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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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魔女っ子、呻く

「ローザって、兄弟いるの?」

 少々疲れた顔でやってきたヘクターが椅子に座るなりローザに問いかける。

「いるわよ、姉さんには会ってるじゃない。上の姉さんにはまだ会ってなかったっけ?家にはいるんだけど引きこもりだからねえ」

 ローザが何を今更というように答えるとヘクターは手を振った。

「いや、男の兄弟」

「は?いないわよ。うちは三姉妹よ!」

 最早どう突っ込んでいいか分からない。ヘクターはそれを聞くとふう、と溜息をついた。

「……学園長からの依頼だったんだ、話し」

「はあ!?」

 ローザとわたしの声が重なる。

「ラグディスまで息子を護衛して欲しい、って言われたんだけど……」

 わたしは口をぱくぱくさせたまま、皆の方を見やった。

「国境の町じゃないか、順調に行動範囲が広まってるな」

 アルフレートの言葉通り、ラグディスはローラス共和国と隣国サントリナの間にある町だ。悪魔とドンパチという、今考えるとぞっとする事をやったフェンズリーより更に先になる。確か聖なる都みたいに言われるところじゃなかったっけ?大きな教会があって、何の神だったっけ……。

「認定式だわ」

 ローザが珍しく表情を固くしている。

「あたしの認定式があるんだわ、忘れてた……」

「なんだ、お前今までモグリ信者だったのか?」

 アルフレートの言葉にローザは顔を赤くした。

「違うわよ!正式に教会に仕える神官として認定されるの!モグリでどうやって呪文使うのよ……」

 ローザの言う通り、神聖魔法は神の加護を頂く魔法だ。神々が自分を信仰し神の教えに沿った生き方をする信者におこぼれをあげるわけだ。フロー神の信者です!……本当は無信仰だけどね、ということは出来ない魔法なのだ。

「えっと、どういうこと?」

 ヘクターの質問にわたしが答える。

「一個位が上がる、って考えれば大丈夫。その認定が大神官クラスが揃ってる教会じゃないと出来ないのよ。っていうかどうするの?」

 わたしはミーナとユハナさんのことを思い出し、ローザに尋ねた。

「……どうしよう、皆はここに残ってあたしだけ行くっていうのでも……良くないか、お父様が言ってるんでしょ?」

「きちんと返事はしてないけど、さも当然のように言われたからさ。言ってる意味が分からなくて呆然とした、っていうのもあるけど」

 ヘクターはそう答えると首を振る。

「それより同じメンバーで別行動、っていうのには俺は賛成出来ない」

 ヘクターの言葉にローザがほろりと涙を流した。

「あ、ありがとう。流石あたし達で唯一の良心だわ」

「その言葉は肯定出来ないが、ユハナ・ニッコラ氏にはきちんと学園に依頼して貰えば良い。それなら心配は無いだろう」

 わたしの顔を見たのかアルフレートが提案する。そうか……、それならもし本当にミーナ達に危険があればわたし達より上級生の六期生などが派遣されるかもしれないんだ。わたしは未だじわりと湧く不安を払うように頭を振った。もしかしたら自分で何とかしたい、という気持ちが大きかったのかもしれない。

「ごめんね、リジア」

「何言ってるの、ローザちゃん!止めてよー」

 わたしは顔を覗き込む親友の頬をぺちぺち、と叩いた。それよりも心の中で一瞬でも別行動を考えた自分が恥ずかしかった。そして真っ向から否定したヘクターの顔も、何だか見られなくなってしまった。




「ミーナへの説明はどうするの?」

 場所は移ってローザ邸、いつもとは違う応接間でお茶を飲みながらローザが聞いてきた。ローザのお父様、学園長に詳しい話しを聞く為に呼び出されたのだ。

「……わたしが言うわ。でもミーナには昨日のユハナさんの話しは言わないでおこうと思う。いつも通り旅に出ることだけを伝えるわ」

 わたしの言葉にフロロが頷いた。

「それがいいと思うよ。あの父ちゃんも娘には言って欲しくないだろ」

「じゃあユハナさんには今晩にでもあたしが訪問して伝えるわ。あたしの都合なんだし」

 それに、とローザは続ける。

「代わりに学園長直々に学園のよりすぐりを送りこむから、って言えばかえって安心するかも」

 その言葉にわたしが頷き返そうとした時だった。

「私が何だって?」

 急に耳元でした力強い声にわたしは長椅子から飛び上がる。

「な、な、……学園長、こんにちは」

 長椅子の背もたれから顔を出す年齢不詳の美しい顔にわたしは挨拶する。すると「こんにちは」とにこやかな返事がされた。ヘクター以上の長身とそれに映える長く美しい金髪。皺一つない顔は本当にわたし達の親世代なのか疑問だ。

「さて、ヴィクトルから話しは聞いているかもしれないが」

 学園長はそう話しながら部屋を歩き、暖炉前にある重厚感たっぷりなひじ掛け椅子に腰を下ろす。

「君達には息子を連れてラグディスまで行ってもらいたい」

 長い足を組み、わたし達を見回す学園長の雰囲気は王族のようだ。威圧感とは違う柔らかな空気。しかしいるだけで場の主役になってしまう。

「認定式があるんですよね?」

 わたしが聞くと学園長は大きく、ゆっくりと頷いた。

「そうなんだ。本来なら15になる年、つまり去年だったんだがね。息子が我が儘を言うせいで一年延びてしまった。去年なら学園を少し休学すれば直ぐに済んだというのに。君達を巻き込むようなことになって申し訳ないね」

