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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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奇妙なパーティー

 再び歩き出して暫くした頃、イルヴァの足がまたも止まる。「どうしたの?」と聞く前にわたしの耳にも断続的に聞こえてくる金属音があった。かしゃん、かしゃんと廃坑内に響く音。やがて奥からゆっくりと現れた異様な姿に拳を握る力が強くなる。がしゃがしゃと軋んだ音を立てながら近付いてくるのは銀色の大きな鎧だった。全身を覆うプレートアーマーが怪しく光る。フルフェイスの鎧のせいで顔も窺えない。わたし達を目の前にしてもただ無機質に歩き続ける様子は生き物の気配が無かった。

「リビングアーマーってやつですね!」

 イルヴァがウォーハンマーを握りしめる。相手も無言のまま大きなバスタードソードを構えた。リビングアーマーとは「動く鎧」の名の通り、無人の鎧だけが魔法の力によって侵入者を排除するように武器を振るう魔物だ。力の持った魔導師が自分の館を守る為に作り出したりする魔法生物なのだが……。

「気をつけて、イルヴァ」

「大丈夫です」

「そうじゃなくて……」

 わたしが言うと怪訝な顔でイルヴァがわたしの顔を見た。

「そいつ、中身があるわ」

 わたしの言葉に鎧の肩がぴくりと動いた。

 わたしも含め、ソーサラーには魔力の動きを目で追う能力、センスマジックがある。学園でも必ず訓練を受ける技術だ。魔力の働いている場所全てを可視出来るわけではなく、小さな魔力の働きには直接手で触れて確かめたりするのだが、リビングアーマーのように大きなな魔力が必ず動いているものが目で追えないはずがない。しかし、目の前のものには全く魔力が見えないのだ。倒さなければいけない相手には変わりないとはいえ、中身がいるにも関わらず魔物かのように装い近付く相手には確実にあるものが潜んでいる。すなわち、わたし達に対する悪意。こちらを亡きものにするという悪意が根底にある、ということを注意したのだ。

 しかしイルヴァはあっけらかんと答える。

「大丈夫ですよ、リジア」

 そう言うと地面を蹴った。

 がつっ!という火花が散りそうな衝撃音が走る。イルヴァのハンマーと相手のバスタードソードがまともにぶつかり合った。よろけたのは鎧の方だ。細いイルヴァの見た目からは想像つかない力に押されたらしく、たたら踏む。

 その後も武器をぶつけ合う二人の攻防を見守るわたしは、イルヴァの露出度の高い服が舞う度にドキマギしてしまう。……緊張感が無くて申し訳ない。

全身鎧と軽装のイルヴァ。当然だが疲労の色が見えてきたのは鎧の方だった。加えて湿り気のある地面に足を少し滑らせる。その隙を見逃すはずはなく、イルヴァのウォーハンマーが鎧の左脇にまともに決まった。辺りに広がった音からして吹っ飛ぶかと思いきや、鎧の方も踏ん張り、よろけながらも剣を構え直した。

 明らかに無理な態勢から賭けの一手だったのだろう、ソードを振り回す。それをイルヴァが飛んで避け、上からハンマーを叩きつけた。わたしは思わず目を背ける。

 ごりん、という骨を砕くような嫌な音が耳に聞こえてきたのを最後に静かになった。恐る恐る目を向けると、

「イルヴァのハンマーは、フルアーマーにこそ効果を発揮する武器なんですよねえ」

と言いながら、うっとりとウォーハンマーを撫でるイルヴァがいた。片隅に倒れている鎧の首の曲がる方向が不自然なことは、怖さからよく見られなかった。




「なんかお腹空いてきましたねー」

 イルヴァの声にわたしは首を振った。

「あんなもの見た直後に食欲無いわよ……」

「あんなもの?」

 イルヴァは首を傾げる。冒険者としての感覚はイルヴァの方が正しいのだろうか。

 ただ一本道が続く坑道を歩くことに飽きてきた時、こちらの考えを読んだかのように道が分かれる光景が現れた。

「今回は二股か。どっち行く?」

 似たような道幅が続く二つの道を前にわたしが聞くと、イルヴァは「んー」と考える。

「こっち行きません?」

 右方向を指差した。

「なんで?」

「何だか美味しそうな匂いがするんです」

 こんなところで?とは思ったが、正しい道などわからないのだからいいか、と右に進むことにした。

 道なりに進んで行くとわたしはイルヴァの嗅覚に驚かされることになる。

「あらー、リジア。二人だけになっちゃったの?」

 少し道幅が広がった所にいたのは赤毛のソーサラー、セリス。転がった岩の段差に腰掛けて休憩を取っていたようだ。そういう彼女達もファイターのデイビス、特殊クラスのイリヤしかいない。三人で簡易食を取る休憩中だったようだ。

