6話 オーナーのひみつ
どうやらフィデリスは、そのまま食事を共にするらしい。
椅子に座りなおした彼女は、そのまま給仕を呼びつけ、追加の食事をオーダーした。それを聞いたカイエがひそかに眉を寄せたのをつぶさに見てとって、フィデリスは笑う。
「こいつはオレの奢りだ」
「どうだか……」
庄助はと言えば、先ほどの言葉を何度か反芻して、やっとこさ喉のつかえを飲み込むように唾を飲み込んだ。どう見てもファンタジーの住人にしか見えない彼らが、自分と同じ異世界からの来訪者だとはとても思えない。
「もしかして、ここにいる全員……って訳じゃないよな?」
「そのもしかしてだぜ、巫子様? 今日は特別、異世界人だけご招待だ」
驚愕の顔を浮かべる庄助にフィデリスがにやにやと含み笑う。まるで庄助の反応を予期していたかのようだった。
「あそこの魔法使いっぽいじいさんも、ムキムキのヒゲ親父も、ナイスバディなねーちゃんも、ヒラヒラな服着て歌歌ってる人も、全部異世界人……?」
「もちろんだ、にいちゃん!」
「ンがッ!!」
唐突に思い切り肩を叩かれて前のめった。衝撃で肺の中の空気を押しだされ、軽くむせてしまう。
にじんだ涙をぬぐって後を振り向き──その時やっと食堂にいる全員が、こちらを伺っているのに気付いた。
「こんなの聞いてねえ!!」
打ちのめされた顔で庄助は吼えた。騙しに騙されて更に騙された。書割の城を見て喜んでいたような、そんな気分だ。
うらみがましい目で見られたカイエは眉尻を下げる。まるで本意でなかったような顔だが、仕掛け人の一人なのは真実でもある。
「私だって聞いてなかったもの。なんだって皆知らんぷりで演技してるのよ、どうせ聞き耳を立ててるのは分かってるのにヘタな事言えないじゃない」
「そうは言っても、来たばっかりの子に空想もいいとこな話してるお前も大概だけどな」
どっと食堂中が沸く。違いねえ、と言ったのは、先ほど思い切り庄助の肩をはたいた年若い少年だ。その言葉に被せるように周囲から囃し言葉がかかる。
そんな中、憤懣やるかたない表情で唸っているのは庄助だ。どうにも納得がいかず、それをうまく言葉にもできない。
噛みつきたい気持ちは山々だが、カイエは周囲から囃したてられ、フィデリスに至っては出来上がっている。既にテーブルにはフィデリスのあけた酒瓶が並んでいた。給仕ですら仕事をやめて一緒になって騒いでいるのだ。そのせいか、フィデリスは徐々に自分で酒瓶を持ってきては飲む、といった具合で誰も止めやしない。結果がこれ。
「はっはっはっはっはっは! ほんっと今日のカイエときたら、マジで傑作」
すっかりできあがった酒乱の完成である。
「飲みすぎっすよ、フィデリスさん、店の酒何本開けてるんすか」
「んー6本!」
「ぜってー嘘だ……」
おおよそ女性とは思えない笑い声を上げながら、フィデリスは庄助にしなだれかかった。所々体に密着するせいで、にわかにじわじわと顔に血が上りそうになる。勢いそっぽを向くのも逆に笑われそうで、正面でがっちりと固めた視界の端で楽しげに淡黄色が前後左右に揺れているのが見えた。
後悔先に立たずとはこういう物だろうか。完全な酔っ払いに絡まれてしまった。
恐る恐る視線を下に向ければ、すっかり顔の筋肉が緩んだフィデリスが半眼でこちらを見つめている。
「……ふぅん……」
何やら意味ありげに納得して、更に意味ありげに口角をあげる。
(マズい)と思った頃には時すでに遅し、しなだれかかるだけだったフィデリスが全身ごと距離を縮めて、庄助の肩に顎をかけていた。
「(ちょ、あの、フィデリスさんッ!?)」
咎めた言葉は小声で、聞こえなかったのだろうか。フィデリスは退く兆しさえ見せずに、更に「んふ」と鼻の奥で笑うと、耳の後に唇を押し付けた。
鼻っつらを耳の後ろに執拗に押し付けて、湿った息がかかっても、全然嬉しくない。
中身は男なのだ。悲しい事に、男なのだ。
たとえ下半分のもう一人が「お?出番か?」とそわそわしだしても、これは男なのだ。
「なぁ巫子様、オレはよ、巫子様にめっちゃくちゃ興味があるんだぜ」
