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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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再会

 お弁当を広げるには相応しくない空模様だ。雨こそ降っていないもののどんよりと暗い。何より芝生が湿っているのが残念だ。皆、馬車の段差や切株などに腰掛けての食事となった。

「ミーナ、食べないの?」

 ローザが馬車のステップ部分に座るミーナにサンドイッチを差し出した。ミーナは言われてようやくサンドイッチを手に取る。

「……私、フェンズリーに行っても大丈夫かしら」

 ミーナの言葉の意味が一瞬飲み込めず、わたしはから揚げを食べる手が止まる。

「大丈夫に決まってるでしょ!あなたが皆に会いたいように、皆もあなたに会いたがってるのよ!」

 ローザが軽く咎めるように言うがミーナは首を振った。

「でも、こんな状況で……」

 その言葉でわたしはようやくミーナの言わんとすることが分かる。孤児院の仲間が巻き込まれるんじゃないか、そう言っているのだ。

「じゃあ行かなければいい」

 アルフレートに真っ直ぐ目を向けられ、ミーナは驚いたように目を大きくした。そして何か言いかけたが、顔を伏せる。

「ちょっと、アルフレート……」

 わたしが止めようとするが、アルフレートは再びミーナに語りかけた。

「そういうわけにもいかないんだろう?だったら行けばいい」

「少し我が侭になってもいいんだよ」

 フロロにぽんぽんと頭を撫でられ、ミーナはふう、と息をついた。自分の中で矛盾する気持ちと、どこか吹っ切れたのかもしれない。

「相手も町中では暴れたくないみたいだし、大丈夫よ。それに、絶対、皆は守るから」

 わたしが言うもフロロの「似合わねー」という台詞に阻まれる。

「何よ!」

「さっき俺を殺しそうになっただろ!」

 フロロの切り返しにわたしは一瞬うっとつまる。が、すかさず言い返した。

「あれは事故!」

「故意じゃなきゃ許されるとでも思ってるのかよ!」

 言い合うわたしとフロロにローザが溜息をついた。

「どうもシリアスさが長続きしないわね……」

 まあそれは今に始まったことじゃない。




 再び走り出した馬車の御者席、わたしはヘクターに尋ねる。

「やっぱりあんまり遠慮されても、ちょっと寂しいよねえ。そりゃあわたし達だと頼りないかもしれないけど」

「ミーナはそんな気持ちで言ったんじゃないよ」

 ヘクターが微笑みながら返した言葉にわたしは口ごもる。確かにそうなんだけど。

「リジアは?」

「は、はい?」

 思わぬ問い掛けにわたしは体が固まる。今の言い方だと「君はどうなの?」と言われているんだと思うけど。ヘクターは暫く言い難そうに地面を見つめていたが、おもむろに口を開いた。

「何か遠慮してる事ない?……その、俺の事避けてる感じがしたから」

 聞いた瞬間、指先が冷えていくのが分かる。ヘクターからの真っすぐな視線を受けて何か答えなくては、と思っても頭が追い付かなかった。

「あー……」

 出てきたのは間抜けな声。自分で恥ずかしくなってしまう。

「なんでそう思ったの?」

 なんだか不機嫌なような声色になってしまい、更に焦りが増す。違う、違うよ、と頭の中で叫んでも彼には聞こえないのに。

「もし、何かあったんだったり、何か思う事があるなら聞きたかったんだ」

 彼の柔らかい声に心臓がドキドキする。何もかもが中途半端な自分への罪悪感からだと思う。黙っているわたしにヘクターは続けた。

「仲間がもやもやを残すの嫌じゃない。そういう姿も見たくないし。……一応リーダーだから、かなあ」

 ヘクターの言葉はおちゃらけるような自嘲するような言い方だった。きっとこの場の空気を和ませたかったのだと思う。良い人だな、と思うのに泣きそうになってしまった。

 リーダーだから聞いたんだ。じゃあ相手がわたしじゃなくても聞いたのね?

