聞き込み
「どうせ町の連中は口閉ざしたまんまだったんだろ?」
「そうなんですよ。うちのシーフが『箝口令が敷かれてる』とか『テスト期間以外に廃坑に入ったら禁固刑』とか話してて。……随分厳しいですよね」
わたしは勧められた椅子に座りつつ言ってみた。おじさんはうんうんと聞きつつパイプを口にくわえる。
「この町はな、移住者が多いんだ。自由な町に憧れて遠くから移ってくる奴が多いんだな。それだけ聞くと良いように感じるかもしれないが、実際は元々住んでる『地元民』と『余所者』、はっきりグループが別れちまってるのさ」
おじさんはそう言うとわたしに遠慮してか顔を背けながら煙をふー、と吐き出す。
「祭の主催なんかを担ってるのは全部『地元民』だ。金出してるのはこっちも同じだっていうのに口出し許さねえ雰囲気作っちまってて、感じ悪いんだこれが。……まあ祭りの最中は売り上げも上がるし、それは別にいいんだけどよ」
「あ、管理組合委員ってやつですね?面倒くさそうな人達でした」
わたしが聞くとおじさんは大きく頷く。そして嫌そうに顔をしかめた。
「見かけたかい?尊大な態度の連中だったろう。ありゃー真っ白な人間じゃないぜ。裏のある人間の集まりだ」
随分辛辣な言葉だ。それだけで彼らの普段からの態度が窺える。
「今の町長なんて陰の薄いこと薄いこと。実際町を仕切ってるのがあの『管理組合』になっちまってる」
「それだけ祭りの意味合いが大きいってことですよね」
わたしの言葉におじさんは大きく頷く。
「どうして音楽祭が始まったか知ってるか?」
ヘクターが聞くとおじさんはパイプを口元に運ぶ動きを止めた。
「……なんだ、あんたらが知りたいのはそっちか。なら尚更話しは早い」
そう言うと再びにやっ、と笑うのだった。
「てっきり廃坑の内部が知りたいんだと思ったぜ。それを聞きにくる冒険者は多いからな」
おじさんは髭を触りつつ「でもまあ」と続ける。
「そっちは聞かれても、正直知らないんだよな。祭りの参加者だけじゃなく、普段から廃坑は立ち入り禁止だ。毎年の参加者の話し聞く限りじゃ結構荒れてて、帰ってくるのも大変みたいだな」
「モンスターがいるの?」
わたしが聞くとおじさんは頷く。
「しょうがない事だろうねえ。荒らすだけ荒らして管理もしてない状況じゃ、そりゃモンスターも住み着くわ、って話しだよ。それを定期的に駆除してもらう意味もあるんだろうな。ま、お嬢ちゃんは大丈夫。ここに立派なナイトがいるじゃないの」
そう言うとヘクターの肩を叩いた。思わずわたしは顔の頬が熱くなる。
「それよりさっきの話しの続きを」
ヘクターが静かに軌道修正する。おじさんはつまらなそうに舌打ちした。
「少しは楽しませろよ……。まあいいや、それで音楽祭の始まりだったよな」
おじさんはすっ、と目を瞑った。
「10年前だ。俺がこの町でまだ店を構える前、露店業で食い繋いでた頃だな。毎日のように夜になると不気味な唸り声、っていうのかな、そんなものが聞こえるようになったんだ。原因はすぐに分かった。タージオ山の廃坑だ。穴ぼこだらけになっちまったせいで風が吹くとそんな音が聞こえるんだよ。それまでそんな事はなかった、って話しだったがきっと気象が変わったのか、今までは気付かなかったかどっちかだろうな。それしか考えられねえだろう?
俺みたいな移住者はそんな感じで割と冷静な目で見ていた。ただ、地元民の奴らの怯えようは異常だったよ。教会にやたら人が詰めかけるし、民家は呪い返しっていうのか?そういう類いのお札で埋め尽くされて、そっちの方がよっぽど気味悪いしよ。
タイミング悪いことに当時の町長が死んだ。『呪いだ』とか騒ぐ奴らが余計増えて軽くパニックになってたな。移住者の間じゃ鼻で笑ってる奴らが多かったけどよ。だってすごいよぼよぼのじいさんだったんだぜ?
