少年と異種族
「リジアー!魔法暴走させたら教えてねー!」
セリスのにこやかな大声を受けながら馬車が走り出す。わたしは慌てて窓から顔を出した。
「へ、変なこと大声で言わないで!!」
わたしが顔を赤くしながら文句を言うもセリスは笑顔のままだ。彼女の場合、必死に成る程喜ばせてしまうんだった。ったく、ミーナも聞いてるっていうのに……。小さくなっていく皆の姿を眺めていると、ミーナの両親の心配そうな顔が妙に目に焼き付いてしまう。隣りをみると軽く変装をしたミーナが不安そうにそれを見つめていた。
「服、大丈夫?きつくない?」
ローザがミーナのウエスト部分を引っ張りながら確認する。ローザの子供の頃の一番ボーイッシュな服を借りてきたのだ。つなぎのズボンにシャツ、フロロの大きめの上着も借りて身につけた姿は何だかモロロ族の女の子っぽい。
「大丈夫、ちょっと恥ずかしいけど」
「普段と違う服装だもんね、すぐに馴れるよ」
わたしはミーナのおだんごにした頭をぽんぽんと叩いた。ミーナ本人は髪も切る、と言ったのだが、絹糸のような髪に鋏を入れるのを、こちらが躊躇してしまった。
「猫の耳ついたカチューシャとか買ってさ、モロロ族に変装しちゃうってのはどう?」
わたしの提案にローザも乗っかる。
「それいいかもね。可愛いし、いいわあ」
ミーナは着せ替え人形になったのが恥ずかしいのか、頬を赤らめるとこちらを睨む。
「何か楽しんでない?」
「き、気のせいよ」
わたしとローザはパタパタと手を振る。その時、
「このまま大通り突っ切って、外出るよー」
御者席からフロロの声が聞こえてきた。隣りにはイルヴァもいる。この二人以外は表に出るのを嫌がった為だ。 ローザはなぜ嫌がるんだ、自分の家の馬車なのに、とアルフレートが聞くと「恥を晒す趣味は無い」という普段の自分を省みないお答えがあった。
「ローザちゃん、フローラちゃん潰さないようにね」
ローザのお尻の脇にいるフローラちゃんを指差しつつわたしが言うと、怒るかと思いきや深く頷く。
「そうね、こないだ家でも姉様に踏まれそうになったり、あたしも胸ポケットにしまったままベッドにダイブしちゃったりっていうのがあったばっかだし」
「……そ、そう」
それで無事だったのか?という疑問をミーナの肩に乗せられるフローラちゃんを見つつ考えたりするわたし。フローラちゃんもわたし達が旅に出ている間、ミーナのお世話になっているせいかよく懐いているようだ。首を傾げたりミーナの顔を覗き込んだりしている。
馬車の前方にある小窓からイルヴァが顔を覗かせる。
「ローザさん、お菓子……」
皆まで言う前にローザがイルヴァに向かって何かを投げた。そのままそれを口で受け止めるとイルヴァは満足そうに顔を引っ込める。
「……皆も、食べる?姉様の作ったパウンドケーキだけど」
ローザの口調は暗に「無理しなくていい」と語っていた。わたし、アルフレート、ヘクターは顔を見合わせる。
「いや、大丈夫、ありがとう」
ヘクターが遠慮気味に手を振る横で、アルフレートが溜息をついた。
「はっきり言ってやればいいのに……、マズくはないが全く美味くもない。そのくせいつまでも腹にたまって不快なんだよ」
ちっ、と吐き捨てるアルフレートの言葉は知らない人からすれば大変失礼な暴言だったに違いない。だが、馬車内で今の台詞を咎める人間は一人もいなかった。「何で出来ているのか謎の物体」それがローザの姉が作るお菓子なのである。ミーナも顔を明後日の方向に向けているということは振る舞われた事があるに違いなかった。
馬車の中の雰囲気がだれてきた時、ふと目に入った景色にわたしは感嘆の声を上げた。
「すごいっ、もうここまで来てるんじゃない」
