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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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生物学者ボン

 フロロに言われるまま右から二番目の通路を進んでいくと、またしても直ぐに鉄格子に行く手を阻まれた。

「何これ、めんどくさい」

 ローザのぼやきにわたしも頷いた。これって他二つの通路も同じだったりするんじゃないだろうか。

「大体わかったよ」

 床に這いつくばっていたフロロが顔を上げる。

「何?」

 ヘクターの質問にフロロは床を指差した。

「地面にうっすら見える切れ目、四角くなってるそれ、……そうそう、そこ。これを4カ所一度に踏まないと開かない仕掛けみたいよ」

 わたしは地面を凝視してようやく足拭きマット程の切れ目を見つける。

「4カ所って……、通路が4本なんだから全員バラバラになっちゃうじゃない」

 その状況を思い浮かべ、わたしは急に不安が戻ってきてしまった。

「もう、意地悪な仕組みだなあ!」

 わたしの苛立にアルフレートが眉を寄せた。

「優しい罠なんて作ってどうする。あわよくばこっちにはくたばって貰いたいと思って設置してるのに」

「なんで余計不安になるようなこと言うかなあ!?」

 わたしとアルフレートが言い合っているとヘクターに「まあまあ」と止められる。

「とりあえず残りの通路に行ってみて、それからもう一度考えよう」

 結果は予想通りというか、わたし達にとっては困った状況になってしまった。残りの道2つも同じ様相だったのだ。

「四手に分かれる?」

 ローザがふう、と溜息をつく。道は四つに分かれ、それぞれ先は鉄格子で塞がれた状態。更に鉄格子の前にある仕掛けを四ヶ所同時に踏む必要がある、らしい。天井付近に鉄格子と滑車を繋ぐ鎖が見える。これで引き上げられるのだろう。四つの道それぞれの先は繋がっていたりするかも、という淡い期待もあったが『ライト』の光を先行させるとただ細長い道が続いているだけだった(呪文で壁壊しちゃえば?という発案は却下された)。フロロが言うには仕掛けの構造的に鉄格子の向こうに入ったらまた、元に戻れないようになっているかも、ということだった。開いたら奥に行かずに合流して……という案もあったがフロロが首を振った。

「やる前に賭けてもいいけど、間違いなく鉄格子が閉まるだけだと思うよ」

 こうして7人で4つの通路を眺めつつ話し合いが始まる。

「7人だから2、2、2、1が妥当よね」

 ローザが言うとヘクターが軽く手を挙げた。

「俺が一人で行くよ」

 これを止めたのは意外にもアルフレートだった。

「戦士には丸腰の依頼人に付いてもらった方がいい。私が行こう」

 「でも……」とヘクターが反論しようとするのを手で制す。

「この中で一番、単独になっても良いのは私だ。それに戦闘になった時を考えるとヤッキ氏に付くのは戦士の方が良い」

 確かにそうだ。それにその戦士役がイルヴァではちょっと不安がある。戦力的に、ではなく落ち着いた行動が取れるかどうかで。

「明かりはどうしようか?」

 わたしが聞くとアルフレートが精霊語を唱え始めた。ヘクターとヤッキさんの方へ指を突き出すと光の結晶がキラキラと輝き飛んでいく。光はすう、と空を漂ったかと思うとヘクターの周りをくるくると周り始めた。

