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風に揺れて

「いたた……まだ痛む」


「ご、ごめんなさい……助けてもらったのに、私……」


「いいよ。知らない人に抱きつかれたら怖いものね。ぼくも反省する」


「は、はい」


 ションボリとするお嬢様を馬に載せ、ぼくは手綱を引っ張り、地面をけって歩く。


 ここは長い街道。


 ここから離れた村へ向かうために、彼女たちは馬車でここまでやってきたようだ。


 既に馬車は潰れてなく、引っ張っていた二頭の馬に、それぞれフィオナとガナンさんを載せて、ぼくは手綱を引き絞って歩いていた。


「いいのか? ついてきて」


 ガナンさんはいたむ腰を抑えながら、そう尋ねる。


 ぼくはガナンさんの大きな機械の弓を担ぎながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。だってそれはこっちのセリフだから。


「ぼくの方こそいいの? どこの誰かも知らないケモノだよ?」


「……。お前はお嬢様を助けた。信用はしておく」


「ありがと。行くあてもないし、フィリアが目指す村に着くまでついていくよ」


 その先はわからない。


 その先は―――――多分どうにかなるだろう。この世界から元の世界に戻る手段が必ずあるはずだ。


 だって、ぼくはその元いた世界から、この世界にやってきたんだから。何らかの手段があるはずだと思って、ぼくは長い街道をひた歩く。


「しかし遠いねぇ」


「そうだな。帝都から山を二つ挟んで向こうの場所だからな」


「でもなんでそんな所に」


「お嬢様の乳母様がおられる。一度会いにきてほしいと言われてな。お忍びという形でここにおる」


「その旅の途中かぁ。偉いんだね、フィリアって」


 ぼくが振り返ると、フィリアはキョトンとした顔で、碧い瞳を丸くした。


「へ? どうしてですか?」


「ううん。なんとなく」


「?」


「――――ガナンさん。フィリアの家からその村までどれくらいあるの?」


 その問いかけに、ガナンさんは僅かに目を見開くと、僅かに苦々しい面持ちでぼくの視線から顔を背けた。


 多分、真意はわかってくれたんだと思う。


「三日だ」


「滞在日数は?」


「七日だ」


「三日というのは、馬車にしたって普通に人が行き来する距離じゃない。気軽に来てほしいと言えるような距離じゃない」


「……」


「――――伊達や酔狂でわざわざこんな所まで遠出して来たわけじゃないんでしょ? 【その】こと、お嬢様は知っているの?」


「口には、していない」


「……。ガナンさんは残酷な人だ」


「小僧がよくも知ったような口を利く」


「昔から勘はいい方さ」


「ふん……」


「それに風も教えてくれる。なんとなくね」


 それっぽいことを言ってみると、自然と風は冷たく背中を撫でていく。


 まるで風が急かしているようで、ぼくは手綱フィリアの乗った馬を引きながら、隣に立つガナンさんの馬の鼻筋を撫でて、疲労をねぎらって見せた。


「よしよしいい子だ。……じゃあ急ぎます?」


「――――いやいい」 


「なして?」


「……」


「日没過ぎますよ」


「致し方あるまい……」


 落胆に深いため息を覗かせつつ、自身は腰の痛み顔をしかめつつ、ガナンさんは馬に揺られて街道の地平線を見つめる。


 村は遠い。


 少しだけ日が沈んで、草原が夕焼け色に染まり始めているのが見える。


 後、三時間。


 すぐに夕闇がこの草原を覆い、星が頭上に瞬くだろう。


 あまり長居もできない。


「……」


「まったく、ドラゴンに襲われなければ、今頃村についていたのに」


「どうして竜はあなた方を襲ったんですか?」


「……。坊主は何も知らないんだな」


「ぼく、この世界の人間じゃありませんから」


「その姿かたちをして、にわかに信じがたいが……」


 深いため息をこぼすと、ガナンさんは口を開こうとした。


「昔――――」


「昔、アルドシア帝国は、この大陸を平定する為に、各地に生息していたドラゴンの一族に戦争を宣した」


 自身の言葉を遮るフィリアの言葉に、ガナンはギョッと目を丸くして言葉を失ったように顔をひきつらせた。


「お、お嬢様……」


「それくらい、私も知ってます。これでも帝国皇帝の皇女ですから。ガナンが教えずとも耳に聞きます」


「む、むむむ……」


「顛末は?」


 渋い顔をするガナンさんをよそにぼくが聞くと、フィリアは少し悲しげに顔をしかめた。


「はい。戦争の結果、私たちの勝利。ドラゴン達はこの世界のどこかにあると言う、ドラゴンズヘブンへと身をひそめたと言います」


「そして、今さっきの龍が君を襲った、か」


「はい」


「よくあるの?」


「ううん。こんなこと、今まで一回もなかったんです」


「偶然、だといいね」


 ぼくがそう言って、ちらりとガナンさんの方を見ると、ガナンさんは心底嫌そうな顔をして、ニヤニヤと口の端を歪めるぼくを睨んだ。


「嬉しそうな顔をして不穏な言葉を口にするな……」


「でも断定はできないでしょ。何を疑うにしても」


「―――――ワシはお嬢様を護るだけだ。何があっても」


「ぼくも。元の世界に帰るだけだよ」


「戻るん……ですか?」


 か細い声が聞こえてくる。


 ぼくは目を見開き振り返れば、そこには少し不安そうな少女フィリアがいて、ぼくは手綱を引きながら首をかしげる。


「どしたのフィリア?」


「あ……いや……その、私、まだ貴方の名前聞いてないなって思いまして」


「ソラ」


「ソラ……?」


「龍藤空。ソラでいいよ」


「―――――ソラ、さん」


「ソラ」


「そ、ソラ……」


「いい感じ」


「……うんッ」


 少し緊張していた顔がほぐれて血気が戻る。さっきの闘いでの疲れも少しは晴れただろうか。


 ぼくは肩すぼめると、やがて遠くの空が僅かに茜色に滲んでいくのを横目に見つめて、ガナンさんへと振り返った。


「じゃあ、そろそろ野営します?」


「道具は一応馬に積んである。ソラ手伝え」


 そう言って馬から降りるガナンさん。確かにその鞍の背後には布でくるんだ野営用の装備が積まれていてた。


 ぼくはフィリアの乗った馬を止めると、ガナンさんの馬に積んだテントや食料寝袋を取り出しつつ、ガナンさんへと振り返った。


「食料は?」


 ガナンさんは辺りにいい隠れる場所がないかとあたりを見渡しつつ、相も変わらずつっけんどんな感じでぼくに叫ぶ。


「お嬢様の分だけしかないッ」


「きっつ」


「獣は野で狩りでもしてこい。ウォルフィアードの一族の名が泣くぞ」


「ぼくは人間だよ。ただの変哲もないただの高校生さ」


 そう言って、荷物を下ろすぼくを、興味深そうに見つめる視線が一つ。


 それは、好奇の視線。


 ヒクリとその気配に耳が尖り、ぼくは後ろを振り返ると、少し頬を紅潮させ、こちらを覗きこむように見つめるフィリアに首をかしげた。


「――――聞きたい?」


「……。はいッ」


「話せること、そんなに多くないし楽しくないけど」


「いいですッ、聞きたいですッ」


「……夜まで話のネタ持つかなぁ」


 最大レベルの好奇心にさらされながら、ぼくは苦い表情でテントを広げて、野営の準備を始めるのだった。



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