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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第三話 罪人の町に響かせるは鎮魂歌
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騒がしい依頼人

 中央校舎正面の時計台を見てわたしは足を速める。依頼人との約束の時間から半刻ほど過ぎているが、今から行けば話しの冒頭からは無理でも途中参加出来るだろう。幸い依頼人の家は学園裏手の方向すぐらしい。わたしは急ぎ足で裏門を潜った。

 暫く教えられた住所に向けて歩いていると、よく知った顔が見えてきた。

「あれ、どうしたの?」

 困り顔のヘクターに怒り顔のローザ、無関心顔のアルフレートと何考えてるのかわからないイルヴァ。フロロに至っては路上に座り込んでいる。わたしのかけた声に全員が振り向いた。

「いないんだよ」

 アルフレートが冷たく言い放つ。

「はあ?」

 わたしは自分でもまぬけだと思う声を出してしまった。

「家に誰もいないみたいなんだ。隣りに確認したら住所と住民は合ってるらしくて」

 ヘクターが丁寧に教えてくれる。ええーとつまり、約束の時間なのに依頼人は出かけてると。

「いい加減な人よね。帰っちゃう?」

 ローザがぶりぶりと怒りながらわたしの肩にもたれかかってきた。帰って……どうするんだろう。教官に報告すればいいのだろうか。あんまり聞いたことない話だな。

「ドタキャンってこと?依頼人側の」

 わたしは戸惑いつつ全員に問いかけた。その時、

「すんませ~んっ」

通りの向こうからまぬけな声が響いてくる。見ると一人の男性が走って来ていた。

「遅れちゃってすんません~。今、鍵開けますから~」

 どたどたと走ってきたのは小柄な男性。わたしとイルヴァの中間ぐらいの身長だろうか。汚れたハットにぼさぼさの髪で顔が隠れてしまっていて年齢がいまいち読めない。全体的に何と言うか、……汚い。もう温かい季節だというのに分厚いコートを着込み、背中を丸めて家の敷地内に入っていった。指先部分が無い軍手をした両手で、家の扉の鍵を開ける。本当にこの人の家なのか不安になってしまった。家の方はこじんまりしているが素朴な良い家なのに比べ、何と言うか『本当に家を持つ人なのか怪しい』風貌だったからだ。

「どうぞどうぞ、上がってくんださい」

 腕を振って誘導されるが、皆で固まってしまう。

「あれ?違ったの?学園から来た冒険者さんじゃなかったの?」

「あ、ああそうです。プラティニ学園から来ました」

 ヘクターが我に返ったのか返事した。

「そうでしょう~?見た瞬間わかったもんの~」

 不思議な訛りだ。南の方の大陸の人なのかもしれない。少しびっくりする見た目だが人は良さそうな感じはする。

「ささ、入って入って!」

 言われてわたしたちは戸惑いながらも家の中にお邪魔させてもらう。中も綺麗だ。ただ棚から本がはみ出ていたり、普段は散らかり放題の部屋を急ごしらえで片付けた感が漂っていた。

「パンの安売りに行ってたんですよお、早く行かないと売り切れちゃうから。そしたらいつも買ってる黒糖パンがまだ焼き上がってない、なんて言われちゃってもー。……あ、座って座って!」

