見えぬエルフの企み
「……とりあえず聞いておきたいんですけど」
「何でしょ?」
ヘクターの挙手にヤッキさんが答える。
「なんでそんな何年も前から成功している人がほぼいないようなテストに、俺らを呼んだんです?その、俺らが助けるのは炭坑の話しの方だと思うんですけど、それだって三年前のその人しか成功してないんですよね?少なくともあなたが知る範囲では」
ヘクターが言いたいのは『学園に頼むって駆け出しヒヨッコに頼むってことですよ?』ということだろう。ヤッキさんは今までの勢いがしぼんでいき、もじもじとして口を開く。
「いやあ、正直言ってお金無いんすよ。こんな成りでわかると思いますが」
そう言って頭をぼりぼりと掻いた。その気持ちはわかるが、いくらなんでも無謀じゃないだろうか。何年も前から数多くの冒険者達が挑んでいった廃炭鉱のダンジョン……。想像するだけで大変そう。
「で、どうする?」
アルフレートがわたし達に問い掛ける。依頼人の前で話すことではないが、この人に遠慮する気持ちが失せるのはわかる。
「どうって……依頼内容がこんだけ違うと学園に報告するとき面倒なのよね」
わたしは思いっきり大きく溜息をついた。前回、前々回とそんな目に合っているわたし達はレポートの面倒臭さが身にしみている。
「でも学園に報告すればこの依頼は立ち消えよね。どう考えても契約違反だもん。危険度を考えても多分お断りの方向になるわよ」
ローザがわたしに続く。
「……それだけ普通だったら受けられないものではあるんじゃないかな」
ヘクターがそっと意見した。確かにヤッキさんがしっかりと話しを伝えていたらわたし達に回ってこず、もっとベテランな――六期生や卒業生の中で学園にクエストを求めてきたようなパーティーに回っていた話しだろう。本来なら、わたし達に来るのはせいぜいお使いやゴブリンなどのモンスター掃除なんかだ。
「行くとしたらこのままそっと出発だね」
フロロがにやりと笑う。
「受けてもらえるんすね!うれしいなあ~」
「まだ何も言ってない!」
ヤッキさんに向けたわたしとローザの声が再び重なった。しゅんとするヤッキさん。とはいえヘクターの意見にも心動かされるわたし。わたしだって出来れば大きなクエストを経験してみたいもの。お使いやモンスターの巣の掃除なんて心踊らないし。何よりギターを辞退した吟遊詩人が残した言葉から、何とも言えぬオカルトちっくな匂いがするではないか。
「イルヴァ、お前はどう思う?」
アルフレートに突然話題を振られ、イルヴァは大きな瞳をぱちくりとさせた。
「イルヴァは行ってみたいですぅ。強そうなモンスターと戦える予感がしますもん」
「決まりだな」
アルフレートはにやりと笑った。イルヴァに聞けばそう答えるに決まってるじゃないか。知っていて聞いたのだから呆れる。ま、わたしもどっちかというと行きたい方に傾いてはいるかな。
流れはどうあれ、じゃあ行くか……という雰囲気になったところで、ヤッキさんが再び歓喜の声をあげた。
「ありがとうございます!いやー正直、これで断られてたらまた一年待つはめになるかと思いましたよお。あ、今年テストクリアする人が出てたら来年のチャンスも無いっすよねー!えっえっえっ」
またも不思議な笑い声をあげるヤッキさん。問題は今日から数日、この話し下手な依頼人に付き合わなくてはならないことかも知れない。
ウェリスペルトのメシ屋兼酒場に移動したわたし達。とりあえず移動は腹ごなしの後にする。
「バンダレンまでの乗り合い馬車って無かったっけ?」
わたしがシーフードドリアをつつきながら言った言葉にフロロが反応しポシェットから何か取り出す。
「……ああ、ある。結構出てるみたい。主要街道が二つも通る大きい街だよ」