 嫌な自分が顔を出す。こんな事考えてるなんてとてもじゃないけど言えないな。沈黙によって気まずい雰囲気が続く状況に焦りだけが募った。

 「大丈夫だよ、何も無いよ」そう一言言って笑い飛ばせば良いんだと思うけど、それすらも喉を通らない。

 何時からこんな嫌な人間になってしまったんだろう。わたしは返す言葉を探しながら、ただ移り行く木々の景色を見ていた。潤んできた目が、少しでも乾きますようにと思いながら。




 前回の訪れ時よりも濃い緑の葉に覆われた針葉樹林を眺めながらわたしは背伸びする。なんだか妙に懐かしい町並だ。日が長くなったことで時間の割にはまだ明るい。フェンズリーのターミナルには馬車を預かってくれる施設があった。わたし達は餌代を払うと木造の建物を後にする。

「なんだか匂いも懐かしいわ!」

 ミーナが駆け出すのをフロロが追いかける。やっぱり嬉しさは抑え切れないんだろうな。

「まずは教会に行きましょ」

 ローザの提案にわたしは頷いた。わたし達が寄りたい所といえばアンナがいるというフロー神の教会と、あとはマルコムの屋敷くらいだ。後ろではヘクターとアルフレートが何やら話している。珍しい組み合わせではあるけど、一緒に歩くことが無くなってわたしはほっとしてしまった。

 あの後、結局わたしは何も答えられずに沈黙が続いただけだった。流石に呆れられているかも、という恐怖心と、ヘクターならきっとわたしを責めるよりも「マズイ事聞いちゃったかな」と思ってくれているという罪悪感が胸に漂っている。

「どう思う?」

 ローザからの質問を後半部分しか聞き取れず、わたしは「何が?」と聞き返す。

「もう、聞いてなかったの?順調に来てるから、ミーナの為に出発は明日の昼過ぎにしようか、って聞いたの」

 フェンズリーの次はラグディスまで町はない。ラグディスがある山の麓に、人が多くなるシーズンにだけ経営を始める宿場があるとのことなのでそこまでは一直線に行くことになっている。

「いいんじゃないかな、せっかく来たんだし。……ミーナも元気になって貰えるかもしれないし」

 わたしはそう答えながら疑問を口にする。

「でもさあ、ラグディスってフロー神信者のメッカなわけでしょ?少なくともこの辺りじゃ。その割に不便な所にあるのね」

 フローは人気のある神様だし、信者も多い。それだけ人は集まるだろうに。わたしの疑問にローザは肩を竦める。

「不便で厳かな場所にある方が神聖じゃない」

「あ、そう……」

 なんだか熱心な教徒の割には冷静な分析……。てっきり神話時代からの曰くみたいなものがあるかと思ったのに。

「それよりこんな夕飯時に行くのはやっぱりマズイかしら」

 ローザの懸念は分かる。この大所帯で押し掛けて、時間的に「ご飯食べて行きます?」的な流れになるのは気まずい。

「すぐにマルコムの所に行く予定だ、って言った方が良いかもね」

「マルコムさんの所ならいっぱい食べさせて貰えますねー」

 食い意地女王イルヴァの意見は図々しい気もするが、マルコムの家の方が遠慮はしなくていいかもしれない。

 石畳の道を進んで行くと「土の子の家」が見えてきた。小さな教会に咲き乱れる白と黄色の花に「あ」と声を漏らしてしまった。

「……マーガレットだね。もう終わりかけだけど」

 いつの間にか隣りにいたヘクターの声にわたしは頷いた。




 教会の中に入ると、同じタイミングで祭壇脇にある扉が勢いよく開かれる。ウェーブ掛かった豊かな黒髪に意思の強そうな眉。その下にある大きな瞳が見開かれる。アンナだ。アンナはわたしの顔を見るなり笑顔になった……とおもいきや、ヘクターに向かって一直線に走り寄ってきた。

