいったな。ここではあとどのくらいの患者を見れるんだ?」

「ええと、軽い症状であれば100人程度。リフレシュが必要な患者は20~30人ほどです」


 ダリップが少し考えて答える。


「ならばそれ以外はブリジット教団に行くといい」

「我々は信者外の高額の治療費など到底払えません」


 そんな声が聞こえてくる。


「なんとかする」


 俺は迷いなく断言する。

 「一体どうやって」そんなつぶやきも聞こえてくる。


「信じるならついてくるといい」

「その方は先日のローダン大騒動を収めたアシュタール殿だぞ。彼の言うことに間違いなんてない」


 群衆から一際大きな声が聞こえてきた。

 聞き覚えがあるような気もするが、まあいいとしよう。


「そ、そんなひとの言うことなら信じてみるか」


 一人、また一人と移動を開始した。

 俺がブリジット教団本部の入り口に着くと、すでに一人の人物が待っていた。

 ブリジット教団最高司祭。

 アズライラその人であった。


「話は聞いています。彼らを受け入れましょう。まあなんとかなるはず」


 アズライラの顔にも疲労の色が濃くでていた。


「いいのですか?」


 それなりの金額はつまなければならないだろうと思っていたのだが。


「明日以降のことは確約できませんけどね。アイリスがあそこまでしたのです。我らもそれに応えねばなりますまい。我が神もそれをお望みです」


 俺はそれに頷くと、地下神殿に向った。

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