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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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音の正体

「耳が痛い!」

 騒ぐフロロの耳をわたしは治癒の呪文を唱えながら抑える。無いよりかマシ、というレベルのわたしの呪文でも、フロロは「はあー……」と安堵の息をついた。

「あの『音』と同じ種類のダメージがあったみたいだな」

 アルフレートが耳を摩りつつ顔をしかめている。彼にも辛かったのだろうか。

「じゃああいつの笑い声が炭鉱に響いてたって事?」

 わたしは不気味な情景を浮かべ、身震いした。夜な夜なバンダレンの町に響く音も、あの笑い声だとしたら……。なんと気味の悪い話しか。わたしは恐さと、ほんの少しの興味深さに手を握り締める。

「そうだとしたら、あいつ何物なんだ?」

 イリヤが眉間に皺寄せると、

「だから知らんと言ってるだろ。この中に答えられる奴がいるのか?頭が悪いのか?」

 アルフレートがばっさりと彼を切り捨て、イリヤは見るからに沈み込む。

「アールーフレートー」

 わたしが睨むとアルフレートは肩を竦めた。

「本当のことなのに」

 更に余計な一言を言うものだ。

「とにかく、今の奴を追い掛けないと」

 ヘクターの言葉に全員が頷いた。




「僕はあいつが音の犯人で間違いないと思います」

 ヤッキさんがぬかるむ土を踏み締めながら呟いた。炭鉱内の道は、やはりどこか見覚えのある曲がり方だ。同じ様に見えるだけかもしれないが。

「……根拠は?」

 わたしは同意ながらも彼の意見を尋ねる。

「音がとても似てるんす。きっと……この廃坑が楽器のような役割をして声を増幅させて……、あの唸りのような音の波を作っていたんじゃないかと」

 ヤッキさんの発言に「そういえばこの人、音楽家だったな」と思ったのはわたしだけでは無いに違いない。

「じゃあ、あれがタージオ山の呪いってことでいいのかしら」

 わたしが言うとイリヤが頷いた。

「それこそフッキさんを見付ければわかるよ。彼は絶対何か掴んでた」

「でもそれだと、フッキさんはどうにかする方法までは掴んでなかったことになるな。音が止んでないんだから」

 ヘクターが言うとフロロが首を振る。

「それこそ俺らの役目でしょ」

「我々がどうにか出来ることなら、な」

 アルフレートの言葉にわたしは考える。どうにか……、っていうとあのアンデットを成仏させるということか。だったらローザやサラのようなプリーストを連れて来た方が良かった気がする。でも無理もさせられないし……、サラに至っては何処にいるのかもわかっていない。上手くいかないものだな、とわたしは溜息をついた。

「あっやばいよっ!」

 フロロが怒鳴るような声を上げ、わたしはびくんとする。すると自分の足元が発光しているのに気が付いた。

 こ、これは……。

と思った時にはもう遅い。見覚えのある魔法陣の紋様。徐々に霞んでいく周りの景色。意識を失うような感覚と身体の軋み。テレポートのトラップだ。

 また一人になるの!?

 わたしは声にならない悲鳴をあげた。

 その時、全員が呼んだのかもしれない。誰も呼ばなかったのかもしれない。ただ、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。




「うっ、く……」

 背中に強い衝撃が走り、わたしは呻いた。更に腹部にも何か倒れ込んでくる。何が?と目を開けても何も見えない。素早く『ライト』の呪文を唱えると右手に光が集まった。真っ暗な世界に落ちたのは一瞬だったというのに、光が眩しい。薄目を開けると目の前に見知ったグレイの瞳がある。二人とも目を見開いた。

「うわっ!ごめん!」

 ヘクターがわたしに覆いかぶさるようにあった体を慌てて起こす。

「な、なんで……」

 わたしは続く言葉が見つからずに、口をぱくぱくさせるだけの魚と化した。だって……わたしがテレポートのトラップに引っかかった時、彼は確実に少し離れた場所にいたはずだ。一瞬、瞬間移動したのが気のせいだったのか、と周りを見渡すが他のメンバーの姿は無い。

「……追って、来たのね……?」

 わたしは擦れた声で尋ねる。同じタイミングで同じ罠にかかったからといって、同じ場所に移動するとは考え難い。しかし現に彼はここにいるのだ。

「……ごめん」

 怒られた訳でもないのにヘクターは頭を下げる。流石に自分の行動がマズいと感じたのか。

「……なんか今回謝ってばっかだな、俺」

 しょんぼりとするヘクターにわたしは思わず吹き出しそうになった。

 でも、やっぱり嬉しいけど、……嬉しくない気もする。複雑な思いにわたしは頬を掻いた。二人とも同じ場所に移動したのは、奇跡という言葉も陳腐に感じるような確立だったように思う。あのトラップについてヘクターに詳しく説明をしておくべきだったのかもしれない。テレポート系の魔法は基本的に何処に出るか分からないのだ。今もどのくらいの高さからか暗くてわからないが、しこたま背中を打ち付けるはめになったのだし。ふとヘクターがおでこの辺りを手で押さえるような仕種をしたのが気になった。

「どうしたの?」

 彼にそんな癖はなかったはずだ、とわたしは尋ねる。

「いや、ちょっと頭が痛いような気がしただけだよ」

 テレポートの副作用かもしれない。こういう現象も起きてしまうのが恐いところだ。わたしは心配になるのと同時に、自分の身体の頑丈さが恐ろしくなる。疲労は限界まできていても元気っていったら元気だし……。

