捕獲せよ
「あ、そこ左ね」
わたしはフッキさん手製の地図を見ながら前を歩く二人に声を掛ける。
「しかし良くこんな地図作れましたねー」
何年も通っているとはいえ今の所間違いの無い出来に感心してしまいフッキさんに言ってみた。
「昔、測量のバイトやってたからな」
フッキさんの答えには音楽家の苦労が滲んでいる。ヤッキさんといい音楽家がお金で苦労するようになったのには共和制に移行した背景があるから複雑な話しだ。貴族という特権階級がいなくなり、芸術にお金を出す人が減ってしまったのだ。
「デイビス達が心配してますよ。……ヤッキさんも」
ヘクターが淡々と言った言葉にフッキさんは少しうなだれた様子だ。
「……俺はあいつがこの事に首を突っ込んで欲しく無かったんだ。純粋にギターを崇めてる奴に、汚い世界を見せたくなかった。しかしこんな事になるなら正直に話しておいた方がマシだったな……。三年前の演奏から、あいつがビョールトのギターに惚れ込んじまったのは知っていたんだし」
「……仲が悪いわけじゃなかったんですね」
バンダレンの入口での事を思い出しわたしは聞いてみた。
「仲が良い悪いの関係じゃねえのは確かだなあ」
フッキさんはそう言うと笑っている。子供っぽい質問だったのかもしれない。ヤッキさんはフッキさんからギターを習ったんだっけ。なら『先輩』というよりは師匠なのかも。 「しかし、あの坊主達にも悪いことしちまった。まさか捕まるとは思わなかったんだよ。そうか、心配してるかあ」
依頼人がいなくなったら心配するに決まっているじゃないか、と呆れつつもわたしは気になっていたことを尋ねる。
「フッキさんは何やって捕まったんです?言い争いがあった、って目撃もあったんですよ?」
フッキさんはぽりぽりと頭を掻いた。
「ヨーゼフって男は知ってるか?」 その質問にわたしは大きく頷く。 「管理組合委員の中でも立場が上のようですね。……目立った姿を何回か見ました」 その言葉にフッキさんは苦笑する。 「俺は二年前の事から目を付けられてたのはあるんだ。だからエントリーがすんなり行かないのは分かっていた。だが、どうもいちゃもん付けてくるもんで頭来たからよ、あの偉そうな顔に『お前らの町の町長が何やったか知ってるんだぞ!』って言った途端に政治犯扱いされちまって、留置場も通らずにここに放り込まれちまった」
「……町長?」
わたしは眉を寄せた。フッキさんはどう話すべきか迷っているようで暫く口を閉ざす。
「……俺が何も出来ずに途方に暮れた原因がそれだな」
「もしかして老衰で亡くなった、高齢の前町長の事ですか?」
ヘクターが聞くとフッキさんは目を大きくする。
「よく知ってたな」
「町でちょっと聞いたんです」
「そう。ビョールトをあんな目に合わせた張本人だよ。年代的に考えて若い頃の話しだろうが……。ビョールトの財産は全て町に返還された、なんて話しは聞いたか?」
わたしとヘクターは頷く。
「なのにな、問題のギターだけは町長個人の物になってたんだよ」
「……わかりやすいですね」
わたしは正直な感想を述べた。ビョールトの霊体の姿からして死んだのはそう年を取ってからではない。突然亡くなった天才造形家と彼の最愛の宝を持つ人間。明らかに怪しい状況に当時から疑う人はいたに違いない。だからこそ町長の死は高齢のものにも関わらず『呪いだ』と騒がれたのかもしれない。
「ただ俺はその町長が少し前にぽっくり逝っちまったなんて知らなかったんだよ。……ビョールトの怨みは晴らされてたんだ」
わたしもヘクターも返す言葉を失う。正確にいえば晴らされたわけではない。対象が消えたのだ。幸福な老衰という死でもって。
「どうするんです……?」
言ってからわたしは意味のない質問だったな、と思う。フッキさんはどうしようもないから途方に暮れたのだから。
人間がアンデットとして復活するには二種類の方法がある。一つはネクロマンサーのような呪術師による魔法によるもの。もう一つは死んだ本人が現世に強い想いを残しているもの。怨みがその代表例だ。ビョールトの場合は後者で間違いないと思われるので、その怨みを晴らしてやることが鎮魂への有効打だったはずなのだ。
