魔女っ子、弟子が出来る
それは突然の再会だった。
「お姉さん!」
学園の門を出たところでそんな声が響いてくる。妹などいないわたしは始めはシカトした。
「リジアお姉さん!」
自分の名前が追加されたことでようやく声のした方向に振り向く。見覚えのある少女がこちらに向かって手を振っていた。
「……あ、ミーナ!ミーナじゃない?」
隣りにいるヘクターの腕を突いた。昼下がりのウェリスペルト、学園前の大通りを一人の少女が走り寄ってくる。子供特有の細いさらさらとした金髪が揺れている。先日の冒険で滞在したフェンズリーにある孤児院で出会った魔法使いを目指す少女だ。
「どうしたのよ、こんな所で」
わたしが尋ねるとミーナはうふふ、と笑った。
「わたしね、この町に引っ越して来たのよ」
引っ越しって教会から?とわたしは不思議に思ったが、すぐにある考えが浮かんだ。つまり彼女は引き取られたのだろう。この町の何処かの夫婦に。よく見れば仕立てのいいワンピースに整えられた髪型に変わっている。教会にいる時からきちんとしていた印象だけど、今は良家のお嬢様みたいだ。
「元気だった?」
ヘクターが聞くとミーナは頬を染め、わたしの後ろに隠れる。
「あれ、嫌われちゃったかな」
ヘクターが苦笑するが、わたしは「違うわよ」と否定した。
「なに照れてるのよ」
「ち、違うもん」
わたしのからかいにミーナはムキになって首を振る。
「何?どうしたの?」
立ち止まるわたし達の様子を見てかローザも寄ってきた。
「フェンズリーで知り合ったお友達よ」
それを聞いてフロロも顔を出す。
「へー、かわいいじゃん。ちょっとリジアに似てるけど」
「なんでわたしに似てることをマイナス要素みたいに言うのよ……」
わたしが睨むとフロロは口笛を吹き、明後日の方向に目を逸らした。
「サイモンはどうしてるの?」
ミーナに質問してみる。すると大きく首を振られてしまった。
「な、なんであいつの事聞くのっ」
可愛かったから、と答えたら誤解されそうなので黙っておく。ミーナの顔は真っ赤だ。これは何かあったとみていいのか。わたしがしつこく食い下がろうとした時、アルフレートの声が投げ掛けられた。
「おーい、長くなるなら移動してからにしないか」
イルヴァも地べたに座り込んでいる。お腹空いた、と言っているのだ。わたしは思わずローザの顔を見た。
「いいわよ、連れてらっしゃいよ」
太っ腹な返事を聞き、わたしはミーナに尋ねる。
「これからこの人の家に行ってお昼食べるんだけど、どうする?あなたは平気……」
「行くっ」
皆まで言う前に勢いのいい返事がきた。
久々に会った年下の少女、その目は希望に溢れ、全てを吸収しそうな光に満ちていた。
「うわあ……」
ミーナはローザの家の玄関内を見て感嘆の声をあげる。わたしだって未だに見とれる、豪華だがセンスの良いアズナブール邸。
「ほほほ、さあ早く中に入りましょ」
新鮮な反応が嬉しいのか、ローザもテンションが上がっている。廊下を歩きながらもミーナは感嘆の声を上げ続けていた。わたしはミーナの肩を叩く。
「ねえねえ、で、サイモンは元気なの?」
「だ、だからなんであいつの事ばっかり聞くのよ」
ミーナは顔を赤くしながら怒る。
「何なの?そのアンタが気にするサイモンって子は」
ローザが振り向き聞いてくる。
「どうせ銀髪の美少年だったりしたんだろ?」
フロロの言葉にわたしはギクリと肩を震わせた。
「あーあ……」
ローザは呆れたように声を漏らすと先を行く。な、何よ!人を単純な人間のようにっ。わたしは前を歩く仲間を睨みつけた。
温室に立ち寄りフローラに挨拶してから食堂に入る。
「お帰りなさいませ、皆様」
メイドのメリッサちゃんがテーブルにフォークを置きつつ出迎えてくれた。ローザの家のお手伝いさんは玄関先まで出迎えてお辞儀をしながら……というような、本で見たことあるようなことはしない。あくまで彼女のうちは聖職者であり権力者ではない、というお父様の主義によるものらしい。プラティニ学園の学園長なんて十分権力者だと思うのだが。
「お昼、この子の分追加お願い」
ローザがケープを脱ぎつつメリッサに頼んだ。
