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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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救世主への対価

 漸く視界が元の明るさに戻り、わたしは目を開け前を見る。

「……消えてます」

 イルヴァが魔法陣の中心を指差した。わたしは頷く。

「漸く、眠りにつけたのよ」

 わたしはそう言うとヤッキさんを見た。ギターから手を放し、ヤッキさんは天井を仰ぎ見ている。隣にいるフッキさんは腕を組み目をつぶったままだった。

「はあ、終わったか……」

 デイビスが大きく息をつく。そう、わたし達も漸く眠れるのだ。その前にここを出て、宿に帰り布団に足を伸ばす作業がいるわけだが。




「あー、足痛い」

「そりゃ皆、同じ!」

 ぼやくわたしの肩をローザが叩く。

「もうすぐ出られるはずだから頑張れ」

 先頭を歩くフロロがフッキさん手製の地図を眺めながら声を上げた。隣にはヴェラが付いている。肩の力の入り具合を見るとフロロを手本にしようと必死なんだろうが、今更あまり意味が無い気がする。

「でも楽しかったわよ、いつもと違うメンバーで」

 セリスはあくまでも明るい。彼女だって疲れているはずなのに。

「これでビョールトから『砂漠の石』のプレゼントがあったりしたら最高だったのになー」

 イリヤの言葉に全員が凍る。

「あ、れ?」

 イリヤが焦りの声を漏らした。わたしはそーっと振り返る。顔を強張らせ、眉間に皺寄せるアントンがいた。

「……俺は戻る」

「えええええ!」

 セリスが悲鳴をあげる。

「馬鹿言うな、俺だって帰るんだぞ」

 フッキさんが言うとヤッキさんも続ける。

「そ、そうっすよ、ギターなんてもういいんです!」

 え、そうなの?わたしがヤッキさんを見ると、彼は胸の部分を叩いた。

「大事なのはここです。楽器じゃない、って分かりましたから!」

悟りを開けたようで良かったが、なぜか感動出来ないのは普段のヤッキさんにもどってしまったからか。

 皆が騒ぐ中、それでも後ろを向いたアントンの腕を取ったのは意外な人だった。ヘクターだ。彼は無言でアントンの腕を引っ張る。アントンの顔が強張ったのは怒りより戸惑いのせいに見えた。

「……ちっ」

 大きく舌打ちするとアントンはフロロ達より前に出る。

「迷うなよー」

 アルフレートが大股で歩く彼に声を掛けた。




「だから強い恨みがあったからって、レイスなんてほいほい生まれないわけ」

 風呂上がりのピンク色に頬を染めたローザがはっきりと言った。

「そ、それって……」

ベッドから身を乗り出し、わたしは食いつく。

「そう、人為的な何かが動いたとしか言えないのよね」

 ローザが話す隣で布団から顔を出しサラも頷いている。

「元々『ゴースト』というものがこの世に強い思念を残した魂が昇化出来ずにさ迷う霊体のことなの。一般的にレイスというとゴーストのパワーアップ版みたいな扱いされてるけど、レイスって霊体のデーモン化のことなのよね」

「あともう一つが、ビョールトは魔力を集めてたわけでしょ?元になった人間が前のクエストで会った賢者ウォンみたいな、力に飢えた魔法使いとかならわかるけど、ビョールトは職人さんだったわけだしねえ。魔法の知識もない人が、魔力集めて何するつもりだったんだか」

 ローザの台詞は言われてみれば気になる。なぜ他人の魔力を吸い取っていたのだろうか。それがどこに消えたのか、確かに謎だ。

「ふうん……、どうでもいいけど、小難しい話しになった途端にこの子寝ちゃったわよ」

 セリスが濡れた髪をタオルで押さえながらイルヴァのベッドを指差した。

「いつものことだから気にしないで。まあ、畑違いの話しだからしょうがないんじゃない?」

 わたしが言うとヴェラが「私は聞いてますよ!」とムキになる。

 さて、何故こんなメンバーかというと、サラ達がわたし達と同じ宿に移るというので男女別に部屋分けすることになったのだ。隣の部屋から『おおお!』という歓声が聞こえてきた。あちらはあちらで盛り上がっているらしい。

「うるさいぞー」

 セリスが壁を叩いた。そしてわたし達の方へと向き直る。

「……でもさ、あの二人本当に良かったのかしらね?」

「いいんじゃない?だって『テスト』をクリア出来なかったのは事実なんだし」

 わたしはヤッキさん、フッキさんの顔を思い浮かべる。タージオ山からバンダレンの町に帰り、まず向かったのは実行委員への報告だった。運営支部のテントで二人が言ったのは『リタイアします』という言葉だけ。ヨーゼフはじめ委員会の人間の、フッキさんが登場しただけで仰天していた顔を見れたのは、すかっと出来たことだが。