「ふう……」
フッキさんが溜息を漏らす。その思いはやはり同じ音楽家からくるのだろうか。
「もうそろそろ合流出来てもい……、あ、いた!」
わたしは角を曲がると共に現れた集団に歓喜の声を上げる。わたしが駆け寄ろうとすると、中にいた一人が猛スピードで走り寄ってくるのに気圧され足が止まった。
「イルヴァ!」
飛びついてくる彼女の名前を呼ぶ。ぎゅうぎゅうと抱きしめられ腕が痛い。
「だから言ったろ?リジアの声が微かに聞こえてるから大丈夫だって」
とフロロ。
「もう離しません!」
「わかった!わーかったから!」
わたしがイルヴァに降参のタップをしている横でヤッキさんがフッキさんに飛びついているのが見えた。
「先輩!心配したんすよ!」
「バカヤロー!男に抱き着かれて嬉しいわけねえだろ!」
フッキさんは恥ずかしさからか怒鳴り散らしている。わたしは漸く解かれたイルヴァからの抱擁に一息つくとフッキさんを紹介した。
「偶然会ったんだけど、問題のフッキさんよ」
わたしの言葉にアルフレートとフロロはフッキさんを見る。
「確かに、ドワーフみたいだなあ」
妙に感心気にアルフレートが呟く。というかバンダレンの入口で出会っているのは忘れたのだろうか。
「心配しましたよ」
イリヤがフッキさんに言うとフッキさんはバツが悪そうに頭を掻いた。
「二人のことも、ね」
イリヤはわたしとヘクターにも苦笑する。
「悪い」
ヘクターから謝罪されイリヤは首を振った。
「あ、そうだ。アルフレート」
わたしが呼ぶとアルフレートは「なんだ?」と、観察するように見ていたフッキさんから目を離す。
「強い怨みみたいなものを持ったアンデットの埋葬って、何か知らない?」
「……あいつの事か?」
真顔に戻ったアルフレートにわたしは大きく頷いた。
「一つ聞きておきたい事がある」
フッキさんの話しを聞き終えたアルフレートが口を開いた。
「なんだろう?」
「アンデットへの有効な手立ては主に精神面での攻撃、つまり魔法戦になる。要するに私やこの娘でもビョールトを消滅させることは出来るわけだ」
アルフレートはそう言ってわたしを指差す。
「しかし、そういうことをあなたは望んでいるわけじゃないのだろう?」
アルフレートの言葉の意味を深く考えるように沈黙した後、フッキさんは頷いた。
「じゃあ答えは一つだ。我々の仲間に司祭がいる。彼らに祈ってもらうんだ」
イリヤが『彼ら』という言葉に反応したのか、
「でもサラは……」
と呟く。
「案外戻ってみたらデイビス達と一緒にいるかもよ?」
わたしが言うと皆頷いた。
「無理矢理消しちゃうんじゃなくて、天国に行って貰う、ってことっすか?」
「うん、まあそうね」
ヤッキの質問にわたしは曖昧に答える。なぜならアンデットが消滅した後のことなど、本当のところは誰も分からないことだからだ。それこそ神のみぞ知ることだが神聖なる埋葬、こういうものは現世にいるわたし達の為にあるものだと思っている。
わたしが言った答えでも満足したのかヤッキさんはうんうん、と頷いていた。
ぞろぞろとデイビス達の待つ穴蔵まで戻るとわたしは肩を落とした。
「やっぱり戻ってないかあ」
「帰ってくるなりがっかりすることないじゃない……って、フッキさん!?」
ローザの大声に眠そうな顔をして待っていたデイビス達が立ち上がる。
「見つかったのか!」
デイビスはフッキさんに走り寄ると手を握る。
「心配しました」
「すまねえなあ」
そんなやり取りの後、ひとまず座り、輪になって話しをすることにした。フッキさんは三度目の語り手になったからか、段々話し方が流暢になっている。ビョールトは前町長に殺されたのではないか、という話しに及ぶとローザとセリスが顔をしかめた。
「……成る程ね、それであたしに何とかして欲しい、と」
ローザは腕を組む。少し考えた後、言い難そうに口を開く。
「やっぱりサラと合流出来てからの方が良いわ。話しに聞く限りじゃ、かなり上位アンデットに成っちゃってるみたいだから、あたし一人じゃ荷が重いと思う」
皆、ローザの言った事に頷きつつも溜息を漏らす。特にデイビス達は未だ揃わないメンバーに心配する気持ちも大きいだろう。
