ライフ・ループ
ある日僕は死んだ。
気づけば目の前には大型トラックがあり、気づけば僕の体は無様にボロボロに。
そして気がつけば…………。
「あれ……?僕は、いったい………?」
僕は生きていた。
飛んだ快晴日より。雲は一切無く、あっぱれまでの天気。
僕、宮間たつき19歳は大学へ向かう途中少し遅刻しかけていたので急いで自転車のペダルを漕いだ。
季節は夏が終わり、秋が近づいてきていてなんだか肌寒く感じる。自転車に乗ると余計にそれを感じてしまうものだ。
しかしそんなことは言ってられない僕はスピードを一切緩めない。
この横断歩道を渡れば、大通りにもうすぐ出る。
僕は信号が青に変わるタイミングを見計らって、スピードをさらに上げた。
やはりぴったり信号は青に変わる。なった途端にそのままの勢いでその横断歩道を真っ直ぐ突っ切った。
しかしその時僕は何も知らなかった。少し遅く、あと少し遅くこの横断歩道を渡っていればあんな事には………。
その後、僕は轢かれた。
相手の大型トラックも急いでいたのか、赤に変わった瞬間も止まることなくそのまま直進していった。
そして、僕が乗っている自転車と大型トラックがぶつかり、ブレーキ音がその場には響き渡った。
……………………どれだけの時間が経ったのだろう。
僕は血を大量に流し、ほとんどの骨を砕き折れ、もしかしたら体の原型を留めてないのかもしれない。
しかしそれは自分のせいだ。
あの時早く起きていれば、急がずにゆっくり行ってれば………………、なんてことももう考えれないのだろう。
そう思っていたのに。
何故か僕は生きている。
気づけばボクの体は無傷で、そして何より事故現場であったはずの横断歩道を渡ってある。
僕は思いっきり自分で自分の頬をつねった。
痛い…………。やっぱり生きている。
頬に刺激を感じたことで自分はこの世に生きていると感じると、余計に怖くなった。
「じゃあ何で…………」
僕は轢かれたという思い込みだったんだと無理やり自分に言い聞かせると、そのまま大学へと自転車のペダルを漕いでいった。
初めの授業を受け終えた僕は次の授業の場所へ移動しようと椅子から立ち上がった。すると目の前に現れたのは見知らぬ男子生徒だった。
なのに……。
「たつき!飲みもん買いに行かねぇ!?」
なのに、そんな知らない生徒から声をかけられる。まるで友達のように。
誰だお前?とは言いにくかった。ただただ話に合わせた。
「おう、いいぜ」
まるで世界が変わったかのようだ。
昨日まで見た景色とは全く違う。
昨日まで見た世界とは全く違う。
そんな場所に僕は立ってると思うと、不思議に思った。
あの時、死んだはずの僕は此処に変わらずにいて、僕以外は変わっていて。
恐怖や不安など通り越して、もう冷静を何故か保っていた。
しかしこれはただの冷静とは違う気がする。
無理矢理だ。
無理矢理自分をこの世界に慣れさせようとしているんだ。
起こり得ない現実を認めるために。
帰宅すると、家には自分の母ではなく、父親がいた。
仕事はしてなく、働いてるのは母だけということになっている。
全くの逆だ。
しかしそこでも平然として日常を装う。
もう何がどうなっているのか分からない。
そこで僕はこんな事を考えた。
「もう一度死んでみようかな…………」
そうすれば答えが出るのかもしれない。
自分はあの時確実に死んでいた。そして何故か死なないのは、死んだはずの自分の命は死ぬ直前にまた別の世界へと移動してるんじゃないのか。
それを信じるなら。
急いで僕はベランダに立った。そして、この身を放り投げた。
怖かった。恐かった。強かった。
だから、その先を見たかった。
地面に触れる瞬間を感じさせる間もなく、僕の身体は頭から真っ逆さまに落ちた。
グシャリと鈍い音が聞こえた。
そこまでだった。自分の記憶は。
「はっ!!!」
目を覚ませばベランダに立っていた。
やはり死ななかった。
どうなってるかも分からなかった。
世界がまた変わったのではないか。それだけが気になった。
ベッドに身体を預ける前に、とりあえず外の世界を見たかった。
家を出た。
家周りの街並みは変わらない。
先にある大通りまで自転車に乗って出ていってみた。
驚いた。
「……何だこりゃ………?」
スポーツ店があった場所にはカラオケ店が。コンビニがあった場所には小規模なビルが。本屋があった場所にはラーメン屋が。
そのほかにも様々なものが変わっていた。
別世界…………。ここは自分の暮らしてた場所ではない。一体ここは……。
とりあえず今はここにはいられない。
…………、そうだ。自分の元の世界に戻れば。そうするには………簡単なことだ。
何回だって死にゃあいい
そうやって、僕の全ては変わっていった。
