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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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魔女の休日

 翌朝、わたしはベッドの上で伸びをすると部屋の反対側のベッドで丸くなるヤッキさんの姿を目にした。勝手なイメージで彼は物凄いいびきを撒き散らしたり歯軋りがうるさかったりするんじゃないかと心配していたのだが、布団の中で猫のように丸くなる姿は微かな寝息を立てるだけだ。ゴメンナサイ。心の中で謝罪するわたし。

「おはよ」

 後ろから掛けられた声に振り向くと、すでに身仕度を終えたローザが立っていた。

「珍しく爆睡だったみたいね。あたしはイルヴァとアルフレート起こしとくから、顔洗ってきなさい」

 お母さんのような言葉を頂き、わたしはのっそりベッドから出ると服のシワを払う。自宅とは違って寝間着に着替えるわけにはいかないので、昨日のままの格好なのだ。ローブは流石に脱いだ姿だが。お風呂の時に下着は変えたとしてもシャツぐらいは着替えたい。そんなことを考えながら部屋の入り口方向へ向かう。

 安い部屋を!といっても共同のトイレ洗面台はわたしとローザが嫌がったので、それらが付いたタイプの部屋を借りている。わたしは遠慮なく洗面所の入り口を開けた。すると先客がいたことに足が止まる。洗面台にはヘクターが顔を洗う姿があった。きゅ、と蛇口の栓を捻る音を立てて彼は振り向く。

「あ、おはよ」

 ずぶ濡れの顔で挨拶される。妙に照れくさい。わたしはなるべく平静を装いつつ挨拶を返した。

「……タオル忘れた」

 わたしの手元を見るなり呟く。わたしは部屋から持って来たタオルを差し出した。

 洗面台を代わってもらい顔を洗いだすがヘクターが出て行かないことに気がつき動揺し始める。……いやっ、見ないで!ローザに『おっさんくさい洗い方ね』と言われた洗顔を!

 自分でも気持ち悪いぐらい遠慮がちにちょびちょびと洗うと振り向いた。

「はい、ありがとう」

 そう言ってタオルを返される。……ああ、そうか、この為に待っていたのか。他のメンバーなら頭の上に投げ返ってきて終わりだというのに。

「どけ」

 不機嫌顔で洗面所の扉から現れたのはアルフレート。いくら朝が苦手といっても周りに対する気遣いは捨てないで欲しいなあ。ドス黒いオーラを放ちまくるアルフレートに呆れながらわたしは彼に場所を譲った。

 部屋に戻ると眠気眼のイルヴァが豪快にシャツをめくり上げ、上半身を晒しているところだった。

「ぎゃー!見ちゃ駄目!」

 わたしは扉を出る瞬間のヘクターを慌てて洗面所に押し込む。「うお!」「ぐえ!」と嫌なうめき声が響いた。

「……喧嘩売ってるのか?」

 倒れ込むヘクターに押しつぶされ、洗面台に顔を埋めるアルフレートが呪いの言葉を吐き捨てる。

 ……やっぱり男女の部屋は分けるべきなのか。




 ほかほかと美味しそうな湯気を立てる朝食を前にローザのお説教が延々続く。

「ったく!信じらんない!」

「寝ぼけてたんですよお、いくら私でも恥じらいは捨ててませんから」

 イルヴァが弁解を述べるが誰も信用しないだろう。

「ローザさんはイルヴァの裸見ても何も言わないんで麻痺してた部分もありますし」

「あたしはあんたの裸見ても欲情しないもん」

「おい、私だってしないぞ!」

 アルフレートがムキになって叫ぶ。

「わかんないじゃない。とにかく、男はおっぱい見たら欲情するもんなんだから見せちゃいけないの!これはマナーです!」

 ローザがびしっ!と指を突き付けると、イルヴァは「はーい」とのんびりとした返事をした。そしてヘクターの顔をじっと見る。

「ヘクターさんは欲情しますかね?」

 ぶっ!イルヴァ以外の全員が口の中の物を吹き出した。そして反射的にヘクターの顔を見やるわたし達。ヘクターは何か答えようと口を開けたまま固まる。沈黙が続いた。

「するの!?」

 思わずわたしは立ち上がり叫ぶ。

「しないしないしない!」

 ヘクターは慌てて両手を振って否定した。

「……とにかく!悪いのはイルヴァなんだから、話し変えて誤魔化さないの!」

 ローザが上手くまとめてくれるが、フロロとヤッキさんは大きく溜息をつく。

「モロに見ちゃった俺らはどうすんだよな」

「気まずいっす!」

 あーもう!朝っぱらからなんでこんな会話を展開しなきゃなんないのよ!

