表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
71/274

ダンジョンダンジョン

「いよいよっすね」

 乱雑な字で『1』と書かれた看板が立つ廃坑の入り口を前に、ヤッキさんは誰に言うというわけでもなく呟いた。さて入ろうか、という雰囲気になったわたし達をヤッキさんが止める。

「皆さんにお願いがあります。……実は昨日までのことで僕の中ではビョールトのギターはすでに諦めているところがあるんす」

 皆、少し戸惑ったようで動きが止まった。

「……正直に言って僕はフッキさんを助けることの方が目的に変わってしまってるんす」

 同じ気持ちだったわたしは大きく頷いた。尚もヤッキさんは言葉を続ける。

「でも、まず第一に考えて欲しいのは皆さんの安全です。僕は戦う力は何も無いっす。剣を振るう力も無ければ呪歌の類いも知りません。こんな僕がこんな事を言うのはお門違いかもしれないっすが、今回一緒にここまで来てくれただけで嬉しいっす。だから皆さんには無事に帰って欲しい」

 初めて見せる真剣な面持ちにわたし達は暫し無言となってしまった。

「……じゃあ行きましょーか」

 ヤッキさんがそう締めたことで、わたしはようやく我に返る。ふと上げた目線の先にいたヘクターと目が合う。

「……行こう」

 そう言って坑道へと踏み出した。例の如くフロロが先陣をきるかと思いきや、眉を寄せたままだ。

「盛り上がったところで悪いんだけどさ、あんまり入りたくない雰囲気なんだよね」

 フロロの言葉にわたしとローザは思わず手を取り合った。フロロがこんな事言うなんて、よっぽどじゃないか。

「入り口から近くに何かいるな。何の気配だ?」

 アルフレートが耳に手を当て、フロロに尋ねる。二人共わたし達人間に比べて耳が良いのだ。フロロも両耳を坑道の奥の方へ向けて目を閉じている。

「……何か虫っぽい?わかんないや。でも相当な数いる」

 うぞぞぞぞぞぞ!わたしは鳥肌の立つ腕を摩った。やだよー、入りたくないよー。虫は嫌いなんだよー。

「あ、わたしがファイアーボール撃ち込むのはどう?こっから」

 わたしのアイデアはアルフレートに一笑に付される。

「鉱山だから地盤は固いが、いくらなんでも地滑り起こして穴が埋まるだけだろ」

「わかんないじゃない」

「もったとしても入るの嫌よ。大体熱くて入れないんじゃない?」

 ローザにまで言われてわたしはふて腐れた。ちょっと軽い冗談だったのに。

「取り敢えず入ってみようよ」

 リーダーであるヘクターが申し訳なさそうに言ったところで皆我に返る。確かにここでぐずぐずしていても仕方ない。揃って暗がりへと踏み込んで行った。

 わたしとアルフレートが呼び出した『ライト』の光が照らす中を皆で歩く。思ったより狭い道だ。腰を屈める程……というわけではないが、一番背の高いヘクターが一応真っ直ぐ歩ける程度、横幅も二人並んで歩くにはきつい。先頭からフロロ、アルフレート、イルヴァ、ローザ、わたしと続き、ヤッキさんはわたしと最後尾のヘクターの間に入ってもらった。

 岩肌や土が剥き出しの洞窟はなんだか湿っぽい。心なしかひんやりとしている空気が肌を撫でる。

「……何もいないみたいっすけど」

 ヤッキさんが呟くとフロロが足を止めた。『静かに』という合図にヤッキさんは慌てて口元を手で押さえる。次の瞬間、

 カサッ

わたしの耳にも聞こえる音があった。

「これのことか……」

 ヘクターがわたしとヤッキさんの腕を取り、引き寄せる。ヤッキさんと二人で背中に隠れた。アルフレートが光を前方に向けたことでわたしの目にも音の元凶が見え始める。

「……さ、サソリ?サソリじゃない?」

 手のひらに乗る程度の大きさのサソリが数匹、地面にうろついているのがわかった。ほんの少し「なんだ」という安堵の気持ちが芽生えた瞬間、わたしは背中まで鳥肌が立つのがわかった。道の先、見える範囲まで壁や地面がうねっている。土が動いているように見えるのは……土ではなくサソリだからだ。何十、何百、いや下手したらもっといるかも。そんな数のサソリがうぞうぞと蠢く光景に、わたしとヤッキさんはヘクターにしがみついた。