「へっ……」
耳の裏から囁かれる言葉に、ぞわりとした何かが、背中に走る。何というアダルティだ。でも嬉しくない。
つつ、と指先が太ももをすべる。羽でも触れるかのようなタッチで庄助の指先にたどり着くと、そっと掌を重ねた。
「き、期待? え? なっ、な」
「さっきからそればっかりだな、巫子様」
ふ、と熱が耳元から離れた。少しだけ身を引いて、背けた顔を戻せば、フィデリスは酒気に緩んだ目でじっと庄助を見つめていた。
「もっと巫子様の事教えてくれよ」
フィデリスは庄助の目を見つめたまま過度に露出した胸元を段々と緩める。悲しいかな、中身は男だと分かっているのに心臓が大きく波打つ。むしろ、中身が男だからコツをとらえているのだろうか。
どうも女性に口説かれているという気がしない。かと言って男に口説かれて心臓を波打たせているとは思いたくない。
じりじりと近付くかれて、背中に冷や汗が流れる。他の皆はカイエをいじくるのに夢中だ。いいのか、これでいいのか、よくないだろ、と頭の中にぐるぐると言葉がめぐる。身を引けば近付かれ、更に身を引けばもっと近付かれる。
「げっ」
もう少し下がろうとして、しかし、それ以上は下がれないようだった。手をついた先に何もない。がくんと椅子から落ちそうになって、姿勢が崩れる。
柔らかな力強さに絡めとられた。それがフィデリスの腕だと分かったのは一瞬間をおいてからだ。
「ふぃ、フィデリスさん」
「へっへっへ、落っこちるトコだったな」
本当に女性らしくない笑い声だ。ぐいと引き寄せられて身じろぎしながら、庄助は彼女の力を借りて椅子に座りなおした。
フィデリスは庄助が身を任せたのを良い事に、更に力強く庄助に腕を回す。
──うわ、やわらかい。
力をこめてやっと庄助の体を包む事が出来た様子を見て、ようやくフィデリスが庄助よりも身長が低い事に気付いた。力強い覇気や振る舞い、力強さや出ている部分ばかりに気が取られて今まで気付かなかったが、フィデリスは柔らかでなよやかな体躯をしている。やはり女性なのだ。
庄助は、フィデリスの必死にもとれる強さでしがみつく腕を振り払う事もできず、身を縮こませるばかりだ。軽く体を緊張させて視線をうろうろさせていると、頭上でフィデリスが大きく呻いた。
「あーつーいー! 巫子様ぁ、外行きたい」
「えっ、え」
「うーごーけーなーいー」
うだうだと頬をすり寄せて、庄助の体に手足を絡ませる。目を白黒している内に、猿にでも飛びつかれたような格好になってしまった。
どうやらフィデリスの呻きに気付いたのだろう、カイエを囲む集団はターゲットを変えて庄助に絡まるフィデリスを見て囃し立て始める。
「おうおう巫子様も隅に置けないなあ! 連れてってやんなよ」
「よっ! この色男!」
「アンタたち! この酔っぱらい共、いい加減にしなさいよ! ごめんね、庄助、ちょっとフィデリスの事、裏に放って来て」
「あ、うん」
思わず頷いてしまう。
カイエが一睨みすると、すでに盛り上がっていた面々は「おお怖い」と肩をすくめる。にやにやと笑う面々を再度一睨みして、カイエは庄助に向かって手を振って、軽く笑った。
「こっちの酔っぱらいは私が相手しないと何するか分からないの」
「そりゃーないぜカイエ!」
「ほら、早く。裏に行くならあっちから出て」
庄助はむずがるフィデリスを何とか背負うと、急かされるように宿の裏庭に続く扉へと向かった。
裏口の扉を開けると、温い空気と入れ違いに冷たい空気が吹き入れる。
すがすがしい風がいつの間にか火照ってしまったらしい顔の熱を奪っていく。初めての飲酒に酔ってしまったのだろうか、フィデリスにアダルティに迫られたせいだろうか、庄助自身も大分熱くなってしまったことに気が付いた。
熱くなった頬や耳元を冷ますように扉口で一息吐いていると、背中でフィデリスが「巫子様、水」と駄々をこねる子どものように顔を擦り付けた。巫子様だのと言っている割にはこの扱いは理不尽さしか感じ得ない。