彼の取り出した手の平サイズの本の背表紙には『ローラス路線図』と書いてある。便利なものを持っているものだ。
「移動にはどのくらいかかるの?時間的に今日出て行けそう?」
ローザの質問にフロロは本のページをパラパラとめくった。
「大型バスなら夕方には着くよ」
バスを引っ張るコルバインという動物は馬より大分大きい。その分スピードも速いのだ。
「乗り合い馬車ってイルヴァ初めてです」
イルヴァも珍しく声が弾んでいる。
「あの~」
ヤッキさんが怖ず怖ずと手を挙げた。
「なんです?」
わたしが聞くと申し訳なさそうな声を出す。
「移動のお金って、僕が出すんですかね?」
彼の質問にわたし達は顔を見合わせた。
「……本当に学園に依頼したんですか?そういう話しも受けてるはずですけど」
わたしの声がやや冷やかなのに気付いたのか、ヤッキさんは慌てて手を振る。
「ち、ちゃんと依頼しましたよお~。嘘じゃないですよ」
じゃあ受付の話しをちゃんと聞いてなかったということだな。
「移動に掛かる料金は依頼人持ちが基本です。もちろん徒歩って選択肢もありますよ?」
わたしが言った言葉にイルヴァは肩を落とす。バンダレンは近いので歩いて行ってもせいぜい一泊野宿すれば着くだろう。
「ただ、依頼料以外の必要経費は申請すれば補助を受けられたはずなんですよ。もちろんわたし達の分だけですけど」
わたしはヤッキさんの顔を伺った。彼は見るからに初めて聞いた、という顔だ。そんなはずは無い。他の人なら受付のミスを疑うところだが、どうも怪しい。
「後からじゃダメなんですか?」
後日申請、というのはどうなのか知らない。というよりその辺の話し合いは本来、わたし達はノータッチな部分なのだ。あくまでもわたし達は学園の学生という身分なので、依頼料だって貰わない。学園に払われるだけだ。
「じゃあこうしようじゃないか」
アルフレートが人差し指を立て、ヤッキさんとわたし達の顔を見回した。
「今回は旅の経費はこっち持ち、そのかわり炭坑とやらで見付かった金目の物を譲渡すること、っていうのはどうだ?」
アルフレートの意見に悪巧みを感じるのは彼の人徳からか。
「……それっていいの?」
ローザが気まずそうに尋ねるとアルフレートは鼻で笑った。
「ここにいる七人が黙っていれば何も問題ないじゃないか」
本来、わたし達は冒険中手に入るような金銭的に価値のある物というのは、全て依頼人に渡すことになっている。トラブルを起こさない為らしいが、学生がやるクエストで価値が高い物を手に入れることがそもそもあまり無い。しかしアルフレートがこんなことを言い出す、ということは……あるのかも知れない。わたしは思わず無言になり、事の成り行きを見守った。
「いいっすね!それでお願いします。早くバンダレンまで行きたいっすもんね!」
ヤッキさんは明るく答えた。あくまでも目的はギター……というのがあるのかもしれないが、アルフレートの黒さを知らないせいだろう。
「炭坑に入れるのは試験を受ける人達、全員一斉になるんすけど、早く行けばそれだけ町で情報収集出来ますよ!」
ヤッキさんは嬉しそうだ。アルフレートがにやりと笑う。
「交渉成立だな」
この二人以外のメンバーは顔を見合わせ、無言で料理をかきこんだ。
「バンダレン行きはどれっすかね!?」
ウェリスペルト最大のターミナル駅にやって来た途端、ヤッキさんがテンション高く駆け出した。
「あれかな?こっち?あっちは人がいっぱいいますよ!あっちなんじゃないかな!?」
「フロロ、捕まえろ」
アルフレートの命令にフロロが心底迷惑そうにヤッキさんを追いかける。声が聞こえない距離まで離れていたヤッキさんにフロロが飛びつき、頭を叩く。それを見守るわたし達。フロロに引っ張られヤッキさんが戻って来たところで、全員で案内図の看板に移動する。