 わたしたちは部屋を見回し、適当な椅子に腰掛ける。

「いたっ!」

わたしとローザが同時に腰掛けたソファーがスプリングが壊れていたのか体が妙に傾き、二人の頭がぶつかり合った。

「すんません~!それ壊れてるんすよ。ちょっと座るのにコツが要ります」

 始めに言って欲しかった。

「えーと、じゃあ依頼内容を確認したいんですが」

 ヘクターが聞くと男性は大袈裟とも取れる身振りで語りだす。

「どうも!今回、学園の方に依頼をしたヤッキです。ヤッキ・ホフマンです!」

 そう言ってわたしたちの手を一人一人取り、握手をしていく。

「皆さんにはバンダレンの方へ出向いていただきたいんす。知ってまっか?バンダレン、音楽の都です!」

「発注された楽器を受けとって来るんですよね?」

 ヘクターが確認する。ヤッキさんは少し首を傾げた後、人差し指を立てた。

「発注というか『エントリー』ですな」

 返ってきたのは予想外の答えだった。

「はあ?」

「幻のギター職人、ビョールトのギターを賭けた争奪戦に参加したんですよお」

 ヤッキさんは「えっえっえっ」と不思議な笑い声を上げる。……なんかムカついてきた。

「あの……」

 何かを言いかけたヘクターの頭をローザが押し退ける。

「話しが違うんですけど!」

 ヤッキさんを睨みつけるローザ。ヤッキさんはきょとんとしたかと思うと再び笑い出した。

「そうなんすよお、学園の受付の人に説明はしたんすけどねぇ、結構美人な人でしたよ。知ってます?ブロンドのきつい感じの女性」

「あんたの好みはどうでもいいよ」

 フロロが舌打ち混じりに突っ込む。

「ああ、そうっすよねー。僕はいつも話しが脱線するって田舎のばあちゃんにも……ってこれもどうでもいいっすね。なんでしたっけ?あー、そうだ、依頼内容ですよね。受付には『何言ってるのか、よくわからん』なんて手厳しいこと言われちゃったもんで、『とにかく楽器を取ってきて欲しい』って言ったんすよ」

「……なんでそんなこと言われたか、よくわかるな」

 アルフレートがぽつりと呟いた。

「あの、つまり頼んだ楽器をただ貰ってくる、ってことじゃないんですね?」  わたしはイライラを押さえて質問する。

「そおなんすよー、ええ。皆さんには悪いとは思うんすけどね、僕だって一生懸命説明したんすよ、楽器祭のこと。なのに『落ち着いて、一から説明を』なーんて酷くないっすか?でしょ?」

 ああ……、イライラする。

「エントリーってなんです?」

 再び質問者がヘクターに戻る。

「バンダレンの楽器祭で行われる一番の目玉、ビョールトのギター争奪戦に参加希望を出したってことです」

 ヤッキさんの言い方はまさに『説明下手』の典型だ。話しがいらない部分にいったかと思えば、話しが飛び過ぎて訳がわからない。

「知らないっすか?音楽祭。楽しいっすよー、出店が出たりパレードやったり、人間タワーなんて微妙なイベントもあんりますけど。えっえっえっ」

「……もういい、私が説明する」

 痺れを切らしたアルフレートがわたし達に向き直り、バンダレンの町の説明を始めた。




 音楽の都バンダレン、そんな風に呼ばれるようになったのはこの町の自由を尊重する精神かららしい。路上で弾き語りを始めても何一つ咎められず、自然と人が集まる雰囲気のあるこの町を愛したのは、流れの吟遊詩人や旅芸人たちだった。そんな背景からか楽器職人たちもこの町に集まるようになる。いつ訪れても美しい音色が流れるようになった頃、一人の楽器職人が現れた。

 サミュエル・ビョールト。誰にも真似出来ない名品を作り出す天才だった。彼が一番愛した楽器がギター。リュートやバイオリンに代わって流行りだした新しい楽器だ。彼の作り出すギターは驚くほど澄んだ音を奏で、一度演奏すれば誰もが足を止める名曲になるという。やがて評判が評判を呼び、名音楽家たちが次々と彼の楽器を使用するようになる。

 ビョールトの没後、彼のギターが幻の存在になるのに不思議は無かった。元々大量生産するような職人ではなかったからだ。なかでも彼の一番のお気に入りであり、生涯売ろうとはしなかった一本のギターがある。身寄りの無かったビョールトの遺産は全て町へ返還され、そのギターも町の物となった。




