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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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夜を駆ける

「アントンさんの名前で参加することにしたんです」

「へえ~……」

 わたしはヴェラの言葉に気の抜けた返事をした。別に興味が無いわけではないが、一日中歩き回ったせいか疲れてしまったのだ。あの後、一応町中をうろついてフッキさんを探してみたものの、やっぱり彼の姿を見つけることは出来なかった。

「で、なんであんた此処にいるの?」

 ローザが冷たく問いかけるとヴェラはぎくりと肩を震わせた。昨日と同じ宿屋に戻ったところで何故かプラチナブロンドの美人シーフ、ヴェラがわたし達の部屋を訪ねてきたのだ。……もう『おっちょこちょいシーフ』に称号を変えるべきかもしれないが。

「どうせ皆に責められるのが怖くて逃げてきたんだろ?」

 フロロがベッドの上で転がりながら溜息をつく。彼女の不甲斐なさに一日つき合わされたフロロの顔も、疲労の色が濃い。

「別にいいですけど、寝る時には帰ってくださいね?ベッド余分に無いんですから」

 イルヴァが言うとヴェラはさめざめと泣き出した。

「ここの人達も冷たい……」

『じゃあ帰れよ』

 ヘクターとヤッキさん以外のメンバーの声が重なる。

「参加することに決めたんだったら、やっぱりライバルになるわけでしょ?だったらこっちに来るのはおかしいじゃない」

 ローザの言葉にフロロが頷いた。わたしはまあ、どうでもいいけど。

「いたけりゃいて良いが、一つ聞いてみたい。あの緑頭の剣士くんはなんであそこまでうちのリーダーに絡むんだね?」

 アルフレートはすぐ横にいるヘクターを指差し尋ねる。ヘクターは「はあ」と溜息をつくと窓の外へ目を向けてしまった。皆が見つめる中、ヴェラは半分口を開けたまま固まる。しばらく沈黙が続いた。

「……知らないなら知らないって言えよ」

 フロロが言うとすぐにヴェラは頭を下げた。

「すいません、知らないです。……元々私だけ、そんなに仲良くないんですよ……。あのグループにシーフだけ足らない所に入れてもらっただけなんで……」

「あんた友達いねえもんな」

 容赦ないフロロの突っ込みにローザが「うわあ……」と声を漏らした。

「あ!でもデイビスさんがアントンさんに注意してる時に言ってた言葉を覚えてますよ。『いつまでもぐちぐちと……」

「やめてくれ」

 ヴェラがヘクターの言葉に動きを止める。ヴェラだけじゃない。メンバー全員が固まってしまった。

「す、すいません……」

 ヴェラが半泣き顔で謝罪するが、ヘクターは無言で立ち上がり部屋を出て行ってしまう。ばたん、という扉が締まる音に、わたしは弾かれたように起き上がった。追いかけようと一歩踏み出したところで、足に絡み付くものに動きを止められ、床に転げる。

「ご、ごめんなざい~!ゆるしで~え!」

 わーわー泣くヴェラがわたしの足を掴んでいた。

「わーかったから!放してよ!」

 泣きたいのはこっちだ!わたしはヴェラに怒鳴りつけた。

「いいから放しなさい!あんた友達出来ないの、その空気読めなさすぎるところからよ!」

 ローザがヴェラの背後から羽交い締めにすることでようやくわたしの体は自由になった。再び起き上がると扉に飛び付く。転げるように外に飛び出すが、廊下にはすでに彼の姿は無かった。




 宿を出た所で鉢合わせした人物は、わたしが今一番会いたくない人だった。

「おい」

 ぶっきらぼうに声を掛けてきたのは細身のカタナを携えた男、アントン。

「丁度いいや、ヴェラが来てなかったか?」

「……二階の部屋にいるわよ」

 そう答えるとわたしはそのまま横を通り過ぎようとした。が、アントンに腕を掴まれ体が硬直する。そんなに力を入れているようには感じないのに、ひどく腕が痛い。

「あんたに一つ忠告しといてやるよ」

 刺すような目つきでわたしの顔を覗き込んでくる。わたしは言葉が出て来なかった。

「あいつを追いかけるの、もう止めときな。あんた絶対傷つくことになる」

「な、……なによそれ」

 わたしの擦れた声にアントンはにい、と口角を上げる。

「あいつが偽善者だからだ」

 そう言う彼の瞳の奥にあるものを見た時、わたしは思わずアントンの手を振り払い、駆け出した。

 夜の町、立ち並ぶ店からは光が漏れ通りを照らしている。前夜祭というものなのか、人もまだまだ夜を楽しむ雰囲気に溢れてた。誰かの弾き語りが耳に流れる。笑い声が聞こえる。ランタンが燃えている。風が吹く。山の泣き声が聞こえる。