「……バンダレン行きは七番乗り場だからあっちね」
わたしは二頭引きの乗り合いバスが丁度停まっている辺りを指差した。あれがそうなのかもしれない。
「あれっすか?僕、聞いてきますよ!」
再び駆け出そうとするヤッキさんをローザが襟元を掴んで止める。
「いいからあんたは黙ってなさい!……少しはうちのイルヴァ見習って静かにしたら!?」
「イルヴァももうちょっと喋った方が良いですか?」
イルヴァが言う。
「違うわよ!」
「そうっすね、僕もこのお嬢さんぐらい、少しは身なり服装に気使った方が良いかも知れないっす」
「それも違う!」
疲れる旅になりそうだ。叫ぶローザを見てわたしは旅のこれからを思った。
乗り合いバスは二階建てで、しかも広い。引っ張るコルバインの足音の大きさも桁違いだ。でっかい馬が二頭並んで走る姿は迫力を感じる。普段から通学にバスを使っているが、町中を走るものはコルバインは一頭だし、走ることはしない。こんな風に走ったら町の石畳なんてすぐにボロボロだろうな。
わたしは揺れに身を任せながら窓からの景色を眺めていた。ふと座席に座るメンバーの顔を見て疑問を口にする。
「イルヴァとフロロは?」
「二階のバルコニーに行ったみたいよ」
ローザが寝る体勢を整えながら答えた。
「えー!教えてくれれば良かったのに……。わたし達も行こうよ」
「あたしはいいわ……。別にそんな面白くないわよ?」
二階の車体後部は小さいバルコニーのようなものが付いている。そこから表の景色が見られるのだ。ローザやアルフレートは乗り馴れているのか冷めきった様子で寝る準備をしている。わたしがブー垂れているとヤッキさんを含めた三人が戻ってきた。
「すげー早かった!」
イルヴァに肩車されたフロロがはしゃいでいる。
「暖かい時期でよかったっすね!風がすごかったですよ!」
ヤッキさんも興奮気味に言うとわたしの前の席に腰掛けた。
「行って来なさいよ」
そわそわしたわたしを見たのかローザはそう言うとブランケットに包まる。アルフレートが隣りに座るヘクターを肘で突いた。
「このお嬢ちゃんを連れてってやれ」
「……えっ?何?」
考え事をしていたのかヘクターはびくりと肩を震わせ上半身を起こす。
「え、二階のバルコニー?そんなもんあるの?」
アルフレートから説明を受けてヘクターは立ち上がった。
「行こう、リジア」
いつもの優しい顔で声を掛けられわたしは立ち上がるが、さっきの物思いにふける表情が気になってしまった。
「うわ!すごい!綺麗!」
目の前に広がる景色にわたしは思わずはしゃぎ声をあげる。今までに体験したことのないスピードで馬車は進んで行く。下を見るとすごい土煙だ。一階部分にはバルコニーが無い理由がわかる。流れるように移り変わる景色はローラスの初夏の植物で彩り鮮やかで、緑の匂いに溢れている。
アルフォレント山脈にかかる薄雲の色に目を奪われていると、がたん、っと馬車が傾いた。「おっと」と言いながらわたしはバルコニーの柵に掴まる。するとヘクターがわたしを包むように両手を柵に置いた。
ぶわっと顔が赤くなるのが分かる。両腕に挟まれる形になったわたしは動けなくなった。無言のまま遠くなるウェリスペルトの町を眺めるだけだ。
「寒くない?大丈夫?」
頭の上から響いて来たヘクターの声にわたしは首を振った。まさに顔から火な状態の自分が寒いわけがない。……あ、もしかしてヘクターが寒いと感じていたりするのかも。とわたしは慌てて振り返った。が、向き合ったことで尚更恥ずかしい状態になったことに気付き、うろたえる。密着しそうな体にヘクターも驚いたような戸惑ったような顔をした後、片手を離した。
「も、戻ろっか……」
わたしはヘクターの体を押して馬車の方へ促した。