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ステャルナ・ミラム

作者: しげもり

夢は夢。





例えどれほど留まりたいと願っても。




貴方は、夢で待ってるのでしょう?




───なら、私も貴方に寄り添おう。



───それが意味の無いものだとしても。








「───多。浩多!!いつまで寝てるの!!学校行け!!」


意識と感覚を取り戻すと同時に、布団から転げ落ち繋いでいたスマートフォンが額に降ってくる災難に見舞われた。まだぼんやりしていたかった。何か夢を見てたのに。


「…母さん、学校8時からだから。」


そう言う浩多に母は


「最初が肝心!!転校初日くらいシャキッと一番のりしてきな!!」


そう言われ時計を見たらまだ午前6時を回る前だった。

──こんな都会の学校、本当は嫌だったんだ。以前はもっと片田舎の、クラスも学年も関係のない学校に通っていた。だが一月前、母は父との離婚でこの街に逃げて来たのだ。理由はいくら聞いても教えてはもらえず、浩多自身も「大人の事情なんだろう」と、深入りすることは無かった。


───まぁ、高校一年の春からだし、なんとかなるだろ。


母譲りの楽観的な考えで、面倒くさいながらも浩多は新しい環境に適応する心の準備は出来ていた。真新しい制服を着て鏡の前に立つ。するとふと、棚の上に置いてあるブレスレットに目が行く。

これは父が昔「若気の至り」で買ってしまい、浩多に「母ちゃんには内緒な」と譲り渡した物だった。

離れて暮らして一月というのに、なんだか懐かしく感じ、自分にも「若気の至り」があった様で高校デビューのつもりでそれを着けた。

──なんだか、格好いいかも。

昔の父のセンスも悪く無いと思い、学校へ向かった。



───存外、学校へはすんなり馴染めた。中高一貫校ではないことが幸いしたようだ。これでも一応緊張していた浩多は、授業が始まりその緊張も解れ、窓辺の4月の陽気に微睡んでいた。


ここでも「上手く」やっていけそうだ──。







───不意にがくり、と、滑り落ちるような感覚にハッとした。眼前には突如現れた巨大な二つの扉、その前の机にシルクハットに燕尾服の痩せた男がニコニコと微笑みながらこちらを見ていた。自分でもはっきり解った。これは夢だ。

すると目前の燕尾服の男がにこやかに話し出す。


「やあやあ、こんな時間にようこそ。甘美な夢へ。」


やっぱり夢だ。しかも形式ばった。


「『こちら』へは初めていらしたんですか?」


男からの問い掛けが多少意味不明だったが、それも夢だと思ったので浩多は適当に相槌を打つ。


「え、ああ。初めてッス。」


「それは僥倖!それでは簡単にご説明致しましょう!」


男は嬉々として語り出す。


「─まずはこの『ステャルナ・ミラム』ですが──」


「え、ちょっと待って。もっかい言って?」


なんだか舌を噛みそうな横文字だった。男は出鼻を挫かれたが今度はゆっくりこう言った。


「『ステャルナ・ミラム』と言いました。お客様、日本の方ですね?そうですね、『星の夢』でございます。」


「はー…そっスか…」


自分でも知らない言葉が夢に…などと、男の話を上の空で聞いているとお構いなしに男は語る。


「こちらでは世界各地から『アカウント』を持ったお客様達で夢を共有するシステムでございます。言語は当社で統一しておりますので頭の出来不出来に関わらずお楽しみいただけます!お客様にお誂え向けでございましょう?」


「どーゆー意味だオイ」


「まぁまぁ、ここでは楽しく現実を忘れていただくサービス盛り沢山ですので。そうカッカなさらずに。詳しくは追々“ヘルプ”からご説明させていただきますね。それではそちらの“newgame”の扉よりお進み下さい。お客様の楽しい一時への入り口です。───さあ、どうぞ。」