「ファットテール種のスコーピオンだ。見かけ倒しじゃなく猛毒持っているから気をつけろよ」

 アルフレートがいらないアドバイスをくれるが、どうしろっていうんだ。

「さ、サソリってこんなところに住むわけ……?」

 ローザが上擦った声をあげる。アルフレートが鼻で笑った。

「そんなわけあるか。こいつらは砂漠に住むタイプのサソリだ」

「それじゃ……」

 わたしは言葉を飲み込んだ。言いたくなかったからだ。

「そう。人為的に置かれたものだな。この先も色々用意されていると考えた方が良い。泣ける演出じゃないか」

 聞きたくなかった答えをアルフレートは淡々と言ってのける。隣りでヤッキさんが息を飲むのがわかった。

「正直、ここまでする?って感じね」

 はあ、とローザが溜息をつく。イルヴァがローザの肩を叩いた。

「イルヴァがハンマー振り回しながら進んでいくっていうのはどうです?」

「命中率低そうだから却下」

 ローザに即答され、イルヴァは口を尖らせる。

 しかしどうやって進めというのだろう。下手に手を出せば一斉に襲ってくるかもしれない。走って通り抜けるなんて不可能だろうし……。それこそファイヤーボールで一掃、というのが一番現実的な気がしてきた。

「アルフレート、何とかならないかな?」

 ヘクターが聞くとアルフレートはにやりと笑う。

「そこで震えているお嬢さんに言ってみろ。こいつは熱さより冷えに弱いぞ」

 わたしは「あ」と声を漏らすとヘクターのジャケットを掴んでいた手を緩めた。




「スモークブリザーアアアアド!!」

 大げさな身振りを交えつつ、思いきり呪文を飛ばすわたし。アルフレートからの「思いっきり」というお許しが出ての魔法なので張り切って声をあげた。ゴオオ、という台風の中心にいるかのような轟音がお腹に響いてくる。我ながら大した威力だ。細かい氷のダストを含んだ風が螺旋状に伸びていく。こちらにも冷気の風がやってくるが、ローザの張った結界のお陰で寒さを感じる程度だ。

「おおー、すげー」

 フロロがイルヴァの背中に張り付きながら感嘆の声をあげた。風が収まった後に現れたのは、別世界に来たような氷の世界。天井からは氷柱が垂れ下がり、氷のトンネルへと変わっていた。サソリは全てが氷に埋まってしまったはずだ。あんまり見たくないが一応確認のために近づく。

「……うん、オッケーよ」

 みっちり隙間なくサソリが固まった氷のオブジェをちらっと確認すると、わたしはすぐに目線を反らす。

「すごいじゃないっすかあ!」

 ヤッキさんの純粋な賛辞に、思わずわたしはニヤついた。




 死臭を撒き散らしながらよたよたと近寄ってくるグールの集団に、わたしは総毛立つ。

『いやー!!』

 わたしとヤッキさんの悲鳴が炭坑内に響き渡った。

「ちょっとは落ち着きなさいよ……」

 呆れた声を掛けてきたローザの背後でイルヴァがめこめこと生ける屍を薙ぎ倒していった。

「まだそんなていたらくなのか。もう慣れてきてもいいんじゃないか?」

 アルフレートが無茶を言うが、わたしは首を振って言い返す。

「皆と一緒にしないでよ!わたしはこんな本格的なダンジョン初めてなんだからね!」

 そう、わたしの経験したものといえば前々回の演習のクエストで、バレットさんの『おふざけ』に付き合っただけ。経験が徹底的に不足しているのだ。

「悪魔退治までした経験値はどうした」

 尚も言ってくるアルフレート。あれはエディスさんという媒体があったから奇跡的に倒せただけじゃないか。自分でも嫌になるほど理論だけはいっちょ前に出てくるんだからしょうがない、とわたしはふて腐れる。

