おなかを満たそう
マルコムの住むバクスター家の門を開けると、前庭にまた懐かしい顔を見つけた。
「まあまあまあ、どうなさったの?マザーターニア、アンナ様まで。あら!あなた達は……」
バクスター家に仕えるメイドさんだ。相変わらず肝っ玉母ちゃん、と言った感じは消えていない。微笑む顔にわたし達への印象が悪いものではないと分かりほっとする。バクスター家の、彼女の平穏な生活を壊したのはわたし達だ、という思いが少なからずわたしの中にあったからだ。
「お久しぶりです。マルコムさんいます?」
わたしが聞くと大きく頷いた。
「いますとも!毎日一人きりでしょう?だからお客様はいつでも大歓迎なはずですよ!それがあなた達なら尚更ね」
そう言って大きなお尻をふりふり、屋敷に戻っていく。お客様は歓迎したとしても、この大人数はどうなんだろうか。
「さあさあ、入りましょ」
アンナが屋敷の扉を開ける。と同時に向こうからマルコムが顔を出した。
「あ、アンナ!ちょ……うわ!」
マルコムの焦りの声をかき消すように、子供達は屋敷の中に駆け込んでいく。
「はあい、マルコム。ちょっとお邪魔するわね」
アンナは片手を振ってマルコムの前を通っていった。
「お邪魔って……、全く、久々に顔を見たと思ったら……」
その言葉にわたしとローザは顔を見合わせた。
「やっぱり会ってないみたいね」
わたしはそう呟くと抱えていた女の子を床に下ろす。女の子はにぱっと笑うと皆に習って屋敷の中によちよち駆けて行った。するとこちらに気が付いたマルコムがやって来る。
「君達も一緒だったのか!どうしたんだ急に。いや、急の訪問でも嬉しいよ」
そう言ってわたし達一人一人と握手した。
「すいません、こんな大人数で」
マザーターニアがマルコムに頭を下げる。
「いや、いいですよ、こっちも一人身で寂しいものだから」
それにしても限度があるだろ、とは言わないのがマルコムの大人なところ。
「ねー、夕飯バーベキューでいいー?それなら用意出来るってー」
アンナが顔を出した先は厨房か何かだろうか。白衣を着込んだおじさんがアンナの隣りで頷いている。
「いいけど……なんだ、夕飯食べに来たのかい?」
マルコムの驚いたような顔に、わたしは「すいません」と呟き、頬を赤くするしかなかった。
ジュージューと肉が焼ける音、広がる香ばしい匂いに思わず唾液が口から漏れそうになる。
マルコムと家の人達が用意してくれたバーベキューは人数が人数なだけに大掛かりなものだった。バクスター邸の広い庭園にブロックを積み上げたような数台のコンロが並んでいる。椅子やテーブルも表に出され、飲物やらサラダが彩りに花を添えている。
「さあ、じゃんじゃんやってくれ」
マルコムの一言に子供達が駆け出す。一気に騒がしくなる庭園に、わたしとアルフレートがつけた『ライト』の光が漂っている。
「まあまあ、慌てちゃだめですよ!」
メイドのおばちゃんはそう言いながらも嬉しそうだ。イルヴァがわたしの肩を叩く。何やら言いたげにじー、とこちらの顔を見ている。
「……あんまり食べ過ぎないでよ?どうぞ」
わたしが言うなりイルヴァは網に乗った串を手に取り、肉にかぶりついた。
「子供達にもお肉をお腹いっぱいに、なんて滅多に出来ないから助かるわー」
アンナがサラダを取り分けながらにこにこと言うとマルコムが手を振る。
「いや、気にしなくて良い」
そう会話する間も、二人は何となく目を合わせるのを避けているような気がしてしまった。
「食べないの?」
ローザにお皿を手渡される。
「あ、いや、ありがと」
わたしはお皿を受け取る。その間にマルコムの話し相手はマザーターニアに変わっていた。普段から援助していたりするから顔見知りなんだっけ。
わたしはぼすん、という手の重みに皿を見る。こんがり焼けた肉とピーマンなどの野菜が交互に刺さった鉄串。ローザが置いてくれたらしい。おし、食べるぞと手に取ると、皿の上に横から投げ込まれた野菜が積み上がっていった。
「……フーローロ」
わたしが睨んでも素知らぬ顔で肉だけを食べ続ける。
「こういうのはね、交互に食べるから美味しいのよ!」
わたしはフロロの頭を押さえつけながら口にピーマンを押し付けた。
「肉の匂いがすごいな……」
案の定といった流れでアルフレートがぼやく。すると側にいた少女達がそろそろと近づいてきた。暫くもじもじとしたりお互いを肘で突き合ったりしていたが、意を決したようにアルフレートの方を見る。
「エルフさん、エルフは精霊の使い手なんでしょう?」
一人の少女がおずおずと尋ねる。その後ろには二人、同じ年頃の少女が隠れている。その後に続く言葉が、わたしは何となく予想がついた。ぎろり、とアルフレートが少女達を見遣る。いや、多分普通に見ただけなんだけど、素の顔が怖い奴なのだ。少女達は一斉に怯えたように体を寄せ合った。
アルフレートが何か呟くと彼の手の中に光の粒がいくつも生まれる。その手を軽く振ると、光の精霊達が庭を漂い始めた。
「うわあ」
少女達の顔が綻ぶ。「すごいすごい」と拍手する彼女達に、アルフレートは手を下げお辞儀して見せた。
「ああいう大人な態度も出来るんじゃない」
ローザが呆れたように呟く声に、わたしも同意だ。
