噂のウワサ
熱々の肉とキノコの串焼きにかぶりつきながら、わたしは思っていた疑問を口にする。
「アントン達はどうして今回の依頼を受けられたのかしらね?」
「どうして、って?」
山菜のピラフをぱくつきながら言うローザの問いにわたしは説明を重ねた。
「わたし達の場合はヤッキさんの説明不足から偶然来れたわけだけど、本来なら音楽祭への参加って学園が受けるような依頼じゃないわけでしょ?だからなんでかなーって」
「フッキ先輩も僕と同じで貧乏っすからねー。やっぱり学園みたいに格安で頼めるところは貴重なんすよ」
ヤッキさんはまた「えっえっえっ」と不思議な笑い声をあげる。
「故意に学園への説明をごまかしたって訳か」
アルフレートが言うとフロロが苦笑した。
「学園もマヌケ。音楽祭って毎年やってるんだろ?気付きそうなもんなのに」
確かにそうかもしれない。……知っていて泳がせてる、とかは無いよね。
「アントンなら喜んで飛びつくだろうな。危険を感じる話し程受けたがる奴だし」
ヘクターが半ば独り言のように呟く。それを拾ったのはローザだ。
「で、アントンって誰なの?」
ローザの質問にわたしは眉間に皺寄せた。
「サラの仲間に緑色の目立つ頭の奴がいたでしょ?こんな目付きの」
わたしは指で目尻を引っ張り上げる。
「ああ、あのピリピリした子かぁ」
同じ年のローザに『子』扱いなのはどうかと思うが伝わったようだ。
「あんまり評判良くないですよねー、アントンさん」
クラスが違うはずのイルヴァにすらこの言われようなのか。振られたヘクターは困ったように「まあ、個人主義な奴だから」と言葉を濁した。何となく沈黙が広がる。イルヴァの豪快な食事の音に、こういう時は感謝する。
「話しが出たところで向こうのメンバーのこと教え合わない?あたし、サラぐらいしかよく知らないし」
ローザの提案にわたしも深く頷いた。ライバルは彼等だけではないが、情報は多いに越したことはない。
「まずは向こうの依頼人のことが知りたいな。さっきは『先輩』なんて言い方していたが?」
アルフレートがヤッキさんに目を向けながら質問する。
「フッキ先輩っすか?僕の先輩なんすよ。ギターはめちゃくちゃ上手いっすよ!お嫁さんまだなのは一緒っす!」
ヤッキさんはエールの入ったジョッキを置きながら答えた。
「……で、何の先輩なのかを聞いているんだが」
アルフレートはこみかめに筋を浮かべつつ、ゆっくりと聞き直す。
「ああ!音楽のいろはを教わる教室に通ってた時のっす!先輩は僕が習いに行ってた時にはすでに生徒っていうよりはアシスタントの先生みたいになってましたけど。他には流れの弾き語りみたいなことで生計立ててるらしいっす。……先輩はずっと音楽祭には参加してるらしいんすよね。落ち続けてるって噂は聞いていたんで。ただギターのテストじゃなくて、その前の段階で落ちちゃうんで、本人も諦められないらしいっす」
「へえー、まあ気持ちはわからなくないかな」
わたしは呟いた。自分の腕を試すことも出来ずに終わってしまっては消化不良なのかもしれない。ただ、だったらお金出して腕の良い冒険者を雇うべきじゃないか、という気もするが。ローザが腕を組み指を振る。
「あとは……アントンって奴のことは何となくわかったから、もう一人戦士っぽい人いたわよね」
「デイビス?」
ヘクターが聞き返した。
「そう、あの体が大きい人」
「でかいアックス持ってたやつか。乗り心地良さそうなやつだったな」
フロロが勝手に肩車要員に認定する。
「デイビスさんは良い人ですよ。イルヴァも一回、武器の扱いで褒められたことあります」
一度でも褒められれば良い人認定の、意外と人懐こいイルヴァの意見は余り参考になるとは思えないが、彼に関してはわたしも好印象ではあった。アントンとなぜ組んだのか不思議に思ったくらいだ。ヘクターが口を開く。
「デイビスは見た目通りの奴だよ。人が良くて豪快、でも意外と気配りが上手いって感じだな。アントンのことも気に掛けてたし。俺も手を合わせたくないのはデイビスの方かな」
