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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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強力な仲間

 こういう出発の日の朝というのはスッキリと晴れ渡っているものと相場で決まっているのだ。だが、わたしの頭上に輝いているはずの太陽は薄雲に覆われてしまっていた。まるで自分の精神状態を表すかのような空にわたしは恨めしげな視線を送る。

 曇り空の下でもローザ宅、アズナヴール邸は輝いて見える。外壁が白いだけでは無いだろう。

「今回はフローラちゃん連れてくらしいよ」

 わたしはヘクターに声を掛けながらアズナヴール邸正面玄関を開ける。

「へえ、じゃあ餌とかどうするんだろう」

 ヘクターはメイドのメリッサちゃんに会釈してから首を傾げた。

「……フローラちゃんの中に入れていくんだって」

 わたしの言葉にヘクターは微妙に眉をうごかした。何か違和感を覚える気持ちは大変分かる。

「お早う」

 廊下で会った背の高い人物に挨拶された。今日も無駄にキラキラとしたオーラを飛ばしまくっている学園長である。

「お早うございます、学園長」

「昔みたいに『おじさん』でいいのに」

「い、いや、さすがにそれは……」

 わたしは少し前の自分の暴挙を笑ってごまかした。そのまま三人でダイニングルームまで歩く。

「……少し予定が変わってしまったんだよ」

「ハ?」

 学園長の思いがけない言葉にわたしはマヌケな声を上げた。学園長は普段通りの少し微笑みを含んだ眼差しでわたしとヘクターを見る。

「詳しい話しはヴィクトルに聞いた方がいい」

 そう言うとダイニングルームの扉を開けた。中にあるダイニングテーブルに揃う顔を見て、わたしは目を見開いてしまった。

「ミーナ!?」

「ごめんなさい、リジア。昨日は何も言わずに来なくて」

 ミーナはそう謝るがわたしは口をパクパクさせるだけだ。確かに昨日はミーナ来てなかったな。……いや、そうじゃなくて!と、わたしはミーナの隣りにいるローザの顔を見た。

「……少し予定が変わったのよ」

 学園長によく似た顔で同じ台詞を言うと「皆が揃ったら話すわ」とわたし達に座るよう示す。わたしとヘクターが顔を見合わせ席に着いた時だった。学園長と入れ替わりに勢い良く部屋に飛び込んできた人物に、わたしは再び目を見開く。

「アントン!?」

 緑色の目立つ頭に吊り上がった瞳、にやりと意地悪そうに笑うのは前回の冒険で大きく関わりあったアントン。プラティニ学園のファイタークラスに所属する、ヘクターのクラスメイトだったりする。アントンはニヤニヤと笑いながらわたし達を見回すが、ふと真顔に戻る。

「全員揃ってねえじゃねーか。……もしかしてまだ話して無い?」

 アントンはそう言うとローザを見た。

「あー……、あんた達に頼んだのね。全員揃って無いからまだ何も話して無いけど。……あんたってば本当に……、まあいいわ」

 ローザが呆れ顔で見るとアントンは眉間の皺を濃くした後、長椅子にドスン、と座りこんだ。

「……何がなんだかわかんないけど、あんたが何か失敗したことだけは分かったわ」

 わたしが言うとアントンは「うるせえ!」と顔を赤くする。わたしはちらりとヘクターの様子を伺った。少し驚いた様子でアントンとローザを見ているが、この前までのピリピリとした空気は無かった。わたしは妙に安堵する。

「あ、ミーナだ」

 続けて部屋に入ってきたのはフロロ。ミーナに「うはよー」と手を挙げた。そして朝だからか不機嫌顔のアルフレート。二人ともダイニングテーブルに座ると普段通りすました顔で置いてあった冷たいお茶に手を伸ばす。

