10.冒険者ギルド②
翌日登校すると、ユーフィリアらがなにやら話し込んでいる。
「おはよう」
俺が話しかけると、4人はこちらを不審な目で見つめてくる。
なんだ? なんかあったのか?
「昨日、冒険者ギルドで騒ぎがあったって聞いたんだけど……」
ユーフィリアの声は冷たい。
この学園と冒険者ギルドのつながりは深いのだろう。
まさか昨日の出来事が1日で学園に広まってるとは。
「ふぉ、fげdなmや(訳:そ、それが何か?)」
動揺したのだろうか、落ち着いて話すことに失敗した。
「たまたま。たまたまだと思うんだけどさー。そういえば昨日冒険者ギルドに行ったはずの奴がいたなってね」
ジェミーがこちらを疑惑の表情で見ている。
「ぎゅmmでwg4むfったmヴぃdgど、ばdhろbたmkぉlがま」わい(訳:ちょっと騒ぎが起きたけど、何がおきたのかはわからないよ)」
俺の謎言語をユーフィリアが通訳する。
「詳しい話は知りませんが、受付のオーレッタさんがひどい辱めを受けたとか」
ティライザはジト目で俺を見ている。
確かにあれは見てはいけない光景だった。
美人だったのでなおさらだ。
「またお嫁にいけない人を増やしたんですね」
「また……?」
ティルイザの言葉にアイリスは不思議そうな顔をした。
ユーフィリアは頬を押さえて恥ずかしそうにしている。
何を言われようが、白を切るしかない。そもそも俺がやったということなどわかるわけもなし。
「gまくぁh、ごmrまjmしgrっほ(訳:いやだから、俺は何も知らないって)」
「おめえの仕業だろー!」
ジェミーが俺の首を締め上げる。
「今なんて言ったか分かったんですかね?」
アイリスが小首をかしげる。
「どうせ何言ってるか分からない。なら何を言おうがこういう行動に出ると決めてたんでしょう」
ティライザが解説した。
選択肢がいくつか出たけど、どれ選んでも同じ答えが返ってくるといった感じだろうか。
理不尽な話である。
何をいわれようが白を切っているうちにチャイムが鳴る。
担任の教師が教室に向っている足音を――
ん、これ違うな。足音を聞き、俺はこの人物が別人であることを察知する。
俺はこの足音、そしてこの気配を知っていた。
俺は驚いた顔をしながら席に着く。
教室の扉が開く。俺の驚きが伝播したかのように、教室もざわついた。
「だれだあれ?」
そんな声が聞こえる。教室に現れたのは一人の若い男性。
20代半ばで、すらっとした長身。黒髪で真紅の瞳。その甘いマスクにクラスの女子が歓声を上げた。
ビシッとしたスーツを着込み、直立して一礼をする。
「はじめまして。エウリアスと申します。副担任として着任する予定だったのですが、担任の先生が急用でしばらく来れなくなりました。当面は担任ということになります。これからよろしくお願いします」
エウリアスはさわやかな笑顔で挨拶をした。
俺は机に突っ伏していた。
爺や何やってんだよ。
彼は俺のお目付け役。邪神軍の実質ナンバー2。
それがなんで学校で教師を始めるのか。
いや、邪神がなんで学生になってんだっていわれても返す言葉もないわけだが。
積極的な学生が様々な質問攻勢を仕掛ける。
出身。赴任した経緯。好きな食べ物。好きな女性のタイプ。
後半の質問は主に女子によるものだ。
それらの質問を爺やはそつなく答えていく。
爺やには女が苦手という弱点はないからな。
ホームルームが終わっても、積極的な女子などが爺やに群がって質問攻めにあっていた。
ティライザはそれを無表情で見つめていた。
元から男に興味がないので、イケメンだろうがどうでもいいということだ。
一方ジェミーは頬杖をついて、「ケッ」っとつぶやいている。
「イケメンが嫌いでしたか」
ティライザがジェミーに尋ねる。
「胡散臭さが増すね。こんな時期に着任だけならともかく、担任がこれなくなっていきなり担任とかどうなってんだ」
それは俺も不思議に思う。いったいどうやってこの学園に潜り込んだのか。
ジェミーは爺やを不審に思っているようだ。
「ジェミーは疑り深いですね。この学校は世界最高の学園。正体不明なもの、人間の敵といったものがそう易々と入れるわけがないでしょう」
ユーフィリアがジェミーを諭す。
でもすまない。余裕で入り込めてるんだわ。
座学が終わり、今日はどうするかなと考えながら学園をうろつく。
「用務員さんちょっと手伝ってください」
なにやら作業中のようだ。呼ばれた用務員はテキパキと作業をしていた。
俺はそれを尻目に通り過ぎようとする。
しかし――
「ありがとうございましたジェコさん」
俺はその言葉を聞き、驚いてジェコといわれた用務員を見る。
まあ、ジェコって名前は世界に一人ってわけではあるまい。
そう。まさか邪神軍第十三軍団長ジェコが用務員をやっているわけがない。
用務員は、「いえいえどういたしまして」と笑顔で応えたあと、振り返る。
そしてその笑顔が凍りついた。