重たそうな扉がゆっくり開く。扉の向こうは霞んで見えない。



「──え、ちょっとこれ何……─って居ねえし!!」


先程までペラペラ喋っていた男は忽然と消えていた。


浩多は怪しむと同時に眼前の扉への好奇心でいっぱいだった。

───やべぇ、ゲームかよこれ。楽しい夢だ。


やがて好奇心が心を占め、浩多は扉に近づいた。すると扉に吸い寄せられる様に消えていった。


机には先程の男が脚を組んで座り込んでいた。


──誠に、僥倖───







──扉を潜り抜けた浩多が目にしたのは自分の想像に違わぬ『ゲームの街並み』だった。


見回す限り、日本ではないのどかな町に宿屋、武器屋、道具屋などと浩多の好奇心を擽る物ばかりだ。


早速歩き出そうとすると、耳馴れない電子音が鳴る。


『───あ、ドーモドーモ?私、シルヴルでございます。』


扉の前の燕尾服の男の声だった。


『“始まりの街”にご到着された様ですので、こちらからチューニングさせていただきマース。』


音の発信源は、自分が首に掛けているヘッドホンのような物だった。


「チューニング?」


そう呟くと男の返答が返ってきた。


『勿論!お客様でもご理解いただけるように懇切丁寧に“この世界”についてご説明致しますよ。』


「うおっ、聞こえてんのかよ!つかさっきからなんだ、俺馬鹿じゃねーし!」


『おや?それでは“チューニング”無しで進めて見ますか?おおよそ無一文で路頭に迷いますよ?』


「うっ………よ、よろしく」


せっかく楽しそうな夢なのに登場人物がムカつくな…と思うがここは一応従おう。


『──それでは。まずは貴方のハンドルネームですが』


「ハンドルネーム!?」


『はい、黙って聞いて下さいね。こちらも慈善じゃございませんので…貴方のハンドルネームは“レニー=ハウザー”です。以後此方のお名前をご利用下さいね。』


名前を決めるところからゲームじゃないのか…とぼんやり聞いていた。基本、ゲームのチューニングは真面目にする性質ではない。


『所持金は──3000リンですね。使い方を考えて下さいね。武器防具等諸々ございますので。お手持ちの道具を良く見てお使い下さい。──続いて村人との会話ですが、NPCかそうでは無いかは話しかけてみるのが一番です。勿論お客様以外にも“ログイン”されてる方はいらっしゃいますので、会話のマナーもお気をつけ下さい。“ログイン”“ログアウト”は基本的には宿屋です。──ゲームオーバーにはご注意を───』



最後の言葉に含みを感じたが、早くこのゲームを楽しみたい。その焦燥感が深追いをさせなかった。


『それでは“始まりの街”morningをお楽しみ下さい──お客様に楽しき夢の一時を──』



そう言うとヘッドホンの音声は途切れた。


─よーし!探検だ!!

浩多は早速村人へ話しかけてみた。

「──あの──」


「やあ、ここはmorning。“始まりの街”だよ!街の外にはモンスターもいる。装備品はしっかりしておくといい!」


そう言うと村人は話しを止めて元居た場所へ戻った。浩多はRPGは幾つかこなしていたので、これがいわゆる“NPC”だとすぐに解った。───そうか、モンスターやっつけてレベルアップするのか。

どうせ一時の夢。浩多は武器屋で剣を購入した。これほど臨場感のある夢などそうそう有るものではない。早速街から駆け出した。



するとすぐに街道のような場所へ出た。草を踏む音、風の感覚。まるで全て「ほんとう」のようだ。──わくわくする。


すると草葉の影から唸り声が聞こえ、浩多は思わず剣を構えて居直す。ヘッドホンから『エンカウント!──レベル4──グリズリー!』とけたたましく鳴り響く。


「うおっ、すげっ──」


そう言って向かって来る獣に剣を振り下ろそうとするが、剣が動かない。ヘッドホンからは『武器が対応していません。キャラクターに対応した武器を装備してください。』と、アラート音が鳴る。


「───はぁ!?」


なんだそれ。ゲームの主人公は剣で戦うだろ?!


だが一向に剣は動かずアラートは鳴り続けていた。

すると獣がその鋭い爪で浩多を襲う。思わず腕を盾に顔を庇うと、獣の爪は“レニー”の腕を裂く。

するとあまりの激痛に顔が歪む。──なんだ、“夢”なのに、こんなに確かに痛い──

不意に先程のシルヴルと名乗る男の言葉が頭をよぎる。


『──ゲームオーバーにはご注意を──』


そうだ。こんな痛い夢、ゲームオーバーなんかになったら───

痛みに急に現実に引き戻されたようだった。そうだ。「ほんもの」なんだ──地面を歩く感覚、夢では感じようのない草花の匂い──


必死に逃げようとする浩多だが、ヘッドホンは『エスケープ不能。』と繰り返し告げている。汗を流す感覚すら「ほんもの」のこのゲームで、どうしろって、どうしろって言うんだ!!


すると街道の先に街が見えた。あそこまで逃げられたら──その焦りに足をとられ、倒れ込む。動けない。ヘッドホンから『HPが50を切りました。』と聞こえた。死ぬ──?


身じろぎをすると、腰のホルダーからガシャリと何かが落ちた。

──それは恐らく銃のような物だった。銃身が紅い──それを手にすると『認証。攻撃を開始してください。』と、変わり映えのない声が聞こえた。獣が再び爪を振るう。浩多は一か八か、震える手で獣に照準を合わせ、引き金を引く。


咆哮のような音と共に浩多は気を失った。


──ゲームオーバーだ───死ぬんだ──痛い──





───次に目が覚めたのは、床も天井も見渡せる限りどこまでも真っ白な空間だった。

痛みが無い。これも──夢?


すると彼方から誰かが歩いて来るのが見えた。

薄く青色の髪に透き通った紅い瞳の少女だった。何故か、浩多は見た事の無い少女と会話をしている様子だったが、言葉を発しているのは“浩多”ではない。少女も穏やかな様子で言葉を綴っているようだが、会話の端々が聞こえない。

少女は“俺”の手を引いて歩く。そして白い扉の前に辿り着く。扉の上には『continue』と書いてある。

“俺”は、まるで何もかも知っているように扉を開ける。目の前に光が差す。





「───篠宮!!篠宮コラ!!」

丸めた教科書で頭を殴られる感覚がした。目を開くと今日転校してきた学校の教室。午後の日差しが汗ばむ程だった。

「転校初日に先生の授業で居眠りとは大物だな?」

担任の教師が睨み付けている。クラスメイト達から嘲笑が沸いていた。だけど、そんな事より。

腕を見ると、どこか引っ掛けて切れたような小さな傷が出来ていた。あの獣の爪を防いだ所と同じ──

何より、まるで世界が入れ替わったような鮮明な記憶。目が覚めると忘れてしまう様な朧気な“夢”では無かったと言う確信。




夢は覚める──けどこれは夢と言って良いものなのか。

俺はまた強く願う。またこの続きを──“夢”の先へ、“ほんとう”へ────







───nextend───

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