 怖い、怖い、怖い、怖い。

 わたしはただそれだけしか頭に浮かばなかった。足がふわふわとしてしっかり踏み込めない。今どっちの足を出しているのか、それすら曖昧だ。どうしてそこまで憎むのだろう。どうしてそこまで人を嫌いになれるのだろう。わたしはただ、アントンが怖かった。嫌い、苦手、いけ好かない。そんなものを吹き飛ばす程の冷たい瞳。逃げなきゃ。彼から逃げなきゃいけない。追って来ていないことなど分かっているのに、何故そう思うのだろう。ただ少しでも離れておかなくちゃいけない。……逃げるのはアントンからなんだろうか。それとも追うだけだったあの人からではないだろうか。

 気が付いた時、わたしは中央広場に立っていた。

息があがっているということは立ち止まってから時間が経っていないということだ。なのに随分と長くぼんやりしていたような感覚だった。ふらふらと噴水脇まで行くと淵に腰を下ろす。顔を上げると色紙を貼付けたランタンがいくつも浮かんでいた。綺麗だ。ぼんやりと浮かび上がる名も知れぬ神の教会も、町の明かりも美しい。でも、何だか全てどうでもよかった。

 男の子って怖いんだな。

 そう思った時、わたしは全て投げ出したい気分になってしまっていた。同い年のはずなのに、何だかとても怖い。未知の生き物のようだった。わたしは今まで、周りにいる男の人といえばお父さんに教官、アルフレートにフロロ、クラスメイトの男子が少々、そのくらいしかいなかったもの。ヘクターと知り合って、彼は優しくて、体も大きくて、手も大きくて温かかった。でもきっと、それは一部分でしかなかった。もっと知りたい。そんな気持ちより、もう傷つきたくない。その気持ちの方が大きくなってしまった。アントンにも、あっちのメンバーにももう会いたくない。……もう帰りたい。

 途中で投げ出したい気持ちに初めて襲われた。でも、投げ出すということにも勇気はいるんだな、とも。




 どのくらいぼんやりとしていたのだろう。ぽつぽつと町の明かりが消え始めてきた。

「リジア!」

 呼び声にわたしは顔を上げる。息をあげたヘクターがこちらを見ていた。わたしの顔を見るとほっとしたように近づいてくる。

「よかった……」

 彼の言葉の意味をわたしは暫し考える。探しに来てくれたのだろうか。なんだかあべこべだ。

「顔……どうしたの?」

 わたしはヘクターの赤くなった頬を見てびっくりしてしまった。

「いや、ローザに、ちょっと……。『なんでリジアがいないんだ』って怒られた」

 珍しくもそもそと喋るヘクターにわたしは苦笑する。きっと一度部屋に戻ったんだろう。ヘクターを探しに出ていったはずのわたしがいないんで驚いたのはわかるが、何もひっぱたくことはないのに。それよりもわたしは彼が一度部屋に戻ったということに安心していた。少なくとも彼の中では気持ちの整理がついたということだから。その時だった。

「こんな時間に何なさってるんです?」

 厳しい叱責の声にわたしもヘクターもびくりとする。青い法衣服が夜風に揺れている。ヘクターとは反対方向から現れたのはあの管理組合委員の制服を着た三人組だった。しかしヨーゼフはいない。三人ともまだ若い男女だ。

「あの、えっと……」

 言い淀むわたしを真ん中に立つ眼鏡の女が睨む。

「あなた方、冒険者でしょう?ということは明日の祭に参加するのでは?こんな所で遊んで無いで、さっさと寝たらどうです?」

 一つも返答出来ない内に再び睨まれ、三人組は去っていく。あまりの口の速さに呆気にとられるだけだったわたしの耳に、

「ったく、只でさえピリピリした日だっつうのに」

 吐き捨てるようなそんな言葉が聞こえた。わたしはそう言った女、それに続く二人の男の後ろ姿をじっと見る。何かがあって彼らを緊迫させたのだ。何かがあって……。

 何かが浮かびそうになる頭を振って、追いかけたくなる気持ちを押さえる。

 三人組の足音も消え去り、どこからか聞こえるアコーディオンの音の断片だけが耳に響いていた。

「帰ろう」

 ヘクターに言われてわたしはゆっくり立ち上がる。さっきまでの反動か足がひどく重たい。

 前を歩くヘクターの背中を眺めながら、わたしは無性に腹立たしくなってしまった。彼は何も言わない。わたしが何も聞かないからだ。だから当たり前のこの沈黙にわたしはイライラする頭をふり払った。でも何か言って欲しい。部屋を出た理由を言いたくないのなら、代わりにごまかしの言葉が欲しいのだ。言い訳を重ねるようにでもいいからわたしの機嫌を取って欲しい。