「一緒に休んで行けば?」

 なんだか似合わない台詞を言うセリス。くんかくんかと三人の手元を嗅ぐイルヴァの首根っこを掴むとわたしは彼らの隣りに腰掛けた。

「……食べる?」

 イルヴァの視線に負けたイリヤが食べかけのチョコバーを差し出してくれるがわたしは首を振り、イルヴァの伸ばした手を引っ叩く。

「ちゃんとわたし達の簡易食もあるから!ほら!」

 鞄をまさぐるとローザから手渡されていたカップケーキのようなものをイルヴァに押し付けた。見た目可愛らしいケーキだが、「食べると異様な程腹が膨れる」というカミーユさんお手製のものだ。何で出来ているのかはローザも怖くて聞けず終いだという。

「で、なんで二人だけなんだ?」

 デイビスの質問にわたしは先程の四つの分かれ道の話しを聞かせた。

「初っ端には大量のサソリが出たあげく、みんなバラバラにされちゃって参ったわよ」

「俺達はその作りと同じ、二股で分かれることになったんだよ」

 デイビスは苦笑すると言葉を続けた。

「でも俺達がそっちの道を選んでいたら終ってたなあ。うちには単独で動けそうな奴なんていないし」

「アントンが強がって一人で行こうとするでしょ」

 セリスが笑う。アントンの名前が出たことでわたしは一瞬肩を振るわせてしまったが、幸い誰も気付かなかったようだ。

「アントンはなあ、どうして強がってばっかりなんだろうな。四六時中肩に力入ってちゃ心配になるよ」

 デイビスはそう言うと頬を掻いた。

「アントンさんってヘクターさんの事嫌いなんですよね?だからイルヴァもアントンさん嫌いです」

 イルヴァの真っ直ぐな言葉にわたしはぎょっとする。

「ちょっと……いくらなんでも失礼でしょ!」

 わたしはイルヴァの腕を突いた。セリス達三人は顔を合わせると苦笑する。

「何言われてもしょうがないわよ、今回ばかりは。アントンの態度が全面的に悪いし、しかもまるっきり手伝ってもらってるのと同じだし」

 セリスが肩をすくめるのをわたしはじっと見た。

「何か変なの」

「何がよ」

 セリスの言葉にわたしは口を尖らせた。

「意地悪じゃないから」

「どういう意味よ!……まあ今回はアントンが強情張ってるだけで私はこんな祭りどうでもいいし。依頼人がいない状況はマズいからここまできたけどさ」

 意外だがセリスも目的は依頼人であるフッキさんの捜索にしか興味はない、ということか。

「じゃああんな意地悪止めてよね」

 わたしはバンダレンの町で壇上に上がった際の事を思いだし、文句を言った。セリスは始め何の話しか分からなかったようで眉を寄せていたが、次第に笑い出す。

「ああ、あれ?面白いかなー、と思って」

 けらけらと笑うセリスにわたしは確信する。やっぱり彼女は根っからのSであり、それは仲間意識よりも強く働くようだ。

 イリヤがチョコバーの残りを口に放り込んだ。口をもごもごとさせながら喋りだす。

「アントンがヘクター・ブラックモアが嫌いなのって、あれだろ?前に好きな女取られたとかいうくだらないやつ」

「イリヤ!」

 セリスの鋭い叱責が飛ぶ。わたしは喉にケーキをつまらせてしまった。胸元を叩きながら、混乱する頭を振り続けるが駄目だ。イリヤの言葉が脳内をぐるぐると周り続ける。

 お、女ぁ!?取られたって……、なんだそりゃあ!

 不穏な空気を感じ取ったのかイリヤの目が泳ぎ始めた。

「ご、ごめん……」

「馬鹿じゃないの、あんた……」

 セリスはそう呟くとわたしの顔をちらりと見る。

「そこまで言ったんなら最後まで話した方がいいんじゃない?」

 セリスのはああ、という溜息にイリヤは再び「ごめん」と言い、眉が下がり続ける。

「……俺が話す方が早いだろ」

 デイビスが口を開くとイリヤの頭をぺん、と叩いた。

「俺はアントンとヘクターとも同じクラスだからな。こいつらに余計な話ししたのも俺だし。……結構な騒ぎになったからお前も知ってるもんだと思ってたのに」

 デイビスがイルヴァの顔を見るが、イルヴァはのほほんとしたままだ。

「イルヴァ、他人にあんまり興味ないんです」

 あくまでもイルヴァはイルヴァということだ。 「はい」

 セリスが水筒のお茶を蓋に入れて差し出してくれた。わたしは「ありがと」と呟くと胸の支えを流し込むように飲み干す。デイビスはその光景を見届けてから再び口を開いた。

「うちのクラスにも女戦士がいるんだけどよ、イルヴァとかと違って鈍臭いタイプでさ。良く言えば女の子らしいっていうのかな」

 その説明を聞き、わたしの頭に可憐なタイプの女の子が思い浮かぶ。

「アントンはあの性格だからな、しょっちゅうこの子をいじめて……というかからかってたんだ。俺からみれば好意があるの丸判りだったけどな。『剣の扱いがなってない』だとか『うじうじしてる性格が悪い』とか。止めてる奴もいたけど周りにもそう感じるところがあったから、あんまりマジに仲裁する奴もいなくてさ。で、事の起こりはだ」

