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願いを星にのせて

「ガナンさん、木集めてきたよぉ」


「近くに林でもあったか?」


「ううん。風に飛ばされたのばかりだよ。そこの木の洞だってそうだよ」


「だろうな」


「でもなして?」


「森は隠れるに十分な場所だ」


「獣も多い。ぼくは見晴らしのいい場所を勧めるね」


「人から隠れるには、十分な場所だよ」


 夕闇広がる草原。


 街道から少し外れた場所でぼくらは野営を始めていた。


 今はたき火を作る準備をしていた。テントの入口の前、薪を重ねて山のように連ねながら、ぼくは同じく食事の準備を始めるガナンさんに尋ねる。


「ねぇ、ガナンさん」


「なんだ坊主」


 相変わらずぼくは坊主扱いで、ガナンさんは夕闇に背を向け、何か機材を準備をしているようで、苦笑を浮かべつつも、ぼくはが火種がないかあたりを見渡す。


「どうやって火を起こすの?」


「精霊を呼ぶ」


「なにそれ?」


「―――――本当に、お前は異世界の人間なんだな」


「うん」


 頷く僕に、ガナンさんは少し呆れた表情を浮かべて、こちらへと振り返った。


 そうして、手に持っていた何かを差し出すように、指を開き掌を夕暮れの宵に開く―――――


「精霊信仰はありとあらゆる場所で行われる。人、地域、世界を問わず、この世界、セントグラディアでは、あらゆる精霊が信仰される」


「……焔?」


 闇を払い、その手には焔が漂っていた。


 小さな火の粉を散らしながら、たゆたう其れは、羽根を食み翼を折りたたみながら、掌に立つ小さな鳥のよう。


「幾星霜の光あれば、その数だけ魂が宿り、その数だけ精霊は加護を与える――――この星では、人ごとに精霊が宿り、地域ごとに精霊が宿り、星に精霊が宿るとされている」


 それは【精霊】


 焔を纏いし、鳥の光は宵の暗闇をほのかに照らし、広がる火の粉はやがて山なりに連ねた枯れ木へと降り注ぐ。


「……漂う明かりを焔に変えよ。ティルム……」


「おおお」


 火がついた。


 内側から破裂するように彼気が僅かに爆ぜて、火がたき火を作り、燃え上がって辺り一帯を明るく照らし温めていく。


 驚いた。


 何もないところからあふれ出す焔。


 銀色の体毛が僅かに茜色に染まり、ぼくは戸惑いに目を白黒させながら、立ち上る焔に見とれていると、ガナンさんは、焔の前に腰掛ける。


「ふぅ、食事を作る。お前は外で見張りでもしていろ」


「精霊、か」


「珍しくもない。精霊の契約は赤子のころより行われ、死によってその契約は終焉を迎える。そしてその間、我らは精霊の力を行使することができる」


「揺り籠から墓場まで、か」


「福利厚生がきいている。或いは魂が永遠にこの世界に繋がれていることの証左かもしれないがな」


 特に笑いもせず、ガナンさんは調理器具と保存食を合わせての料理始める。


「ワシは詳しいことは知らん。お嬢様の方がより多くの精霊と契約しておる」


「一人一つじゃないの?」


「あらゆるものに精霊は宿る。人の魂、土地、国、大陸、そして世界。スケールを広げれば、それだけ役割をもつ精霊も規模も違う」


「……」


「お嬢様は、国を背負っておられる。大地を背負っておられる、民を背負っておられる」


「へぇ」


「そして、未来を背負っておられる」


 そう言って、ガナンさんは少しつらそうにつぶやく。


 その辛さが、どこかぼくにはわかった。


 其れは多分―――――しがらみにも似た、動けなくなることの苦しみ。


 自由を失い飛ぶことができなように、彼女は動くことを許されないんだろう。


「つらそうだね」


「お前にはわからぬよ、異邦人」


「わかるさ。ぼくだって人間だもの」


「……お嬢様を起こしに行け。そろそろ仮眠も終わりにせねば、夜も眠れなくなる」


「いいの?」


「ああ」


 そう言われるままに、ぼくはテントの中に入った。


 中は暖かく、薄暗い空間に、敷き詰められたシートの上、彼女は簡易ベッドに横たわり、ぐっすりと眠っていた。