「そのギターを賭けて競い合うのがバンダレン音楽祭だ」

 アルフレートはそう言って語りを締めた。

「いやあ、物知りっすね!さあすがエルフさん。そのギターの音色といったらまさに水が撥ねるような清らか……」

「いいからあなたは黙ってなさい」

 ヤッキさんにぴしゃりと言い放つアルフレート。ヤッキさんはしょんぼりと肩を落とした。

「賭けて争うって……、渡しちゃっていいの?そんな大事なもの」

 わたしが聞くとアルフレートは頷く。

「数年前に埃被っているのが発見されたんだ。そんな状態にさせるなら弾いて貰った方が楽器も幸せだろうからな」

 なるほど、確かにそうだ。

「それで何をやって競うんだ?」

 ヘクターもヤッキさんにではなくアルフレートに質問する。

「毎年開催しているのに、今だに新しい持ち主が現れないようなことさ」

 そう言うとアルフレートはにやりと笑った。

「もう、焦らさないでさっさと教えてよ」

「本当に聞く態度というものがなってない奴だな、お前は」

 アルフレートはわたしの言葉に舌打ちする。

「バンダレンの町の外れには古い炭坑がある。今はとっくに立入禁止になった、な。そこに入って何かを取ってくるのが条件らしいぞ。詳しくは私も知らん」

「へえー……」

 わたしとローザの声が重なった。

「でもずっと、それをクリアするやつがいないんだろ?初めから置いてないんじゃないの?その『何か』ってやつ」

 フロロの疑問も尤もだ。町の活性化の為に祭を開催して、メインイベントが終わらないようにインチキしてるなんて、いかにも有りそうではないか。

「そ、そんなことないっすよお!」

 ヤッキさんが大きな声で否定する。

「だって僕は三年前に、ギターの音色を聴いてるんすからあ!」

 ヤッキさんは興奮したように手を震えさせ、話しを続ける。

「三年前、条件をクリアした旅人が現れたんす」

 呆気に取られるわたし達を前にヤッキさんは前につんのめりながら必死の形相だ。

「実はビョールトのギターを手にするには二段階のテストがあるんす。一段階目が今言った、炭坑に行くテスト。二段階目が演奏のテストです」

「ビョールトのギターを弾くわけね」

 わたしが言うとヤッキさんはこくこくと頷いた。

「弾き手に相応しいか、祭の最終日に町民の前で演奏するんすよ」

「やっぱりインチキかもしれねーじゃん。町の人間が『駄目』って言ったら貰えないんだろ?」

 フロロが眉根を寄せる。

「それが違うんです!三年前に演奏のテストをした吟遊詩人は自ら辞退したんすよおお!」

 その後もヤッキさんは興奮し、唾飛ばしながらその吟遊詩人のすばらしさを説明するが皆ダレてきてしまった。無駄な情報が多すぎるのだ。堪らずわたしは口を挟む。

「要するに、その吟遊詩人は素晴らしい演奏をして、町からも合格が出たのにも関わらず『私には弾けない』と言って楽器を置いたまま町を出て行っちゃったのね?」

「そうです!皆の前で演奏した時は素晴らしいものでした。それなのに演奏後、暗い表情になったかと思えばそんな呟きを漏らしていなくなっちゃったんですよ……」

 何とも不思議、というか不気味な話しだ。呪いのギターというと語呂が悪い気もするが、そんな負の力でもあるのだろうか。

「僕はあのギターの音色に惚れ込んじゃいまして、三年前のあの日からそれまで以上にギターの練習を続けて来たんす。あ、元々ギターはやってたんすけどね。どうしてもあのギターが欲しい。いや、一度弾けたらそれで良いんです。そしてあの吟遊詩人が漏らした言葉の意味を知りたいんです!」

 熱い語りが終った。部屋にいる全員が心なしかぐったりしている。当たり前だよ、依頼内容聞くだけでもうお昼の時間じゃないか。しかも聞いて来た話しと全然違うし。

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