音楽祭、始まる
教会前に来ると巨大な壇上が目に入って来た。それを取り囲むように人が集まっている。上に掲げられた弾幕には『ビョールト杯』の文字。
「あ、ここじゃない?」
わたしは壇上を指差した。もしかしてここに上がらされるのか?……ちょっと嫌だな。そんな風に思ってしまう。
とりあえず話を聞こうと、そちらに向かおうとしたところで男の人にチラシを渡された。
「オッズと予想はこちらだよ」
男はその言葉を連呼しながら腕に抱えた大量のチラシを通る人間にばらまいている。わたしは貰ったチラシに目を落とすと眉をひそめた。『ビョールト杯エントリー者』とある。ヤッキさんの名前に初参加に文字。内容にざっと目を通した感じだと、どうやらこのイベントが賭けの対象になっているようだ。殆ど合格者が出ないイベントで賭けの意味があるのかどうか疑問だが、気になるヤッキさんのところを読む。
『初参加の実力が読めないグループ。代表者であるヤッキ・ホフマンは若手ながらも実力のある演奏家として頭角を現してきている楽しみな人物。問題は第一テストになりそうだ。協力者はいずれも若いこれからの冒険者パーティ』
とある。まあこんなものかな。わたし達の評価はこれでしょうがないとしても、ヤッキさんって意外と腕の良い演奏家なんだ。今回は残念ながら『何かあると危ないので』と楽器は置いてきてしまったけど、一回ぐらい聞かせてもらえば良かった。
アルフレートが言っていた通り、全部で8組参加するらしく名前が並んでいる。フッキさんのところが太線で消してあり、アントンの名前が代表者として書かれていた。
『もはや常連となったフッキ・ベントル氏。今回こそは第一テスト通過なるか!?』
……って、これ内容はフッキさんのままじゃない。こういう所を見るに公式のものでは無いのだろう。だったら尚更掛け金の行方が心配だ。
「おい、行くぞ」
アルフレートに言われてわたしはチラシから顔を上げる。気が付くと参加者らしき冒険者達がすでに壇上に並んでいるではないか。わたしは慌てて駆け出した。
「参加者は急いで集まってくださーい。まもなくスタートになりまーす」
声を張り上げている女性は係員なのだろうか。どこか見覚えある顔だ。わたし達が女性の前に行くとヤッキさんの胸元に着いたバッジを見る。
「お名前は?」
「ヤッキです!」
「ヤッキ・ホフマンさんね?お仲間がにーしー六人、と。はい、じゃあ壇上にお上がりくださーい」
手で指し示されたアーケードを潜り、壇上の裏手に回ると舞台に上がる階段があった。ぞろぞろと壇上へ上がるわたし達。参加は8組といえど、各グループ6、7人はいるのだ。なんだか狭苦しい。わたしは居場所が定まらずよろよろとはじへ寄った。すると、
「あーら、ごめんなさい」
どん、と誰かにぶつかり危うく壇上の下へ転げ落ちそうになった。ヘクターが腕を掴んでくれたので何とか踏ん張る。
「で、出たわね……」
わたしは声の主を睨みつけた。腕を組み、わたしを見て微笑むセリス。なんだか昨日より生き生きとした顔なのは気のせいか。
「もー、何やってんのよ!」
サラがセリスの頭を軽く叩いた。わたしにごめん、というポーズを取る。なんだか彼女達本来の姿を見るようではある。気付かれないぐらいちらり、とアントンを見た。真っ直ぐ前を見ていてこちらに興味も無いような顔をしている。
「やな感じ!」
わたしは思わず鼻息荒くなってしまった。
暫くすると突如、教会の鐘の音が響き渡った。それに合わせるように観衆が沸き立つ。
「お、始まるか?」
フロロの呟きを肯定するように先程の係員の眼鏡の女性が壇上へとやって来た。その姿に思い出す。昨日の夜、早口に注意してきた管理組合委員の女!昨日のツンケンした態度とは変わって、観衆に笑顔を振りまいている。
『お待ーたせいたしましたあー!』
異様な程大きな声にわたしは肩がびくりとなる。
「な、何コレ?」
ローザが聞くとアルフレートが鼻をならす。
「単なる『ウインドボイス』だ。風に音を乗せる精霊魔法だよ」
「変な悪戯考えないでよ?アルフレート」
わたしが言うと何も言わずに首をすくめた。否定しないってことは考えていたんだな。
わたし達がこんな会話をしている内に係員の話しは『ビョールト杯』の説明に入っていた。
『ビョールトが生涯手放そうとしなかった一本のギター。それを賭けてこちらに集まりました皆様には争って頂きます!さあ、まずはそのビョールト最愛のギターをご覧ください!』
その言葉に再び沸き上がる歓声。進行をしていた女性と同じ青色の制服姿の男性が二人、何か布が掛かけられた物を台車に乗せて運んできた。壇上中央までくると布を引き揚げ、そこに一本のギターが姿を現す。
「お、おお……」
ヤッキさんが声を漏らし首を突き出しているが、わたしにはその、古そうだな、ということしかわからない。飴色に輝く姿はわたしが見掛けたことのあるギターよりも重厚感はあるものの、至ってシンプルな形、装飾だ。
『さあ、こちらのギターを賭けて皆さんにやっていただくことがあちら!恒例になりましたタージオ山の散策です!』
進行の女性がびし!と町の北東を指差した。山としての大きさは大したことはない。しかしここから見るだけでもいびつな形に歪んで、まばらに木が覆い茂る様子は明らかに人の手が入っていないことがわかる。どこか不気味に見えるのはわたしの予備知識が余計な色をつけているからだろうか。