 疲れで本当に深く眠った寝顔が見える。寝息は小さく、胸元が僅かにい気遣いで上下していた。


 本当に長旅で疲れたんだろう。起こしてもなかなか起きなさそうなフィリアを前に、ぼくは気の毒に思いながら、爪で傷を立てないように肩をゆすろうとした。


「ん……」


 寝息が途切れ、声が漏れる。


 だけど、目は開かず寝言が零れる。


「……ばぁや」


 ぼくは、口をつぐんだ。


「……ばぁ……」


「……」


「しなないで……わたし……」


 浮かぶ涙。


 零れる言葉は寂しげで―――――ぼくは一呼吸置いて、彼女の肩をゆすった。


「―――――フィリア。起きて」


「……ふぁ……」


 声が漏れ、うっすらと目が開く。


 ぼくは肩をゆすった手を離すと、ムクリと起き上がるフィリアから離れつつ―――――はだけるシーツ越しに見えてくる彼女の肢体を見下ろした。


「ん……おはよう……うにゅぅ……」


「……ん」


 ぼくは少し気まずくて目を細めた。


「フィリア」


「え……あああ……!」


「なんで裸なの?」


 ―――――一拍置いて、瞼をこする彼女の顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。


「え……ええええ!?」


「うん、とりあえず服を」


「きゃああああああああああああああ! 来ないでぇええええええええ!」


 次に飛んでくるのは、拳。


「きゃああああああああ! 離れてぇええええ! 見ないでぇえええええ!」」


「いたぁあい! いたいから引っ掻かないでよぉおお!」


「やぁああ! 見ないでぇえええ!」


「ガナンさん助けてぇええええ! いいたいたいたい!」


「まぁ、だから行かせたんだがな」


 一分間、ぼくは毛をむしられながら、おそらくこうなることがわかっていたであろうガナンさんのことを恨み続けるのであった。 





「ごめんなさい……」


「もう、いいです……」


 いたい。


 背中の毛が結構むしられ、それに顔の腫れがまだやまない。


 腹もすくし、それでも食料は彼女の分しかないし、ぼくはジトリとたき火岸に見つめる彼女を背に、遠くを見つめていた。


 テントを立て場所はちょうど草原の中でも、岩や倒木が転がる場所で、ぼくはテントよりも一回り大きな岩の上で腰かけていた。


 彼女は倒木の上に座りながら、ぼくを見つめてガナンさんにぼそぼそと話している。


「お、怒ってしまったんでしょうか……」


「なに、気にすることはありません。所詮は見知らぬウォルフィアードです。ついてきているだけですよ」


「でも……」


「お嬢様がお気にすることなどないのです」


「……」


 気まずそうにする彼女の横顔が目に映る。


 そんな不安げなフィリアを見ていて、ぼくの妹の事を思い出せるようで、ぼくは溜息と共に、岩の上に腰掛けた。


 そして、刀を杖代わりに星を見上げて、夜に目を細める。


 瞬く星を視界に収め、風を吸い込む。


「フィリア」


「……はい」


「こっちは星がよく見える」


「え?」


「来る?」


「――――はいッ」


 少し明るい声が聞けて、ぼくは自然と笑みをこぼした。


「そ、食べ終わったら迎えに行くよ」


「今見たいですッ」


「ガナンさん」


「――――好きにしなさい」


 呆れたような物言いを吐き捨てるガナンさん。諦めたようで、ぼくはほっとしつつも、立ち上がって踵を返した。


 ドレスを靡かせ、岩に駆けあがってくる少女の手を取る。


 その手は少し冷たくて、小さくて、だけど、どこか懐かしかった。


「……」


 ぼくの眼には白いドレスを着こんだ、碧い瞳でブロンドの背の低い少女が映った。


 だけど、その娘は、どこか、誰かに似ていた。


「ソラ、ありがとう」


「うん」


――――その喋り方は美月を思いだした。


 少し昔の彼女によく似ていた。

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