それからすぐだよ。町長が管理してた、ってギターをひっぱり出してきて音楽祭が始まる。歴史も無いのにいきなりそんな祭り始めて、人なんか来るのかよ、って言ってたら結構賑わうんでびっくりしたな。音楽の都に住んでるのにそっち方面は疎いんで悪いんだが、有名な職人なんだってな。……そうそう、ビョールトっていうんだっけ。
二、三度遠巻きに祭りを見てて気付いちまったんだが、必ずギター争奪の為に廃坑に行った奴らは、3分の1は減ってるんだよな。当たり前だけどそんだけ危険な場所に行かせてるんだ。それで疑問に思ったんだ。『人数をふるい落とす為とはいえ、そんな危険を冒させて良いもんなのか?』ってね。売りもんにしてるのがギターなんて楽器だろ?当然参加者は音楽家が多いわけだ。最近じゃ冒険者護衛に連れてくる奴らの方が多くなったが、それでも命落とす奴はいる。始めは『それだけ祭りを引っ張りたいんだろうな』と考えてたさ。こんだけ集客望めるようなお宝、他にないだろうしな。でも最近思い始めてきたんだ。
『廃坑に行って命落とす奴がいる。それこそが目的なんじゃないか』
ってな」
「生け贄って奴ね」
ざわつく気持ちを押さえ、わたしはなるだけ冷静に口にした。
「だってそう思わないか?参加者はギターに目眩んで冷静になれない奴ばっかりだ。音楽祭には矛盾が多すぎるんだよ。俺は関係ない振りしてどうにか遠巻きに見ることに徹してるがね。正直早く無くなっちまえって思うよ」
おじさんはふー、と溜息なのか煙を吐き出した。
「その不気味な唸り声って何なのかしら。……あと前の町長が死んだっていうのも本当に呪いだったりするのかな」
「おいおい、お嬢ちゃん、おっかねえな。どうしてそんな風に考えるんだ?」
「実は……」
ヘクターがおじさんにフッキさんのことを説明する。『裁きの日がくる』という言葉と、いなくなってしまったということを言うとおじさんは目を丸くした。
「ありゃりゃ、そんなことになってんのかよ。俺の考えだけど間違いないな。そいつ、運営に捕まってると思うぜ?」
「やっぱり?何かダメなところに踏み込んで行ってしまったんだと思うんだけど」
わたしは唇を噛み締めた。
「何か堪えきれなくなる事があって暴言でも吐いたかな?いいかい、あんたらに俺から助言できるのは『祭りの主催者共に気をつけろ』ってことだ。大方の町の奴らは祭りを楽しんでるだけ、もしくは善かれと思ってるだけだ。実情を知っているのは中心で音頭取ってる奴らだけなんだ。捜索を続けるにしても、なるべく隠れて行動した方がいい」
おじさんの言葉にわたしもヘクターも頬を引き締め、頷くしかなかった。
「あ、もし捕まっているとしたら何処に連れてかれるんだ?」
ヘクターの問いにおじさんは何とも答え難そうな顔になる。
「普通だったら犯罪人は北にある留置所に行って、刑が決まったら本格的に牢獄だろうけどね。……ただ、凶悪犯の扱いには一つ噂がある」
「何?」
わたしは身を乗り出した。
「……廃坑に連れて行ってるんじゃないか、って話しがあるんだよ。あそこは何の準備も無しに入り込んだら、それこそお終いだろうから」
何度もお礼を言った後、わたしとヘクターは店を出た。もちろん、何事も無かったような顔をしつつ。
「……どうしよう、北にある留置所に行ってみる?」
北ブロックにいるはずのローザとイルヴァを思い出し、わたしが小声で言うとヘクターは首を振る。
「行動起こすのは一度他のみんなに話してからにしよう。それよりアルフレートとヤッキさんは大丈夫かな……。大丈夫か」
主催側に近づくというさっきの話しだと一番危険を冒しているのはその二人だ。が、アルフレートがいるというだけでヘマは犯しそうにない。そう思ったのだろう。わたしも同感だ。
「でも話し聞いちゃうと余計に動き辛くなっちゃったわね……。他の皆は大丈夫かな?」
わたし達が武器屋のおじさんを訪ねたのは本当に幸運だったのだろう。もし主催側の人間にフッキさんを探しているだとか、音楽祭の裏側を探っているような言葉をにおわせたら。