「ウィル・オ・ウィスプだ。男前の方が良いらしいな」

 その説明にヤッキさんが肩を落とす。

「そうなると……あたしとリジアが分かれて、フロロとイルヴァも分かれた方が良いわね」

 ローザの言葉の意味は魔術師と前衛になれる人間が重ならないように、ということだ。

「イルヴァはリジアと一緒が良いですう。最近オカマとばっか一緒でつまんないですう」

 イルヴァに腕を組まれるが眉間に筋の入ったローザに冷や汗が出た。

「俺は別にいいぜ」

 フロロがローザの肩を叩く。

「……なんで今更一緒に行動する許可を貰わなきゃなんないのよ」

 ローザの怒りも最もだが、イルヴァと行動することになったわたしの方が不安だ。ちらり、と横にいる娘を見る。

「イルヴァと一緒なら大丈夫ですよ、リジア」

「そ、そうね」

 人形のように美しい顔に覗きこまれるが困惑しかなかったりする。皆の心配そうな目がわたし達二人に集中しているのにも余計に不安が増幅した。

 そのままイルヴァと腕組みしたまま、一番左の通路に入って行く。

「じゃあくれぐれも気をつけて」

 皆に簡単な挨拶を送り、進み出した。

「ちょっと腕痛いです」

「……ごめん」

 いつの間にか緊張からイルヴァの腕を握る力が行き過ぎてしまったようだ。自分でも不安から緊張しているのが分かる。

「大丈夫ですよー、すぐに皆と合流出来ますから」

 その能天気さはどこから来るのだろう。心底羨ましい。

 そんな話しをしている間にも鉄格子の前にやって来た。イルヴァと顔を合わせると二人で地面に長方形に入った切れ目の中側に足を入れる。一瞬の間があった。遅れている組みがあるのだろう。が、直ぐに金属の軋む音が響き渡る。

『おおー』

 イルヴァと二人、天井の間へと吸い込まれていく鉄格子を見届けた。がこん、という音を最後に動きが止まる。わたし達は再び顔を合わせると通路の奥に足を踏み出した。次の瞬間、ガン!という轟音に心臓が跳ね上がる。振り向くと上がっていく時の何倍ものスピードで元の通路を塞ぐ形に戻った鉄格子があった。

「……何か感じ悪いわね」

「短期は損気ですよお?」

 イルヴァのズレた返答と頬をぷにぷにする指に、少し緊張が無くなってきてしまった。




「大分道が広くなってきたわねー」

 わたしは大きく手を広げた。皆と合流することは無かったが、気持ちも圧迫するような狭い道から解放されて首を回す。

「これでハンマーも振り回せますねー」

 イルヴァののほほんとした声にわたしは振り返る。

「……ここまで来る間にモンスター出てきたらどうするつもりだったのよ」

「……素手ですかねー」

 指を唇に当てて答えるイルヴァ。そんなポーズしても可愛くないぞ!

「帰ったらブーツ洗わなきゃ……」

 わたしは湿り気のある地面にすっかり汚されたブーツを見た。その時、隣でイルヴァがハンマーを構えるのがわかり、慌てて前方を見る。淡い光がゆっくりと近付きつつあるのがわかった。

 動きで生きている人間だとわかり、わたしは少し警戒を緩めた。やがてのそのそと歩く一人の男性がわたし達の前までやって来る。

「おや、こんなところでお嬢さん二人で何しているのかな?」

 現れた男性は呑気な声を掛けてきた。黒いハットに黒いローブ。髭が胸元まで伸びている姿は長い旅を続けているのを伺わせる。かなり迫り出したお腹は戦いには向いていなさそうだけど。

「何、って……音楽祭のテストですけど」

 わたしの怪訝な顔を見たのか男性は頭を掻いた。

「ああ……、もうそんな時期なのか。どうりで見張りがいないわけだ」

 話し振りからして男性は音楽祭参加者ではないということか。

「おじさんこそ何してるんです?こんなところで」

 わたしが聞くと男性はえへん、と胸を張る。

「私は生物学者のボン。この鉱山にいる生物を調査しにきた」

 ノリからして『ええ!あなたが!?』とでも言ってみたいが、残念ながら全く知らない人である。

「生物調査って……、こんなモンスターしかいない所で?」

「モンスターも含めて皆生き物。私にとっては全て興味惹かれる対象だよ」

 再びえへん、と胸を張るボン氏。立派なことだがそれにしてもこんな所にこなくても。ふ、と思い付いてわたしはボン氏に質問する。

「ここで『砂漠の石』って鉱物が採れるって話し、聞いたことありません?」

「この坑道が出来たきっかけだね?でも昔の話しじゃないかな。だからここは廃坑にされて封鎖されてるのさ」

 やっぱりそうなのか……。ひょっとしたら未発見のものが見付かるかも、なんて期待は持てそうに無いかな?