「そのうちタージオ山の呪いなんて消えた、っていうのに気が付くだろうし、このお祭りの内容も変わるわよ」

 ローザが言ったことにわたしも頷いた。今度からはきちんとした音楽のテストに変わるかもしれない。そうしたらまた二人も頑張って欲しい。

「リジア達のリーダーさん、かっこいいよねー」

 サラが眠気でぼんやりとした顔で言った言葉にわたしは焦る。

「そ、そう?」

「私、無理。ああいういじめてもリアクション薄そうな人やだ」

 セリスがさらりと言い、わたしとローザの頬が引き攣った。……まあ人の好みにとやかく言いたくないけど。

「……ダメだ、眠い」

 サラが目を擦る。

「寝なさいよ」

 ローザが言うと「勿体ない……」という謎の言葉を残し、サラは寝息に変わった。

「あー、多分半日以上寝ちゃうと思うわ」

 セリスが布団を被る。わたしも同感だ。わたしは足を伸ばすとあっという間に眠りの世界に落ちていった。




 何だかどたどたとした音に徐々に頭が覚醒していく。

「てーへんだ、てーへんだー!」

 聞き覚えのある声にわたしは不機嫌顔のまま上半身を起こした。

「てーへんだー!てーへん……っ!」

「うるさいっ」

 部屋の中を走り回るフロロの首根っこを掴まえると、みんなもモソモソと起き出す。

「ったく、何考えてるのよ……」

「ふ、フロロさん!何考えてるんですか、女の子の部屋ですよ!」

 ヴェラとわたしの怒る理由は少しずれていた。フロロなら別にいいか、と思ってしまうのは仲間だからだろうか。

「大変なんだよー!」

 フロロは諦めずにベッドの上を飛び跳ねる。

「だから何がっ!?」

 ローザが怒鳴る。わたしは『初めて聞くのに、だから、は変だろう』と眠い頭でぼんやり考えていた。

「ギター、無くなっちゃったんだってさ!ビョールトのギター、祭の核だよ!町中大騒ぎだよー!」

『ええ!』

 全員が布団から跳ね起きる。大した時間は経っていないような感覚だったが、窓から射し込む光からしてもう日差しがかなり強い。わたし達は無言で顔を見合わせた。

「……ビョールトさんが持って行ったんですかねえー」

 珍しく起き出したらしいイルヴァが目を擦りながら呟いた。わたしは妙に納得してしまう。だと良いな、と思ったのかもしれない。

「それよりチビちゃん、腰に乗ってくれない?あなたの重さ、ちょうど良さそう」

 セリスが俯せになりながら手招きした。

「それより、って何だよ!」

 フロロが皆の反応に満足いかないのか怒り出す。

「おい」

 いつの間にか部屋の入口に立っていたのはアルフレート。悪びれる様子など微塵も無く、腕を組み仁王立ちしている。

「……ちょっとお、あんた達の仲間、マナー悪すぎじゃない?」

 セリスの言葉には言い返せなかった。何を考えているんだ、こいつらは……。

「何か食べに行かないか?奢ってやるぞ」

 とっても珍しい彼の言葉に、全員が飛び起きた。



 朝食としては多過ぎる量だが時間としては昼過ぎなんだからいいか、と大量の御馳走を前にわたしは手を合わせる。

「今、運営委員の奴らが駆けずり回ってるよ。『何としても犯人を捕まえる』ってさ。皆の怒りを架空の犯人にすり替えようと必死だよ」

 フロロが羊のソーセージにかぶりつきながら楽しそうに笑った。

「そりゃあ必死でしょうよ、まだ帰ってないエントリー者もいるみたいだし」

 ローザがサラダを取り分けて皆に配る。フッキさんがそれを受け取りながらニヤリと笑った。

「ただでさえ後ろめたいところのある奴らだからな。その上、俺みたいのが帰ってくるし」

 その言葉にある通り後ろめたさからなのか、彼らはフッキさんを再び捕まえようという動きは見せていない。

「指も綺麗に治って良かったっすよね。帰ったらまた、教室にも参加しましょう!」

 ヤッキさんがにこにことはしゃぎ出した。

「それよりさ、サラの話しの方が気になるんだけど」

 イリヤがパエリアに息を吹き掛けながらサラを見る。

「誰かがビョールトをレイスに変えたんじゃねえか、って話しか?」

 デイビスが言うとサラは首を振った。

「あくまでも可能性がある、って話しよ。本当のところは分からない」

「あたし達じゃ調べようも無いわよ」

 ローザも頷いている。

「なんにせよ」

 セリスがわたしを見た。

「これから協力し合うことになるかもね、私達」

 アントンが露骨に嫌な顔をした。ヤッキさんはやっぱりはしゃいでいる。

「学園にも報告しますよ!最高の人達でした、って!」

「俺も一緒にいる時間は短かったけどよ、良い報告させてもらうぜ」

 フッキさんも笑顔でお酒の入ったジョッキグラスを持ち上げた。気持ちいい騒ぎの中、店の扉が割れるような勢いで開かれた。みんな驚いてそちらを見る。逆行で見えにくい中でも鼻を膨らませながら息を荒くするヨーゼフの姿が確認できてしまった。