「……うぉいおいおい!俺がいることに何も無しか!?」

 アントンは怒鳴るがアルフレートがじろり、と見るとビクンと体を弾ませた。前回の冒険での火柱がトラウマになっているようだ。

「いかにも『突っ込んで下さい』という態度が気に食わない」

 朝のアルフレートは普段以上の冷たさだ。アントンは頬を引き攣らせているが彼には何も言い返さない。

「あー!アントンさんじゃないですかっ」

 わたし達メンバーの最後の一人、イルヴァが部屋に入るなりアントンを指差す。アントンは少し嬉しそうに腰を浮かした。

「もしかして荷物持ちですか?イルヴァの荷物が多いってよく分かりましたねー」

 そう言うイルヴァの足元には大量の旅行鞄が転がっている。フローラちゃん帯同だしいつもよりは多くなってもいいよ、とは言ったが……。

「……やっぱりオマエラは嫌いだっ」

 アントンがわたし達を見回し吐き捨てた言葉に、ミーナが目を丸くした。




「じゃあ全員揃ったところで今回の予定を言うわ」

 ローザは手を一度叩くとわたし達の顔を見て、最後にミーナを見た。

「今回ミーナも一緒に行くことになったから。今、御両親もうちの親と話し合ってるわ」

 その言葉にわたしは思わず立ち上がりそうになる。

「ちょ、……どういうこと?」

 ミーナとローザの顔を交互に見るわたしに、ローザが一枚の紙片を差し出してきた。わたしはその見覚えのある羊皮紙に眉を上げる。テーブルにわざわざ裏返しに置かれた演出に苦笑しつつ手に取った。


「……『食卓を囲むには一人足りない。足が欠けた蜘蛛のノロマなこと。主は高らかに笑う』」


 わたしが読み終わると後ろからアルフレートがひょい、と紙片を奪う。

「……新しい手紙って事か。やっぱりサイヴァ信者が関わってるってことだな?」

 紙片を眺めながらつまらなそうに呟いたアルフレートにローザが頷いた。

「何で分かるんですか?」

 イルヴァの質問にはわたしが答える。

「『食卓』『蜘蛛』って単語が出てきたから、ね。確定的になったわけ。サイヴァの神官が集まる集会を食卓を囲むなんて言い方するのよ。所謂、隠語って奴ね。……あと蜘蛛はサイヴァの神官の数よ。どの神殿でもサイヴァの神官は八人って決まってるんだって」

「へえ……」

 納得の呟きを漏らしたのはヘクターだった。

「だから『8』を嫌がる人って多いんだ?」

「そういうこと」

 わたしは頷き返す。生活の中で数字が絡む場面になると8を避ける人は多い。神職者はもちろん一般的な人間でもその考えは広まっている。わたしのような不届き者はあんまり気にしなかったりするけど。

「へっ、くだらねえ」

 アントンが長椅子の背もたれに腕を回しながら吐き捨てる。……不覚にも彼と意見が合ってしまった。

「何にしろ危なっかしい話しになってきちゃったなあ」

 フロロがそう言ってミーナを見る。少し顔色は良くないがしっかりとしているようには見える。しかしショックを受けているのは確かだろう。

 ミーナがぽつりと呟く。

「……昨日、ローザちゃんとお父さんお母さんが話し合っているのを聞いちゃったの」

「ご両親も少し興奮してたしねえ……。ミーナに分かってしまったことだし、状況が状況だからどうせならあたし達と一緒に町を出た方が良いんじゃないか、って話しになったのよ」

 ローザの話しにわたしは頷きつつ口を開く。

「でもそうなるとミーナの両親の方も心配じゃない?まだミーナが標的とも確定してないし……」

 そこまで言ってからわたしははっとしてアントンを見た。すると背後から扉の開く音がする。

「……そこで俺達の出番ってわけだ」

「デイビスか」

 部屋の入り口から現れたメンバーにヘクターが驚きの声を上げる。日に焼けた肌に大きな体の戦士デイビスがわたし達に笑顔を向けた。

「やっほーリジアー」

 デイビスの後ろでセリスも手を振っている。他のメンバーもぞろぞろと入って来た。サラ、イリヤ、ヴェラもいる。

「これで漸く借りが返せるよ」

 にこにことしたイリヤと握手したわたしはふと、アントンに目をやる。

「……あんた、このタイミングで入ってきたかったんじゃないの?」

「うううるせえ!」

 わたしの突っ込みに、図星だったのかアントンは顔を赤くしながら、怒鳴り声を撒き散らした。




「じゃあ、気をつけてね。お互い無理はしないように、相手は厄介なんだから」

 そう言ってわたしの手を両手で握ったのはサラだった。彼女の美しい栗色の瞳には強い意志を感じる。サラもプリーストだしね。確かサラの信仰するラシャ神ってサイヴァと一番因縁深いとかそういう神話があるんだっけ。わたしは「大丈夫よ」と言って彼女の手を握り返した。

