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朝焼けに触れて

読みづらい文章です。注意してください。

 闇が晴れていく。


 山の向こうから朝日が顔を出し、光がまるで津波のように、山肌を駈け下りて、この大草原へと広がっていく。


 それは光のカーテンを大地いっぱいに広げるよう。


 空は白く色づき、風は光を帯びて、大地を撫でて、翼を広げる。


 そして、世界は目を覚ます。


 夜明け。


 ぼくは光の風を背に受け、さざめく草葉の穂に目を細めて、ゆっくりと草葉をかき分け歩いていた。


 手には長い杖のような刀。


 眠気に足取りが重くなり、僕は白く立ち昇る煙を目印に歩いていく――――


「終わったか?」


「ん」


 朝日が少し眩しい。


 ぼくは目をこすりながら、野営地に戻ると、火の番をしていたガナンさんに頷こうとして大きなあくびをした。


 流石に夜通しは辛い。


「ふぁあああ……ただいま」


「ん。よく戻った」


 眠たさを晴らすように肩をぐるぐるさせていると、ガナンさんは残り少ない木の枝を折りながら、溜息をついた。


「すまんな。流石に疲れたろう」


「ん。まぁね。徹夜は慣れてないんだ」


「テントで休んで来い。ここからなら昼に出ても夜には間に合う」


「じゃあ二時間だけ時間貰うね」


「お嬢様に粗相のないようにな」


「あいあい」


 眠い。


 流石に床についたら五秒もせずに眠れそうだ。


 同じく夜通し火の番をしてくれたガナンさんには悪いけど、僕はテントの適当な所で身体を丸めようと思った。


 と、ガナンさんは、テントに入ろうとする僕に囁く。


「……。誰だった?」


「敵だったよ」


「――――そうか」


「よくわからないこと言ってたけど、ガナンさんにとって、夜盗も反乱軍もさして変わりないでしょ」


「……。連中は何と?」


「貴方達は、民を苦しめているってね。さして興味無いけど」


「なぜだ?」


「苦しんでいる人たちが、自分たちから動かないと意味がないのさ。こんなもの」


「……」


「いずれ本当に民が苦しんでいるとしたら、その民とやらは、自分たちの意思で、上の人たちに物を言うだろう」


「それが無理なら?」


「その時は国が亡びるだけだよ。民あっての国、命あっての世界。誰も一人で生きられるわけじゃない」


 本格的に眠気がやってきた。


 ぼくはテントの中に潜り込むと、早速身体を横たえ、眠りへと身を縮こまらせた。


 すぐに眠りが意識の狭間よりやってくる。


 深い闇の底で、ぼくはこの世界の一日目がようやく終わることを知る。


 あとどれくらいで、戻れるだろう。


 彼女は何をしているだろう。心配しているだろうか。悲しんでいるだろうか。


 ぼくは――――君に会いたい。


「……ソラ」


 ―――――ふと、遠のく意識の端で、誰かが僕を囁く声が聞こえた。


 それは、彼女に似ていた。


 哀しげに頭を撫でる彼女の手は、冷たくぼくは眠りに落ちながら、優しく撫でる誰かの手に寄り添っていた。


「ありがとう……ソラ」


 ポタリと雫が一つ、頬を伝う。


 それはとても暖かった。




 



