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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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そして誰もいなくなる

「魔法陣?」

「そう」

 わたしはセリスの問いに頷いた。

「テレポートのトラップになってるらしくて、見えにくい色合いだから気をつけて」

「そういう罠があるとなるとシーフ業がいないのが辛いなあ」

 デイビスが呟く。セリス達と合流出来たことで『ライト』の光もわたしとセリスのもの二つに増えて明るくなったが、罠を見破ること自体が素人では辛いものがある。わたしは戻ってきた二股に分かれる道を眺めた。

「……何か聞こえない?」

 イリヤが声を潜ませる。わたしは一瞬固まると耳を澄ませた。別に何も、と言おうとした時、微かに響いた音に、わたしは背中がヒヤリとする。聞き覚えのある金属音。あの鎧の歩く音だ。そんなわけはない。イルヴァが倒したリビングアーマーもどきは首の曲がる方向からして確実に絶命していた。本物のリビングアーマーなら分からないが、魔力が感じなかった故に偽物であったことも自信を持っていえる事だ。

 じゃあ……、わたしが考えるまでも無く答えがやって来た。鎧の色が明らかに違う、別の個体だ。先程の銀色の鎧よりも黒いものと青銅色の二体。

「この人達は……?」

 セリスは物言わぬ鎧に動揺の声を上げた。言い方からしてセリスも生きた人間だと分かっている。鎧達は何も言わないまま、手に持った剣と斧をそれぞれ構えた。

「敵、だろ?どう考えても」

 デイビスがにやりと笑う。イルヴァもすでに臨戦態勢だ。

「デイビス、気をつけろ。奴ら明らかに怒ってる」

 イリヤが不思議な台詞を言った。それを気にかける暇もなく、にやっと笑ったデイビスが動き出す。

「はああ!」

 デイビスが振り上げた大振りの斧が地面をえぐり取る。土や砂利が水飛沫かと思うような勢いで鎧達に降りかかっていった。目眩ましを食らって鎧達が怯んだところにイルヴァが走る。

「ぐっ……!」

 黒い鎧がぎりぎりでイルヴァのハンマーをかわし、思わず声が漏れた。どうせバレてはいるとしても声を出すのはいただけない。

「何なの、あなた達!」

 わたしが叫ぶと青銅の鎧が怒鳴り返してきた。

「うるせえ!あいつをあんな目に合わせたお前らにはここで眠ってもらう!」

 あいつ、とは銀の鎧の事だろうか……。仲間意識は立派だがわたし達を襲う理由には足りないものがある。

「そもそもあいつは何で襲ってきたのよ!」

「タージオ山の為、お前らは犠牲なんだよ!」

 またその話し!?ということはこいつらはバンダレンの町の人間か。いい加減詳しい話しを聞いておきたい。わたしがイルヴァ達にどうにかして二人を捕らえるように伝えようとした時、

「スリーピング・フォッグ」

 甘い囁きのようなセリスの呪文が聞こえた。誘眠性の霧が辺りに広がり、全てを眠りに誘う魔法だ。あれ、でもこれって……。

「セリス……」

 わたしは隣りにいる彼女の名前を呼ぶのを最後に、深い眠りに落ちていった。




 何処かから名前を呼ばれている。しつこいと思える程何度も。

 うるさいなあ、聞こえてるよ。

 聞こえているけど、返事が出て来ない。

 名前を呼ぶ声を止めたくて、返事をしたいのに声が出ない。イライラとし始めた時、肩を揺すられてイライラが倍増する。

「……わかってるってえ……」

「何がよ、良いから起きてよ」

 その台詞に急激に我に返る。がばっとわたしは体を起こした。傍らにはセリスの姿。

「そこの彼女はリジアが起こしてくれない?全然起きないのよね」

 セリスは坑道内、仰向けに倒れてぐーすか眠りこけるイルヴァを指差した。

「よ、余計なことを……」

「何が?」

「さっきの呪文よ!何もわたし達にまで害が及ぶようなもの使わなくてもいいじゃない!」

 わたしはセリスの横暴すぎるやり方に文句を付ける。先程の呪文、使用者には魔術障壁がかかるという便利なものだが、仲間であるこちらまで倒れて土まみれにされるというのは避けられない。わたしは泥だらけになったローブを叩きながら涙目になる。イルヴァを起こす大変さを知らないから……ったく。

「うちらはいつもこんなやり方なのよねー」

 あっけらかんと言うセリスの背後では、すでに起こされた後らしいデイビスとイリヤがわたしと同じ、背中を泥まみれにしながら鎧達を縛り上げていた。

 わたしは立ち上がるとイルヴァを起こす作業に入ることにする。ほんっとうに迷惑だ。

「イルヴァ、起きて!」

 衿元を掴み、イルヴァの頬を目一杯の力で叩き続ける。こちらの手の平が痛いぐらいなのにイルヴァの頬は綺麗なままなのが、毎度のことながら不思議だ。

「そんなにしちゃって良かったんだ?」

 セリスの言葉にワクワクしたものを感じるのは気のせいだろうか。

「こっちは終わったぜ」

 イリヤが手足を厳重に縛り上げた鎧達の兜を取り外しながら言った。見ると鎧の中身は若い男性二人である。首の太さからして体格の良さがわかる。立派な傭兵にも慣れそうだというのに、なぜこんなことをしているのか……。二人の眠りこけた顔にわたしは深い溜息をついた。

