異議あり!
表に飛び出したわたしの目に入ってきた光景は、半ば予想していたとはいえ現実逃避したくなるものだった。グラウンドへの通路に尻餅ついている黒髪の少年とその彼に掛かる網、そして見慣れた異種族の二人の姿。
「やめなさいって言ってるでしょうが!」
ローザが走りながら叫び、網を押さえていたアルフレートを蹴飛ばす。わたしはその間にフロロの首根っこを捕まえると持ち上げる。「ニャーン」などと憎たらしい声が上がった。
「ごめんなさいねえ、大丈夫?」
甘い声を出しつつローザは網に掛かった少年を立ち上がらせる。呆気に取られていただけのようで相手も時間を置くと笑顔を見せてくれた。
「ああ、大丈夫。いや、びっくりしたけどさ」
苦笑しながらの答えに頷いていると、アルフレートがわたしの肩に腕を乗せ寄りかかってきた。
「どうだね、我々のこの作戦は。捕獲と同時に混乱させ、相手に正しい判断が出来ないようにするんだ」
「やってる事、丸っきり悪人じゃない!わたしは正常な状態でも自分達を選んでくれる人が良いのよ!」
わたしの真っ当な叫びにアルフレートは眉間に皺寄せた。
「お前、正常な人間が自分達を選ぶとでも思ってるのか?凄まじく歪んだ自信だな」
「ははは」
アルフレートの言葉を受け、何が可笑しいのか笑う少年に、
「何が可笑しいのよ」
わたしの思い切り睨みつけた顔を向けると「すいません……」と小さくなる。
「いずれ私の考えが正しいことも証明されよう。行くぞ、フロロ!」
網を抱え込みアルフレートは再び走り去る。その後ろ姿にわたしは怒鳴った。
「ばかー!コルネリウス教官に見つかったら今度こそ退学よ!」
あれから何人の生徒を悪の手先――もといアルフレートとフロロの手から逃がしただろうか。これだから嫌われるんだよ、と今更思う。
「ったく、何てことしてくれんのよ、あの馬鹿ども!」
ローザが怒りの声をあげる。その顔に浮かぶのは疲労と焦り。わたしだって同じような顔をしているのだろう。
「あの二人だけ楽しんでるのは納得いかないですねえ。イルヴァも早く呼んでくれればよかったのに」
「お願いだから止めてね!?あの二人を押さえつけるだけにしてよ!?」
応援に呼んだイルヴァにわたしは突っ込みつつ、辺りを見回す。とりあえず全体を見回そう、とグラウンドの真ん中まで出てきたは良いが、二人があまりにも神出鬼没なことに、わたしもローザも疲れてきた。こんな事をしている場合じゃないというのに、目的が馬鹿二人を探すことに変わっている。
「もう!休み時間も終っちゃうわよ!あたし次のコマは授業出なきゃいけないのに……」
「ローザちゃん!あっち!」
わたしはローザの袖を引っ張りつつ、ある方向を指差す。グラウンドの隅にある第二演習場の屋根の上、こそこそと歩く怪しい影二つ!なぜか上空から網を振り下ろすことに美学を見いだしているようである。
「あそこね!」
ローザが駆け出す。イルヴァと一緒に後を追いつつ、わたしは下にいるのであろうターゲットに目を移す。
その瞬間、息が止まった。周りの音が止む程の最悪な事態がわたしを襲う。昨日、一瞬天に昇ったわたしを神は突き落としてくれた。遠い距離からでもはっきり分かる。演習場の前を歩いていたのはヘクター・ブラックモア。彼に他ならなかった。
このままではわたし達のお馬鹿コントを彼の前で披露することになるのは確実だ。それだけは絶対に避けなければならない。わたしが貧血を起こすんじゃないか、という程顔を青くしているのも知らずにアルフレートとフロロは下に見えるヘクターを指差し、確認している。わたしは走る速度を限界まで上げローザを追い越した。アルフレートが網を振りかぶり、屋根を蹴る!
「やめてぇえええ!!」
絶叫と共に突っ込むと、ヘクターを突き飛ば……そうとしたが、届かない。空を切る自分の手と彼の驚いた顔が見えた。次の瞬間、
ごりっ!!