「うちら、絆が薄いんじゃないの?」
セリスがケラケラと笑った。笑えないことを笑えるようにするのが彼女らしい。
「……誰か来たみたいだよ」
フロロが静かに言うと皆はっと顔を上げた。暫くすると坂を歩き難そうに踏み進める音がする。固唾を飲んで見守る中、現れた顔に全員が肩を落とした。
「何だよ、お前ら。そのがっかりした顔は」
こめかみを引き攣らせながら現れたのはアントンだった。傍らにあの犬がいる。彼が連れて来たのだろうか。
「やっと見付けたと思ったら皆で宴会かよ。やってらんねえ……、ってフッキさん!?」
「煩いわねえ、いいから座んなさいよ」
騒ぐアントンをセリスが引っ張っていく。途中、ヘクターとわたしを見付け顔を伏せた。気まずいらしい。犬はその様子を静かに見守っていた。
「……ねえイリヤ、あの子は何の為にここを守っているの?」
わたしが聞くとイリヤは犬の方へ向いた。イリヤの発する不思議な音に言い合っていたアントンとセリスの口が漸く閉じる。
「……話したくないみたいだ」
「わかった。……無理に聞かなくていいよ」
「あ、待って」
イリヤが手で制してくる。犬が喋り出したとか口を動かしている様子は無いが、イリヤには分かるらしい。会話というよりは心を読むような能力なんだろうか。不思議な力だ。段々とイリヤの顔が真剣なものになっていく。わたし達は静かに見守った。
やがてイリヤがゆっくりと口を開く。
「……彼はビョールトの飼い犬だったんだ」
全員がはっとしたように犬の方を見た。真っ直ぐ前を見る瞳。ぼんやりと光る体。彼も霊体だったということだ。
「ビョールトは狂ってしまっている。その力が暴発しないように、他の人間を直接手にかけないように、ここにいるんだって」
わたしは手を握りしめる。何とも言えない空気になった時、ローザの鼻を啜る音が聞こえてきた。
「やだわ、あたし、こういう話し苦手なのよね……」
はやっ。号泣するローザにわたしの方は少し気持ちが抑えられる。
「こうなったら絶対、あたしがビョールトさんの魂を救ってあげるわ!」
立ち上がるローザのズボンの裾をフロロが引っ張る。
「だからサラを見付けなきゃしょうがないだろ?どのみちあの二人をほっとく訳にいかないんだし」
「おいおいおいおい!全然話しが見えねーぞ!大体なんでお前ら一緒にいるんだよ!」
アントンが再び喚くと、彼の目の前に火柱が上がった。
「ぎゃあ!……あんた過激過ぎるんだよ!」
アントンは煙りをあげる前髪を押さえながらアルフレートを指差した。
流石に嫌気がさしていたフッキさんの代わりにわたしがこれまでの経緯を話して聞かせる。わたしとしてはアントンなどのけ者のままでいいや、という気持ちが無い訳でもないが、もしかしたらアントンの中で『あくまでも目的は砂漠の石だぜ!』となっている可能性もある。それを話しに引き込むことで曖昧にしてやれ、ということである。ごまかす、とも言う。
わたしの話しを聞き終えたアントンはぽん、と膝を打つ。
「ようするにヴェラを連れてくりゃいいんだろ?はぐれてなきゃ、サラと一緒にいるはずなんだから」
なんだか分かっているのか分かっていないのかよく判らない返事だ。私は顔をしかめる。
「だーかーらー!」
横から怒鳴るセリスをアントンは手で制した。
「分かってるよ。ヴェラをおびき寄せる方法ならあるぜ、って言ってるんだよ」
アントンはニヤリと笑う。なんだか動物のような扱いをされるヴェラに同情しつつも、興味深い話しにわたしは身を乗り出した。
「あいつはな、チャイムの音に敏感なんだよ」
得意げに話し出したアントンに皆の顔が「はあ?」となる。
「良いから聞けよ!ヴェラは学園で授業のチャイムにすげー敏感なんだよ。あいつ馬鹿だからな」
「『馬鹿みたいに真面目』って言ってやれよ、せめて……」
デイビスが呟いた。しかしそれに、
「いつも遅れちゃいけない、って気構えだけはいっちょ前なんだよな。俺にもうるせーの」
フロロも乗っかる。
「そうなんだよ、だから効果あると思うぜ」
アントンは自信有り気だが、問題はどうやってチャイムの音を二人まで届けるか、じゃないだろうか。