 セリスはおもむろに鎧達に近付くと、黒い鎧の男の方に座り込んだ。

「起きなさい!」

 びびっ!と張り手が飛ぶ。爪が引っかかったのか、男の頬に赤い一筋が走った。男が薄らと目を開ける。びくん、と体を揺らすと周りをきょろきょろと見渡し、隣りで眠りこける相棒を見て目を見開いた。すぐに体の自由が効かないことを理解して鎧をがちゃがちゃといわせ、セリスを睨む。

「どうするつもりだ」

「知っていること洗いざらいぶちまけて貰おうかしらね」

 にや、と笑うセリス。それにしてもこういう事がよく似合う人だ。

「言っておくけど、私達はすでにここには『砂漠の石』なんて無いことも知っているし、あんた達が祭り騒ぎを隠れ蓑に何やら企んでることも知ってるから」

 セリスが淡々と言うと男の顔に少し動揺の色が走った。が、すぐににやにやと笑う顔に戻る。

「そうだよ、ここにはある化け物が眠ってる。……お前らだってすぐにそいつの餌食になる。遅かれ早かれな。俺達はその手助けをしているにすぎない。俺達をどうこうしたって無駄なんだ」

 化け物、か。精霊ではないとアルフレートは断言していたけど、じゃあ何者なんだろう。

「だからその『化け物』について教えなさいよ」

 セリスが顔を近づけると男は目を反らした。

「し、知らねえよ」

「あ、そ」

 セリスが立ち上がるとデイビスがアックスを握り直す。

「どうする?消しとくか、こいつ?」

「いいわよ、どうせすぐに効き目が出てくるから。……さっき神経性の毒物打っといたから。素直に喋れば解毒剤もあったのにねえ」

 わたしには芝居だと分かる会話だが、怖過ぎる。セリスの嵌り具合がまた怖い。

 男は明らかに先程とは変わった様子で暴れだした。

「本当に知らねえんだよ!化け物だって俺が生まれる前に出てきた話しだ!俺達バンダレンの人間は、何処に行ってもここの化け物に呪い殺されるから、だから生け贄を探し続けるしかないんだよ!」

「セリス、こいつは本当に何も知らないよ」

 イリヤが静かに言った。セリスは頷く。

「行きましょう、可哀想な僕達にそこで酔ってるといいわ」

「解毒剤は!?」

「そんなもんねえよ」

 男の悲鳴にデイビスが吐き捨てる。

「死んじゃうんですかあ?この人達」

 いつの間にか起きだしたイルヴァの台詞がとどめとなって、男は力無く項垂れた。




「あのままで良いんですか?」

 前を歩くセリス達にイルヴァが問いかけた。わたしが「嘘に決まってるでしょ」と言うとセリスが振り向き笑う。

「いくらなんでもあそこまで夢見の悪いことしないわよ」

「それどころか学園にいられないわよ、毒物の扱いなんて」

 わたしは学園の禁止事項の一つであることを言うとイリヤが肩をすくめた。

「俺は脅し文句に使うのも反対なんだけどな。教官達にばれたらうるさそうだ」

「あ、そうだ」

 わたしはイリヤに尋ねる。

「さっき、『怒ってる』とか『何も知らない』とかちょっと気になる台詞言ってたけど、まさか心が読めるの?」

 いまだに分かっていなかったイリヤの能力にわたしはわくわくしながら聞いた。彼は再び肩をすくめると「まさか」と言った。

「俺は温度変化に敏感なんだ。俺の能力の副産物だけど便利だよ」

 ということは真の能力は別なんだ。でも地味だけど便利そうだな、それ。

「リジア動物好き?」

 セリスに聞かれてわたしは頷いた。攻撃の意思が無ければ大抵の動物は好きだ。フローラちゃんのおかげで爬虫類まで可愛く思えるようになってきたし。

「こ、今度見せてあげるよ」

 なぜか吃るのが気になったがイリヤの申し出にわたしは「是非」と答えた。

「こいつは結構、人見知りするからよ。イリヤの能力見られるのは貴重だぜ」

 デイビスが笑った。だからデイビス、セリスに対するのに比べてぎこちないのか。でも大事な能力を見せてくれるなんて、なんだか仲良くなれたようで嬉しいじゃないか。

「イルヴァも見たいですー」

「君も、もちろん」

 イリヤもなんだか嬉しそうに見えた。




「うひょう、何ここ?」

 わたしは広がる光景に声を漏らす。適当に道を選びながら進んできたわたし達がやってきたのは道幅、天井までの高さ共に倍以上に広がった場所だった。皆、自然と腕を伸ばす。イリヤだけがじっと前を見ていたかと思うとわたし達の方へ振り返る。