 ふと隣りに目をやるとフロロとヴェラが話し込んでいる。「良い盗賊とは~……」などと言っているフロロの話しをヴェラが真剣に聞き込んでいた。いつの間に仲良くなったんだ?と思いつつも、二人の様子はまるで生徒と先生だ。思わず苦笑してしまう。

「何かあったらこの家に連絡入れる事にするわ」

 ローザが言うとデイビスは深く頷く。

「ああ、この家に常に一人常駐するように学園長から言われてる。ヴィジョンが家にあるってすごいな。残りはニッコラ氏の家に張り込みだ」

「こっちと違って気疲れしそうな消耗戦だけど、がんばってよ」

 ローザはそう言うと部屋に響き渡るように手を叩いた。

「さあ、じゃあ行きましょうか」

 ぞろぞろとダイニングルームを出ると廊下に学園長の姿がある。その後ろにいるのはミーナのお父さんユハナさん。隣りにいるのは……、と目を移したところでわたしははっとしてしまった。美しい金髪が目を惹く女性、ミーナのお母さんハンナさんに違いない。ミーナと血の繋がりが無いことを忘れてしまうようなよく似た髪色。まあ顔は似ていないし、髪色だけならわたしだって似ているのだが。それでもミーナと並べば親子にしか見えない。二人は揃って頭を下げる。ミーナが駆け寄ると「お世話になるんだから我が侭は言わないようにね」「でも無理はしないように」などの会話が聞こえてきた。

「馬車を用意した」

 学園長が言うとローザはぴん、と片方の眉を上げる。

「……護衛用ってことですか?」

「そういうことだ」

 二人の会話からわたしは予定が少し狂ってしまったことに気が付いた。ミーナの護衛を兼ねる旅に変わったのだから、不特定多数が乗るような乗り合い馬車は避けた方が良い。しかし普通馬車で国境まで行くとなると……。間に合うんだろうか。

「よろしくお願いします」

 ハンナさんの声にわたしは顔を上げる。見るとアルフレートが彼にしては珍しく爽やかな笑顔を見せているではないか。

「ご安心を」

 そう言ってミーナの母ハンナさんと握手している彼を見て、わたしは失礼ながら不気味な物を見た気持ちに背筋を振るわせた。




「うっは、二頭引きじゃん」

 アズナヴール邸前、艶やかな毛並みの白馬二頭にフロロが駆け寄る。二頭引きな分、車体も大きい。これなら全員で乗って移動出来る分、足は速そうだ。しかしわたしはその光景に表情が固まったまま動かない。

「……すごいな」

 ヘクターの呟き通り、その馬車は『すごい』ものだったのだ。白い車体に金の縁取りがごてごてと騒がしく、妙に丸みを帯びた形がメルヘンちっく。流石アズナヴール家所有というか、なんというか……。

「これじゃ余計目立つんじゃねえの?」

 アントンですら突っ込みを入れる程なのに、学園長は何を考えているのだろうか。イルヴァが目を輝かせてフロロと同じく馬車に駆け寄る。イルヴァの趣味に合うということは……まあそういうことだ。

「でも『やるぜ、やるぜ』って意気込んでるよ」

 イリヤがにこにこと馬を指差すがわたしは「そ、そう」と引き攣った笑顔を返すしかなかった。

 こんな白馬に白い豪華馬車だったら、出てくるのがぺっかぺかの王子様じゃないと納得いかないぞ、わたしなら。と考えたところでわたしは頭に浮かんだある考えに胸が躍る。

「ね、ね、ちょっと馬の手綱持ってみてっ」

 わたしがお願いするとヘクターが「?」という顔のまま馬の手綱を握りこちらを見る。……うっはーん!完璧じゃない!わたしは目の前の薔薇が咲き乱れる幻想の光景に思わず両手で頬を押さえた。

「こう?でも俺、馬の扱いとかよく知らないんだけど……」

 わたしは目の前の疑似王子、いや疑似ナイト、いややっぱ王子に手を振る。なんてお似合いなんだろう!こんな豪華馬車に引けを取らない男はやっぱりヘクターだけだわ!とわたしは鼻息荒くした。

「大丈夫!全然オッケーよ!」

 後ろからアルフレートの深い溜息が聞こえた。

「……お前、かわいいな、馬鹿で」

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