ふと気が付くとサイモンとヘクターが並んでいるのに気が付いた。二人でテラスの階段に腰掛け食べている姿は兄弟のようだ。サイモンが何か真剣に話すのをヘクターが聞いているような感じだった。もしかしたら、ミーナがわたしの所に来たようにサイモンも戦士としての道を真面目に考え出したのかもしれない。
「可愛い二人ね」
アンナがそう言って微笑んだ。
「これ食べ切っちゃっていい?」
わたしがシーフードサラダの入ったボールを指差した時だった。
「皆さん、デザートの用意が出来ましたよ!」
メイドさんの元気な声。
「お食事終った方からホールに行ってくださいねー」
その言葉に子供達から歓声が上がったかと思うと、すぐにばたばたと屋敷に入っていく波が引き起こる。一気に寂しくなる庭を見てわたしは少し笑ってしまった。予め頼んでおいたセッティングに感謝しなくては。わたし達とマルコム、マザーターニアにアンナはダイニングに移動することにする。
「イルヴァもデザート食べたかったな……」
屋敷内に入るなりそう呟くイルヴァ。マルコムが振り向き微笑んだ。
「大丈夫、君達にも用意させたから」
「ありがとうございますー」
目をキラキラさせて喜ぶイルヴァにわたしは人知れず溜息をつく。
ダイニングに鎮座する大理石のテーブルには紅茶のカップと切り分けられたフルーツのタルトが並んでいた。わたし達はぞろぞろと席につく。ここからだと離れているはずのホールから子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。結果的に良いイベントになったようで良かったな、と思う。
「では、話しを聞こうか」
マルコムがわたし達の顔を見回した。マザーターニアは心無しか不安そうな顔だ。それもそうだろう。食事前に彼女には「ミーナの事で話したいことが」としか伝えていない。「まさかニッコラさん宅でうまくいかなかったとか?」という問いかけは否定しておいたが。
「今回俺達が旅をすることになったのは」
ヘクターが話し出す。
「ローザの神官としての認定式があるからなんです。ラグディスまでいく事になっています」
「まあまあ、そんな時期なのね。おめでとう!」
マザーターニアがローザに握手を求めた。ローザは複雑そうなものの笑顔で応える。ローザにしてみれば神官の認定式は「しょうがねーか」であり「おめでとう」ではないのだろう。
「それで、何故ミーナが同行することになったかなんですが」
ヘクターはそこで一息つくと、ウェリスペルトであったミーナのお宅、ニッコラ家の一月半に渡る不気味な話しをゆっくりとし始めた。
話しが終った後、一番始めに口を開いたのはマルコムだった。
「すごく、おせっかいな事だとは思うが人事ではないな。……実はミーナにニッコラ夫妻を紹介したのは私なんだ」
意外な言葉にわたしは大きく開けた口にタルトを運ぶ手が止まる。その瞬間にヘクターと目が合い、ちょっと赤面してしまった。
「ユハナとハンナは私が学生の時からの友人でね、もうその頃には結婚を約束していたようだった。そんなわけで二人の結婚も早かったんだが、子宝に恵まれないようで少し悩んでいるようだったんだ。久々にユハナに会った時に『もう諦めようかと思っている』と呟いていたものだから、それなら、と孤児院の子供達の話しをしたんだ。彼らが半年近く掛けて教会に通って、ミーナと打ち解けていくのも見てきた。だからこそ力になってやれれば良いんだが……」
そういう背景があったとは。マルコムの所へ寄るのは本来ならついでではあったのだが、意外な話しが聞けて良かった。何て考えているとアルフレートが身を乗り出しマルコムに尋ねる。
「旧知の仲とは丁度良い。あの夫妻について少し話しを聞いていいか?例えば簡単な半生なんかを……」
「あの二人の?ユハナはウェリスペルト出身で商人一家の息子だ。本人も今は事業を手伝っているはずだから羽振りは良いはずだね。学生時代は勉強も出来るし、人の良い奴で男女問わず人気があるような男だった。ハンナは大人しいがユハナに遠慮する事無く討論をするような女性で、その聡明さから実は男連中から人気があったな。ユハナがいたから誰も言い出しはしなかったがね。……それに、彼女も実は両親がいないんだ。ユハナの実家に幼少の時から世話になっていたようで。いや、あの二人が好き合っていたのは本当で、ハンナの方に恩があるからとかそういう空気は無かったよ」
へー、じゃあ養子を迎えるには抵抗は少なかったかもしれないな。いや、気持ちが分かる分、ミーナの事が可愛いのかもしれない。
「ありがとう」
アルフレートは短く礼を言うと目を瞑った。わたしはマルコムの顔を眺めた後、マザーターニアの方を見る。
「あの、ミーナが孤児院に入った時の話しですとか、今まで何かミーナがさらわれそうになっただとか、そういう話しは無いですか?」
わたしが尋ねるとマザーターニアは少し上を仰ぎ見た。そしてゆっくりとわたし達を見回し話しを始めた。
「ミーナは私がラグディスに巡拝した時に出会った子供なんです」
マザーターニアの言葉に全員が目を見開く。
「えっ、ラグディスってその……」
わたしは答えが分かっていながら聞かずにはいられなかった。マザーターニアはフロー信者だ。わたし達が向かうラグディスに決まっている。マザーターニアはわたしに頷いた後、暫し目を伏せた。当時を思い出すように。