区切り
ランチを終えたころ、メールが届いた。紳司からだった。
私の家に置きっぱなしの荷物を取りに来たいということだった。こちらとしても出来るだけ早く取りに来てほしかったので、飲み会は少し遅れていくことにして、今日取りに来てもらうことにした。
家に帰りついて、紳司の荷物を整理していると、”彼”に貸したトレーナーを洗濯していないことに気付いた。そして、彼が何処に脱いでおいたのかわからない。
確か紳司もよく着ていたものだったから、このまま返さないわけにもいかない。私があたふたしていると、インターホンが鳴った。
とりあえず玄関を開けると、紳司が微妙な表情で立っていた。
「…おう」
「…ん、入って」
紳司は部屋に入るとそのまま荷物が置いてある部屋に行き、荷物の中身を確認しだした。
「ある程度はまとめておいたけど、足りない?」
「いや、サンキュー。あ…悪い、このクッション、もらっていってもいい?」
紳司が照れくさそうに、ベッドの上に置いてあるクッションを指差した。紳司が前に買ってきたものだ。
「あぁ、うん。紳司枕の上にこれまで置いて寝てたもんね。首痛くならないわけ?」
私が笑いながら言うとうるさいな、と笑って、毛布をめくってクッションを取ろうとした紳司の動きが、止まる。
「…・紳司?」
彼は毛布をめくったまま振り返って、これ、と言った。
そこには、くちゃくちゃになった紳司のトレーナー。
私が何も言えずにいると、紳司ははぁ、とため息をついて、ベッドの端に腰かけた。
「もう新しい男いるんだ」
「…そんなんじゃないよ」
「一昨日言ってた男?人の服まで貸して…もう部屋にまで連れ込んだんだ?」
嫌な言い方をする紳司に、私はつい口調が強くなってしまう。
「そんなこと、もうあなたには関係ないでしょう。服のことはごめんなさい。クリーニングして返しますから」
紳司は眉間にしわをよせて、じっと一点を見つめている。
「…ごめん。用事あるから、もうすぐ私出るから、荷物持って行こう。車でしょ?私も運ぶから」
「エリ。ちょっとこっちに来て」
荷物を持って外に出ようとする私の手を紳司が引いた。バランスを崩して、私は紳司の方へ倒れこむ形になってしまう。ドサッと荷物が派手に床に落ちた。
「なにするの。離し…」
強引に唇をふさがれる。強い力でベッドに押しつけられて、私は抵抗できない。
「んっ、んぅ…!」
やめて、と言いたいのに紳司の舌が私の口の中で暴れて、声にならない。
紳司の力が少しゆるんだところで、私は力いっぱい紳司の身体を押した。
「なにするのよ!信じられない」
「信じられないのはこっちだよ!!」
紳司の怒鳴り声に私はひるんでしまう。紳司は息を荒くして、泣きそうな顔をしている。
「納得できるかよ。付き合い始めてからずっと、俺はエリでいっぱいだったのに、エリはなんで他の男のとこなんかにいっちゃうんだよ!なんで他の男のことなんて考える隙間があるんだよ…!」
「…ごめん。私が悪い。紳司は何も悪くないから。だからもう、出ていってよ!」
「なんだよそれ…!なんで俺じゃだめなんだよ…!」
そう言って紳司はうつむいてしまった。 彼をここまで傷つけて、追い込んだのは私なんだ。いたたまれなくなって、思わず抱きしめてしまいそうになる。
私には紳司の大きな愛を受け止める自信がない。どうしてそこまで愛されるのか、愛してくれているのかわからない。それが重荷になってしまうんだ。
「私のことは忘れてください、としか私には言えない。ねえ紳司。こんなことしてもダメだよ。私達もう終わったでしょう?こんな、男を部屋に連れ込んで元カレの服貸してるような女だよ。そんな女じゃ紳司は嫌でしょう?ごめん。私、やっぱり彼が好きなの。むくわれなくても、ただ一緒にいたいの。…こんな気持ちになるの初めてだから、紳司まで傷つけて、本当、ごめん…」
「エリ、俺は…」
言いかけた紳司の声を私の携帯が遮る。耳障りな着信音が響く。私が遅い事を心配した近田か、美那か、それとも、今夜電話する、と言った、彼、なのか。
「……・・」
沈黙が続く。尚も携帯は音楽が鳴り続けている。
やがて紳司がたち上がった。
「はは…会うたびにこんなヒステリー起こして、かっこわるいな。ごめん。」
「…」
「荷物、持ってくから。服はどうでもいいから、要らなかったら捨てて。」
そう言って荷物を抱えて、紳司は出ていった。紳司の荷物がなくなっただけなのに、なんだかこの部屋の中が空っぽになったような気がした。
「ごめん美那。もうすぐお店つくから」
電車を降りて早足で歩きながら、美那に連絡をいれた。あの時の電話は美那ではなく、近田でもなく、”彼”だった。
電話を掛け直すことはしなかった。今日は用事があるから、済んだらこっちから電話します、とメールをしておいた。返事は来なかった。