まずどうせこの世界は消えるだろうと思い、やりたいことをやった。
殺人、強盗、強姦、その他何でも。
何だってやっていい。
この世界を支配しているのは今僕だ。
その時はもう僕の心は無くなっていった。
何回目の世界だろうか。とある人物と出会った。
その男は、僕にこう声をかけた。
「お前、何回目のループだ?」
予想外の出来事だった。
この事なんて、俺以外誰も知らないはずなのに……。
「………あんたは誰なんだ?」
「未来から来た者だ」
「は?…………んな、馬鹿な。ま、まずだいたいループってなんだよ?おい……」
全力で逃げた。いや、色々この謎について聞けたのかもしれない。
奴の言葉。「未来から来た」これはまず嘘ではないと確信した。この世界の理はおかしいのだから。
しかし僕は逃げなければならない。
もしここで話を聞いて、自分の未来が変わったらどうする?そんな事はさせない。
誰一人としてこの自分だけの世界線には触れさせない。
そのつもりだったのに……。
「嘘が下手くそだな。馬鹿かお前は?」
見抜かれた。下手くそとまで言われた。なんなんだよあいつは。
「ま、お前と話がしたかっただけなんだ。聞いてくれ」
急いで逃げようと思ったが、あえて逃げなかった。
いや、逃げなければならないのに。何故か、何故かこいつの目から、
悲しみの色が映し出されていた。
「わかった。話だけは聞こう」
男はフードを深く被っていて、顔自体にはシークレットがかっていたが、その眼だけは暗く光ってはいた。
そして…………。
「案外あっさり諦めるんだね。まぁいい。……単刀直入に言う」
「ちっ!……なんだよ………」
「お前はもう既に死んでるからな」
……………………………………。
簡潔すぎてやや混乱した。
俺が死んでる?そりゃぁあの時死んだ。だけど今は生きて、神となっているんだよ。
それのどこが……。
「言っただろ?何回目のループだと。お前の世界線は無限ではない。お前がこの地球を一周するように、長いグラウンドを一周するように、誰だって終わりはある」
「……どういう意味だよ?」
冷たい汗が額から頬を伝い、やがてそれは地面へと落ちていく。
「そのまんまの意味だ……。あんたはこの『ループ』という長い世界線を一周したら死ぬんだよ」
…………くっそ!!
途端俺は手持ちの2丁のナイフを頭と心臓へと同時に突き刺した。
先程まで生きていた血が周りに飛び交う。赤く、紅く、朱く、緋い血が。
意識を数秒ほど失ってから、戻っていく。
「くっそ!!胸糞悪いもの聞いたぜ……。死ぬだと……」
あの男は何処に消えた。もう存在しないのか?それならあの時殺しておけば…………。
まぁいい。俺はやりたいようにやってくんだよ。
………………。だけど……。あのことが本当なら……。
何を考えているのだ。俺は神だ。死などという今日は一切無い。
僕はそれからでも死に続けた。
そしてだんだんと僕の居場所は無くなっていった。
死ねば死ぬほど世界は変わり、自分の存在を知るものなど誰一人としていなかった。
家族を失い、友を失い、心も失い、自分は何のためにここにいるのだろうと。
ふと数ヶ月前に出会った、男の言葉を思い出した。
『あんたはこの『ループ』という、長い世界線を一周したら死ぬんだよ』
その言葉が今では不安をかき消してくれていた。
もう消えてしまえばいいと思っていた。
その事を思うとだんだんと怖くなった。
なんだよこれ!!なんで俺の思い通りになんねぇんだよ!!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!
何回も死んだ。生き返れば生き返る度に死んだ。だけど…………。
「…………なんで死なねぇんだよ……!」
もう消えちまえよ…………。
もう……、自分が怖い…………。
はやく消え去りたい!!
『ループ』
『ループ』
『ループ』
その文字は消えゆくことは無かった。
もう僕の心はボロボロだった。
だから…………。
「神様……。これで僕の命も……、最期にしてください…………」
その決意と共にビルの最上階からその身を投げた。
それは朝の事だった。
あの初めて死を覚えた時のように、快晴で、雲は一切無く。
そして死んだ。
目を覚ませば、目の前には大型トラックがあった。
そう、この情景はあの時と同じ。
僕は思い出した。あの時の記憶を。
初めて感じた死の恐怖を
一周した。もうわかっていた。
この感情も静かに嬉しさに変わっていた。
そして、世界に謝った。
弄んだ自分の運命に。
トラックは自分の体を轢き飛ばすと、そこで僕の命は途絶えた。
結局あの男は誰だったのだろう。
あいつは何の為に僕に会いに来たのだろうか。
ただ今わかることがあるのなら、それは…………。
あいつは変わらぬ運命を変えさせてくれた恩人だという事。