「そこ、座って?」

 わたしは壁沿いの岩場を指差した。ヘクターは少しの間を置いた後、

「いや、大丈夫だよ」

 そう言って手を振る。わたしは息を吸い込むと彼の手を取り引っ張った。

「大丈夫なのに」

 苦笑するヘクターを岩場に座らせるとわたしは治癒の呪文を唱え始める。フロロにしてあげたように痛みが和らぐぐらいにはなるかもしれない。ヘクターのおでこを押さえながら手の平に集中していると嫌でも彼の顔が目に入る。

 な、なんか触りたかったからとか思われないかなあ……。

 不要な心配だと思いつつも顔が赤くなってくる。いや、実際幸せな気分ではあるんだけど。目をつぶる顔も男前だぜ、こんちくしょう。手のひらに感じる彼の体温に気が緩むとにやけてしまいそうだ。

「はあ、気持ちいいな」

 ヘクターの呟きに我に返る。無駄では無かったようだ。ほっとするとヘクターがわたしの手を取った。

「ありがとう」

「もういいの?」

 わたしの質問に何度か頷く。こっちはもうちょっとやっていたかった……とは言わないようにする。さて、とわたしは周りを見渡した。まずはここが何処なのか確認しなくちゃいけない。見る限り同じタージオ山の廃坑内に留まっているようだが……。あたりの湿った土質を見て思う。同じ様に罠にかかったアントンもここに留まっていたこともあるし、タージオ山にいると考えていいだろう。そういう罠が可能かどうかも、わたしにはテレポートの仕組み自体が分からないのだからしょうがない。

「取り敢えず歩き回ってみるか」

 ヘクターの言葉にわたしが頷いた時だった。

「ぶあっくしょっ!……へー」

 人のくしゃみと思われる謎の声が響き渡った。わたしとヘクターは思わず顔を見合わせる。野太い声は中年男性のものだ。二人のものではない。暗がりに動く何かが目に入った時、わたしは叫んでいた。

「フッキさん!」

 もじゃもじゃのヒゲがよく見えるように仰向けになっている男性は、バンダレンに入る前に一度出会っているだけだがフッキさんに間違いなかった。わたし達はフッキさんに駆け寄った。ぼんやりとわたし達を見る目がある。怪我をしているとか意識が朦朧としているような様子には見えない。ただ面倒臭そうにフッキさんはごろりとわたし達の方に体勢を変えた。

「誰だ?」

 一瞬面食らうが、一度しか顔を合わせていない上に集団の中にいたのでは覚えていないのかもしれない。ヘクターが泥だらけのフッキさんを起こすが、何ともやる気のなさそうな顔でいる。

「わたし達、プラティニ学園の者です」

 そう告げるとようやく少しだけ瞳が動く。

「ああ、あの時の……」

「どうしました?怪我は?」

 わたしが聞いても面倒臭そうに手を振るだけだ。

「どこも何とも無い」

「じゃあお腹は?水は取ってました?」

 わたしが言い終える前にフッキさんは肩掛け鞄から何か取り出す。ぴっ、とトランプのように指で広げたのは数枚の干し肉。更に反対の手で何かを指差した。わたし達の左手にある岩場の影。

「湧き水だ」

 ヘクターが感嘆の声を上げる。よく耳を澄ますと水の音がするのだ。

「食べる?」

 フッキさんが干し肉を押し付けてくるが、先程のアルフレートのアイテムでお腹が膨れていたわたしは丁重にお断りした。代わりに湧き水には飛びつく。滝のように……とはいかないが、岩の間から漏れる水が窪みに溜まっていた。いや、水が流れるから岩が窪んでいるのだろう。

「冷たいっ。飲めるんですか?」

 わたしは笑顔を押さえられない。フッキさんはまた黙って頷いている。わたしとヘクターは暫く交代しながら水を飲み、顔を洗った。

「ふいー……、生き返る」

「助かったなあ」

 わたしとヘクターがそれぞれ呟くのをフッキさんはじっと見ている。だがその目はぼんやりとしたままだ。心配になりつつあえて元気な声を掛ける。

「さあ、フッキさん帰りましょう。わたし達、あなたを探しに来たんですよ」

 わたしが言うとフッキさんは少し驚いたように目を見開いた。

「音楽祭のテストで来たんじゃないのか?」

「いや、それが……」

 ヘクターはフッキさんが消えてしまってからの出来事を簡単に話す。このタージオ山に関する不気味な噂から「砂漠の石」はすでに存在しないということ。聞いていく内にフッキさんはうなだれていった。てっきりこのテストがくだらない茶番だということにがっかりしたのかと思いきや、彼は「そこまで知っているのか……」と呟いたのだ。

「そういえばあなたの護衛で来た学園の仲間が、あなたが『裁きの日が来た』と言っていたのを聞いていたそうです。……何かあったんですか?」

 わたしが聞くと鋭い瞳をしぱしぱさせるフッキさん。

「……あったといえばあった。何も無かったといえば無かった……。何も無かったせいで今はやる気が何も無い」

 フッキさんの謎めいた言葉にわたし達は顔を見合わせるだけだ。

「座ったらどうだ?あんた達はもう色々知っているみたいだから、この馬鹿げた祭りを終らせられるかもしれない」

 そう言われてわたしとヘクターは少し迷ってから岩場に腰掛けた。 「あれは一昨年のことだったな……」

 フッキさんの選んだ出だしに、わたしは何やら長くなりそうな話だと覚悟した。

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