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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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音楽の都バンダレン

 バルコニーから車内に戻ったところで出くわした顔に、わたしは一瞬息を飲む。向こうも同じだったらしく少しだが肩が震えるのを見た。緑の目立つ頭に細身の体、鋭いというより常に睨みつけるような瞳。アントンだ。

「……なんだ、お前らもこの馬車だったのかよ」

 意地悪そうな表情に戻ったアントンの言葉にわたしは眉根を寄せた。言い方が引っかかる。

「バンダレンに行くのか?」

 そう聞くヘクターがわたしの腕を掴み、わたしは静かに彼の背後に引き寄せられた。

「『行くのか?』って、何?この人達何も知らないの?」

 アントンの後ろから現れた一人の少女があきれ顔で聞いてくる。赤いロングヘアーに黒いローブ姿、アントンと並ぶと妙に絵になる。

「セリス……」

 わたしと同じクラスのソーサラー、セリス・ミュラーだ。同じクラスだがあまり話したことは無い。ぱっと目を引く容姿に明るい雰囲気で、特に悪い印象があるというわけではないが、何となく機会がなかったからか仲良くはならなかった、そんな存在だ。それゆえかセリスがアントンと同じパーティーとは知らなかった。

「こんにちは、リジア。あなた達も音楽祭に行くんでしょ?依頼人はどんな方?」

 セリスの言い方には少しからかうような空気を感じる。それに腹が立つより、彼女の言葉にわたしは驚いてしまった。

「それって……!セリス達も音楽祭に参加するってこと?」

「あ、やっぱり知らなかったんだ?」

 わたしの驚きにセリスはケタケタと笑った。それって、ようするに彼らの依頼人とわたし達は競わなきゃいけないって事だ。

「……それでリジアに絡んで来たのか」

 ヘクターの顔はわたしから伺えないが、声の調子から昨日のようなものになっているに違いない。空気もぴりぴりとしたものに変わる。

「そう恐い顔するなよ。あんただって楽しみになってきただろ?俺と勝負出来るんだから」

 アントンが口元を緩ませ、しかし目付きは睨みつけるような顔で言った。この流れにわたしは無性にいらいらしてくる。勝手に燃え上がるのはいいが、付き合わされて不愉快な気分になるのはゴメンだ。

「……っか~!何が『俺と勝負出来るんだから』だ!偉そうに!」

 わたしが噛み付くと、アントンは面食らったようで目を丸くする。

「いいこと!?状況はわかったけど、わたし達は単に音楽祭での『テスト』で競うことになっただけ!どんな恨みがあるんだか知らないけど、余計な因縁つけてこないでちょうだいっ!胸糞悪い!」

 わたしが言い終わってから一呼吸置き、アントンの顔が赤くなっていった。

「……んなっ!なんっ!」

「行こう!」

 わたしは何かを言おうとするアントンを無視し、ヘクターの腕を引っ張る。一階へと戻る階段を下りていると、セリスの楽しそうな笑い声が聞こえた。




「……どうしたの?」

 不穏な空気を感じたのか、ローザがブランケットから顔を出した。わたしは席に戻ってから大分経つというのに、今だカッカとする頭を振って答える。

「別に。……クラスメイトからの自分の評価に『見てろよ』って気分になっただけ」

 ローザは「……はあ?」と呟くが、深く聞いてはまずそうだと思ったのか小さく首を振り、ブランケットを被り直した。

 昨日、アントンは「仲間」が言っていた、とわたしにこう言ったのだ。

『あんた魔法の腕は酷いんだってな』

 思い出して再び頭が茹だってきた。言っていた仲間はセリスに決まっている。わたしは立ち上がると前の座席の背もたれを掴み、ヤッキさんに頭の上から声を掛けた。

「絶対ギター持ち帰りましょうね!ヤッキさん!」

「うえっ!?そ、そうっすね!はい!」

 慌てふためきながらも元気の良い返事が返ってきたことにわたしは満足し、鼻息荒く席に座る。

「……どったの?」

「さあ……?」

 後ろからフロロとイルヴァのひそひそ声が聞こえてきた。




 馬車を降りるとすっかり暗くなった空に、バンダレンの町並みが作り出す光の粒が浮かび上がっていて思わず目を奪われた。バスターミナルはウェリスペルトと同じ位広くて立派だ。こんな時間でも何台もの馬車が入って来たり、出ていく馬車もあったりと忙しい。誘導の係も何人もうろついている。祭があるから特別賑わっているのかもしれない。

