リーダー狩り
「がり勉男の言う事も一理あるわね」
ローザがお弁当のタコさんウインナーを刺したフォークを握りしめ、唸った。
「いや、一理どころか真理だろ」
フロロがチキンサンドにかぶりつきながら答える。わたしが話したロレンツの台詞の内容に全員が考え込んだ。
わたし達のパーティが教官達に認められるには、追加メンバーは誰もが認める優秀な生徒でなければならない。そして優秀な生徒程、パーティ組みには苦労しないはずなので次々に『売れて』いくのだ。時間が経つほど状況は悪くなる。
「イルヴァにお友達がいれば良かったんですけど。コスプレ仲間ならいるんですけどねえ」
イルヴァが残念そうに呟いた。本日の衣装はヒョウ柄のビキニに角の付いたカチューシャを頭につけている。この格好で授業受けてるんだろうか……。暴れまわった時に目のやり場に困る姿だ。
「いや、イルヴァが増えても困るだけだから」
わたしが手を振るとイルヴァは首を傾げる。その仕草を見て思う。わたしもピンチではあるけど、この娘も皆バラバラになった際に新しい仲間の元で上手くやっていけるんだろうか。
わたしは考えなど浮かんでくれない頭で空を見上げる。四階の渡り廊下、最上階にあるここは屋根がなく、スペースも広めで日当たりがいいので、シートを敷いてランチを取る生徒も多い。今日はわたし達四人の他は二組程、輪を作って食事を取っている。
「悠長にしていられないのであれば、それなりの方法を考えるしかない」
後ろからした声に振り向くと、りんごを齧るアルフレートの姿。彼はわたしの隣に座ると、わたしのお弁当箱の蓋にりんごの芯を捨てた。
「どんな方法よ?」
わたしは聞きながら、芯をアルフレートの膝に突き返す。
「頭を働かせる前に聞き返すのは馬鹿のやることだぞ」
アルフレートは鼻で笑いながら、返されたりんごの芯をイルヴァのお弁当箱に投げる。それをイルヴァは見事な反射で弾き飛ばした。
「何それ?自分だって考えなんて無いくせに」
わたしが性格の悪いエルフを睨む横で、空から舞い戻ったりんごの芯がローザのお弁当に、ぽとり、と落ちる。ローザがわなわなと震えだした。
「きゃー!!もう食べられないじゃない!」
「私は病原菌か!!」
騒ぐオカマとエルフの横でフロロが「うるせえなあ」と耳を押さえる。のん気だな、と溜息つかずにはいられない。
「……考えなら一個あるわよ」
わたしの言葉に全員が振り返る。立ち上がり腰に手を当てるわたしを見るメンバーの顔には期待の色はない。内心むっとしつつ口を開いた。
「聞き込みよ、地道な聞き込み。確かな達成を得るには地道な努力が必要なのです」
胸を張るわたしにローザは「あら、あたしの得意分野だわ」と手を叩き、アルフレートとフロロの妖精二人は露骨に嫌な顔をした。
「やだあ、緊張しちゃう!」
ファイタークラスの校舎、重そうな両面開きの扉の前でローザが首を振る。
「いや、顔嬉しそうだし」
眉を下げつつも口元が緩んでいるローザにわたしは突っ込む。そう言っている間にもローザの目は通り過ぎる男子達へと泳いでいる。獲物を探すハンターに見えるのはわたしだけか。
『地道な』と言った途端にふらりと消えた妖精二人のことは諦めて、わたしとローザは正面口から、イルヴァは裏口から校舎を回り聞き込みをしていくことにする。休み時間ということもあるが、やはり同じようにメンバー集めに苦労している同族の姿もちらほらあった。その中の一つに目が留まる。
「あら、リジアのお仲間」
ローザの言うとおり、入り口付近の廊下で身を縮めている二人組みは真っ黒のローブ姿。やっぱりこういう場だと黒ずくめの方が浮いてるじゃない、と妙に誇らしい気分になった。向こうもこちらに気付いたらしく「あ」と声を上げた。一瞬、気まずそうに目を伏せていたが、その後は何故か睨んでくる。
二人の顔に見覚えのあったわたしは好戦的に睨み返す。なぜならわたしを『敬遠されそうな問題児』と笑った二人だったからだ。
お仲間には徹底的に強気な内弁慶のソーサラー達が睨み合う様を、
「やだあ、おもしろーい」
とローザは眺めているという変な状況が暫く続く。が、虚しくなったのか一人がわたしに尋ねてきた。
「……仲間、揃った?」
「いや、だからこんな所に来てるんじゃない」
わたしの答えに黄緑色の不思議な色合いの髪をした少女は少しほっとしたように息をついた。もう一人のオレンジヘアーも寄ってくる。黄緑色がディーナ、オレンジがジリヤである。
「私達もまだ揃ってなくて。ここにいれば声掛けがあるかな、って思ったんだけど、もうやだ……。知らない人と話すくらいなら学校辞めたい」
ディーナの半泣きの台詞に、横目に見えるローザの表情が呆れの極みになるのが窺えた。わたし自身はここまでではないものの、これが『ソーサラークラス』なのである。
「まだパーティ組んでない奴ねぇ」