「じゃあ……、わたし達探している人がいるんですけど、ここまで来る間に見掛けてたりしませんか?」

 わたしは髭ぼうぼうのフッキさんの容姿を説明する。が、ボン氏は首を傾げるだけだ。

「何組か冒険者らしいのは出くわしたがねー。そんなドワーフみたいのはいなかったな」

 その答えに思わずふう、と肩を落とすわたし。ボン氏は言葉を続ける。

「代わりといっちゃなんだが、お嬢さん達に一つアドバイスできることがある」

「何です?」

 ボン氏は指をぴっ、と立てた。

「そこのお人形のようなお嬢さん、あんたは人間の女性としてかなり完璧に近い容姿だ。簡単にスケッチさせてくれないかね?そしたら教えてあげよう」

「ちょ……」

 なんだかエロ親父のような発言にわたしは慌てた。が、当のイルヴァはといえば、

「いいですよ」

と即答する。ボン氏は手を叩いて喜んだ。

「本当かね。嬉しいなあ」

 そう言いつつ背中にしょっていた鞄からスケッチブックを取り出した。年季の入ったそれは中もぎっしりと描き込まれている。ページを捲りながらわたしの方をちらりと見た。

「お嬢ちゃんは……顔はかわいいんだけどなあ。背がいかんせん低過ぎる」

 悪かったな!わたしは一気に不機嫌になる。くびれを強調するポーズを決めるイルヴァと早速筆を走らせるボン氏を横目に、わたしはイライラと足で地面を叩いた。




「さて、出来たぞい」

 ボン氏の言葉にわたしとイルヴァは顔を上げる。随分早い仕上がりだ。だがスケッチブックを覗き込むと、ラフながら立派なイラストが目に飛び込んできた。

「すごーい」

「イルヴァの可愛さがよく出てますう」

 わたし達が口々に褒めるとボン氏はえへん、と胸を張る。

「なになに、モデルがよかったからね」

 わたしとイルヴァは物珍しさからスケッチを暫く眺めていた。いいなあ、わたしも描いて貰いたい。

「さて、と、アドバイスだがね」

 ボン氏がこほん、と咳ばらいしたのを受けて、わたしは顔を向けた。

「この先にある魔法陣には近寄らないように、ということだ」

「魔法陣?」

 わたしが眉を寄せるとボン氏は頷く。

「君らが思っている以上にここはたちが悪い、ということだよ」

 わたしとイルヴァは顔を見合わせた。ボン氏はスケッチブックを鞄に仕舞うと胸元を探り、何かを取り出す。

「引き止めてしまって悪かったね。お礼にこれをあげよう」

 そう言ってわたしに何か小さな金属の欠片を手渡してきた。

「私の作ったゴブリンのブローチだ」

 見るとゴブリンの凶悪な顔をデフォルメしたような絵柄のブローチだった。思わず頬が引きつる。

「いいなー、イルヴァも欲しいです」

「じゃあお嬢さんにはコボルトのブローチを」

 ボン氏に新しく出されたブローチを手渡されてイルヴァは笑顔になるが、

「イルヴァもゴブリンがいいな……」

と呟いた。欲しいんだ……?

「じゃあ交換しましょうよ……」

 本当なら『両方やるよ』と言いたいところだが、くれた本人の前なので我慢する。

「それじゃあ気をつけて、お嬢さん方」

 ボン氏は指を二本立てて格好良く挨拶すると消えていった。

「あ……あっちって行き止まりよね?」

 わたしは鉄格子が閉まった様子を思い出し、イルヴァに言う。

「そう、ですねえ?」

 イルヴァの疑問の声にも、ボン氏はこちらへ引き返してくることはなかった。




「不思議な人でしたねえ」

 イルヴァはそう言いながらゴブリンのブローチを眺めている。その彼女の腕をわたしは引っ張った。

「あれのことだわ」

 わたし達の前方、数歩先に地面の土と同化するような色合いで描かれた魔法陣があったのだ。あえて同化するような紛らわしい染料を使っているのだろう。わたしは魔法陣のルーンを読み取ると背中に嫌な汗をかいた。

「描かれているルーンからいって、ちょっとマズいやつね」

「踏んじゃいけないって言われてたやつですかあ。どうなるんです?」

 イルヴァの問いにわたしはゆっくりと答える。

「たぶん……無作為に違う土地へ飛ばすようになっているんだと思う。テレポートのトラップってことね。海の上に移動したり高度の高い空の上に飛ばされたりしたらやばいだろうし。……それに普通に足が地面に着くような土地に飛ばされたとしても、テレポート自体があんまり体には良くないものなのよ」

 どういう仕組みで瞬間移動が出来るのか、わたしも詳しくは知らないが体への負担が大きいのでほいほいと便利には使えない代物なのだ。

「聞いといて良かったですねえ」

「本当。フロロもいないのに注意払ってなかったら見過ごしてたわ……」

 わたしは溜息をつく。ボン氏への感謝とともに「思っている以上にたちが悪い」という言葉を実感してしまった。

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