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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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協力

 コンコン、と遠慮がちに響いたノックの音にヘクターが扉を開ける。

「悪いな」

 顔を見せるなり謝罪するデイビスにヘクターは苦笑した。

「入れよ」

 ヘクターがそう言って部屋の中を指し示すとゆっくり入ってくるデイビス。そして彼の後ろから隠れるように入ってくる黒髪の男がいた。

「えっと……」

 結局名前もわからなかった軽戦士風の男だ。わたしが困ったように見るとデイビスが紹介してくれる。

「仲間のイリヤだ」

 ぺこ、と頭を下げるイリヤ。なんだか大人しそうな人だ。長めのウェーブした髪が半分くらい表情を隠している。暗い、と言ってもいいかもしれない。二人がソファに座るなりアルフレートが口を開く。

「まず確認しておきたい。我々に望む事はなんだ?」

「フッキさんの捜索を手伝ってもらいたい」

 デイビスは迷いを見せずにはっきりと言った。

「見つからなかった場合は?」

「明日一日、手伝ってもらうだけで構わない。元からそのつもりだ。見つからなくてもお前らはテストを受けに行ってくれ」

 デイビスの答えに満足したのかアルフレートは頷いた。

「二人で来たってことは、あのピリピリしたお兄さんはまだ揉めてんの?」

 ローザの質問にデイビスは頭を掻いた。

「実はそうなんだ。今はサラ達がなだめてる。明日までにはよく言い聞かせておくから、お前らには絶対絡ませないようにするよ」

「それは気にしなくていいよ」

 ヘクターは手を振り笑う。

「なんだ、仲悪いのか?」

 アルフレートの遠慮無い質問にわたしはヒヤリとした。ヘクターは曖昧に笑うと口を閉ざしてしまう。やっぱり話したくないらしい。

「……まあいい、それよりさっきの話しだが『ただの祭事参加だと思わない方がいい』とか言ってたな?ん?」

 アルフレートはデイビスに詰め寄った。デイビスはイリヤと顔を合わせる。そしてヤッキさんの方をちらりと見た。

「な、なんすか?」

ヤッキさんは戸惑ったように手足をばたつかせる。

「……フッキさんが過去にこの町で何かあったか聞いてたり知っていたりしません?」

 イリヤの声をようやく聞けた。静かだがよく通る声だ。ヤッキさんは「え?え?」と顔を突き出す。この様子だと何も知らないようだが、どういう意味だろう。

「何故そんなことを?」

 ローザが聞くと再びデイビスとイリヤは顔を見合わせる。

「行きのバスの中で聞いたんだ」

 イリヤがわたし達の顔を見回し言った。

「誰も聞いてないと思っての独り言だったみたいだけど、『ようやく裁きの日が来る』って言ったんだぜ?」

 静まり返る室内にわたしは思わず腕を擦る。何だかひどく黒いものの気配を感じたからだ。

「エントリーの申し込みに行った後、何かあったんじゃないかと思って心配なんだよ。何て言うか、その……余計ないざこざ起こしたか何かで捕まってたり……」

 イリヤの話したいことはよくわかる。わたし達の方もすでにこの祭りの裏には何かがあるということを嗅ぎ取りつつあるのだから。わたしはフロロの顔を見た。視線に気づいたフロロは頬を掻いた後に口を開く。

「不安にさせるようで悪いんだけどさ」

 そう前置きした後、彼は昼間の話しを二人に話して聞かせた。祭の準備に愚痴を零していた若者二人の話しだ。二人は眉間に皺寄せながらもあまり驚いた様子は無い。やっぱり何か感じるところはあったのかもしれない。

「ついでだからわたしも話しておくわね」

 そう言ってわたしも昼間の出来事を話すことにする。

「バンダレン管理組合委員のヨーゼフって奴らしいんだけど」

 わたしが町中で住民に対し横暴な態度を取っていた男の話をするとローザの眉間に皺が寄る。あまり好かれていないようだ、とカフェ店員の話になると案の定フロロが興味深げに口笛を吹いた。