「まあまあ、さっきはリジアのお陰で先に進めたんだし……」

「そうすっよー、リジアさん凄いっすよ!」

 ヘクターとヤッキさんの励ましにアルフレートは醒めた目つきだ。

「どうでもいいけど、敵が出てくる度に悲鳴あげないでよね。耳がおかしくなっちゃう」

 ローザが両耳を摩った。

 さっきから立て続けにグールが地面からはい出てきているのだ。もう五回程、悲鳴をあげている。ゴブリンなんかと違ってグールのようなモンスターはどうやっても目に慣れてくれない。

 まず見た目のグロさ!土気色に変色した肌に原形を留めない歪んだ顔、窪みだけが際立つ目元、人体としておかしな構造に曲がった体!そして極め付けが臭い!夏場に腐った肉の比じゃない重たーい腐臭がのしかかってくるのだ。無理!

「冒険者は大変なんすね、はあ……」

 ヤッキさんもわたしと同じくうんざりとした顔だ。まあ生き生きとしているのはイルヴァくらいだけど。




 再び歩き出してすぐ、

「うわあ、遂にこうきたか」

先頭を歩くフロロが落胆の声を上げた。

「どうした?」

 ヘクターが尋ねると振り返り先を指差す。わたしも皆の背中越しに前方を覗き見ると、道が分かれているのがわかった。二股ならまだしも四方向に枝分かれしているのだ。

「俺、道覚えるの苦手」

 フロロが意外な事を言う。てっきり得意なものかと思っていた。『何でも出来る便利屋さん』のイメージがあったというのに。

「こういうのってアレじゃない?左手を壁に着けて、ってやつ」

 ローザが言うのは『左手の法則』というやつだ。ダンジョンなどで迷った際に、左手を壁に付けて歩き続ければそのうち出られるというものだ。

「それは駄目だろ」

 アルフレートの速答にわたしも頷く。

「今回は出口……っていうか入り口がいっぱいあるような所だし、出口に行くことが目的じゃないしね」

「あ、そっか」

 ローザがわたしの説明に頷いた。

「何が駄目なんです?」

 イルヴァが首を傾げる。わたしは彼女に向き直ると「いい?」と指を立てた。

「ここでは闇雲に出口を探すっていうんじゃなくて、砂漠の石を探す目的があるわけ。……まあわたし達の場合はフッキさん探しな訳だけど。どこに行けばいいのか分からないけど、とにかく隅々まで探索して内部の構造を知らなくちゃ捜索出来ないでしょ?マップ作りでもした方が良さそうね。そんなわけで表に出るのが目的じゃなく、内部を見て回るのが目的なわけだからよ」

「……よくわからないですけど、イルヴァには向いてなさそうなのでお願いします」

 ……説明しなきゃよかった。

「マップなんていらん。私が覚えれば済む話しだ」

 アルフレートの自信満々な台詞に一瞬「おお」となるが、直ぐに不安が押し寄せる。完全に信用してはいけないのがアルフレートだ。

「……ま、一応目印付けておきましょ」

 ローザが簡単な呪文を唱えると土が剥き出しの壁に光る文字を描いていった。自分の名前をバラのイラスト付きで印すのがローザらしい。

「じゃあ何処から行くっすか?」

 ヤッキさんに聞かれ、誰も何も言わないのを確認してわたしは言った。

「とりあえず右から行ってみようか」

 細長い道を歩きつつ考える。長い道程を歩かされたあげく行き止まりだったら嫌だな、という懸念。しかしそれは直ぐに消え去った。その行き止まりが直ぐ現れたからだ。

「格子?」

 わたしは目の前に立ち塞がる鉄格子を見て呟く。通路をみっちりと塞ぐ、銀色の無機質な物体は何となく嫌な気分にさせた。フロロが鉄格子を調べ始める。左右を見て上を見て、はいつくばったり地面を叩いたりしている。

「開きそう?」

 わたしが尋ねるとフロロはすっ、と立ち上がった。

「んー……、隣行こうか」

 その言葉にわたし達は顔を見合わせる。『開かない』と言っているのと同じではないか。

「イルヴァがぶち壊しましょうか?」

 イルヴァの物騒な申し出にフロロは首を振った。

「やめときなよ。下手に手出すと厄介そうだから」

 どうなるのだろう。いきなり爆発したり……とかはないと思いたいけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