 何度も懇願すれば無理やりにでも何か聞き出せたのかもしれない。でも彼に嫌われるのも怖かった。だからヘクターが自分から話すのをただ待つだけなのだ。

 なんて勝手なんだろう。わたしは自分に嫌気が差して涙が目に滲んだ。




 無言のまま宿に帰ると入り口にヤッキさんが待っていた。

「よかったっす……。入れ違いになったみたいで心配しったすよお。よかった……」

 何故か涙を拭うヤッキさんの肩をわたしは叩いた。

「やめてよー、わたしだってソーサラーなんだから一人で町歩くぐらい大丈夫だって」

「だって、こんな夜遅くに……、女の子一人で……、ぼ、僕が若い君らにこんなこと頼んだばっかりに」

 ぐじぐじと泣くヤッキさん。たぶんわたし達の混乱に動揺してしまったのかもしれない。わたしが「ヤッキさん」と呼びかけると顔を上げた。

「明日、絶対にギター持って帰りましょう。フッキさんも絶対助けます!」

 わたしが顔を真っ直ぐ見ながら言うと、一瞬の沈黙の後、ヤッキさんはぶんぶんと首を縦に振る。

「そうっすね、絶対、諦めません!」

 わたしがヘクターの顔を見ると彼も微笑んでいた。

 正直、わたしはすっきりとはいかなかったけど気持ちが落ち着いてくるのを感じた。ヤッキさんのお陰だと思う。代わりにふつふつと沸き上がるのがやっぱりアントンへの怒りだった。サラ達には悪いけど、絶対に負けたくない!本当にゴールがあるのか怪しい明日のテストではあるけど、やれることはやってやる。わたしはひっそり拳を掲げるのだった。




 翌朝、宿の部屋の中で支度を進めるメンバーにわたしは声をかける。

「円陣組むわよ」

「はあ?」という顔が何人かいるが気にしない。隣りにいたローザと喜んで駆けてきたイルヴァの肩を掴む。渋々、といった感じのアルフレートが入るとフロロがヘクターの肩に飛び乗った。フッキさんがにこにことしながら声を張り上げる。

「絶対、テスト合格しましょう!」

『おう!』

 気合いを入れると皆の顔を見回した。おし、良い顔してるじゃないか。

 わたしは背中の短剣を確認すると鞄から昨日貰ったアミュレットを取り出し、首にかける。

「あら、素敵」

 ローザがちらりと見て言った言葉にわたしは頷いた。

「まだ石が入ってないから、砂漠の石が見つかったら魔法陣組み込んではめ込もうかな」

「おい、勝手に決めるなよ」

 アルフレートが文句を言いながらも笑っている。

「早く行こー」

 フロロの言葉に全員がわたわたと部屋を出た。廊下にいた清掃のおばさんが箒を動かす手を止めて手を振ってくれる。

「がんばってきなさいね」

 わたし達はそれに答えると、日差しが降り注ぐ宿の外へ飛び出した。




「流石に人の数が違ーう!」

 人の波に揉まれながらローザが叫んだ。バンダレンの中央広場に向かう通り道は、昨日までとは比べ物にならない人の数だった。その上あちこちに弾き語りをする吟遊詩人がいるので、その度に道幅が取られてしまっているのだ。響く歌声、ギター、ハープ、リュート、管楽器の音も聞こえる。揺らめく旗を見上げながら足を進めていた時、わたしの手を取り握りしめる感覚に思わず隣りを見た。

「はぐれそうだね」

 ヘクターが苦笑しながらわたしの手を引いた。確かに人混みからきちんと頭が出ている彼と違って、わたしは完全に埋もれている。

「ごめんね、小さくて」

 わたしは頬を膨らました。本当は恥ずかしさに身悶えそうなのだが、何とか誤魔化す。

「お邪魔して悪いんだけどさ、俺も限界……」

 フロロがヘクターの肩に飛び乗ってきた。背の低い彼にはこの人の波はキツいに違いない。

 中央広場まで出るとようやく隙間の空いた開放感に安堵の息を漏らす。前を歩いていたローザがこちらに振り返ると呆れたように溜息をついた。

「引率の先生みたいになってるわよ」

 肩にフロロ、更にわたしの手を引くヘクターを見て、イルヴァが羨まし気に指をくわえる。

「イルヴァも手、繋ぎたいですー」

 イルヴァから手を差し出されたアルフレートが黙ってその手をパチン、と叩いた。

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