 話しを聞き終わった二人は揃えたようにふう、と大きく息を吐いた。

「やっぱり何かあったんだろうな……町の運営側がそんな厄介な奴なのも面倒になりそうだ」

 デイビスは肘掛けを指で叩く。アルフレートが再びヤッキさんに向き直る。彼が混乱しないよう、ゆっくりと質問していった。

「大した話しは期待していない。知っている範囲でいい。フッキ氏は何年前から音楽祭に参加しているんだ?」

「ぼ、僕がまだ音楽の教室に通っている時からだと思うんで、5年前からっすかね……?」

「音楽祭自体の始まりが確か10年前からだから半分は参加しているわけか。3年前にギターを演奏した吟遊詩人がいたと言っていたな?その時もいたのか?」

「いたっすね。フッキ先輩を慰めに行ったんで覚えてるんすよ。演奏も隣りで聞いてて、あんまり見事な演奏なんで先輩も『こりゃあ負けちまったな』って悔しそうに笑ってたっす」

「今何と?」

 アルフレートに人差し指を突き付けられ、ヤッキさんは慌てる。

「い、いや先輩は立派だったっすよ!悔しそうなのは確かだったんすけど、笑顔で『負けだ』って……」

「余計な脚色はいらん。笑顔だったって言ったな?3年前は純粋に楽しんでたわけだ。その後、その吟遊詩人がギターを辞退して町を去った、という話しの時はどんな様子だ?」

 アルフレートの質問が段々キツい口調になっていく。

「ヤッキさん、覚えている範囲でいいんだからね?」

 わたしが声をかけるとヤッキさんはほっとしたように息を吐いた。やっぱりテンパってきてたか。

「正直、僕もショックだったんで覚えてないっす……。ただ喜んではいなかったんじゃないっすかね。他の冒険者の人でいたんすよ。『これで来年もチャンスがあるぜ』って喜んでるのが。なんだか無性に腹が立ったんで覚えてるんす……。先輩はそういうのが無かったんで」

「その時、何か疑問に思うことがあったのかもね、フッキさん」

 ローザの意見にわたしも頷いた。わたしは吟遊詩人が呟いたという台詞を思い出す。

『私には弾けない』

 どういう意味なのだろう。

「……とりあえず、明日はフロロが忙しそうね。フッキさん探しに、祭りの真相も探ってもらわなきゃ」

 わたしが言うとデイビスが身を乗り出した。

「それならうちの盗賊も協力させるぜ。やっぱり情報収集といったら盗賊だよな」

 よかれと思って発言したはずのデイビスに、フロロは思いっきり顔をしかめた。




 翌朝、よく晴れたバンダレンの町の中央広場に13人が集まった。

 わたし達6人にヤッキさん。明らかに不機嫌顔で少し離れたところにいる緑頭の戦士アントン。ヘクターと話している体格の良い戦士デイビス。わたしとローザに「ごめんね、ありがとう」と繰り返すかわいこちゃん、プリーストサラ。噴水の淵に座り気配が消え気味の軽戦士イリヤ。そのイリヤの傍らに立つ魔術師セリス。

 フロロの隣りにいるプラチナブロンドの美人シーフ、ヴェラを見てわたしは不安になる。彼女、明らかに緊張しているのだ。両手の指を忙しなく合わせたり爪をいじったり、顔色がどう見ても良くない。人見知りするのか?とも思ったが、どうもこれからの動きに不安を持っているように見える。隣りでその様子を見るフロロが露骨に嫌な顔をしている。何度か彼女に話しかけ確認を取っているようだが、こくこくと頷く以外の動きが無い彼女に呆れたように首を振っていた。……大丈夫なのか?

「さてと、予定外にも協力しあうことになったわけだが」

 アルフレートがわたし達に言い聞かせるように声を響かせた。

「同じ学友のトラブルを我々としても放っておくわけにもいかない」

「んなこと言って恩売るつもりなんだろ」

 アントンが彼らしい暴言を吐き、デイビスが咎めようと向き直った時だった。アントンの目の前に火柱が現れ、「ぎゃあ!」という彼の悲鳴が広場に響いた。

「私は話しの腰を折られるのが大嫌いなんだ」

 アルフレートの突き出した指先から煙のようなものが立ち上り、消えた。セリスがケタケタと笑う。心底嬉しそうな彼女、わたしにだけ意地悪なわけではなく、どうやら根っからのドSなだけのようだ。