「ふ、フッキ・ホフマンだな?」

 掠れた声でそう言うとわたし達のテーブルに倒れ込む勢いでやってくる。

「だったらなんだ」

 冷めた顔で顔を見るフッキさんにヨーゼフわめき始めた。

「どうやってギターを持って行った!?いやそんなことはどうでもいい……頼む!返してくれ!あれが無いと祭はおしまいだ!町は終わりだ!」

 そう唾を飛ばす顔は正気を失っているように見える。そもそもフッキさんを疑うにしては衛兵も連れてない。証拠もない、ヨーゼフ本人も確証もない、ただ単に発狂をぶつけてるだけなんじゃないだろうか。

「町は終わり?いいや、ただ静かな町に戻るだけさ……音楽の都に戻るんだ」

 フッキさんはよく響く声でそう言うと、ジョッキを再びあおった。そしてヨーゼフに顔を近づける。

「あんた、前町長の唯一の生き残りの血縁にあたる甥っ子なんだってなあ。その事実を改めて町に広めてやってもいいんだぜ」

 それを聞き、ヨーゼフはふらふらと後ずさったかと思うと、その場にへたり込んでしまった。




「騒ぎの中、颯爽と消えるっていうのも気分いいわね」

 ローザが窓の外を眺めながら言ってきた。小さくなりつつあるのはバンダレンの町並み。帰りの馬車は貸し切りの小型車だ。ヤッキさんにフッキさん、わたし達メンバーとサラ達メンバーの総勢14人ともなると少し狭いかな?

「……前町長の名前、フレデリクだった。フレデリク・バーン」

 ヘクターが小声でわたしに伝える。わたしはわざわざ武器屋のおじさんまで聞きに行ってくれたヘクターにお礼を言った。

 ヤッキさんがフッキさんのギターを借りて演奏をしてくれる。弾けるような明るい曲、ドキドキするような激しい曲。色々弾けるヤッキさんに素直に感心してしまう。「それ聴いたことある!」などと言って盛り上がる車内。

「ちったあマシな演奏するようになったじゃねえか」

 フッキさんに言われてヤッキさんも嬉しそうだ。もしかしたらビョールトのギターを欲しがっていたことも、フッキさんを追い掛ける気持ちからだったのかもしれない。

「アルフレート太っ腹だな。帰りの馬車代まで出してくれるなんて」

 ヘクターが隣のアルフレートを見る。

「臨時収入があったからな」

 ふふん、と笑うアルフレートにわたしは何だか嫌な予感がする。

「何なに?臨時収入って」

 セリスがワクワクとした様子で尋ねた。それに自信満々でアルフレートは答える。

「なに、あの音楽祭の運営委員に掛け寄ったんだ。ビョールトの鎮魂なんて奴らにとっちゃ嬉しい事だが口外して欲しくないだろうからな」

 ローザが顔を引き攣らせた。

「……それってあたしとサラのやったことじゃない」

「嫌な言い方する奴だな、我々みんなが頑張った、で良いじゃないか」

 アルフレートが肩を竦めるとローザが更に言い返す。

「それはこっちの台詞よ!……ま、まさかお金貰って終わりじゃないわよね」

 お金貰って交渉成立、では買収されたとも言えるんじゃないだろうか。静まり返る車内。非常に気まずい。

「それだけじゃ満足出来ないからなあ、もう一つ交渉した」

「何を?」

 わたしが食いつくとアルフレートは思い出すように天井を仰いだ。

「始めは砂漠の石でも頂こうかと思ったんだが、ギターも消えてそれだけは勘弁してくれ、って空気だったもんだから情報と交換したんだ。こっちも証拠なんて無いから弱い、っていうのもあったしな」

「だからそれは何だよ!」

 アントンが掴みかかる勢いで聞くがアルフレートは涼しい顔のままだ。

「歌の歌い方だよ」

「はあ?」

 皆の顔が「?」で埋まる。

「音楽の都だからな。何とか出来るんじゃないかと色々聞いてきた」

「歌い方、って要するに……」

 わたしは掠れた声を上げた。アルフレートの音痴を治す方法、というわけ?……そんなもので対価になるのか!?今回の旅は!

 はあ、と既に諦めムードに変わるわたし達の中、アントンは一人赤い顔をしている。

「試しに聴いてみるか?」

 アルフレートはそう言うなり、高らかに歌いだした。

「な、何これっ」

 セリスが小さく悲鳴を上げる。フロロは耳を押さえ、わたしも耳に指を突っ込んだ。馬車が揺れる。馬が混乱しているのだ。窓が割れるんじゃないかと思う不協和音。背中がゾワゾワする感じはタージオ山で聞いたあの声以上かもしれない。

 暫くの地獄の後、アルフレートはふう、と息をつく。

「……どうだ?」

 答えはない。答えられる元気がある者がいないのだ。ぐったりとする輪の中、

「……ぜ、絶対お前らと協力なんてし合わないからな!!」

 アントンが立ち上がり、馬車内に怒声を響き渡らせた。




fin

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