「大丈夫、信じよう」
ヘクターの笑顔にわたしは頷いた。わたしを安心させようとしてくれる、そんな彼をわたしは信じればいいんだ。
「ちょっと早いけど店に行こうか」
続くヘクターの意見にわたしはちょっぴり肩を落とす。もうちょっと歩き回りたい気もするが、遊びに来てるわけじゃないし、しょうがないか。
「……中央広場の方通って行こうか。そしたら誰かしら会うかもしれないし」
待ち合わせの山賊料理屋はバスターミナル側、東ブロックだ。直線で行けばもっと早いが、遠回りの申し出にわたしは「うん!」と答える。わたしに尻尾があれば千切れんばかりに振っていたに違いない。
広場まで戻って来ると食べ物の匂いが漂ってきた。
「うわあ、もう出店は出てるんだね」
わたしは立ち並ぶ出店を指差した。何となく二人とも足が止まる。
「……買っていこうか?」
一軒の店を指してヘクターがわたしの顔を見る。甘い匂いにすでにやられていたわたしは大きく頷いた。細かく砕いた氷の上に果物とシロップを掛けたそれを二つ注文する。
「お兄さん達、明日は参加するの?」
鉢巻き姿の勇ましいお姉さんに聞かれ、ヘクターが「はい」と答えると、
「そう、がんばってね」
とサクランボを追加してくれた。
広場の噴水に座り、氷を食べているうちに『アントンとかに見られたらうるさそうだ』と考えたりする。ここぞとばかりにいちゃもん付けてくるに違いない。まあいいよね、こっちは協力してる立場なんだし!と開き直り、がばっと口を開けた時、ヘクターの手が止まっているのに気が付いた。
「どうしたの?食べないの?」
「あー、いや、『がんばってね』で思い出した……」
ぽつり、と呟くと氷の入ったカップを脇に置く。ジャケットの内ポケットを何やら探っているようだ。なんだなんだ、と見守っていたわたしの顔の前に、何かが突き出された。
「あ、これって……」
銀のチェーンに大きな楕円型のペンダントトップが付いたそれは、魔術師が着けるアミュレットだ。ペンダントトップは護符の力がある石を埋め込む窪みがいくつもあって、魔術師は自分で精製した石をはめ込んで使う。このアミュレットがどれぐらい強力な物かがその魔術師の力を計る一つの指標になったりするのだが、このアミュレット自体が中々お高かったりするので見習いには手が出なかったりするのだ。
「え、え、え、え?何これ、なんで持ってるの?」
わたしは上手く働かない頭をどうにか正常に保ちつつ聞いてみる。
「昨日のマジックショップで買ったんだ。リジアが二階に行ってる時」
わたしは昨日、ヘクターに付き合ってもらって入ったマジックショップを思い出す。とんがり帽子の店員がいた店だ。支給品があるので手続きに行ったんだっけ。
「え、えー!なんで!なんで!なんで!どうして!?」
思わず叫んでしまうわたし。『高いのに』だとか『なんでコレを知ってるの』だとか聞きたいことは山程あるが、上手く言葉が出て来ない。
「……そんなあんまり聞かないでよ……」
わたしにアミュレットを差し出しつつ、ヘクターは片手で顔を押さえてうずくまってしまった。ぼーっとする頭で手を出すとかちゃり、と手の中にアミュレットが落とされる。……これ、貰っていいんだよね?
「ありがとう……」
わたしがそう呟いた時だった。
「あー!ずるいですう!」
聞き覚えのある声に二人ともびくん!と体が跳ねる。
「イルヴァも食べたいですう、アイスー!」
バタバタと駆けてくる足音。イルヴァはヘクターのほとんど手の付いていない氷を指差した。
「これ、食べないんですか?」
「あ、いいよ、食べて」
ヘクターが言うなりかき込むイルヴァ。その後ろから彼女と二人行動していたローザが顔を出す。
「なんで冷たい物食べて、そんなに顔が赤いのよ、二人共」
ローザがわたし達を見て呆れたように聞いてきた質問に、わたしもヘクターも無意味に首を振るしかなかった。