 デイビスが坑道内をぼんやり見つめている。思い出しているのだろう。

「組み手のあった日に、いつも通り組んだ奴みんなにこてんぱんにやられたそいつにさ、アントンが『向いてないんじゃないか』って言ったんだよ。皆、ああまた始まったよ、としか思わなかった。でもヘクターがあいつにしちゃ結構な勢いで怒りだして……、その日は教官からも全員説教くらうはめになるぐらいの喧嘩になったんだ」

 わたしにも紙芝居のように光景が想像出来た。ソーサラークラスの騒動と違って随分騒がしいものだ、という感想とともに。でもヘクターがそこまで怒るのは想像できないな。「向いてない」の一言に火がついたんだろうか。彼の中に似たようなコンプレックスがあった?それこそ想像できない。

「それからだな、そいつがヘクターの周りにいつもいるようになったのは。べったりってわけじゃないぜ?でも目の届く範囲にはいて、アントンがからかう、それをヘクターが止める、また離れなくなるっていう今思うと変な悪循環が出来ていた」

「悪循環?」

 わたしが聞くとデイビスが頷く。

「そいつの為にも止めない方が良かったんだよ。周りが手を出してたらいつまでも強くなれない。精神的な意味でも、戦士としての力の意味でも。ヘクターにもわかっていたんだと思う。でも、目の前でアントンの暴言が始まると言わざるを得なかった感じだった。あいつの性格的に」

「アントンも馬鹿だから、余計言葉も酷くなってたんでしょ?」

 セリスが吐き捨てるように言った。散々な言われようだな……。

「そう。でももうその頃には止めるのはヘクターの役目みたいな雰囲気が出来ててさ。まあ、その、なんだ『あいつら出来てるんじゃねえの』っていう感じというか」

 デイビスは少し言い難そうに言葉を濁した。

「その後、実際にエレナから……そいつの名前な?何かしら言葉があったらしいんだよ。でもヘクターからもう一緒にいるのを断ったって聞いた時が皆大騒ぎだった。ようするに『付き合いを断った』って理解したからな。『意味がわからん、じゃあなんで優しくしたんだ』っていうのが大半の意見。これは責めないで欲しいんだけど、男なんて皆そんなもんだからさ。……下心で動くというか。他に相手もいないのに断ること自体が贅沢だなー、というか。エレナの方も断られるとは思ってなかったみたいで、暫く来てなかったし」

 うわあ、思ったよりドロドロの世界じゃないか……。

「変な話しですね」

 意外にも真っ先に感想を述べたのはイルヴァだった。

「『優しくされたから好きになる』ならわかりますけど、『優しくされたから相手が自分のことを好きに違いない』と思うんですか?変じゃないですか」

 イルヴァの言葉はいつも、ひたすら真っ直ぐだ。嘘が無く、飾りも無い。そんな彼女の頭の中も真っ直ぐなのだ。そりゃあ優しくされたら「もしかして……」なんて考えちゃうよなあ、などと思っていたわたしはイルヴァの言葉に猛省する。でも、誰が悪いとも言いにくい後味の悪い話しだ。ヘクターのそばにそんな女の子の陰があったことはショックではある。でもモテることなんて嫌というほど知っていたし、同じ立場だからかエレナという少女に共感も覚えてしまうのだ。

「というわけで、あんまり気にしない方がいいわよ」

 セリスの言葉にわたしはどきりとする。

「な、何が……?」

「悪いのは全部うちのアントンっていうお馬鹿ちゃんだから、ってことよ」

「ああ、そういう意味ね」

 わたしは頬を掻いた。セリスの目が笑っているのは気のせいだろうか。

 しかし、アントンとヘクターの確執はそんなものからきたにしては、随分と激しいものな気がする。正直、今の話は『それだけ?』というものだった。もう少しデイビスの話しが聞きたいな、と思っていると、

「そろそろ行かない?」

 イリヤが立ち上がる。わたしとイルヴァが身仕度を整える三人を見ているとセリスが意外なことを口にした。

「どうしたのよ、行かないの?」

「えっ……」

 わたしはぽかんと口を開ける。

「人数多い方がいいじゃない。どうせ目的は一緒なんだから」

 デイビスとイリヤも頷いている。わたしとイルヴァは目を合わせると立ち上がった。何だかセリスのイメージがまたしても変わりつつある。隣を歩く彼女を見てわたしは思った。

「リジアの魔法見るの楽しみだわあ。ね、ね、イリヤもデイビスも楽しみにした方がいいわよ」

 ……こういう意地悪さは変わらないのか。

「セリス達が来た方は一本道なの?」  わたしが尋ねると三人とも頷いている。

「鉄格子で閉まっちまってるだけだから、行っても意味ないと思うぞ」

 デイビスが言った。

「じゃあわたし達が来た方向に戻りましょう。分かれ道があったから」

 わたしは来た道を指差す。奇妙なパーティーが出来上がった瞬間だった。

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