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オネェ様じゃKnight!  作者: ふなもり
異世界で不幸を嘆くオトコ
3/7

2話 夕暮れ街道と新人魔法士

 ガイナトン国は、この世界では比較的中庸な、王権に比重を置かない立憲君主制をとっている。未だ未探索の土地の多いこの世界において中央に座し、絶対的な力を持つ宗主四国の内第一宗国であるトラステと隣接し、交易や文化の流入が多いため、文化的にはトラステと同様西洋に似通っている。また、トラステとほとんどの土地が隣接しているために、ここガイナトン国は『トラステの玄関口』と呼ばれることも多い。

 ガイナトン国神殿は王都クベーロスの北部、山岳地帯を背にして庶民街と貴族たちの居住区を跨ぐようにして建てられている。北東部にある宮殿から馬車で15分と歩くにはやや遠いが、宮殿と近接しないのは本神殿の意向であり、神殿のある大体の国はそれに従っている。ここガイナトン国もそのひとつである。

 更に本神殿に近い国神殿という事もあって、宗主四国に囲まれるように位置する本神殿からの庇護も篤く、異世界人に関する法的庇護が受けられ易いために彼らに対しての扱いも良い事が特徴的である。


 西洋文化に似通っている事に違わず、クベーロスは城郭都市で、ぐるりと囲んだ城壁が威容を誇っている。

 城下町と言っても丘の上に宮殿があるというだけで実際の意味ではなかったが、城下の街並みに庄助はほう、と感嘆の息を吐いた。

 『トラステの玄関口』と言われるのも納得できる、活気のある街並みは混雑時ではないとは言え大いに賑わっている。日が傾き、そろそろ夕方になろうという時間なのに歩くのにも気をつけなければいけない程度の人ごみは、彼らの姿や商売道具などを見るに付け、庄助に異世界をぐんと感じさせるものだ。

 街道にはガス灯の様な街灯が立っており、なんらかの制服を着た女性が一つ一つ回ってスイッチのようなものを入れている。その度に光がぼんやりと発光し、ゆらめいてから安定した光を放つ。

 カイエを仰ぎ見れば、あれは魔法による街灯だと言う。初めて見た魔法に庄助のテンションは一気に上がった。スイッチの様なものが魔法らしく、どうやっているのか興味津々に覗き込むが、人通りが多くて中々見ることができない。苦笑したカイエに腕を引かれ、制服の女性の所まで誘導されてしまった。

 カイエは制服を着た女性に近づき、庄助を指して作業を見せて貰えるよう掛け合う。しばらくすると、女性は構わないと頷いて庄助を手招いた。

「あ、ありがとう」

「構いませんよ。日が落ちきるにはまだ時間がありますから」

 そう言って庄助に優しく微笑みかけた制服の女性は国家憲兵隊に所属する新人魔法士で、大体の新人はこう言った雑務をこなすらしい。

 軍隊はないのかと聞けば、別に存在していると応えが返る。ただ単に街に下りてこないので見かけないだけなのだと簡単に説明された。

「まあ、いつか宮殿に行くことがあれば会うこともあるだろうね」

 カイエがそう口を挟んで、特に興味なさそうに肩を竦めたのが庄助には意外に思えた。

 ぼんやり不思議に思っていると背中を押され、はたと気づけば作業を始めるところだったので、慌てて魔法士の隣に走った。

「簡単なんですけど、最新の技術が使われているんですよ」

 魔法士が街灯の小窓を開けると、そこには基盤のようなものにつやりと磨かれた石がはめ込まれている。青や黄、緑が揺らめいている不思議な色合いを持っていて、それだけで普通の石でないことが分かる。

 「これはいわゆる魔力が込められている石ですね。私たちが魔力を通すと、この基盤に設定された通り、魔力が入力されたままの状態になるんです。そして、魔力を抵抗なく通す結晶を練りこんだ導線を通して灯部分の発光結晶が光る、といった具合ですね。これを夕方と早朝に切り替え作業を行うのが、私の仕事なんです」

 そう言いながら、魔法士が石に触れる。一瞬チカリと光が指先から放たれると、揺らめいた光が青一色にほの淡く光った。これだけでも十分間接照明になりそうだ。

 そうしてすぐに頭の上で光がこぼれた。白色灯にもにたあたたかい色の光は、夕方の町並みを穏やかに照らしている。

「すっげぇ……!」

「ふふ、ありがとうございます」

 夢中になる庄助を嬉しそうに見つめ、魔法士に笑みが溢れた。

「ホントすごい!俺にも出来たらいいのに」

 庄助は笑顔で魔法士を振り返った。自分でもやってみたいと顔に書いてあるのがありありと分かる。そう問われて、魔法士は苦笑する。

「憲兵隊に入れば出来るかもしれません」

「何かはぐらかされた!」

 魔法士はふふ、と笑ってそれ以上の言葉を言わない。庄助が少しばかりむうっとした顔つきをしていると、後ろにいたカイエが慰めるように背中を叩いた。 

「仕方ないじゃないか、彼女の仕事を取ってはだめだよ」

 そういう慰められ方は何だか違う気がする、と心中でまんじりとしない気持ちを抱えそうになったが、こういう場合、食い下がっても結局取り合ってもらえないのがほとんどだ。

 カイエの言う通り「仕方がなく」それ以上の追求を止めて、魔法士の仕事の邪魔を終わらせることにした。そろそろ日も落ちそうだし、これ以上引き止めることも憚られる。

 二人は魔法士に頭を下げると、目的の宿目指して街道を再び歩き出すことにしたのであった。


 「本当に此度の巫子様はお可愛らしい方ね、褒められたって家族に自慢ができそう」

 そうつぶやいた魔法士の言葉は、庄助には届かないまま、夕暮れの街道に散じていった。





 誰かに見られている気がする。


 魔法士と別れてからと言うもの、庄助は謎の圧迫感に苦しめられていた。

 特殊な訓練は受けていないし、人の気配を読めるわけでもない。それでも人の視線はよくわかるというものだ。なるほどこれがカクテルパーティ効果か、などと外れた事を考えながら隣を歩くカイエを横目でちらりと覗き見た。

