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彼の告白




「…はい」

『あ、…ごめん、寝てた?』

「ううん…ごめん、電話するって言ったのに」

『いいよ。もともと俺が電話するって言ってたんだし」

「…うん…」

沈黙が訪れて、私はなんとか話題を探そうとするけど、ダメだった。浮かぶのは、あの時彼が名前を呼んだ女のことばかりだった。

『あのさ、…ごめんな』

「何が?」

つい強い口調になってしまう。彼は続けた。

『俺、…嫌な思いさせたろ、エリに』

「…どういうふうに?」

『だからさ、えっと…聞いてただろ?』

「何を?」

だんだんイライラしてきた。早く言えばいいのに。川崎瑠菜の名前を呼んだって、認めればいいのに。

「瑠菜ちゃんの名前を呼んだこと?」

しびれを切らして私がそう言うと、彼は言葉に詰まったようだった。

「そんなこと、気にしてない」

『エリ…』

「…わけないじゃない」

強がって見たけど、ダメだ。今にもつぶれそうだ。

『っ…ごめん。今、家にいる?行って良いか?』

「…家じゃないの。友達と飲んだ後、帰るの面倒だったから近くのホテルに一人で泊まってる」

『…今から行く』

彼の口調から、本気だと分かった。私は少し深呼吸して、ホテルの名前と部屋番号を伝えた。




 二十分ほどして、彼が来た。私は無言で部屋に招き入れた。

「…わざわざ来てくれたんだ」

「…うん。会って話したかった」

「まぁ、座って」

私は頭がガンガンして、気分が悪かった。彼が目の前にいて、イライラするのは、そのせいだ、きっと。

「気分悪くない?」

「平気。お茶入れるから、待ってね」


 お茶を持った私がソファに腰掛けると、彼は口を開いた。

「エリ、ほんとごめん。川崎の名前呼んだの…最低だよな。」

「別に、謝ることじゃないでしょ。無意識だったわけだし、…というか私達、付き合ってるわけじゃない…よね」

言いたくなかった。自分で言って、胸が痛くなった。

「…エリ」

「ずっと曖昧だなあって思ってた。お互い好きだから、一緒に居れる時は一緒に居ればいい、って言ってくれたけど、付き合おうとか、一緒に居よう、とは言ってくれなかったよね。

…それでも、私は嬉しかった。ヒロくんが本当は誰を好きでも、一緒に居てくれるなら幸せだって思った」

私はお茶の入った湯呑をぎゅっと両手で握りしめる。

丁度よい、ほのかな温かさを感じる。私にとって彼は、こんな風に、一番丁度いい温度で包み込んでくれるような、居心地の良い存在だったのだと思う。

それはあの頃、片想いをしていた時とは全く違う、新しい気持ちを見つけたから、私はこんなにも彼が好きで、愛おしくて、…恨めしい。

「…川崎さんとは、今も…?」

私が彼を見て、絞り出すような声で聞くと、彼はつらそうな表情をしていて。

「本当のことだけ、話すから、信じてくれる?」

不安げな表情で私を見つめてきた。私は握っていた湯呑をテーブルに置き、深く頷いた。




「…高校を卒業して、半年くらい経った頃に、付き合い始めた女がいたんだ。会社の人の知り合いで、年上だった。

お互い働いてたし、会う時間があんまりなかったから、同棲しようってなって、同棲も始めた。でも同棲し始めてから二ヶ月くらい経った頃、相手が勝手に仕事辞めてきて、理由聞いてもろくに答えなかった。

仕事辞めてからは、多分、夜の仕事してたんだろうな、知り合いの居酒屋でバイトさせてもらえる、とか言って夜遅くまで働くようになった。

今思えば男関係でなにかあって、お金の都合がつかなくなったんだろうけど、その時は全くそんなこと考えてなかったし、好きだったから信じてた。

でも、少しずつおかしいって思い始めた。なんか部屋の雰囲気とか、違うんだよな。便座が上がってたり。それでそれから一ヶ月位して、早めに仕事終えて帰ったら、知らない男が寝てた」

「…」

「俺びっくりしてさ。二人が寝てるの見て、そのまま家出たんだよ。でも意外と冷静で。これからどうしようとか、これって別れるべきだよなとか、てかあいつ誰だよとか、考えてた。

何時間か車でぶらぶらして、帰ったら、何事もなかったかのように、出迎えられて。なんか、プツッと切れちゃったんだよな」

「笑顔でただいま、って言ったら、あいつが、今度の休みどこどこに行こうよ、とか、楽しそうに言ってて。気が付いたら、俺、何言ったかわかんないけど、あっちが号泣してて。散々ひどいこと言ったのかもな。私が本当に好きなのは宏生だけ、とか言ってくるし、仕事やめたのは申し訳ないと思ってる、とか必死でなんか笑えてきて。殴りたいのを必死にこらえてた」

「っ…」

思わず彼の顔から目をそむけてしまう。


「…それで、まあ俺が別れ切り出して、別れたけどすっごいしつこくまた迫られて。後から聞いたら、あいつ妊娠してたって。時期的に、相手は俺なんだってさ」

「…!そんな…」

「そんなの信じられないよな。でも、本当で。あいつの親とかにも言われたけど、俺は無理です、って言って切ったんだ。あいつが浮気していたことは言わずに。そしたらさ、俺がそのとき働いてた会社にさ、匿名で、手紙がきてさ…」

「…ひどい…」

「で、まあ俺クビだよね。そんなことしても俺はもうお前のところには戻らない、って言ったら、また泣いてすがりついてきて。何も言わずに引っ越して…その女の事すごく憎んだし、殺してやりたいと思った。でも、妊娠してるの、って泣きながら言ったあいつの顔が、ずっと忘れられなくて。好きなんてありえないけど、ずっと、まとわりついてた」