「お嬢様、そろそろ出発の準備はできましたか?」


「はい」


「あの、僕はまだできてないんですけど」


 眠気はまだおさまらない。


 だけど、日が暮れる前に村に着かないと、流石に辛いということで、ガナンさんは支度もそこそこに旅立つことにした。


「よっと……積荷馬に積んだよぉ」


「行くぞ」


「あいよ。じゃあ手綱もって……」


「いや、ソラ。馬に乗れ」


 むちゃを言う。


 寝不足で厳格でも見えているのかと思いながら、ぼくはガナンさんに苦笑いをにじませ、フィリアの乗る馬の手綱を握り締めた。


「乗った経験ないですし。ガナンさん降りるの?」


「流石につらい。お嬢様の後ろに座れ」


「え……?」


 きょとんとするフィリアを横目に、ガナンさんはしゃあしゃあと告げる。


「え、でも……が、ガナンッ」


「お嬢様。少し急がねば、夕暮れ時に村に着きませぬ。流石に私も、お嬢様に二晩も野宿をさせるなど忍びない」


「だ、だけどぉ……」


「いやですかな?」


「……べ、別に」


 気まずそうに口をすぼめるフィリア。どことなく顔は真っ赤で、俯き加減にいじいじと手綱を触る彼女を横目にガナンさんは容赦なく告げる。


「了解を得た。乗れソラ」


「あいよ。振り落とさないでね、フィリア」


「きゃあああ……!」


 ぼくが後ろに飛び乗っただけでこの悲鳴。


 大丈夫かな、と思いつつ、僕は、慌てふためくフィリアを抱きかかえるように、手綱を引き絞り、暴れ出しそうになる馬に囁きかけた。


「ほらほら、大丈夫だから。フィリアも暴れない、馬が怖がっているよ?」


「う、うう……ごめんなさい」


「なだめてあげて。怖くないからね」


「う、うん……。ごめんね」


 そう言って恐る恐る前のめりに馬の鼻筋へとフィリアは腕を伸ばす。


 手綱から感じる恐怖や震えが消えていく。


 落ち着いたんだろうね。ぼくは少し背に跨った足を絞ると、馬の手綱を少し引き、歩きだすように指示した。


「じゃあ、行こうか。ガナンさん」


 ぼくの声か、手綱の動きに反応したのか、馬が動き出す。ぼくは安堵に溜息をこぼすと、後ろから歩いてくるガナンさんに叫んだ。


「ガナンさんッ、ここをまっすぐ行くの?」


「そうだ。それにしても手馴れているな」


「勘だよ」


「筋がいい。ならそのまま姫様をよろしく頼む」


「ここはガナンさんがやるんじゃないの?」


「老体を酷使させるな。これでも腰がしびれるように痛むんだ」


「あっそ……。いいけど、フィリアが不安がらない?」


「お前は姫様のことだけ考えていろ。後のことはワシが考える」


「ふぅ……アイサー」


 溜息をつく僕をよそに、ガナンさんは馬を走らせぼくの前に出る。


 ぼくは慣れない手綱を動かしつつ、ゆっくりと歩く馬の上に乗りながら、背中を丸めてうずくまるフィリアの横顔を時々覗き込んだ。


 サラリと流れる長い金髪。


 少し白いうなじの向こうには、赤らむ頬があった。


 ギュッと鞍を掴む手は震えていて、緊張に唇を閉ざす彼女に、ぼくは少し申し訳なく思った。


(まぁ、見知らぬ人間に……しかも狼男に触られたくないよなぁ)


 ガナンさんはひどい人だと思いながら、彼女にできるだけ触らないように、だけど彼女を護るように、身体を少し曲げて俯く彼女の体をかばう。


(村まであと半日、か)


 短くも長い旅路。


 ぼくはフィリアの背中を護るように馬を、街道の長い道に走らせた。




 どきどきしました。


 こんなに近くにこの人がいる。


 しかも、その人は、私のとても気になる人。


 狼男。


 見知らぬ人。見知らぬ声。見知らぬ横顔。


 だけど暖かくて、優しくて、全然気取らなくて、それなのに――――この人はいつも自然に私を護ろうとしている。


 ドクンドクンって心臓が震えている。


 背中をくっつければ、心音が聞こえてしまいそうで、私は必死に前のめりに俯いてこの人から距離を取ろうとする。


 だけど、彼は私を護るように、少しだけ身体を寄せる。


 数センチ。


 少しすれば身体がくっつく。


 やだ――――聞かれたくない。知られたくない。傍にいたくない、ドキドキが止まらない。だんだん涙が出てくる。


「うっ……ひくっ……」


 怖い。


 自分が暴れ出しそうで、泣いているようで―――――どうしようもない自分が情けなくて悔しくて……。


 私……怖いよ。


「ひくっ……」


「……あ。フィリア見てごらん」


「ふぇ……?」


「ほら、大きな鳥だぁ」


 その人は関係なく、笑顔を空に浮かべて、蒼穹に舞うまるで天使のようない白い羽の鳥を見つめて指さしていた。


 屈託のない横顔。


 紅い瞳は光を受けてテラテラと輝く。透き通っていて、綺麗で――――裏も表もない。


 この人はまるで――――


「……風」


「ん?」


「……な、なんでもない」


「あはは、フィリア泣いてる?」


「な、泣いてないですッ」


「うそだぁ。泣くと空が滲んで世界が哀しく映るよ」


「だ、だから泣いてないですッ」


「あはははッ」


 その人は屈託なく笑う。


 そして、ゆっくりと頬を膨らませる私の頭を撫で、そして背中を抱え込むように少しだけ前のめりに、私の体に覆いかぶさった。


「……あ」


 ――――トクン……


 心音。

 

 固い下腹部が私の背中に当たる。まるで鉄板のような筋肉質ような身体から、彼の小さな【声】が聞こえてくる。


 少しだけ緊張している。


 私と、同じ――――


「……」


「恥ずかしいや。ぼく、こんなふうに女の子と一緒に馬に乗ったことなんてなくてさ」


「……そうなの?」


「フィリアは緊張してる?」


「――――うん」


 初めて、本音がつっかえなく、零れた。


 狼の彼は優しく微笑んだ。


「ぼくも」


 日差しの下、そんなふうに微笑む彼の横顔を、私はじっと、飽きるくらいにずっと、長い間見つめて、手綱を握る彼の手に指を這わせていた。


 ゴワゴワした体毛が好き。


 かたい胸板に、少し緊張した息遣いが好き。尖った耳が好き、突き出た鼻筋に長い牙に銀色の体毛が好き。

 

 大好き。


 私は……あなたが……



読みづらい文章でした。失礼しました。

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