走り過ぎる景色に時々目に入る看板は、街道に等間隔に立てられた標識だ。近くの町村の名前などが書かれているそれは、旅人の指針になる。見て取れた名前は『オットー』の文字。前に首都まで歩いて行った際に始めに寄った町だ。前の時は夕飯時だったのだから随分短縮されているのが分かる。
「じゃあオットーに寄ってお昼と、ミーナのカチューシャ買いましょ」
ローザも声を弾ませる。買い物、というだけでテンションが上がるのが乙女の証である。空も大分晴れ間が出てきていた。その下に広がるのは馴染みのある町オットー。わたし達の住むウェリスペルトのお隣りさんなので行き来は多い町の一つだ。
「二頭立ては入れないから、あっちに停めろってさ」
町の入り口に来ると警備団らしき人と話していたフロロが小窓から顔を出してきた。彼の指差す先には大きな馬車がいくつも停まっている。
「オットーって道狭いところ多いもんね」
わたしが頷き返すと馬車が動き出す。停留所に馬車を停め、表に出ると再びわたし達の馬車の派手具合に顔を赤くすることになった。何台も停まる馬車の中でやたら存在を主張しているのだ。
「まあ……迷わないからいいんじゃない?」
ヘクターはあくまでもマイナスの言葉は言わない。少し苦しい気もするが。
「あ、でも似たような趣味の人もいるみたいよ?」
わたしは隣の隣にある馬車を指差した。ヘクターはそれを見て目を丸くする。
「本当だ、すごいなあ……」
その馬車は色は黒だが金の縁取りといい、色っぽい曲線をやたら多様したデザインといい、女神像らしき彫り物といい派手さではわたし達の馬車に負けていない。わたし達がおおー、と眺めているとローザに頭をチョップされてしまった。
「二人して阿呆面しないっ。失礼でしょ!」
確かにそうだ。しかも持ち主だってわたし達には言われたくないに違いない。
さて行きますか、となったところで馬車内の会話には参加していなかったイルヴァにミーナの変装の話しをすると、案の定目を輝かせた。
「ならイルヴァが良いお店知ってますよー。町の入り口に近いですから、今から行きましょう」
わたしとローザは顔を見合わせる。
「こういう時は便利ね」
感心気なローザにわたしは首を振った。
「……イルヴァの行きつけ、っていうのが怖いけどね」
フワフワのメイド服が看板代わりに揺れている。普段使い用ではなさそうな眼鏡がズラリと掛かった狭い入り口を抜けるとピンクの目に優しくない壁紙。
「な、なんだ此処は……」
アルフレートが露骨に顔をしかめた。イルヴァの案内でやって来た店は確かに町の入り口すぐだった。そして大変イルヴァらしい店でもあった。
「パーティー用グッズの店みたいね……」
ローザが棚の一部にある鼻眼鏡を持ち上げながら呟いた。わたしは今まで一度もこういう物にお世話になるようなパーティーには参加したことが無いのだが、やっぱりイルヴァみたいな人があちこちに存在していたりするんだろうか。
「あ、この辺じゃないですかね?」
イルヴァが商品棚の一部を指差す。見ると湾曲した髪留めに様々な装飾がされた物が並んでいる。ゴブリンの角のような物やらウサギの耳、デーモンの渦巻き状の角が付いた物もある。
「あ、これでいいんじゃないかな?」
わたしはその中にある薄茶の猫耳が付いたタイプを手に取るとミーナの頭に掛けた。
「あらあ、可愛い」
ローザがぱちぱちと手を叩く。すっかりモロロ族の一員になった姿のミーナにわたし達が盛り上がっているとフロロが棚を指差し呟いた。
「にゃんこ……」
見ると棚に張り付けた厚紙に『にゃんこになれる!』と書いてある。にゃんこ……。
「俺らを馬鹿にしてんのかね?」
フロロが憤慨する。まあ気持ちは分かるけど。
「ウサギは『うさたん』だって」
ローザがぶっ、と笑って指差した。そのウサギタイプをアルフレートが何を思ったのか手に取ると、じっと見つめる。何に興味を持つのか本当に読めない奴。わたしが見ていると、アルフレートはさっとヘクターの頭に掛ける。
「あら、可愛い」
