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オネェ様じゃKnight!  作者: ふなもり
異世界で不幸を嘆くオトコ
2/7

1話 火のないところに煙は立たぬ

 不幸だ。

 俺は不幸だ。


 伊丹庄助は巫子である。巫子と書いて「ミコ」と読む、巫子である。

 今や古今東西ありふれた題材よろしく、世界を跨いで異世界に召喚された、巫子なのである。

 それがどうしてこうなったのか彼にはついぞ分からない。別にお約束を期待していたという訳でも、まあ半分くらいは無いのだし、素晴らしい能力や素晴らしい出会いがなくても仕方ないなとも思っていた。やはり、半分くらいは期待していた。

 それがこの様である。

 目の前に座り、ニコニコしながら優雅な所作で紅茶をすする男は、控えめに言っても自分の臣下の様には見えない。その実この男の主が自分だという事は周知の事実でもある。

 この男は型にはまった美形ではないが、西洋的な顔立ちが多い中にしては骨格が細く、切れ長の釣り目に薄い唇とエキゾチックな整った容姿をしており、もみあげ部分をやや伸ばした短髪の髪色は一際目を惹く。地色は鉛丹色で、毛先に向かうにつれ曙色に褪せるその髪の色は意外と目に優しかった。

 切れ長の釣り目でほとんどの表情が笑顔ということもあって、あまり目の色を覗かせることもないながら、たまに見かける目の色は薄い茶色をしていた。砂色と言っても良いほどだ。

 これで中身が伴えば非の打ち所の無い美形と賞賛したくもなるし、少しぐらいフランクに対応されたって特には気にしない。

 だがしかし、現在、庄助は溜息をどうやって堪えるかの算段ばかりしている。

 それは、ある一つの噂のせいであった。



──当代のガイナトン国巫子様の護衛騎士は、巫子様に本気の懸想をしている。

しかも、巫子様もまんざらではない。── などと。



 

 初めて騎士と会ったのは、庄助が召喚された翌日である。召喚した神官と護衛兵二人に引き連れられ、神殿内の応接室での顔合わせとなった。四人が応接室に入るとすでに彼は待ち構えており、その一際目を惹く赤髪に目が吸い寄せられたのだった。

 その男、騎士はカイエ・テミソスと名乗った。本神殿から巫子の護衛騎士を勤めるため出向したのだと説明を付け加えて、恭しく一礼する。

 庄助はその時、初めて見る本物の騎士に興奮していた。しかもセオリー通りの美形である。女性騎士でなかったことが本当に残念だが、その時はそんな事はどうでもよかった。思ったより細身の体は、明らかに自分よりもしっかりとした体つきに、きっちりと着込んだ隊服、その上にはブレストアーマーとガントレット、グリーヴに鉄靴程度の略式のアーマーを身につけ、長剣と短剣を帯びている。

「このような格好で失礼かと存じますが、何分、神殿での完全武装はあまり意味がありません」

 そう言うと、カイエは申し訳なさそうに改めて頭を下げた。

 実際、神殿は天井が恐ろしく高く、廊下の横幅も広いが、完全武装して戦うには狭い。更に庄助の寝起きする居住区画は、天井はまあまあの高さで廊下もそれなりだ。大丈夫だろうか、と言う目線を向けた庄助に、カイエは鎖帷子を着込んでいるのだと微笑んだ。

 (ああ、この、顔色で判断してくれる素晴らしい空気の読みっぷり。まさに騎士!)

 庄助は改めて感動に浸った。冒険者や在野の実力者も魅力的であるが、やはり武器が刃物中心の世界と言えば、騎士である。ここまで神官と話している内に、血統や勲爵等で人の序列が有る事は大体察していたものの、騎士という存在をついぞ見かけなかった。それまで自分の護衛にあたっていたのはこのガイナトン国神殿の警護兵である。護衛兵とも神殿兵とも言われていた彼らはそれでも、騎士ではなかった。それ故に期待も大きいものだったのだ。

「すげえ、本物だ……」

 期待に違わぬその騎士に、思わず呟きが漏れてしまう。

 カイエはくすりと僅かに声をあげて笑うと、

「お褒め頂いて誠に光栄にございます」

 と、はにかんだように笑んだ。

「うっ」

 庄助は思わぬ攻撃と思考の漏洩の羞恥に耳を赤らめざるを得ない。別段ソッチの気がある訳ではないが、美形も想像するのと実際会って話すのでは全く違う。しかも、自分に対して好意をもってくれる美形と言う存在には、人生のどこを探しても一人も居なかった。従って伊丹庄助という少年は、まるで美形とは縁遠い交友関係の中で過ごしてきたのである。そんな訳であるから、奥手な伊丹少年が顔を赤らめるのも仕方がないというものだ。

