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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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一人多い

「大丈夫?イリヤ」

 セリスがイリヤに声を掛けるとイリヤはきょとん、と彼女を見返す。

「何が?」

「あんた人見知り激しいから」

「だ、大丈夫だよっ。もう……」

 そう言いながらもイリヤは指摘されたことで意識し始めたのかきょろきょろし始めた。これはセリスが心配するのも分かる。

 残るメンバーはローザ、セリス、デイビス。『音』の仕業で魔力の消耗が激しい二人と戦士であるデイビスが残って、サラ達が来た時に備える。デイビスは彼の意思で残ることになったので、ローザとイリヤがパーティーを入れ替わるような形になった。

「大丈夫ですよう、イリヤさんはもうイルヴァのお友達です」

 イルヴァに抱きつかれるがイリヤはただ棒立ちになるだけだ。……人見知りの意味、わかってるのかな、イルヴァ。

「気をつけてね、無理しないで」

 ローザとわたしは抱き合って挨拶する。最後の別れのようで嫌だったが、彼女の良い匂いがそれを打ち消してくれた。

「もし残りのメンバーが揃うことがあれば、俺達も後を追うから」

 デイビスがヘクターと握手すると、彼の肩を何度も叩いた。

「大丈夫、その前に連れて帰ってくるよ」

 ヘクターが笑顔で答える。

「どうしたの?」

 わたしは少し離れた場所でぼんやりとするヤッキさんに呼びかけた。

「え、あ、……ちょっと緊張してきちゃったんす」

「大丈夫!平気な時は平気だし、死ぬときは皆死ぬから!」

 わたしが笑顔で言うとヤッキさんは心なしか引きつったように見えたが「そうっすよね」と呟いた。

「フッキさんを助けられなかったら、ってことばっかり考えてたっす……。よく考えれば、自分達の安全だって分かんないっすもんね」

 言葉とは似合わない顔でえへらえへらと笑うヤッキさん。どうやら吹っ切れてくれたようだ。

「行くぞ」

 アルフレートの言葉に皆、静かになる。

「い、く、ぞ」

 再び同じ事をフロロに言った。ヘクターの背中に昇りかけていたフロロが大きく舌打ちし、音無く地面に降りる。

「兄ちゃんがビーストマスターなんだって?通訳頼むよ」

 フロロはイリヤに言うと静かにわたし達を見守っていた犬を指差した。反応するかのように犬は立ち上がる。オオカミのような見た目だが、よく見ると体がうっすら発光していることに気が付く。やっぱり普通の犬では無いようだ。

 イリヤが再び囀りを披露する。口笛のようだが音の種類が微妙に違う。それに犬が答えた。すっ、と歩き出すと先程の坂が急な通路の右隣りあたりに移動する。土壁しか無いというのに立ち止まったまま、何度も鼻を地面につけるように首を下げた。

「あそこだって?」

「……みたいだね」

 フロロが指差す先を見てイリヤが頷く。わたしには壁が広がるようにしか見えない光景に戸惑うだけだったが、フロロは素早くそこへ行くと壁に手をつけた。

「おおー、これはこれは」

 にやつくフロロの元に皆集まる。フロロの手元を見ると壁に触れる度にそこが少し光りを帯びているように見えた。

「イリュージョンね」

 魔力の動きを見たわたしは呟く。たぶん通路が続く道を魔法で作られた幻影が隠しているのだ。この子がやったのだろうか。わたしはおすわりの状態の犬を見た。答えは無いが違う気がする。魔法が唱えられそうにないから、という単純な理由ではなく、もっと他の何か引っ掛かりをわたしは感じていた。

「そんじゃ入るよ」

 フロロの言葉にわたしが顔を上げると、彼はもう魔法の壁を抜けて姿が見えない。わたしが振り返ると、心配そうなローザ達の顔が並んでいた。

 わたしは意を決すると壁に向かって足を踏み出す。少しの浮遊感の後、今度は逆に重力がいつも以上に足に掛かったような感触。目の前の光景は何て事はない、今までと変わらない土で覆われた世界。イリヤの言葉から全くの別世界を想像していたわたしは拍子抜けしてしまった。先に着ていたアルフレートがぽんぽんと光の精霊を出しながら呟く。

「……亜空間に近いような、変なところだな」

 亜空間とは世界の狭間のことだ。現世とあの世、現世と妖精界との間を漂う門のようなものらしい。

「じゃあアルフレートには居心地良いんじゃないの?」

 かつては亜空間の住民であったとされるエルフである彼に尋ねると、簡単に鼻で笑われてしまう。

「我々が現世に行ってから、何年経っていると思っている?普通にこっちの方が過ごしやすいに決まっている」

 まあ、そりゃそうか……。

「ここってさあ、合わせ鏡の世界みたいじゃない?」

 フロロがわたしとアルフレートの顔見た。何が?と聞く前にフロロは今入ってきた入口を指差す。

「あそこから入ってきて……」

 そう言っている間にもイルヴァが通ってきている。

「あそこは何?」

左隣に指を動かした。フロロの言う意味がいまいち分からず、わたしは首を傾げていたが「あれ?」声を上げた。

「さっきの坂がきつい道に似てない?」

 犬の寝床のようになっていた穴蔵を思い出す。フロロとローザが匿われていたところへ続く道によく似ている。あの道も今通って来た幻影の隠し通路の左隣だったんだから……。わたしは自分の右側を振り返る。