「じゃあ町に入りますか」

 ヘクターが言った言葉に全員が頷いた時だった。

「ローザちゃんじゃないの」

 見覚えのある顔が駆け寄って来た。栗色のふわふわとした髪が揺れている。ローザと同じような白のローブ姿の女の子。

「あらら、サラじゃない」

 ローザと手を取り合った。サラはわたしに向き直るとわたしの両手も取ってぶんぶんと振る。

「リジアー、久しぶり!元気してたー!?」

「サラも来てたのね!」

 わたしは二期生の時はクラスメイトであった少女との再開を喜んだ。彼女はプリーストであり、ソーサラークラスと分かれてしまってからは顔を合わせることも無くなってしまっていた。優等生だが親しみやすく、明るくみんなに気配りをしてくれるような子だ。きゃいのきゃいのはしゃいでいたわたし達だったが、サラの後ろにいる人影に思わず固まってしまった。アントンにセリス、他にも学生らしき姿が三人。そこに一緒にいる髭の男性は依頼人だろうか。

「……えーっと、サラのお仲間?」

 わたしがアントン達の方に目配せするとサラは思いっ切り首を縦に振る。

「うん!そうよ!」

 元気の良い返事にわたしはショックを受ける。……といったら失礼過ぎるだろうか。アントン達のパーティー、というと勝手に『目付きの悪い極悪パーティー』という想像を作り上げていたので、人当たりの良いサラが仲間だということに動揺してしまった。

「フッキさんじゃないっすかあ!」

 わたしのショックを吹き飛ばす大声でヤッキさんが駆け出す。近寄る先にいる男性は明らかに退いた様子だ。

「……やっぱり来ていやがったか、ヤッキ!」

 フッキと呼ばれた男性はそう叫ぶと顔をしかめた。ヤッキさんと同じくらいの身長でやや堅太りな体型。やっぱり薄汚れた格好はなんだかヤッキさんと親子のようだ。声の様子からそこまでの歳の差では無いようだが、髭がもじゃもじゃとしていてドワーフのように見える。わたしの中での演奏家のイメージが崩れつつあるな。

「あれが依頼人?」

 サラに聞くと「そうよ」という返事が返ってきた。見た目はアレだが、ヤッキさんよりは落ち着いた雰囲気にほんの少しだけ羨ましくなる。

 アントン、セリス、サラ以外のメンバーはいずれも知らない顔である。黒髪の軽戦士風の男に、隣りには大きなアックスを担ぐ体格のいい男、盗賊らしき美人さんもいる。ヘクター達なら知っているのかもしれない。その中のアックスを担いだ戦士がヘクターに近付くと握手した。

「話しには聞いてたけど、お前と競うことになるとはなあ!」

「お互い楽しもう、デイビス」

 ヘクターもデイビスと呼んだ彼の手を強く握る。雰囲気からして彼とは仲が良いのかもしれない。

「そうだな!どうだ?今晩はお互いの仲間と一緒に飯食わないか?」

 デイビスは笑顔でわたし達を見遣った。日に焼けた笑顔に短く刈り上げた金髪がカッコイイ。

「馴れ合いは御免だぜ、俺は」

 アントンが掴みかかる勢いで場をぶち壊す。

「アントン!」

 サラが窘めるがアントンは尚も悪態をついてくる。

「仲良くして何のメリットがある?数日後には競争相手になるっていうのにおめでてえな!」

 彼に続いたのが向こうの依頼人フッキさんだった。

「そ、そうだ!ヤッキ、お前はライバルになるんだからな。もう気安く話し掛けるんじゃねえぞ!とっとと荷物まとめて帰る準備しとけ!お前が参加しても意味がねえ!」

 厳しい言葉にヤッキさんは首をすくめ、サラとデイビスは顔を見合わせると二人揃って肩を竦める。依頼人に言われたら従わざるをえないのだろう。サラは「御免ね」と言うとメンバーの元へ戻っていった。去っていくアントン達を眺めてアルフレートが呟く。