 去年、ローザが認定式を渋った理由、それはわたしもよく知っていた。教会の制度についてはわたしも詳しく知っているわけではないが、一般の信者の上に現在のローザの位『司祭』がいて、これは教会などで説法が出来る位らしい。そしてその上になるのが『神官』『巫女』。この二つは大きな神殿などで祭事がある時に祈りに参加したりと役割が増えるらしい。名前が違うだけで男が『神官』女が『巫女』というだけなんじゃないか、と思ったら細かく言うと祈りの種類が違う、とか何とか。それを去年は激しく抵抗し、認定式に行かなかったのだ。今年は良いのか?と思うが、そこは彼女も少し大人になったということなのかもしれない。

「気楽に長旅を楽しんできていいよ。一週間後のヴィクトルの認定式が終ったら帰ってくればいいだけだから」

「一週間後、ですか……?」

 わたしは思わず口に出していた。ヘクターがこちらを振り向いたことで、わたしは妙な気恥ずかしさと気まずさに襲われ、顔を伏せてしまう。ミーナの件が頭に振り返した事を見抜かれた気がしたのだ。一瞬、一週間だとラグディスまでには何日かかって何日ここに残れるか、そんな計算をしようとした。……それがすごく気まずかった。

「何かあるのかな?」

 学園長の目は優しいが、全てを見通しているようで言葉に詰まる。それを打ち破ったのはヘクターだった。

「実は……」

 彼のいつも通りの柔らかい声が部屋に響く。わたし達とミーナの関係、そして昨日の出来事、ミーナの家に起こっている不気味な現象を淡々と話していった。

「ふむ……」

 聞き終わった学園長は予想よりも厳しい顔だ。

「何とも嫌な出来事だね。お嬢さんの両親には深く同情するよ。それに、フロロくんは実際に怪しい影を見ているわけだ。あまり軽く考えない方が良さそうだな……」

 暫く思案顔だった学園長を皆黙って見守る。学園長はふ、と顔を上げた。

「私から優秀な生徒をきちんと確保することを約束しよう。君達は安心して行きなさい」

「ありがとう、お父様」

 ローザが礼を言うと学園長はふふっ、と笑う。

「仲間の前だといやに素直だね」

「仲間の為ですから」

 ローザはつんっとしながら言い返した。




「私にはお前の気持ちはよく分かるぞ」

 ローザ邸から帰り道に出る途中、わたしに意外な言葉を言う意外な人物はアルフレートだった。

「ボンクラ息子の護衛をしながら退屈な式典を見に行くより、昨日の話しの方が遥かに面白そうだった」

「誰がボンクラ息子よ!」

 門までわたし達を見送りに来たローザがアルフレートの頭を叩く。そしてわたしの方へと向き直った。

「リジア、ごめんね、あたしが去年我が儘言ったせいだわ……」

「ローザちゃん、もう気にしないで、わたしも式典見るの楽しみなんだから」

 この言葉は嘘ではない。初めて見ることになる教会の認定式は楽しみではある。何しろこういう機会がないと見られないものではあるし、どういうものか興味があった。

「イルヴァも楽しみですよ。何着ていこうか迷っちゃいます」

 ワクワク顔のイルヴァに全員がうっ、と言葉に詰まる。

「……あんた、他人の結婚式にも平気で白いドレス着て行きそうだもんね」

 イルヴァにローザが何ともいえない顔をした。

「じゃあまた明日」

 早速明日からの出発を提案したわたしが皆を見回す。わたしがこの提案をした時は皆から意外そうな顔をされたが、さっさと町を離れた方が余計な事を考えなくなると思ったのだ。

 いつも通りに手を振り合うだけの簡単な挨拶を済ませると、全員が各方面へと散っていった。




「首都レイグーンまで高速バスで一気に行って、首都でちょっぴり楽しんだ後にラグディスまでまた馬車で行けば充分だよね。それでも早く着くだろうから、ラグディスでも観光できるかも。国境の町だから雰囲気も独特なんだって」

 帰りのバスの中、わたしは声を弾ませる。

「リジア」

「教会も大きいんだって……って、はい?」

 浮かれ気味のわたしとは対象的なヘクターの声に、わたしは思わず返事が上擦った。

「俺が反対したこと、気にしてる?」

 俯き気味に呟く彼はわたしの方を見ない。でもそれで助かった。今、わたしは驚きと何ともいえないショックで酷い顔だったに違いないのだから。

「……そんな訳ないよ!」

 そう言ったものの、この答えでは誤解がありそうだ、とわたしは慌てて首を振った。

「いや、気にしてないこと無いけど、それは自分が浅はかだったなー、なんて思ったからで……」

 もごもごと言いながら頬を掻いているとヘクターがこちらを見る。目が合った瞬間に感じるチクチクとした喉の痛みに自分で戸惑ってしまった。

「ごめん、変なこと聞いて」

 謝るヘクターの顔はいつものように優しい。でも、なんでこの人はわたしの考えていることをこうも言い当てるのだろう。それが恥ずかしくてわたしは俯いて過ごすしかなかった。と同時に、昨日からの胸に支えるモヤモヤとした物の正体にわたしは気が付き始めていた。

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