『あちらのタージオ山は元は鉱山として開発されていた経緯があります。今は閉山され廃坑となってしまいましたが、過去の鉱夫達が掘り進めた穴が残ったままとなっているのです!そこに入って持ち帰って頂くのが『砂漠の石』と呼ばれる幻の宝石です!』
「本当に幻なんだがな」
アルフレートがぽつりと呟いた。
『あらかじめ中には砂漠の石が私どもの手で、最深部に設置してあります!』
アルフレートの声が聞こえたわけではないだろうが、女性の台詞にわたしは眉根を寄せる。
「……本当に無いんすかね、砂漠の石」
ヤッキさんが言うが誰も答えられなかった。わたしはアルフレートの腕を突く。
「思ったんだけど……、三年前に吟遊詩人が持ち帰った砂漠の石は?それを設置してたりするかもよ?」
わたしが小声で尋ねるもアルフレートは黙って壇上の中央にいる進行の女性を指差した。
『探索に行く皆様に実際にお見せいたしましょう!こちらが砂漠の石です!』
再び現れた制服姿の男性が今度はガラスケースを抱えてやってくる。用意した白い机の上にそれを置くと、どうだ、といわんばかりに手を広げた。ガラスケースの中で煌めくのは砂色というよりは綺麗な黄色。子供の握りこぶし程のものが太陽の光が当たる角度に関係なく発光しているではないか。
「あれがそうなの?」
わたしはガラスケースに目を奪われながら擦れた声を出す。
「そう、普段は見物料を取って展示している『砂漠の石』だ。中に設置されていることはない。そもそも奴らには廃坑に入る気はないよ」
アルフレートの言葉にわたし達は全員呆れ顔になっていたに違いない。
「なんかとことん……、どうしょもないわね」
ローザのぼやきが歓声に紛れていった。唯一残されていたはずの砂漠の石は今ここにあることになる。わたし達は何を探しに行くのかしらね。
『えー、ここで町を代表しまして我々管理組合からヨーゼフ・バルテルより挨拶をいただきます』
はっと顔を上げたわたしの目に、あの偉そうな男の姿が映る。たっぷり時間を掛けて中央に立った男は満面の笑みで拍手に応えた。
『ご紹介いただいたヨーゼフ・バルテルでございます。どうも、どうも。……えー今回でめでたく10回目の開催になりますビョールト杯でごさいますが、初の開催の経緯に戻らせていただき説明をば……』
「長そ……」
セリスが大きく欠伸する。わたしも欠伸をかみ殺す。なんでオヤジの話はこうも長いのだろう。舞台の上から観衆の顔を眺めていたが、始めは真面目な顔をしていた者も次第に飽きた顔に変わる。だって自分達管理組合がいかに苦労してきたか、の話ばっかりなんだもの。
『……と、ここまでで短い挨拶ではありますが、締めさせていただきたいと思います』
彼の話がいかにつまらないものであったか、は拍手のまばらさに現れていた。が、いたって満足そうな顔でヨーゼフは舞台から降りようとする。階段に足を掛ける寸前、ちらりとこちらを見た気がした。
いや、正しくは隣、セリス達……だったような。こちらのもやもやとする気持ちを壊されるように、中央に立つのが再び眼鏡の女に代わり、大声を響かせる。
『さあ、今からエントリー者の方々にはタージオ山の方へ移動して頂きます。町の出口ではくじを引いて頂き、その番号の入り口から各グループ出発することになっています。よろしいですか!?』
『おおう!』
周りのグループからあがった勇ましい返事にわたし達は少々押されてしまう。今まであまり気にしていなかったが、随分とベテランの冒険者が多いようだ。年齢もだいぶ上だし立ち姿にも貫禄がある。そしてみんな目付きが真剣だ。そりゃ他の人たちは砂漠の石が無いかもなんて知らないだろうし。わたしといえばどちらかと言うとフッキさんを探す方が重要になってきていたりする。皆も多分同じなのだろう。周りの冒険者から感じる高揚感よりもわたし達には緊張感が漂っていた。
タージオ山付近に移動することになり、壇上を降りてぞろぞろと町の通りを揃って歩く。通りには町の人達が路肩に避けてこちらを見守っていた。
「なんか見せ物っぽくて恥ずかしいな」
フロロがヘクターの肩の上で顔をしかめている。
「イルヴァは気分良いですよ」
「そりゃああんたはね」
イルヴァはローザの返事に不満なのか首を傾げた。
町の北口に着いた所で再び進行の女性が前に出てくる。
「さ、順番にくじを引いてくださーい」
カラフルな箱の頭から数本のガラス棒が覗いている物をわたし達とは反対側のグループに手渡す。代表者と思われる人が順に棒を引き抜くと隣りのグループに渡していった。
アントン達の番になる。アントンは二本残った棒の片方を抜くと女性に、
「5番だ」
と伝えた。
「はい!ということは残りは……」
女性がヤッキさんに箱を向ける。ヤッキさんが残った一本を引き抜き頭上に掲げた。
「……1番っす!やった!」
単に坑道の入り口の番号なのだが、なぜか喜ぶヤッキさん。
「5番と1番じゃ遠かったりするのかな」
サラがわたしに小声で聞いてきた。
「全部繋がってるんだから、中で会えたりするかもね」
わたしが答えるとサラは笑顔になる。わたしとしてはあんまり会いたくないような気もする。彼女に、ではなくお仲間にだ。本当になんでサラがアントンなんかと同じパーティなんだろう。はあ、とわたしは溜息を隠せなかった。