「あっと、そういえば今日、僕は早速祭りの開催者側にテストのエントリーを申し込んでこようと思います!」

 ヤッキさんがようやく会話の流れを変えてくれたことで、一同どこかほっとする。

「皆でぞろぞろ行ってもしょうがないわよね」

 わたしが言うとヤッキさんは頷いた。

「そうっすね。だから皆さんは町を見てくると良いっすよ!音楽祭が近いことで、もうお祭りムードに成って来てると思うんで!」

 確かに昨日の夜からこの町に漂う浮ついたような空気は感じていた。すれ違う町人がスキップこそしていないものの、今にもしだしそうな笑顔ばかりだったのだ。だからこそあの青い法服の集団が異質に感じたのもある。そういやあの人達何だったんだろう。

「じゃあ、たまには羽根伸ばしますか」

 ローザの一言に全員が笑顔になった。




 ヤッキさんを見送ってからバンダレンの街に出ると、フロロがわたしを見上げ言った。

「俺、用があるから別に行く」

「用?」

 わたしが聞くとニヤリと笑う。

「盗賊には色々あるんだな」

 なるほど。ギルドに挨拶回りというわけか。駆けていくフロロを見送っていると今度はアルフレートが、

「私も少し用事がある」

と言いながらどこか消えて行ってしまった。残された四人で顔を合わせる。ローザが首を竦めて言った。

「少し…自由行動にする?」

 それにイルヴァも同調する。

「そうですね…。イルヴァも衣装を新調したいですし。どなたかご一緒します?」

 それには三人とも首を振らせて頂いた。

 わたしもせっかくの機会だし、この街でいくつか行ってみたい店などがある。待ち合わせ場所をすぐ目の前にあった食堂に決めると、わたし達は思い思いの方向へと歩き出した。




 一度は訪れて見たかったバンダレンの魔術書専門店『暗雲堂』。ネーミングセンスはさておき何かと名前を聞くこの店に、一度来ておきたかったのだ。店を外からじっくり見る。

「……何かいかにも、って感じね」

 集客などおよそ考えていなそうな暗さといい、入り口も狭い。カラフルさは皆無。趣のある……とはとても言えないただ古いだけの建物。ある一部の人には落ち着くことこの上ない雰囲気だ。足を踏み入れると何人かのお客と見られるローブ姿の人が、朝という時間にも関わらず棚を見上げたり書物に目を通している。奥から店員の「いらっしゃい」ともそもそ呟く声がかろうじて聞こえてきた。ここでは誰もが目を合わせない……。ああ、落ち着く。

 特に目当ての本があるわけではないので、端からじっくり見させて貰うことにする。

 『サラマンダー召喚から始まる』だの『バロンは何処にいった』だのといった読み物としての色が濃いものから、『精霊大事典』『初級古代語事典』といった辞書。古代語の表紙の本が鍵付きのガラスケースに入っていたりもする。いかん、一日中いられるぞ、ここ……。

 そういうわけにはいかないので棚を見るピッチを少し上げる。何冊かめぼしい本を腕に抱えると、スタート地点である棚へと戻ってきた。持ってきた本三冊を見比べ、財布の中身を思い浮かべる。

 よし、これにしとこ。

 二冊を棚に戻すと『四大元素の応用と法則』という本を買うことにする。丁度集めていた著者の本だ。少しばかり無理をすることにした。わたしは軽くなった財布と重くなった鞄を持ち、店を出た。




 懐具合からしてあまり他に店を覗く気にならないが待ち合わせ場所に移動するには早過ぎる。

 そんなことを考えながら無意識に足を動かしていた時だった。どこからか怒鳴り声が聞こえる。この町には似合わない感情の声に顔をしかめる。

 振り向くと通りの反対側に昨日見た法服の男がいる。あの列の中央にいた男だ。男が怒鳴りつけているのはどう見ても地元の人間と思われる女性と子供だった。

 何が起きたのか気になる、と思わず足を止めて声を拾おうとしていると男が気付いてしまった。舌打ちでもしそうな勢いでわたしを睨むとそそくさとその場を後にする。

「何なの……」

 昨日と同じ疑問を呟き、しばし呆然とする。怒鳴られていた親子がため息を吐き、歩き出したのを見てからわたしも再び歩き始めた。

 暫くぶらぶらと歩いていくと一軒のカフェが見えてきた。たまにはこういう所でぼんやりするのも良いかもしれない。この先こんなのんびりとした時間が取れるとは限らないのだから。先程の出来事からの気分転換の意味もある。