「ま、まさかそんな物騒な話しにまではならないでしょ?」
ローザが縮こまった。わたしは「だと思うけど……」と自分自身に言い聞かすように呟いた。
「あのソーサラーの娘は?名前が出てこないんだけど……」
「セリスね?」
ローザの言葉をわたしは受け継いだ。
「わたしと同じ、攻撃型に特化したタイプの魔法使いよ。まあわたしよりは器用みたいだけど」
「お前より不器用だったらこの場にいないだろ」
アルフレートの意地悪なツッコミは無視する。
「サラについてはわたしは知ってるけど、みんなにはローザちゃんからお願い」
わたしはローザに手で促した。
「そうね……。あたしと同じプリーストで、信仰神はラシャ。ラシャの神官らしく真面目で優等生タイプね」
ラシャとは六大神に数えられる神で信仰者も多い、一番ポピュラーといってもいい神だ。宗教画も多く、その全てが右手の光る男性で描かれる。『全ての存在に光を宿す右手を持つ』という言い伝えかららしい。大抵、ものすごい美形に描かれているのだが、神の顔などどこで知るのだろう。
「可愛かったっすよね!」
「あら、ヤッキさんはああいうタイプがお好み?」
ローザのからかいにヤッキさんは慌てて手を振った。
「違うっすよー!そんないやらしい意味じゃないっす!それに僕が手出したら犯罪になっちゃう!」
えと、ヤッキさんっていくつぐらいなんだろ。顔がよく見えないのとこのキャラのせいで読めないんだけど。
「あと女の子もう一人いたよね」
ヘクターが言うとフロロが顔を上げる。
「あいつ、俺と同じクラスだ。俺は苦手」
「なんで?綺麗な人だったけど」
見事なプラチナブロンドに整った顔立ちをした彼女を思い出し、わたしが聞くとフロロは露骨に嫌な顔をした。
「何かっていうと『盗賊とは』とか持論語り出すし、真面目に授業うけろ、とかうるさい」
「……なんか持論を語るわりに盗賊らしくない人ね」
ローザの呟きに全員が頷いた。真面目系盗賊、とでもいうのだろうか。盗賊自体が職柄、斜に構えた人ばかりで真逆は聞いたことがない。
「あと一人、どんな奴がいたっけ?」
首を捻るアルフレートにわたしが答える。
「アントンの隣りに軽戦士っぽい人がいたじゃない。黒い髪した人」
アルフレートはぽん、と手を叩いた。
「ああ、あの男か。あいつは確か特殊系クラスのやつだ。私と同じ校舎にいた」
「……じゃああんたが一番知ってるはずじゃない」
アルフレートは吟遊詩人という特殊なクラスにいるので、わたし達とは違う校舎にいる。バードクラスのように少人数のクラスが集まっている建物だ。
「どういう人なんです?」
イルヴァが聞くがアルフレートは首を傾げる。
「さあ……」
興味ないってことか。勝手に影の薄い人認定をされた彼のことを思い、そっと涙した。
宿屋の窓から通りを見下ろす。古めかしい雰囲気が漂う町はどこか時空を超えて迷いこんでしまった錯覚を引き起こしてくれる。
「自由を謳うバンダレンに唯一厳しい法律がある。古い建築物の保有だ」
わたしの後ろから外を眺めるアルフレートが教えてくれた。
「建物の改築、新築には厳しい基準があって、それをクリアした場合のみに認められるが、その場合も外観に厳しいチェックが待っている。過度な色彩使い、装飾は許可されない。……音を基準にしているんだ、この町は。音楽を聞く厳かな雰囲気を壊すことは一切認められない」
「へえ~、徹底してるんだ。だから建物の中で楽しむのかな?」
わたしは先程までいたレストランの遊びの部分を思い出して言った。山賊のコスプレに明るい掛け声、成りきって遊ぶ店員には仕事を楽しむ姿勢を感じた。
「かもしれないな。ただ町の景観に気を配るというのは良い効果が付いてくる。『町を綺麗に』という意識からか、犯罪が少ないんだ」
なるほど、常に襟を正した状態ということだろうか。肩が凝りそうな気がしないでもないが他の部分で自由を楽しんでいるのかもしれない。通りを歩いていても警備員を見掛けることが少ないことからも、この町が上手く回っていることがわかる。