頭の上から網の淵であろう、棒状のもので叩き付けられた。あまりにも痛い衝撃が走ると目から星が飛ぶ、って本当だったんだな、などとちかちかする視界に思った。「あ、やべ」というフロロの声が聞こえる。
「い、いったぁー……」
頭を摩りつつ、起き上がる。頭が凹んでるんじゃないか、と一瞬思ってしまったが既にコブが出来始めていた。
「だ、大丈夫?すごい音したわよ?」
ローザが頭をさすってくれた。涙目になりつつも目の前を見ると、唖然とした顔のヘクターが座り込んでいた。見開かれている綺麗な瞳と目が合う。きちんと網に包まれている状態を見て再び顔が青ざめるが、恥ずかしさから一気に血が上るのが分かった。
「ち、ちょっとぉ!何してんのよ!」
そう叫ぶわたしはひどい顔をしているに違いない。
「い、いや、今のはさすがに済まないと思った」
アルフレートはわたしの言葉にそう答えつつ、しっかり網の柄は放さない。
「そうじゃなくて!この状況よ!」
わたしがびしっと網を指差すとアルフレートははっとする。
「あ、そうだった。……ふふふ、我々はお前を拉致しに来たのだ」
そっからやるのかよ。
「そうじゃないでしょ!」
「どうだ、大人しく我々の仲間にならないか?」
わたしの言葉を無視してアルフレートは続けた。心なしか台詞は棒読みである。さすがに動揺しているようだ。次の瞬間、わたしは一生で一番耳を疑う台詞を聞くことになる。
「いいよ」
……うん?短いが理解出来ない彼の返答にわたしを含め、ヘクター以外の全員が固まってしまっている。ヘクターはゆっくりと網をどけると立ち上がった。何故かこの状況の中で笑顔である。
「いいよ。君らのパーティに入れてくれ」
それでも尚、痛い程の沈黙が広がる。
「……あれ?だめだった?」
ヘクターの言葉に、全員がブンブンと首を振った。わたしは頭の痛みも忘れ、この展開にただただ唖然とするばかりだった。
「もの好きな方だったんですねぇ、ヘクターさん」
放課後のカフェテリア。昨日より一名増えたメンバーでテーブルを囲む。そんな中、大変自覚ある台詞を言うイルヴァ。同じファイタークラスでも違うクラスらしいが、イルヴァもヘクターを知っていた。イルヴァが他人を認識することのハードルの高さを知っているわたしは驚いてしまった。
「ほんとよねぇ。あんたぐらいだったら他にあったんじゃないの?誘いがさぁ」
ローザも腕を組みつつ頷く。
「いやあ、見る目があるんだよ、彼には」
上機嫌なのはアルフレート。まあ、彼のお陰、とも言えなくはない。絶対に感謝したりはしないけど。
ヘクターはというと、にこにことみんなの話を聞き、口を開いた。
「いや、こんな魅力的なパーティはないと思うよ」
こんな台詞でもおべっかに聞こえないのが彼のすごい所。それを聞き、五人の顔が緩む。
『そ、そうかなぁー』
ヘクター以外の全員の声が重なった。それを見てまたにこにことする彼は、わたし達の救世主となるはずだ。なぜなら「ファイタークラスであり」「学年で誰もが知るような存在であり」「まともな人」という条件全てをクリアしているのだから。
わたしはというと皆と一緒に同調したり、盛り上がったりはしているものの、まだ彼と目を合わせられない状態だったりする。現状に心が追い付いていけていないのだ。
「じゃあ早速だけど、これに名前書いてくれない?」
悪徳詐欺師のような台詞と共に、ローザが昨日と同じように懐からメンバー編成書を取り出す。受け取ったヘクターがペンを紙に近づけた時だった。
「ちょっと待った」
響いた声にヘクターが手を止め、見守っていたわたし達は顔を見合わせる。誰の声?と一人一人を見ていると、ローザがわたしの背後へ目を動かし「あ」と呟いた。
わたしが振り返るとそこにいたのは何人もの生徒の姿。何故か全員がこちらを睨んでいる。
「俺達も彼を誘ってたんだ。その話し合い、参加させてくれ」
先頭にいる盗賊のような雰囲気の彼が、わたしを睨みながら言い放った。それを皮切りに後ろに立つ生徒からも声が上がる。
「うちだって誘ってたんだぞ!参加させろ!」
「わ、私達なんて今年度始まってからずっと誘ってたのよ!?」
「それ言うなら、あたしなんて去年からアプローチかけてたわよ!」
「何それ!キモいのよ、ストーカー女!」
派生した発言から喧嘩まで始まってしまい、声は鳴り止まなくなる。酷い混乱にわたしとローザは目を合わせた。すると横から「ポロン」と澄んだ音が聞こえる。
一瞬で静まり返るカフェテリア内、全員の視線を集めるのはテーブルに座り込んだアルフレートだった。膝に置いた銀のハープを弾く度に美しい音色が響く。
「ぴーちくぱーちくうるさい奴らだな。理論的に話せないなら帰れ。さもないと……」
「さもないと?」
シーフの少年はアルフレートの手元を見ながら喉を鳴らす。アルフレートはにやりと笑った。
「歌うぞ」
ざざざ!と波が引くように集団は離れていく。同時に逃げようとしたわたしだったが、後ろからローザに腕を取られてつんのめる。暫く楽しそうに弦を弾いていたアルフレートだったが「さて」と言うと、ハープをテーブルに置いた。
「冷静に話せるなら聞いてやってもいい。だが一つ言っておくと彼、ヘクター・ブラックモアが選んだのは我々のパーティへの加入だ」
「そ、それがまずおかしいんじゃない!」
叫んだのは黒いローブを頭からすっぽり被った少女。クラスメイトのポリーナじゃないか。よく他クラスの噂話しを持ち込んではおしゃべりに花を咲かせるような子なので、わたしはあまり仲良くしたことがなかった。理由はわたし自身が何言われてるか分かったもんじゃないからだ。
「あんた達、自分の評価を分かってないのよ!オカマだ、音痴だ、規則も守れない奴ばっかりで、彼は未来あるエリートなのよ!?」
悲鳴のような叫びにシーフの少年が続く。
「そ、そうだ!絶対おかしい!何か脅迫して加入させようとしてるんだろう!?」
ヘクターが困ったように手を振り、それを遮った。
「いや、それは無いよ。そんな事されたなら余計に入らない」
その言葉に感動するわたし。ポリーナは「う」と詰まったが、こちらをびしりと指差してくる。
「じゃ、じゃあヘクターはこいつらがどんな問題児か知らないのよ。ずっと同じクラスだったもんだから散々迷惑掛けられたのよ、その魔術師には!」
わたしは思わず指差された方へ振り返る。すると後頭部に「お前だ!」という罵声が降ってきた。
再び騒ぐ声は止まなくなってしまう。
「ど、どうすればいいのよ」
というローザの涙声を聞いて、わたしは頭に血が上るのを感じた。すると次の瞬間、ぱーん!という乾いた音が連続で聞こえ出す。すっと静かになる集団にアルフレートを見るが、彼は腕を組んで座り込んだままだった。
「こらこら、何の騒ぎだ、これは?」
厳しい顔で手を叩きつつ入ってきたのは、学年主任であるメザリオ教官だった。