「いらっしゃい!」

 中に入ると若い女性店員の元気な声に迎えられた。カウンターで飲み物を注文すると、すぐに生クリームたっぷりのホットドリンクが出てくる。

「若いのに一人旅?」

 店員さんに聞かれ、わたしは手を振った。

「まさか!今は自由行動の時間なんです」

「なるほど。この街は楽しめた?」

「はい!いい所ですね、お店は多いし町は綺麗で」

 店員さんと暫し何気ない会話をした後、先程の喧騒について聞いてみる。

「警備団とかですかね?結構厳しいみたいだから、わたしみたいな余所者は気を付けないと知らないで迷惑かけちゃいそうで」

 あくまでも自分がやらかすんじゃないかと心配だ、という雰囲気で聞く。すると店員のお姉さんは苦笑いといった顔だ。

「バンダレン管理組合委員のヨーゼフのことだと思う」

 小声の答えに察する。好かれる人物ではないが大きな批判も出来ない人間らしい。

「音楽祭の運営、管理が仕事なんだけどね……いまやこの町の収益は音楽祭が大部分を占めてるから名前よりもお偉いさんになってるのよ」

「ああ……なるほど、出場する側としても敵に回せませんね……」

 冗談っぽく言うと店員のお姉さんは頷きながら笑っていた。

 お礼を言いながら外の席に移る。この気候だ。表の方が気持ちが良い。席に座り先程買った本を取り出そうとし、少し考えてから仕舞い直した。どうしても勉強になってしまう。今は止めておこう。

 しかし面白い話を聞けた。フロロに言ったら喜ぶかもしれない。いや、もうギルドから聞いてるかもな。

 そんな事を考えながら一口目のカフェモカを飲み込み、安堵の息をついたときだった。ぽん、と軽く頭に触れる。なんだ?と顔を上げると向かいの席によく知った顔が腰をかけた。

「ヘクター!どうしたの?」

「よっ、……今そこに剣の研ぎを頼んで来た。有名な店で一度来てみたかったんだ」

 指差す先を見ると、一軒の武器屋の看板があった。あら、偶然にしても同じ方向に来るなんて……わたしの勘は冴えてるようだ。

「へぇー……。その待ち時間?」

「そう。リジアは?何か見れた?」

「わたしは本を買って、もう予算も無いから時間潰そうと思って」

 ヘクターは何かのソフトドリンクを飲みつつ頷く。

「じゃあこの後リジアも来る?つまらないかも知れないけ……」

「うん!行く!行きます!」

 ヘクターの言葉を最後まで待たずに即答した。

「そ、そう。そんなに行ってみたかったなら良かった」

 その時、先程の店員さんがテーブルにコトンと皿を置いた。

「サービス。可愛いお二人さんにあたしから。特別よ?」

 見るとおいしそうなクッキーが二枚。……ハート型なのが気になる。深く考えすぎなのはわかってはいるものの、わたしは固まってしまった。ヘクターがお礼を言う声が聞こえ、慌ててわたしも頭を下げる。

「旨い」

 ヘクターが一口かじるなり感想を漏らした。そうよねー。普通ハート型のクッキーが現れたぐらいで動揺しないわよねー。というか祭りのシーズンのサービスなのか、他の客のテーブルにも同じ皿が置かれているじゃないか。自分の馬鹿さ加減に呆れつつわたしも頂くことにする。

「んまい!」

 大きめのチョコレートの塊が良い感じ。

「本って何買ったの?」

 ヘクターの質問にわたしは先程買った本を取り出した。

「うわー、全然わかんねえ!」

 パラパラとページをめくりながらヘクターは笑った。

「わたしだって半分ぐらいわかんないよ。……だから勉強するために読むんだもん」

「なるほどー。リジアは良いこと言うなあ。そうだよね、頭いい人は考え方が違うなあ」

 そ、そんなにしみじみ言われると恥ずかしくなる。

「いや、でもさ、毎日大変だろうなって。宿帰っても俺みたいに寝るだけじゃないんでしょ?」

「そりゃあ……そうだけど好きでやってるし、そのかわり普段はお世話になりっぱなしだし……」

 う……ちょっと自虐的だけど、実は日頃から気になっていたことだ。戦闘になるとまずヘクターとイルヴァにお世話になっている状況だ。自分で言いながら暗い気持ちになってきたわたしは、気づくと目線が下へ下へ……。と、その時、ぽんぽんと頭を撫でられた。

「俺、結構リジアに助けられてるのになー」

「うそっ!例えば!?」

 思わずわたしが身を乗り出すとヘクターは少し考えるような顔つきになる。そして、

「んー……ないしょ」

 出てきた答えにわたしは口を尖らせる。

「……思い付かなかったんじゃなくて?」

「いやいや、違う違う。……そろそろ取りにいってもいいかも」

「あ、オッケー。じゃあ行こうか」

 残念、もう少し突っ込みたかったが。

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