ローザがほほほ、と笑い茶化した。ヘクターは困り顔半分、ムッとした顔半分で、
「やめろよ……」
と呟くとカチューシャを外し、棚にそっと戻す。
「……な、何か良いもの見れた気がするわあ」
わたしは店の外にそそくさと離れるヘクターの後ろ姿を眺めながら頬を赤くした。
「あんたってやっぱ感性が変よ」
「そう?」
ローザからの突っ込みにわたしは首を傾げる。可愛いんだから良いじゃない、と思うわたしはやはりイルヴァと感性が近いのだろうか。
わたし達が昼食を取るのに選んだのは、前回アンナとこの町を訪れた時に来たレストランだった。冒険者、ましてやわたし達見習いが利用するにはちと場違いな感はあるが、「あそこのサラダがまた食べたい」というローザの申し出から行ってみることにする。まあどうせローザ(依頼人)持ちだし……という下心は否定しない。
「アンナ元気かな、フェンズリーで会えるといいけど」
わたしの言葉の意図を読み取ったのかローザが頷く。
「このペースならフェンズリーにも寄れるわよ」
「私も……皆に会いたいな」
ミーナが遠慮がちに呟いた。そうか、ミーナの帰郷としてもいいタイミングかもな、とわたしは考えた。両親が出来たといってもマザーターニアや孤児院の仲間は特別な存在には変わりないのだから、本当なら定期的に会いたいだろう。
レストランに入るとお昼時だからか、客層も若い人が多い。ランチは少し安めなのかもしれない。店員に案内され、各自が席に着いた時だった。
「あまり美味くないぞ!」
「我が儘言わないでください!」
隣のテーブルから聞こえてきた会話にぎょっとする。相手には気付かれないようにわたしは様子を窺い見る。金髪の男の子、まだ子供だというのに随分大きな態度だ。白いローブを着ている姿は司祭見習いにも見える。そして付き添いなのか一緒にいる女性、こちらはぱっと見て異種族だと分かる。青い肌に耳にあたる部分にあるのはヒレのようなもの。背もすらっと高い。黒の軽鎧姿ということは付き添い兼護衛といったところか。
「……ドラゴネルじゃない、珍しいわね」
ローザが顔を伏せながら小声で囁いた。竜人とも言われる彼らはエルフと同じくらい町中で見ることは少ない。もっともこちらにもアルフレートがいたりするので、人の事言えたものではないが。あまりジロジロ見るのも失礼だとは分かっているが、声がまる聞こえなもんだからこっちも気持ち良いものではない。何しろ隣りの金髪の坊ちゃんときたら、テーブルに並ぶ料理に片っ端からマズいマズいと文句をぶつけているのだ。ドラゴネルの女性も竜人としては珍しく気が弱いタイプなのか、わたわたと振り回されているようだ。
「文句言ってきてやろうか?」
アルフレートが立ち上がろうとするのを両サイドのフロロとヘクターが止める。
「アルが出て行くと余計にこじれそうだからやめとけって」
フロロが言う事に全員が頷くと、アルフレートはひょい、と肩を竦めた。
「集団の中で空気を良いものに維持するには排除すべき者もいるもんだ」
「……だーかーら、そういうのがコワいから座っててっていうの。ミーナ、何食べたいー?」
会話を変える為にわたしが聞くとミーナは真剣にメニューを見つめ、やがて手を挙げる。
「私、オムライス!」
「俺もオムライスー!」
フロロも揃って手を挙げた。中々良いコンビじゃないか。
「大丈夫よ、ここの料理はみーんな美味しいから!」
ローザが声を張り上げると、それが聞こえたらしく隣の二人と目が合いそうになる。わたしは慌ててメニューで顔を隠した。
「一品、だけですか?」
寂しそうに呟くイルヴァにローザが手を振る。
「……どうぞどうぞ、お好きなだけ食べなさい。デザートでもサラダでもお好きにどうぞ」
ローザの言葉にイルヴァはにぱっと笑った後、首を傾げた。
「メインをいっぱい、っていうのでも良いんですかね?」