「あ」

 予想した通り、わたし達が魔獣に対面した時に踏み込んで来た、始めにここに来た時の通りに似た道がぽっかり開いていた。

「反転した世界、鏡の中に踏み込んだような世界じゃなくて『合わせ鏡の世界』、ね。なるほど」

 わたしは納得した。そもそもが特徴の少ない廃坑の世界だ。指摘されるまで気づかなかった。

「イルヴァ、どうした?」

 後ろからヘクターの声がした。振り向くとイルヴァがしゃがみ込んでいるではないか。

「……お腹空いて動けないんですう」

 一瞬呆れそうになるが、わたしも空腹でかなり辛い。水はかなり節約しながら来たので水袋に僅かに残っているが、大分前にカミーユさんお手製ケーキを食べただけの胃は空っぽを通り過ぎて痛いぐらいだ。普段食いしん坊のイルヴァにはかなり辛いだろう。

 アルフレートが懐をまさぐると何か小瓶を取り出す。そしてその中身をわたし達に配り始めた。わたしは手のひらにある小さな黒い粒を見る。

「何、これ?」

「良いから一度噛み砕いて飲み込め」

 アルフレートのぶっきらぼうな言葉に少し不安になる。変なものじゃないよね?

「一粒で元気になったりするんすかね?」

 ヤッキさんが聞くとアルフレートは首を振った。

「単に満腹になるだけだ」

 なあんだ、と思ったが今の状況にはかなり貴重だ。わたしは素直に口に入れた。見た目からしてものすごく苦かったりするのかな、と思ったが拍子抜けするほど何の味もない。一瞬スーっとしただけだった。

「もう一個欲しいですう」

 イルヴァの言葉を無視してアルフレートは歩き出す。

「行くぞ」

 総勢7人に戻った大人数でぞろぞろと歩き出す。

「本当に合わせ鏡の世界だったら、同じ道のはずだよね」

 イリヤがそう言った時、わたしは台詞とは全く関係ない何か違和感を感じた。なんでだろう、と周りを見渡した時だった。

 次の瞬間、わたしは腕を取られていた。何が起きたか分からないまま体を引っ張られる。顔を上げるとすでに剣を抜いて構えるヘクターがわたしの腕を掴んでいた。周りもすでに武器を構えている。その中心にいるのは……、

「何者だ?」

 弓矢を引き絞るように光の矢を構えたアルフレートが尋ねる。すると中央にいる影がゆらりと動いた。白髪まじりの茶色い髪の男。黒いローブを着ているように見えるが、実際は暗くてよく見えない。靄が掛かるように影が男を取り巻いているのだ。

「もうバレてしまったのか、つまらないな」

 男はそう言うとにやり、と笑った。何時から……いたのだろう。そしてわたし達に紛れ込んでどうするつもりだったのだろう。色々聞きたいが、素直に喋りそうな相手にも見えない。なぜなら男に纏わり付く影は、明らかに不自然なものなのだから。

 アルフレートとわたしの作り出した明かりは、わたし達を照らすのに十分な数飛んでいる。現に男を挟んで反対側にいるイリヤとヤッキさんの姿はきちんと見えているのだ。男はかろうじて茶の上着が見えるだけで、胸元から下は殆ど見えない。わたしは不鮮明なビジョンに目を細めた。

 男は何処を見ているのか捉らえにくい目で周りを見ると、大声で笑い出す。背中がヒンヤリと冷たくなるのを感じた。狂人か、いや生き物の気配がしない。そしてそれは高レベルなアンデットであることを示している。死の世界から理を捩曲げて現世へと舞い戻るには、理性などの生き物らしさが失われるのが普通だからだ。この廃坑に入ってから何度か会ったグールというモンスターが代表格で、彼らも元は人間だが喋ることすら出来なくなっている。元は学者、魔導師などもいたかもしれない。しかし生前の姿など関係なく、動く肉塊と化すのだ。目の前にいる生気の無い男、アンデットではないかもしれないがそうだとすれば……。

「おらっ!」

 最初に動いたのはフロロだった。彼の細身のナイフが男に向かって飛んでいく。キンッ!という弦が跳ねるような音を立てて、ナイフが男の直前で弾かれる。見えないシールドで守られていたようで、体に掠ることなくナイフは地面に落ちた。

 間を置かずにイルヴァが飛んだ。男の頭上からウォーハンマーを振り下ろす。どがあ!と景気よくハンマーがえぐり取ったのは、男の体ではなく土の地面だった。

「体が透けてますう!」

「アンデットよ!」

 わたしは叫ぶとヘクターのロングソードに向けて魔力付加の呪文を唱え始めた。が、

「攻撃は侵入者とみなす!」

 男の顔が一瞬にして変わる。瞳は黒く変わり瞳孔が見えない。髪の毛は逆立ち、大きく歪んで開いた口にわたしは小さく悲鳴を上げた。耳に不快な笑い声が響き、鼓膜を嫌でも震わせる。フロロが耳を抑えるのを見た時、アルフレートが光の矢を飛ばした。しかし、男にそれは届くことはなかった。一陣の風と共に、男は消えてしまったのだ。ジジッ!と油が爆ぜるような音を立てて、アルフレートの放った光の矢が壁に刺さり、消えた。

「な、何だよ、あいつ」

 イリヤが倒れ込むフロロを起こしながら呟く。

「……知るか」

 アルフレートの不機嫌そうな声。

「侵入者、って言ってたな」

 ヘクターの言葉にわたしは頷く。

「多分、……ここは彼の世界なのかも知れない」

 アルフレートが言った違和感。ここは通常の世界とは少し違うものなのかもしれなかった。ヤッキさんが慌て出す。

「こ、こんな所にフッキ先輩はいるんすか。無事なんでしょうか……」

 ヤッキさんの言葉には、誰も答えられなかった。

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