(まあしかし、酔っ払いなんてこんなもんだろうな、多分)と自分を慰めながら、庄助は裏庭をきょろりと見回した。昼間見た魔法の街灯が宿屋の裏の通りにも設置されているおかげで、薄暗いものの見る分には支障が無いほどだ。ぼんやりとした光に目を凝らす。
どうやら正面奥に井戸と小さな菜園があり、宿側にはいくつかの甕と木箱の他には木製のベンチがぽつんと設置されているようだ。他の細かいものは暗くてよく分からないが、見えるところはところどころ品の良いデザインであり、フィデリスが持主とは思えないほどの上品な裏庭だった。
庄助はフィデリスをベンチに座らせると、記憶の中の見よう見まねで井戸から水をくみ上げた。
桶の中の水を嗅ぐ。夜更けで汚れているかは分からなかったが、どうやら変な匂いはしなかったのでそのまま井戸の脇に置いてあるゴブレットを差し入れて水を汲み、フィデリスの所へ戻った。
「すずしーっ!」
「ったくもう……ほら、水っすよ」
「へへへ、あんがとよ」
フィデリスは嬉しそうににやけた笑みでゴブレットを受け取る。水を一気に呷ると親父臭く息を吐いた。
「かぁー、うめえ!」
「只の水ですけど」
当たり前の事を言えば、目を眇められ軽く睨むように見られてしまった。
「なぁに言ってんだ、ウチの水だから美味いにきまってんだろ」
「は……はあ」
根拠も脈絡もない、全くの絡み酒だ。
反応に困ってとりあえず頷いてみれば、フィデリスは更に眉をひそめて顔を近寄せる。身体中から香るアルコールの匂いがぷんと鼻をくすぐって、庄助の方も眉をひそめてしまいそうになる。
「あんだよーっ? 巫子様ノリ悪ぃなぁ」
フィデリスはくしゃりと顔をしかめて、ベンチにどっかりと背中をもたれさせた。
どうにも具合が悪い。体調だとかそういう事ではなく、雰囲気の問題だ。
狐狸のごとく親しみやすい青年の仮面を被っていたカイエとはいくらか違って、フィデリスはどちらかと言えばあまりお近づきになりたくない方の雰囲気を持っている。かなり友好的に接してくれているのは分かるが、何か居心地の悪い感じを覚えていた。
確かにカイエにも妙な具合の悪さ──違和感を感じていたが、それとはまた別のぴったりはまらない感じだ。
大して話してもいないのに妙にフレンドリーにされて、どうしたらいいか分からない、というのが当てはまるだろうか。むしろ突然迫られ、変な口説かれ方をして、ワガママを聞いた挙句こんな暗い場所で二人きりになるなんて、よくよく考えたら具合が悪いどころの話ではない。
今すぐ戻りたい気持ちになるものの、この酔っぱらいを放っておくことも出来ずに押し黙ってじっと庭をおし眺めていると、隣でひっくり返っていたフィデリスがゆっくりと体を起こした。
横目で見やれば、フィデリスの笑い声がかかる。
「へへ、からかってごめんな」
少々突然の物言いに、きょとんとする。
「え、からかってた……? ……て、え」
「うん」
あっけらかんとフィデリスは頷く。
「三割くらいはからかってた。後は本気」
「結構本気じゃないですか!」
「はは、そうなんだ」
フィデリスは鼻をならす。
酔いがすっかり醒めた顔は静かに月明かりに光っていた。
「巫子様と二人っきり話がしたくってさ。ちょっとな」
「……ヤダ、怖い」
「わは! いつも通りだけどな!」
あいつらだって気付いてるかは知らないけど、とフィデリスは続けた。
あいつら、とフィデリスが指した先へ、庄助は振り返る。喧騒は閉じたドア越しからも漏れ聞こえていた。建物を挟んだ裏があまりにも静かだからだろうか、彼らの笑う声ばかり響く。
「カイエの事ですか?」
「おう、それもあるけどよ。オレの目的はお前だぜ」
「俺?」
静寂が際立つ空間に一つ落とされた声は、さっきまでへべれけを呈していたフィデリスのものにしては、酔っている思えないほど冷静だ。
一瞬またからかわれるのかと身構えたものの、その声音に力が抜ける。
「カイエの事は、その気があるなら奴自身とじっくり付き合えばいいさ。オレから言うことでもない」
カイエ達のいる屋内へ──僅かに後ろを振り仰いだフィデリスは僅かに顔をしかめて笑う。これ以上の詮索は無用とばかりに肩を竦めると、庄助の方へと向き直った。