「明かり、もっと出せたりしない?」

 わたしとセリスは顔を見合わせると『ライト』の呪文を唱え始めた。

『ライト』

 二人同時に出現させた光源は、わたしの物はいつもより特大サイズのド派手版。セリスは二つ同時に出現させるという器用なことをやっている。個人の性格が出るようで面白い。

「うわ、あぶねえな!」

 デイビスが現れた通りの姿に一歩下がった。道幅が広がったかわりに両サイドに底の見えない大穴がぼこぼこと続いているのだ。

「よく分かったわね」

 セリスがイリヤに尋ねると彼は穴を指差す。

「何か入れてみなよ」

 イルヴァが歩きながら齧りついていたリンゴを最後の一口を口に入れると、ぽいっ、と穴へと投げた。次の瞬間、ごお!という音を立てて火柱が出現した。穴の奥底からのし上がってくる熱気にただ唖然とする。

「マジで死んじまうじゃねえかよ、こんなの」

 デイビスの言葉は当たり前の事、という感じでおマヌケなようでいて、わたし達の気を引き締める効果もあった。

「気をつけて」

 イリヤの言葉に皆必要以上に中央に寄りながら歩き始める。

 穴が続く大きな通路の見た目半分ほどに来た時だろうか。足の裏に『かちり』というような違和感を感じた。石でも踏んだのだろうか。ブーツの隙間に入ったら嫌だな、と足の裏を見ようとした。が、

「やべえ!」

 デイビスが後ろを振り向き叫ぶ。咄嗟の出来事に心臓が飛び出しそうになりながら後ろを見た。言葉無く、息を吸い込む。無かったはずのものが出現しているのだ。

「転がって来てる!?」

 セリスが叫んだ。背後には道幅いっぱいの大きさの巨大な岩が現れていて、更に目に見えて大きくなってきているのだ。穴の上を通る度に火柱を出現させ、どんどんと赤い火の玉に変わっていく。

「走れ!」

 デイビスの声に弾かれたように五人は駆け出した。足下も怖いが後ろの迫り来る恐怖には走るしかない。

 駆け出すわたし達に更なる動揺が走る。前方に現れたのは左右に分れた道だったからだ。こういう時は咄嗟にどちらに行くべきか声を出すべきだ。わかっている。わかってはいたのだが、声に出したものと同じ方に自分はちゃんと行けるのか、という余計な考えが脳裏に走ってしまった。「左よ!」そう声に出そうとした瞬間、背中に熱気を感じた。大岩がすぐ後ろにあるという恐怖。

「っつ……」

 言葉を出す余裕無く、わたしは無我夢中で足を動かし、いや動いているのかも曖昧になる意識の中、無意識に飛んでいた。通路を転がり、脇腹に鈍い痛みを感じられてようやく辺りに響き渡る轟音に気が付いた。岩を擦るような音、破裂音が耳に痛い。

 目を開けるとただ闇が広がっていることにぎょっとする。慌てて呪文を唱えた。

「ライト!」

 ふわり、と魔法の光源が出現しわたしは息を飲む。

「うそ、でしょ」

 その場に立っているのは、わたしただ一人だったのだ。ぺたり、と地にへたりこむ。

 ど、どうしよう……。

 岩がすっかり元来た通路を塞いでいる。まさかこの下に誰かいる、ということは無いと思いたい。たぶん皆、反対側に行ってしまったのだろう。皆の方こそわたしが岩の下敷きになっていると心配しているかもしれないのだ。

 しかし寄りによってわたしが一人になるとは。イルヴァやデイビスのようなファイターなら一人になってもどうにかなっただろうが、普段彼らに守られながら横槍しか入れてない自分が一人になったところでどうしろというんだ。心細さが急激に襲ってきた。

 もうやだ、帰りたい。いや、帰れるかどうかも怪しくなってきたじゃないか。自分で突っ込んでいくらか落ち着きを取り戻す。

「トンネル掘りの呪文、馬鹿にせずに覚えとけば良かった……」

 土の精霊に働きかけて穴を開けて行く呪文があるのだが、見た目の地味さから習得する学生は少ない。学生時代、派手な呪文が人気で卒業すると地味な魔法をカバーしていく卒業生が多い、という傾向が身にしみてわかる。一瞬「セリスが覚えてたりするかも」という期待から待ってみたりするが、何も異変は起こらない。わたしはふう、と息を吐くと、

「しょうがない……、歩いてみるか」

 そう呟くと踵を返した。

 セリス達に会えたように誰かしらと合流できるかもしれないし。学園の仲間じゃなくてもわたし一人うろついていたら助けてくれるかも、という期待もある。一歩、一歩、情けないほど慎重になりながら歩き始めた。

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