ディーナ&ジリヤと分かれ、話し掛けることに成功した一人目の人物、赤毛のクリスピアンくんは答えながら顎を摩った。
わたしは元々彼の事を知っていた。交友範囲が広いのか魔術師クラスの校舎でもたびたび見かけるからだ。整った顔に明るく派手な雰囲気。腕も立つなかなか周りからの評価が高い人物である、らしい。なんせ腕前に関しては噂で聞いた話しでしか分からないからだ。授業風景はよく覗いているものの、魔術師であるわたしには腕の差なんてよく分からないというのが本音だ。重い武器を振り回しているだけで充分凄いと思うし。
さて、目の前のクリスピアン君、目立つ存在なゆえ友達も多いようなタイプだ。わたしも数回程話したことがあり、それだけで彼の気さくさが分かる。彼を見つけてとりあえず聞き込み開始。別に彼がパーティに入ってくれなくとも情報が聞ければ十分なのだ。すなわち、彼の友達ならそれなりの人が多いはず。いやらしい考えだが人間、自然と同じようなタイプが集まるものなのだ。
「意外と多いぜ。俺の周りじゃ」
返ってきた答えはまさに意外なものだった。
「え?そうなの?」
わたしが驚いていると彼は頷き、腕を組んだ。
「結構選り好みしてるやつが多いからなぁ。俺の友達なんかでも、何組も断ってたぜ。なんでも『入れてもらおうと思ってるところがあるから』とかなんとか」
わたしとローザは顔を見合わせる。うーん、うらやましい話である。こういう話しを聞いてしまうと嫌でも格差を感じてしまうじゃないか。
そんなわたし達の空気を読んだのか、クリスピアンは苦笑しつつ首を振る。
「あ、そういう贅沢な状況の奴ばっかりじゃないよ?単純に仲間が揃わない奴もいっぱいいるしな。ファイタークラスだと魔術師クラスの知り合いがいない奴って多いからさ。ほら、建物も違うし」
「なるほど……。けっこう同じ悩みの人もいるかもね、わたし達と」
「そういうこと。だから良い方だよ、メンバー5人まで決まってるんでしょ?」
良い方、なのかは置いておき、クリスピアンの笑顔にわたし達が頷いた時だった。いきなりぶわっ!と黒い影がわたし達三人に覆いかぶさる。
「え?」
わたしは頭上を見上げた。視界に飛び込んできたのは素早く動く二つの影。次の瞬間、
「うおわ!!」
クリスピアンの絶叫が廊下に響き渡った。足下の光景に唖然とした後、立ちくらみがする。
「何してんのよぉおおお!!」
ローザの絶叫する声。目の前には巨大な虫網のようなものを地面に振り下ろしてがっちり押さえこんでいるアルフレートとフロロの姿。網の中ではクリスピアンがもがいている。
「な、なんなんだ!?」
「ふふふ……、我々は君を拉致しに来たのだよ。おとなしく我々のパーティに入るんだ」
恐ろしいことを言いつつクリスピアンに近づくアルフレート。
「何言ってんのよ!無理矢理すぎるでしょ!つーかなんでフロロまで手伝ってんのよ!」
「楽しそうだから」
さらりとわたしに答えるフロロ。こ、こいつ。ある意味アルフレートより性質が悪い。
「お前達もよくやったぞ。よくこの男の気を削いだ」
「共犯にするな!さりげなく!」
アルフレートの頭をはたくわたし。クリスピアンは呆気に取られていたが、ようやくもぞもぞと網からはい出してきた。
「ご、ごめん。俺はもう無理だよ。決まってるんだ。メンバーが」
律儀に答えてくれるクリスピアン。いい人だ……。
「ちっ、なら貴様にもう用はない。行くぞ!フロロ!」
悪役でしかない台詞を吐きつつアルフレートは網を掴むとフロロを手招きする。割とあっさり退くのを見ると完全に遊び目的なのが伺える。
「ちょっと!待ちなさい!」
ローザが叫ぶもむなしく、次の瞬間には二人は消えていた。くそー、さすが妖精コンビ。足が早い!むなしい風が吹くのみの廊下に佇む。
「君達も大変だね。まあ楽しい仲間とも言えるじゃない」
クリスピアンの軽いの声にローザが返す。
「じゃあ交換してよ。今ならコスプレ女も付けるわよ」
「……仲間なんじゃないの?」
この質問にはわたしが答える。
「仲間だけど深い友情で結ばれてるわけじゃないのよ」
隣りでローザも頷いている。すると、表から戸惑いと驚きを混ぜたような悲鳴が聞こえてきた。
「も、もしかしてあの二人じゃないの!?」
ローザの声にわたしはクリスピアンへの挨拶もそこそこに駆け出す。後ろから必死の形相でついて来るローザがわたしに叫んだ。
「あの馬鹿共!今、騒ぎ起こしてどうするのよ!始めは大人しく良い顔しとけば捕まえることも出来るかもしれないのに!いいリジア、これは男を捕まえる時の常識よ!」
実行したことがあるのだろうか、というどうでもいい疑問が湧いてきてしまう。が、頭を振ることでそれを消し去った。
「解散も考えた方がいいな、こりゃ」
そう呟く。組むのも早ければ散るのも早い。共に学園記録なのではないか。脇に避けていく生徒達を見ながら、そんなことを考えてしまった。