「ん? どうかした? 何か欲しいものでもあった?」

 どうやらカイエは特殊な訓練を受けているようだ。流石騎士である。庄助にとっては僅かな目線の動きに気付いたのか、首を巡らせて庄助を見ると軽く首を傾げる。

 それが普通に格好よく見えてしまうのだから、美形は憎い。モテる男全般に言える事だが、何をやっても様になるのはずるい。どういう構造をしているのだろうか?

「いや、別に……」

「やっぱり、帰りたくなった?」

「いやいやいや! そうじゃなくて!」

 思わぬ言葉に驚いて急いで首を振る。カイエは僅かに眉根を寄せて、傾げた首はそのままに困ったような顔をした。

「なんか、見られてるような気がすんだ……」

 右手で左腕を抱えると、ぶるっと身を震わせる。何だかよく分からない圧迫感に背筋に悪寒が走ってしまい、なんとなく寒い気がする。

 訝しげにカイエは庄助から目線を外し、しばらく辺りの気配を伺い周辺にさっと目線を走らせる。あまりに一瞬の事で庄助はそれに気づかなかったが、頭にぽんと手を乗せられた事に気づいて、顔を上げた。その先には、思いがけず穏やかに笑うカイエの顔がある。

「大丈夫、悪い気配はないよ」

 そのままぽんぽんと軽く頭をたたかれて、庄助はほっと胸を撫で下ろした。相変わらず圧迫感はあるし、じりじりと強まっているがするけれども、危害を加えられる事はないようなので気にしないことにした。

 ふっと息を吐く庄助にカイエは苦笑しながら、頭に置いた手を下ろした。

「多分、ショウスケの髪と目の色が珍しいんだろうね。こっちじゃ黒髪黒目なんて巫子様しかいないから」

「え、そーなの?」

「そうだよ。神官に言われなかった?」

「巫子の(しるし)とか何とか、って話くらいは聞いた気がする」

 うんうんと頷いて、あまりにも当たり前のように黒髪黒目の珍しさに納得していた事に気付く。そういう『お約束』が本当にあるとは、思い至って居なかった。

「そう、黒髪黒目は巫子様の特徴として一番分かり易い。さっきの魔法士も気付いていたよ」

「は、え、ええ? じゃあなんで」

「巫子様には魔力がないからねぇ」

「そ、そんなぁ……」

 魔法士がどうしてあんなはぐらかし方をしたのか理解して、庄助はがっくりと肩を落とした。魔力がなければ街灯に光を灯せないが、相手が巫子様だ。それを説明するには少々気が引けたのだろう。ましてや先代の巫子が薨去してすぐ、なんの発布もされていない状況では巫子様もすぐに飲み込めない状況があるに違いない。そこまで考えて、「魔力がないから出来ない」ではなく「憲兵になれば出来る」と言い換えたのだろう。

 ちょっとだけ、余計なお世話である。

 しかし、実は魔法士は庄助の好みのタイプでもあった。街灯に夢中になってしまったが、よくよく思い出せば、優しい笑顔や制服を押し上げるふくよかな胸、すらっとした体躯、穏やかそうな性格と、こんなお姉さんと付き合ってみたい理想に当てはまる。

 瞬間、頭の中で巡る妄想の中では、再会した魔法士とのささやかなラブストーリーが展開されていた。再会、そしてデート、仲の深まった二人はお互いの名前を呼び合って……そう言えば、なんて名前だったっけ?

「あ!」

「ショウスケ?」

「名前! 名前聞いてない!!」

「はぁ?」

「魔法士のおねーさんの!」

 慌ててまくし立てる庄助にカイエは困惑した表情を見せる。と、庄助の思惑に思い至って、にやにやとした笑みを浮かべる。腕を組んで、右手で顎をさすりながら、庄助を見下ろした。

「そう、そこまで言うなら、もう居ないとは思うけど引き返そうか?」

「うっ」

 にやにや笑いにからかわれていると気付いて、庄助はグッと唸る。ここまで言ったは良いが、庄助は奥手である。こうやってからかわれる事には免疫がない。しかも美形が相手となると、よく分からない屈辱を感じて頭に血が上ってしまう。

「し、しねーし!」

「ふーん、そう?」

「しないったらしない!」

 しまった、とその瞬間に思った。ここまで言ってしまうと引き返せない。自分の奥手さと迂闊さを頭の片隅で呪いながら、拳を握ってカイエを追い抜き、ずかずかと街道を歩く。


「あ!ちょっと、ショウスケ!宿通り過ぎてる!」


 泣きっ面に蜂とはこういう事を言うのだろうか。

 転回して戻ってきた庄助は怒鳴る代わりに一発肩にパンチを入れようとし──しかし簡単にその拳を取られて──更に蜂に刺されたのであった。

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