「…うん」

 話を聞いていて泣きそうになった。こんなに辛い経験をしていたなんて。でもきっと、本題は、ここからだ。

「…結構立ち直れなくて、ひどい生活が続いたんだ。そんなときに、…川崎から連絡が来た。卒業してすぐは仲良いやつらで集まったりしてたけど、やっぱみんな仕事とかあるわけだから、疎遠になってて。連絡撒いてたら、あいつ、誰に聞いたのか家にまで乗り込んできて」

「…」

「なんでも、その妊娠した女の知り合いの中に川崎の知り合いもいたらしくて、話を聞いたって。本当なのか、ってすごい剣幕でさ。多分本当だよ、って俺が言ったら、なんか泣き出して、本当のこと話しなさいよ、あんたそんなことするようなヤツじゃないでしょって…誰にも話すつもりなかったのに、気が付いたら全部話してた」

彼は遠くを見つめながら話を続ける。私は黙って彼を見つめ続けた。

「それから、あいつがその女に話しをつけにいく、って言いだして、弁護士がどうとか、俺はなんかめんどくさそうだったから、放っとけよ、って感じだったんだけど。結局、相手の女の家に乗りこんで、話をしたよ。そうしたら、アッサリ浮気したこと認めやがって。相手の親からすごく謝られて、会社クビにまでされたから、ってお金まで受け取ってしまった。

これでよかったのかな、なんて今さらあいつが言いだすから、それは俺もわかんなかったけど、でも気持ち的にスッキリしたものがあったから、俺は川崎にすごく感謝したんだ。」

「ちょっと待って、ごめん…相手の人は、結局、産んだの…?」

私が口をはさむと、彼はあぁ、とため息をつきながら言った。

「堕ろしたみたいだったよ。それにも、すげぇ最低なことだけど、すごく安心した。恐ろしいよな…もし産んでたら、って思うと、夜も眠れなかったよ。それから川崎はいろいろと世話焼いてくれて。今まで引き籠ってたから、もうなんか、世界中で俺の味方はこいつしかいないんじゃないかって思うくらい、俺は川崎のこと信じ切って、甘えてた。でも、しばらく川崎が俺の家に通う日々が続いたけど、川崎がいない時、知らない男から俺に電話がかかってきたんだ」

「男から…?」

「うん。…川崎の付き合ってる人だった。年上の人みたいで、多分結婚とか考えてたんだろうな。それなのに川崎の様子がおかしいから、携帯から俺の連絡先見つけてそれで。お願いだから、瑠菜と関わらないでくれって言われたよ。あの子は自分のことをお構いなしに貴方の世話を焼いているから、瑠菜が可哀相だし、自分も、瑠菜が離れて行きそうで怖い、って。怒ったりとか、怒鳴ったりとかは全然なくて、静かに、お願いされたよ」

「…・・」

私は言葉が出なかった。

「川崎が知ったら、そんなことない、ってそのまま俺の世話を焼いてくれるだろうし、その恋人に、なんでそんなこと言ったの?って怒ると思った。なにより、俺のせいで川崎の幸せまで奪ってるんだ、って分かって、もう…川崎を俺から突き放すしかないと思った。いつものように俺の家に来た川崎に冷たくして、もう来るなよ、迷惑なんだよ、って、さんざん助けられといて酷い事をいっぱい言った」

「…でも、本心じゃない、ってすぐ見抜かれたんじゃないの…?」

「最初はな。でもそれが何日も続くうちに、川崎も精神的にキツくなってきて、じゃあもう来ないから、って言って。…すごく悲しそうな、傷付いた目をしてた。すごく後悔したし、すぐに追い掛けて行きたかったけど、俺にはそんなこと出来なかった。年上のしっかりした、ちゃんとしてる恋人がいる川崎に、一緒になってくれ、なんて言えなかった。これからの生活に自信もなかったし、幸せにできる自信もなかった…」

「…それから、今までずっと…?」

私の頬からはいつのまにか涙が流れていた。私が彼の口から彼女の名前を聞いた時に考えたような…二人の関係は、そんな簡単なことじゃ、なかったんだ。

「…あぁ。あれからまた引っ越して、今のところに住んでるけど、またあいつが、心配だから来てやった、なんて言って家に来そうで…ずっと期待していて、忘れられないんだ。でも、エリと出会ってから、そのことを考える時間が少なくなった。普通の恋人同士みたいで、楽しかったし…川崎のことを忘れられるかも、って本気で思った」

「…・・」

泣きながら話を聞く私を見て彼は悲しげな表情で微笑んで、私が座っているソファに移動して、私の涙を指で拭う。

「…エリのことが好きだ。俺が幸せにしたいって思う。だけど、怖いんだ。俺なんかと付き合ったら、エリまで不幸にしてしまいそうで。離れていくのが怖いから、自分のものにできないんだ。最初はただ甘えてた。エリが俺のこと好きだったって聞いて、都合がいいと思った。でも、いつのまにかホントに好きになって、誰にも渡したくないって思った。

でも…俺にはエリを幸せに出来ない。元カノを妊娠させておいて、しらばっくれて、会社にまで…そして、川崎まで不幸にしかけた。俺は…誰も幸せになんてできない」

私はたまらなくなって彼を抱きしめた。こんなに広い背中でも、背負いきれないほどたくさんのものを、彼は抱えてきたんだ。

全部話してくれてありがとう、とか、幸せの形なんて決まってない、全部話してくれて私は幸せだよ、とか、安っぽい台詞が私の中に浮かんでは消えて、結局何も言えなかった。






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