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竜の怒り

「ガナンッ……」


「ちぃ……!付け回しおって鬱陶しい竜族ばかり、貴様ら暇人かッ」


「ガナン、この方々は竜族です」


「冷静ですな、ガナンは安心しましたッ」


 振り下ろされる巨大な腕の爪が、肌をかすめていき、息が止まりそうになる。


 ワシはガナン・アークフォール。


 お嬢様の運転手兼執事兼教育係兼護衛隊長をしている。今日はお忍びでとある村落へと向かうはずだった。


 なのにさっきはボケっとした獣人の子供に足止めされて、今は空から落下せんばかりに高速で空から近づいてきたドラゴンの相手をしている。


 空を覆わんばかりの翼の大きさ、鱗の輝きの鈍さと傷の痕からして、おそらく闘いに身を置いた血の気の多い竜なのだろう。


 おそらく、強いだろう――――


「わざわざ人里に下りてまで、ご苦労なことだ!」


【ガナン・アークフォール……!】


「有名になったものだ……!」


 竜は頭の中で直接語りかけるように、会話を行う。この眼の前の老いぼれたドラゴンも同様で、怒声を頭の中に直接響かせてくる。


 それと同時に飛んでくるのは、巨大な尻尾。


 街道の地面を薙ぎ払うように草葉を切り裂き飛んでくる太い壁を前に、ワシは後ろに飛びのき、街道の傍に止めていた荷馬車まで戻った。


「ぐぅうう……!」


「きゃぁッ」


「お嬢様!」


 危ない。


 もう少しで荷馬車に引っかかる所だった。


 そうでなくても、衝撃波で荷馬車が傾きそうになり、馬が恐怖に今にも逃げ出しそうになっているのがわかる。


 詰め寄られれば、馬車に乗っているお嬢様に危害が及ぶ。


 これ以上後ろはない。


 【刀】はあの獣人の坊主に渡してしまった。


 アレは一応、ワシの切り札。


 我ながら、阿呆なことをしてしまった――――後悔に顔をゆがめつつも、ワシは二頭の馬の背中に背負わせていた武器へと手を伸ばした。


「ドラゴン、名前は!」


【ハルムベルト! かつて貴様ら帝国に多くの同胞を殺され、おめおめと聖地へと押し込まれた老いぼれた竜よ! かつての仲間の弔いもできず、ここまで生き残った!】


「死なばもろとも、か……」


【そしてそこの女、帝国の第一皇女と見受ける!】


「気安く呼ぶなよ、若造め……!」


 指一つ触らせない。


 武器はドラゴン対策に作られた大型弓。


 熱蒸気による機械弓で専用の大型矢を装填すれば、自動的に弦を引き絞ることができる、大きさ三メートルの化け物兵器。


 名をゴライアス・タイプ105竜弓フェルティオート


 地面に弓を突き立て全身で弦を引き絞り初めて打ちだす事のできるこの剛弓を前に片手で支え、ワシは片膝をつき備え付けの矢を一本、もう片方の手で持つ。


 そして弓を地面に突き刺し、矢をつがえる。


 その矢先に、見上げんばかりの巨竜を捉え、息を吐き出す


「まずは膝を狙う……!」


【貴様らが行った悪行、悔いずに未だのうのうと生きようとするかぁ!】


「恨みつらみなど吐き捨てて敵を殺せるか! 恨みが晴れるものか! 四の五の抜かさずその爪でワシを引き裂いてみせい!」


【言われずとも!】


 背をそらし、空に向かって怒号と咆哮を響かせると、怒気に身体を震わせ竜は翼を広げてワシらの下へと飛び込んでくる。


 その目に映るのは、立ち上がるワシ。


 標的は逸らせた。その距離はすぐに縮まり、立ち上がり弦を絞るワシへと爪が振り下ろされる。


 上等だ。


 竜弓が大きくしなり、蒸気を全身から吹き上げながら、弦を絞り、矢が大きく後ろ引っ張られる。


 そして――――矢先が風を纏い、虚空を螺旋状に抉る。


「いけぇ!」


 風の尾を引き景色を歪め抉りながら突き進む矢は、翼を広げ突進してくる巨竜の右ひざを見事射抜く。


 よし、巨竜が大きくのけぞり、振り下ろされた爪が再び空高く掲げられる――――


【まだだぁ!】


 ―――――横薙ぐ風。


「な!」


 目を見開けば、頬を叩かんばかりに、巨竜シュルツの尻尾が地面をこすりながら、土ぼこりを上げ側面から迫ってくるのが見えた。


 その速度は当たれば、身体が粉々になるほど。


 範囲は―――――荷馬車が入っている。


「きゃあああ!」


「お嬢様ぁ!」


 馬が暴れて走り出そうとして、荷馬車が大きく横転する。


 それでも間に合わない。私は駆けだそうとする――――



 ――――――閃く銀の【風】



 虚空に走り、肌を鋭く刺す衝撃。


 何かが巨大な尻尾にぶつかったような重たく鈍い音が響き、土ぼこりが横転する荷馬車のすぐそばで天高く舞い上がり、尻尾の動きが止まった。


 何かが尻尾の先での薙ぎ払いを受け止め遮ったようだった。


 私は茫然と立ち尽くす。


「……なんだ?」


「……重たいなぁ、これ」


 晴れていく土煙。


 くすんだ霧が剥がれていき、やがて顔を出すのは、尻尾の先を片腕で押しとどめる、小さな青年の姿であった。


 腰にさした棒はワシが与えた刀。


 長いしっぽを風になびかせ、全身の銀の体毛を逆立てながら、異国の服を着込むその少年は、先ほどのあった、とぼけた子どもだった。


 あれは――――『ウォルフィアード』。


 オオカミの頭をした狼人の少年が、そこにいた。


「ふぅ……」


 竜の尾撃を全身で受け止め、少年は平気な顔でニィと牙を覗かせ、笑っていた。


 その顔はかつての――――






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