「七割は本気だって言ったろ?」
豊かな睫毛にふちどられた瞳がいたずらめいてひらめく。
「巫子様に興味があるってのは本当だ。なんせ、巫子様と面と向かって話すのは初めてだからな」
「こんな面倒臭い事になって帰りたいとか思わないのか?」
あけすけに聞かれた質問に庄助は眉根を深く寄せる。その質問は、いろいろと話をする前にもカイエにも聞かれたことだった。
あの時は「帰らない」とは言っていなかったと思う。ただ首を横に振っただけだ。
今は、どうだろうか。
「……正直、わかんないすけど」
「へぇ?」
胸に手を当てて考えて見る。
ことわり、だの、神だの、いろいろと大変な事を言われたような気がする。
された話の胡散臭さから、それをそっくりそのまま信じることは出来ないが、カイエの真剣さまで疑うとなると、それも少し違うのではと思う。何となく、大人の話をするために大人なこずるい手を使われただけなような……それにしては、明かされた秘密はとんでもなく突拍子もないことだったけれど。
「帰りたいとは、思わないんだよなぁ……」
それは誰に宛てた訳でもない、呟きに近い一言だった。
庄助の頭を、フィデリスが遠慮がちに手を差し伸べて、優しく撫でる。食堂の中での事が頭の中に過ぎって身体が一瞬震えたが、あのぞわりとした手つきとは全く違った清潔さがあった。細く繊細な指先なのに、何故か無骨な印象を受ける。矛盾を感じる存在や人間性をここから感じ取って良いものか分からなかったが、これがフィデリス本来の印象だったらいいと感じる。
ふと、カイエはどうだったのだろうか、そんなことを思った。
「カイエは帰りたいのかな……帰りたかったのかな」
フィデリスは知っているだろうか。長い付き合いのように見えた。頭を撫でる手越しにちらりと彼女を見れば、どういう訳か困ったように口を閉ざしている。
暫く無言で庄助の頭を撫でていると、ふうと微かに息を吐いて、ゆるくかぶりを振った。
「オレにも分からん。短い付き合いじゃないんだがな」
「そうなんですか?」
「もうかれこれ20年かな……」
「へえ、20年……て、20年!?」
思わずフィデリスの手を跳ね飛ばしてしまう。まじまじと彼女の頭からつま先までを眺めて──彼女が異世界人だということも思い出して──視線をあさっての方向に向けて年齢を計算し、納得がいくはずもなくもう一度フィデリスを注視する羽目になった。
あまりの驚きぶりに逆に目を見開いたフィデリスは、一瞬固まって、それから堪えきれないように吹き出した。
「ぶ、ふは、わははは! そうかあ、ホントにまっさらなんだなあ」
「なんすかそれ、俺がピュアみたいに」
「自分で言うなって! わははは! ああ、ダメダメ、おかしい」
「んな笑わなくたっていーじゃないっすか……」
フィデリスは笑いに荒げた息を収めるように何度も深く呼吸をして、目尻に浮かんだ涙を拭う。
未だにやにやとした笑みが浮かぶ頬を自身の両手でぐにぐにと揉むと、ようやく落ち着いたようだった。
「ああ……うん、あんまり難しく考えんな。単純な話、オレとカイエがそう言う種族なだけだ」
「種族? エルフ、とか?」
上から下まで、フィデリスは多少人間離れした美しい容姿を持っている。
淡黄色の髪の色はゆるく艶めいて波打ち、白い肌は街灯の元さえざえと光っている。口調や仕草からは到底結びつかない繊細な美しさだ。まともに目を見ていなかったせいか、彼女の瞳の色が紫だと言う事に気付いのは、たった今だ。
まるで女神か、妖精かといった風情のフィデリスが長命だということから想像するに、エルフではないか、と考えたのである。
しかし、フィデリスは首を横に振った。
「こう言っちゃ何だが、オレたちは寿命が長いだけで後はただの人だぜ。エルフは……どっかにいるんじゃないかな」
「どっかにって、フィデリスさん、長生きなんすよね? 知らないんですか」
「いや、会ったことはあるがエルフの住処なんて都市伝説モノだからな。異世界人産のエルフに聞いても教えちゃくれないし、ケチだ」