「これが人間の青春というやつか。……気持ち悪いな」

「ひでえな」

 フロロはそう言いながらも笑っていた。




 町の中に移動すると、すぐに食事処を探すことにする。馬車での移動で動いてはいないもののかなり空腹だった。

「なるべく安そう、でも美味しいところがいいわね」

 わたしはぼやいた。なんせ今回は食費も自分達持ちだ。本来当たり前のスタイルだが、前回の旅を思うと侘しいものだ。

 隣を歩くローザが肩を叩いてくる。

「まあまあ、最悪あたしが出すわよ。貸しだけど」

「……まじ?」

「まじ」

 今のは『貸し』という部分を確認したくて聞いたのだが。……いくらなんでもそこまでローザを充てにするわけにもいかないか。

「イルヴァ、食いしん坊の嗅覚で良さ気な店、探せない?」

 わたしが冗談で言った一言に、イルヴァは本当に鼻をクンカクンカさせる。そのままふらふらと通りをさ迷うと、一軒の店の前で止まった。

「……ここなんかどうですか?良い匂いがしますよ」

 若干引きつつもわたしはイルヴァの後ろからその店を覗き込む。入り口の前にスタンドを出していて、そこにメニューが置いてある。ローザと一緒にそのメニューを眺めていると、他のメンバーも集まってきた。

「山賊風料理ですって。いいんじゃない?値段も手頃だし」

 ローザの言葉にわたしも頷いた。肉や山菜、キノコがメインの店らしい。断然魚派のわたしだが山菜やキノコは好きだ。量も多そうなのが良い。何より山賊風、というネーミングが気になるではないか。

「じゃあ此処にしよっか。異論、ある人ー?」

 特に声はあがらない。一番いちゃもんの多そうなアルフレートが静かなのが決めてとなって、この店に入ることにする。わたしはイルヴァの頭をいい子いい子してやった。

 さあ入ろう、というところで周りの空気が変わるのに気付く。通りを歩く人々が道の端へと寄って行くのだ。

「何?」

 わたしが聞くとフロロが通りの向こうを指差す。町の中心部方向からやって来る集団に気がついた。青い法衣のようなお揃いの服に身を包んだ集団は、真ん中の中年男性を筆頭に年齢も性別もばらばらだ。全部で十数人と思われる集団は全員がどこか偉そうな態度で道の真ん中を歩いていく。目の前を通り過ぎる瞬間、先頭の男と目が合った。が、それも一瞬のことで悠々と歩いていく姿を見送るだけになる。

「……何なの?」

 ローザがぽかん、とした顔で呟く。通りを行く人々もぱらぱらと道へ戻っていった。

「よく分かんないけど、とりあえず入ろう」

 わたしはそう言って店の扉を改めて開け放った。

 店の入り口を潜ったところではっとし、慌てて店内を見回す。暗めのランタン照明にゴツめの木の家具で統一した中々良い装飾だ。

「ど、どうしたんすか?」

 わたしの後ろでヤッキさんが戸惑いの声をあげる。

「一応、アントン達がいないか確認したのよ」

「いいじゃないのよ、別に」

 ローザの呆れ声にわたしは首を振った。

「駄目よ!またどんないちゃもん付けられるか分かんないじゃない」

「だからそれがどうでもいいことなんじゃないか」

 アルフレートが鼻で笑いながらわたしを押し退ける。ムッカー、とするが万が一の場合は彼の減らず口が役に立つはずだ、と思い直すことにした。

「いらっしゃいませ、こんばんは!」

 元気よく迎えてくれた店員は、見てすぐに張りぼてとわかるシミターを背負った男性だった。山賊……というコスプレなのだろう。飲食店には珍しい無精髭といい、薄汚れた感を出したダブダブのシャツといい徹底している。案の定目を輝かせているイルヴァの腕を引っ張りながら、席を案内する店員の後をついていく。

「注文お決まりになりましたらお呼びください。ハイホー!」

 店員が叫ぶと、店内にいた従業員全員が続いて叫んだ。

『ハイホー!』

 アルフレートが露骨に顔をしかめる。

「こういう系の店か……。苦手なんだよな」

 少し気持ちが分かってしまうわたしは彼のぼやきを咎めなかった。

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