「会いたかったわ!」

「ちょ、ちょっとお~!」

 わたしはヘクターに抱きつくアンナの髪を引っ張る。

「いたた!何よ、ちょっとぐらい貸してくれたっていいでしょ!」

「良くない!」

 言い合うわたしとアンナの間にローザが割って入ってくる。

「再会するなり喧嘩してどうするのよ……、アンナ元気?」

 ローザの問いに答えるアンナは以前のような派手な服装ではないものの、何だか健康的な町娘といった感じで若々しい。

「元気に決まってるじゃない!あなた達こそ、どうしたの?ミーナまで連れて来て」

 笑顔で言うアンナにわたし達は一瞬固まった後、苦笑する。

「……まあ、ちょっと訳ありで」

 わたしが言うとアンナは片眉を上げる仕草を見せた。

「訳あり?……単なる里帰りに付いてきたわけじゃないって事ね?」

 アンナの問いにどう話すべきか、と迷った挙げ句、わたしは頷いて答えるのみにする。

「そう、……とりあえずマザーターニアにも会っていって?」

 アンナからその名前が出された事で漸くわたしは思い付いたことがあった。

「マザーターニア!彼女ならミーナの出生に関して何か知らないかな、その……ミーナが何で狙われてるか、とか」

「狙われてる!?」

 アンナが悲鳴に近い声で驚く。

「ええっと話せば長くなるんだけど……」

「とりあえず挨拶だけにして、話しは明日にしない?ほら、あんまり長居しても時間が時間だから」

 ローザの言い方に『悪いから』という遠慮を嗅ぎ取ったのか、アンナは何か言いたげにしていたが、ぽん、と手を叩いた。

「皆でマルコムの所に行かない?」

「え、ちょっと、皆って?」

 突拍子もない発言にわたしは慌てるしかない。

「皆よ、子供達も全員連れて。大丈夫よー、あの屋敷だもの」

 名案だというような顔でアンナはわたし達を見る。困惑のままの雰囲気をアンナは明るい声で振り払う。

「だってマザーターニアに話しがあるんでしょう?あたしも聞きたいし。でも子供達置いていくわけに行かないもの。皆でマルコムの家に行けば良いわよ!」

 アンナはそう言うと「ここだとあなた達に食事も用意してあげられないし」と笑った。まあ、確かに一番良い案ではあるんだけど、マルコム的にどうなの、それって。

「良いんじゃないか?あんまり時間は無いんだ、それが一番手っ取り早い」

 アルフレートはそう言うが、一般と少しズレた感覚の彼に言われても後押しには成りにくい。暫く顔を見合わせていたわたし達だったが、

「……じゃあそうしようか?」

 ヘクターが一言、そう言うと「まあいいか」という雰囲気になる。

「じゃあ皆に言ってくるわ」

 そう言うアンナの顔を見てわたしは少し驚く。なんだかとてもこの教会の働き手として馴染むものに見えたからだ。




「お姉さん、元気だった?」

「当たり前よー、サイモンも元気だった?」

 わたしは隣りを歩く銀髪の少年に、思わず顔がにやける。相変わらずの可愛い顔でいらっしゃって。自分にそういう『趣味』は無かったはずなんだが。

「確かに似てるわね」

 サイモンを見てローザが頷いている。わたしは「しーっ!」と指で合図した。

 フェンズリーをぞろぞろと歩くわたし達の列はかなり賑やかだ。町を歩く人も軽く振り返る。

 アンナに急かされるように教会を出てきたので挨拶も歩きながらになった。ミーナは仲が良かったのであろう女の子達とくっ付いて歩いている。その顔は明日出発というのが可哀想になってしまう程、朗らかな笑顔。

 孤児院の中でもまだ長距離を歩けない小さな子はわたし達も手伝って抱えて行く。ヘクターが小さな男の子を片手で抱き上げるのに無駄にドキドキしたりしたが、それよりもアンナの子供を抱っこする様がとても馴れているものでびっくりしてしまった。わたしとかと違って無駄に力が入ってないのに子供も楽そうなんだよね。

「お久しぶりですね」

 後ろから掛けられた声にわたしは首だけ振り返る。白のローブ姿の初老の女性。マザーターニアはわたしににっこりと微笑む。

「あ、お久しぶりです。覚えててくれました?」

「当たり前じゃないですか。アンナから毎日のようにあなた達の話しは聞いてますよ。……大丈夫?馴れないと重たいでしょう、そのくらいの子供でも」

 マザーターニアに言われて、わたしは痺れてきた腕に再び気合い入れさせる。わたしが抱えているのはまだ二歳にならない女の子。抱えた時は「このぐらいなら行けそう」と思ったのだが、結構キツかったりする。首にふわふわと栗色の毛が当たりくすぐったい。

「だ、大丈夫です。それより急に押し掛けてすいません」

「いえいえ、こちらこそミーナを連れて来てくれてありがとう。随分格好が変わっていたからびっくりしたわ」

 マザーターニアはそう言ってモロロ族もどきのミーナを指し示し、笑った。いやあ、普段はもっとお嬢様らしい格好させてもらってるんですけどね……。

「それより本当にこの人数で押し掛けて大丈夫かしら。バクスターさんに悪いわ」

 マザーターニアは頬に手を当てそう言うが、おっとりした口調はあんまり心配そうではない。まあ大丈夫なんじゃないかな、普段からあの我が侭お嬢様と付き合ってるんだし。……付き合って、るのか?もしかしたらヘクターが言っていたように、アンナとマルコムはあまり会ってなかったりするのかも。だからこんな変な提案をしだしたのかもしれない。

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