「イルヴァ臭いぞ!」
フロロがベットの上でマニキュアを塗り始めたイルヴァに文句を言う。今晩は予算の都合から大部屋に皆で泊まる。騒がしいったらない。
「ヤッキさん、音楽祭について詳しく聞いておきたいんですが」
ヘクターの一言に皆の視線が部屋の中央に集まった。皆に見られたからか、ヤッキさんはどうしたものかときょどきょどするのが手に取るようにわかる。
「えとえと、えっと、何言えばいいんすかね!?あんまり詳しく知らないかもっす!」 「いつから始まるんですか?」
見かねてわたしが質問した。ヤッキさんは指を折ると答える。
「……三日後っすね!」
ということは明日明後日と丸二日は空くことになる。情報収集なんかはフロロに任せた方が良いだろうし、結構暇になるかも。
「一つ気になってたんだけど、フッキさんみたいにテストを受けるのが初めてじゃない人も結構いるはずよね。やっぱりそういう人の方が有利なんじゃない?テストは毎年同じなんでしょ?炭鉱の中も変わらないだろうし」
ローザの問いにヤッキさんは再びもじもじしだした。
「それが……、毎年テストの内容はエントリー者にしか発表されないんすよ。祭自体は三年前から毎年通ってるんすが、一回もテストの内容は漏れてきませんでした。経験者が新人に教えてくれることもないっすしね。内容を知ればそれだけ有利っすから」
そうは言ってもエントリーした人間全員が頑なに口を閉ざしているとは思えない。きっと噂程度ならあるはずだ。
「そのへんは俺にまかせてもらえればいいよ」
フロロの頼もしい台詞が聞けた。
「じゃあテストの内容はわからないけど、炭坑について何か知ってない?」
わたしはヤッキさんの顔を見た後、ついついアルフレートを見てしまう。
「そうっすねえ、エルフさんの方が詳しいかもしんないっす」
ヤッキさんは頭を掻いた。彼の場合、知識がどうというより話し方が問題なのだが。その点アルフレートは話し方が上手い。歌は下手だがやはり吟遊詩人なのかもしれない。アルフレートはふぅ、と溜息をついた。
「『砂漠の石』は知っているか?」
アルフレートの言葉にローザが唯一手を挙げる。
「宝石でしょ?結構貴重なんであたしも一度しか見たこと無いけど」
「そう、希少価値の高い宝石だ。砂漠のような砂色に自ら光を放つ珍しい石。まるで太陽に照らされた砂が光を反射するかのようだから『砂漠の石』。別に砂漠で採れるわけじゃない。世界のあちこちで見つかる割りには一箇所で採れる量が極端に少ない。だから金持ちの間では人気があるな。世界の誰もが知っているのに所有者は少ないからだ。要は自慢になるからだな」
アルフレートはそう言うと「おっと」とおどけて見せた。
「お前らが知らないからといって物を知らないわけじゃないぞ?そのくらい金持ちの間にしか流通しない宝石なんだよ」
こういう余計な一言が無ければ良いのに、とは思う。
「そんな希少価値の高い宝石がバンダレンで見付かったのが大分昔の話し。西にあるタージオ山という小さな山でだ。可哀相なことに小さな山は穴だらけにされてしまう。結局見付かった『砂漠の石』は最初に見付かった一握りのみ、というオチを残してバンダレンの短いゴールドラッシュは終わるんだな。あとは用が無くなった廃坑道が不気味に残るのみ、と」
「じゃあモンスターの巣になってるかも知れないんだ?」
わたしの言葉にイルヴァが妙に嬉しそうな顔をした。
「だろうな。今回ばかりは多少覚悟して乗り込んだ方が良い。どんな意地悪なテストなんだか知らないが、坑道中を歩き回るのは確かなんだ」
「そ、そうっすね。僕も足手まといにはならないようにしなくちゃ……」
それはわたしも同じかも、と不安になってきた。洞窟のような狭い場所ではただでさえ使える呪文が制限されるのだ。今更ながら経験が少ないことに不安を覚えてきてしまった。
 