「……異世界産? ……ああ、そっか、種族もか……」
引き摺られるってスゴい。
つまり全身整形ではなく、中身の魂まで総取替え、結果的に種族まで変わってしまうと。人間が猫や宇宙人に変わるようなものかと考えれば、ちょっとだけ恐ろしい。
「こう見るとやっぱり巫子様はなーんも変わってない様に見えるな。どっか変わった感じするか?」
「いや、全然……てか、フィデリスさんはどうなんすか。あんまり聞きたくないけど」
「オレ?オレか……」
フィデリスは顎に手を当てて何やらニヤニヤと笑う。ごろつきめいた非常にいやらしい笑みに、嫌な予感がする。
先程撫でられた印象はきっと夢だったに違いない。そうでなければこの女神かエルフのような美人がこんな顔をするはずがない。
「姿形は変わったけど、やってる事は変わらんな。前も酒場のオーナーで、今も酒場のオーナーだ。宿屋もやってるがな」
「居酒屋の店主っすか、それっぽ……」
「そういや巫子様、どうしてここが『金のもぐら亭』って名前か、知ってるか?」
『宿屋の名前も面白いしな、金のもぐら亭って。なあ、カイエ、なんでこの名前だか知ってる?』
『さてねぇ、親父さんに聞いてみれば? あ、飲み物は何がいい?』
不意に、一時間ほど前の会話が脳裏をかすめる。
確かにフィデリスはオーナーだったはずだ。だが、事実から言えばフィデリスは元々男性で、今は女性だ。
親父さんとフィデリスは違うはずだと思い込んでいた。
なんでカイエは「親父さん」なんて、男性を強調することを?
「オレも昔は散々ヤンチャしてな、髪も脱色して金髪だわ、夜の街をフラフラするわ、付いた名前が『穴掘りもぐらのジュンゴ』っつって」
「あなっ、へ、はぁ、ガテン系だったんで……トンネルでも掘ってたんすか?」
「自分の店舗持ってようやく軌道に乗ったって所で事故にあって、こっちに来たんだがこの体だろ? もうヤれないわけよ。だから昔を懐かしんで『金のもぐら』にしたって訳だ」
「っすよね、女性の体じゃ力でないっすからね」
「と言うか付いてないだろ?」
……聞きたくなかった。
どうか、お願いだからウソだとか冗談だとか言って欲しい。
まともに見れないフィデリスの顔が、更に見えない。ついでに、意図も見えない。
「あの、俺、ちょっとトイレに」
がっしりと手首を掴まれる。
大量の冷や汗が背中を流れる、嫌な予感と悪寒が止まらない。
「フィ、フィデリスさん……?」
「なあ、フィデリスでいいぜ、巫子様」
「俺ちょっとトイレに行きたくなって……あ、フィデリスさんは満足するまで居ていいですから!!」
「最近の魔法ってすごいよな、一時的でも姿が変えられるんだから」
「あーちょっとなんか力強いですよちょっとやめてくださいちょっとなんかゴツくなってません」
思った以上に強い力に抱き込まれる。肩を撫でられてぞわりとした。
自分にはそう言う趣味はない。断じてない。庄助は超神にも祈る気持ちで脱出を試みる。
あの女性らしさはどこに行ったのか。最初からなかったかもしれない。やわらかさや非力さは嘘だったのだ。
そっちの嘘を吐かれてもまったく嬉しくない。
「フィデリスさん、俺巫子ですよ、超神に所業がバレるんですよ、なんか罰とか下りますよ。それにこんな坊主とか何とか言ってたじゃないですか。酔っ払ってるんですよね!?」
「下ってから考えよう。オレは思った。昔懐かしい故郷の味は巫子様しかいない。ならそれを味わったっていいじゃないか、本望だ」
「やめて下さいよそんな味噌汁みたいな言い方!!」
フィデリスはまるで女神のような笑顔を浮かべた。この笑顔には一度だけ見覚えがある。
数十分前に見た、庄助が思考停止しそうな突拍子もない事をいう前の笑顔だ。
悪魔だ。
悪魔がいる。
「大丈夫大丈夫、痛いのが嫌なら慣らして行こう、幸いまだまだ夜は長い!」
「か、かっ……カイエーッ!! カイエーーーーッ!!!!」
抜身の剣を携え、鬼気迫る表情で出てきたカイエにフィデリスが思いっきり殴られたのは、言うまでもない。