主である邪神の咎めるような目線を受けて。
俺はジェコをつれて空き教室に移動。
防音結界を張る。
「何やってんだお前はああああああ」
当然殴る蹴るのオシオキをした。
「待ってください! 今邪気が出てないんです! 邪神様に全力で殴られたら死んでしまいます!」
ジェコが懇願する。ジェコは俺と同様の指輪をはめていた。
邪気――人類には未知の気配。
これが出てると人類は大騒ぎになるであろう。
ゆえに指輪によって0の状態を保っている。
邪気に限らず、人気、龍気といったものは、自分の攻撃力、防御力に多大な影響を与える。
だから今のジェコはかなりやわらかい状態だ。
「安心しろ俺も邪気は出ていない!」
「ぐはああああああああああああ」
でも攻撃する俺も邪気を出してないので、簡単に死ぬということはない。レベル差、身体能力差はあるからかなり痛いだろうが。
「まあその辺でいいのではないでしょうか」
爺やが頃合を見て部屋に入ってくる。
「エウリアス様! 話が違います。事前に説明しておいてくれるはずでは」
「その予定でしたが、想定以上に私に声をかける方が多くて、アシュタール様と話をする時間が取れなかったのです」
ジェコの抗議をさらりと受け流す爺や。
「というかお前らなぜこの学園にいるんだ」
「はい。その説明をするために探しておりました」
爺やは優雅に一礼をして、話す。
「アシュタール様お一人ですと、何かあったとき色々不便かと思いまして。私もこの学園に来るということにした次第でございます」
爺やは教師など問題なくこなすだろうが、問題はこっちである。
俺がジェコを見ると、爺やは察して話を続けた。
「それで暗黒神殿での留守を任せようと軍団長らに話をしたところ、自分たちもいきたいと言い出したのです。全員だめというのもどうかと思い、一人だけならと許可しました」
「それで私が勝った、ということです」
「くじ引きで勝利しただけですけどね」
「なんだろうと勝ちは勝ちです。第十三軍団こそ邪神軍最強。十三我々にとって最高の数値!」
ジェコが勝ち誇っている。アドリゴリはすごい悔しがってそうだな。
「そういえば、俺らはどうやってこの学園に入ったんだ? この学園の審査はそんなに緩いのか?」
俺はふと気になっていたことを問いただす。
「普通だったら絶対入れません。身元がしっかりしていて、試験を合格して入学を許可されます。身元不明の場合、後見人が必要になります」
この世界は元の世界とは違う。国民全員の戸籍があるということはない。
田舎なんてほぼないだろう。
「その後見人が爺や?」
「まさか。私も身元不明の怪しい人物ですぞ」
爺やがおどける。しかしすぐ普段の顔に戻って説明を続けた。
「この学園の理事長、大魔道士セリーナ殿です。セリーナ殿は第六魔災の英雄。彼女が許可すればほぼ何でも通ります」
魔王を倒した勇者といえば他にもまあ何人もいる。ユーフィリアもそうだ。
歴史上で言えば結構な数になる。
でも魔災を引き起こした魔王は別格。
魔王、魔王軍ともに強さが桁違いなのが魔災。
そもそも弱い魔王であれば人類が危機に陥ることはないわけで。
魔王の強さはランダム要素が大きい。その強い魔王を運悪く引き当ててしまうと、魔災になる。
魔災の魔王を倒した功績はもはや言葉では表せない。
何しろ人類が滅びそう! マジで何とかして! って状況で魔王を倒すのは、普通に魔王を倒した場合と感謝度は桁違い。
ユーフィリアの功績を10としたら、セリーナは100か1000かってくらい違う。
それくらい別格。
そんなセリーナの要求は、よほどの迷惑行為でなければ通るだろう。
「なるほどね」
「ええ、そういうわけで、彼女にお願いしたら快諾していただけたというわけです」
俺と爺やの会話に、ジェコは不思議そうに口を挟む。
「そのセリーナ殿がなぜエウリアス様の要求をすんなり受け入れるのです?」
「爺やはセリーナに会ったことがある。まあ50年も前の話だ。それも1回」
「正確には2回です。そのときの縁があって、快諾いただけたわけです」
ジェコは首をかしげながら頷いている。
わかってないけど分かったふりをしているのだ。
馬鹿だから動作で丸わかりなんだが。
「ああ、それで連絡があります。冒険者ギルドにもう一度顔を出してほしいとのことです」
爺やに言われて今度は俺が首をかしげる。
「冒険者ギルドが何の用だ?」
「昨日はゴタゴタがあって、冒険者登録が完了してないと。詳しい話はギルドでするそうです。別に今日いかなければならないということはないでしょうが」
「ふうむ」
登録は完了した、と言われたと思ったが……。
そのあと騒ぎになったので帰ってしまったが、まだ他に何かあったのだろうか。
それともそれを口実に呼び出して、別件の話があるのかもしれない。
あの騒ぎが俺の仕業だとばれることはないとは思うが、さっさと済ませるために冒険者ギルドに向うことにした。