「昨日少し話し合ったことを確認させて貰おう。まず、フロロとそちらの盗賊には個人で動いて貰う。目的はとにかく情報を集めること」

 フロロとヴェラが頷いた。

「次に私とヤッキ氏が組んで動く。目的は主に役場を中心にした情報集め。エントリーに関する問い合わせという名目で音楽祭の主催側に近づく」

 ヤッキさんがアルフレートを見上げてこくこくと頷く。

「残りは4つにバラけて東西南北に散ってもらう。これでいいかな?」

 デイビスが大きく頷いた後、一歩踏み出した。

「みんな聞いてくれ。まだ状況もよく分からない中、雲を掴むような話しで戸惑っていると思う。ただ何か掴んだとしても深追いはしないでくれ。これ以上の混乱に陥る事だけは避けたい」

 皆がデイビスの話しに頷く中、アントン一人が「けっ」とそっぽ向いた。

「次の昼休憩に集まる時には必ず顔出してくれ」

 デイビスの言葉にわたしは手を挙げる。

「その場所だけど、良い店があるわ」

 わたしは到着した日に入った山賊料理の店の名前を出す。

「騒がしい店だから、話し合いにはもってこいだと思うけど」

 あそこなら周りに会話を聞かれることを警戒する必要が少ないだろう。皆の了解を貰い、わたし達は町の中に散ることにした。




「南ブロックってあの武器屋のある方か」

 隣りにいるヘクターが通りを眺めながら呟いた。わたしと回ることになったのがその商業地区なのだ。一緒に回るメンバーを決める際に「くじ引きにする?」という提案があったのだが、アントンなどと一緒になる可能性を考えてわたしが激しい拒絶を見せたらこういう組み合わせになったのだ。……皆には悪いが幸せを感じていたりする。

 とりあえず南ブロックまで来てみたものの、何をどうしたらいいのかさっぱりなわたしは、隣りを歩くヘクターに声を掛けた。

「どこから回ろうか」

「望み薄かもしれないけど、あの武器屋の親父に聞いてみない?」

 ヘクターの言葉にわたしは首を傾げる。そんなわたしに彼は話しを続けた。

「少しでも顔見知りだったら何か聞かせてくれるかもしれないし」

「あ、なるほど」

 人間不思議なもので、名前も知らない相手でも『全く知らない人』よりは冷たくあしらえないものなのだ。幸い武器屋は南ブロックに入ってすぐだったはずだ。手始めに行ってみることにする。昨日はポスターが張ってあるぐらいだったはずの通りが、かなり賑やかな事になっていた。上空には黄色と青の旗が揺れていて、店という店の壁に楽器を象ったハリボテがくっ付いている。

「……こんな状況じゃなかったら楽しめたのに」

 わたしのぼやきにヘクターが笑う。

「いいよ、別に。はしゃいでも」

「流石にそれはちょっと……」

 ただでさえあまり関係性の無い人の捜索、ということで気が緩むと緊張感を無くしそうだというのに。ただ、珍しく少し意地悪なことを言うヘクターにわたしはなぜか不謹慎なときめきを感じてしまった。すでに緊張感が無いのかもしれない。

「あ、あった。ここだよね?」

 一軒の店を指差し、わたしは声を弾ませた。が、準備中を告げる札を見て肩を落とす。と、そこに扉からお髭の素敵なおじさまが顔を覗かせたではないか。

「お、どうした?昨日の今日で。今から掃除して、そっから開けようと思ってたのに」

「荷物持ちなら手伝うからさ、何か話しが聞けないかと思って」

 ヘクターが言うとおじさんは「いらんいらん」と言いつつ笑顔で店に入れてくれた。ソードが並ぶ店内に入ると、わたしは再び見回してしまう。独特の匂いは革のものなのだろうか。

「で、何の用件なんだ?」

 カウンターに入り用具を片しながらおじさんは尋ねる。

「あんたの立場が悪くなるなら無理に聞かない。音楽祭について何か知らないか?」

 ヘクターとおじさんはしばし目を合わせる。するとおじさんはにやっ、と笑ったではないか。

「あんたついてるよ。『余所者』扱いの俺の所に来るのが、一番良い方法だ」

 わたしとヘクターは思わず顔を見合わせた。

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