 重ねて言うが、決して伊丹少年──庄助にソッチの気があるという訳ではない。



 憧れの騎士という事もあって、庄助はカイエによく懐いた。カイエは20代後半に差し掛かろうかといった年頃で、特に気後れする年の差もなく、心の中では『頼れる近所のお兄さん』の様な扱いである。

 話しぶりも面白く、庄助の言葉遣いやカルチャーギャップをからかったりしない。

 年上に主人扱いされる事がどうにも馴染めない庄助に主従関係を押し付けることもなく、勉強しなくてはと意気込んでも「急がなくても良い、ゆっくりで良い」と肩を叩いてくれる。気勢を削がれた気分ではあったが、元々勉強嫌いの庄助にとってはありがたい申し出でもあった。


「ショウスケは帰りたい?」

 顔合わせの次の日にはそんな事を聞かれた。庄助はまず直ぐにかぶりを振った。はっきりとはしないけれど帰っても仕方がないと思うのだ。自分勝手だとは思う一方、故郷で執着するものがない。命があって、生活ができれば自分の好きなことも手放せる程度には、何が何でもという気持ちがなかった。

 親や兄弟の顔をちらりと思い出して、それでも胸がささやかに痛むくらいだ。

 それにどうやら、この世界に来た時には自分の存在が元々居た世界から消えてしまうらしい。親も兄弟も、そして友達も自分の事を忘れてしまうのだ。はじめからいない事になってしまっているために、別の痛みが走っても、それも思いつめる程ではなかった。

 むしろ、覚えていてもらうほうがきっと辛くなりそうだと、庄助がそう言うと、カイエは切なさげに目を細めた。

「帰す方法はあるんだ。今すぐなら、帰してあげられるけど……もう少ししたら、次いつ帰せるかはわからない」

「いいって、別に気にしてねーし。そりゃそっちの事情で喚ばれたってのはハナっから理解してるし、勝手理不尽なんて良くあることだろ」

「そう……ああ、ショウスケがそう思ってくれて良かった」

 カイエは少し嬉しそうに、控えめな笑みを浮かべた。

「それに、俺まだ巫子がどんな事するのかも知らないよ」

 そんな事を言えばカイエは少し目を丸くして、しばらく顎をさすって思案した後に、庄助に城下町の案内を申し出た。

 まだ慣れないだろうからと、混雑時をさけて午後と、そして城下町の宿に一泊するプランを提案してくれて、庄助は一も二もなく飛びついたが、果たしてそれが巫子の仕事であるかは疑問である。

「でもさ、それって巫子と関係が?」

 首を傾げれば、カイエはおっと、という顔をして肩を竦めた。

「簡単に言えば、巫子様方はね、本来、自分の管轄する国がどんな国か、目て見て声を聞き、情報を知る役目を負っているんだよ」

「え? それだけ?」

「まあ、手段はそれぞれ違うけど、ね。そういう事は追々学んでいこうか。とにもかくにもショウスケが巫子様を引き受けてくれるなら、今後しばらくは儀式や祭典で忙しくなるから、こうやって市井を回る機会が先延ばしになってしまうとうんざりすると思って」

「ああ……確かに」

 実の所、学校の朝礼ですら面倒に思う庄助である。一方で、儀式や祭典があると聞くと、美味しいものを先に食べてしまってうんざりさせられるというのも、また微妙な所でもあった。

 ただ、カイエの心遣いはありがたい。庄助が帰れないことも、本心はともかく体面では気にしていてくれているのだ。特にカイエが何か企んでいると疑っている訳ではないけれども『お約束』というものも、信じていないわけではない。しかし断るのもなんだか悪い気がする。

 ……と、そこまで考えたが、結局は疑う気力が続かなそうだったので、庄助はカイエの提案に頷き、翌日にはささやかな一泊旅行をしに出かけていったのである。

 ──そうやって、噂の根も葉もない根拠を築き上げることも知らずに。



 そもそも顔合わせの時より以前から、僅かに周囲の空気が一線をひいていることに、庄助は気づかなかった。

 ここで気づいていれば、今現在不幸だと嘆くこともなかった事は、後々深い後悔となる。



 城下へと出かける彼らの後ろ姿を、物陰からいくつかの影が眺めていた。

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