「あら、可愛らしいお客様だこと」
メリッサは目を細める。
「お昼ご飯いただけるの?いいの?」
ミーナがおずおずと尋ねてきた。
「大丈夫、大丈夫、気にしないでいいから」
わたしが手を振り、ローザも頷いている。ミーナははにかんだ笑顔を見せつつ、わたしの隣りに腰掛けた。
「で、いつ越して来たの?」
根菜のスープを啜りながらわたしはミーナに尋ねた。
「昨日」
「きのう!?」
「だって早くお姉さんに会いたかったから、まず探しに来たの」
う、嬉しいことを言ってくれる。
「引っ越しはご両親の都合か何か?」
にこやかに聞くローザをわたしは手で制した。説明しなかったわたしが悪いが、その質問はちとまずい。しかしミーナはふふっ、と笑うと、
「お父さんとお母さんが出来たから越してきたの。わたし、フェンズリーの孤児院育ちだから」
あくまで明るく答えた。
「あらあ……ごめんなさいね、知らないで……」
「ううん、いいんだよ、お父さんとお母さんが出来ることは嬉しいことなんだから」
ミーナの言葉は本音のようだった。ということは引き取り先はいい家庭なのだろう。わたしはマザーターニアの顔を思い出し、そっと胸を撫で下ろした。
「孤児院ってあれか?バクスター家が援助してるってやつ」
アルフレートは前回の冒険で知り合った旧貴族の青年の名前を出した。
「そう、フロー神の教会にあって、マザーターニアってシスターがこの子達の面倒見てたのよ」
わたしが答えるとローザが食いついてくる。
「えっ、じゃああなたもフロー神を信仰してるの?」
ミーナは首を振った。
「ううん、信者では無いんだって。でも毎日お祈りしてたよ。口上も言えるし……」
「まあまあ!いい子じゃないの~」
鶏肉の刺さったフォークを振り回すローザ。こういう感覚、無信仰者のわたしにはわかんないんだよなあ。
「バクスターの家の人達はどうしてるかわかる?」
ヘクターが聞くとミーナは一瞬躊躇したようになる。
「……マルコムさんの奥さんのお葬式があって皆泣いてた。そのあと、大人達は何か騒いでたけど……教えて貰えなかったの」
マルコムが発表を決意していた賢者ウォンやエディス、それに悪魔を封じた瓶のことだろう。そりゃ町の実力者の家で嫁さんが悪魔召喚してました、なんて洒落になんないよなあ、とわたしは町の混乱を想像した。
「あ、そうだ、アンナは?まだフェンズリーにいるの?」
わたしの質問にミーナは頷く。
「いるよ。お葬式あとから教会のお手伝いに来てるの。なんかお父さんに『カンドー』されちゃったんだって。始め、感動されたのになんで寂しそうなんだろう、って思ったら意味が違うんだってね」
「え……」
わたし達は思わず顔を見合わせた。
「……ま、しょうがないんじゃないか?考えようによってはマルコムの屋敷に居座る理由も出来たと思えるし」
とアルフレート。確かに……そうかもしれないけど、何かなあ……。わたしは前回の冒険が後味悪いものになってしまったことに落胆してしまった。今度もし、レイノルズ氏と顔を合わせるなんてことがあったら、冷静でいられるかしら。
「それにしても意外でしたね~、リジアがこんなに子供に懐かれるなんて」
イルヴァが口をもぐもぐしながら言う。
「そ、そりゃあ魔法披露してあげたもん。ね、ミーナ?」
わたしの言葉にフロロが目を見開いた。
「リジアが魔法を披露!?」
「どうせ『ライト』とかだろ」
アルフレートが冷たく言い放つ。……どうしてこうもバレバレなんだろうか。
「ライトだって立派な魔法じゃないのよ……」
立派な古代魔術であり、使用者も使用頻度もずば抜けて高い魔法だ。
「そのことでお願いがあるんだけど」
わたしの顔を真っ直ぐ見て、ミーナがこちらに膝を向ける。
「な、何?改まっちゃって」
少し慌てるわたし。ミーナはわたしの手をがしっと掴んだ。
「お姉さんの弟子にして欲しいの!」
一瞬の妙な間の後、
「ええええええええっ!?」
わたしは絶叫をあげる。ローザがわたしの頭を押し退けてきた。
「で、弟子って、意味わかってる!?リジアを師匠として敬い崇めるって意味よっ?」
「それは言い過ぎじゃない?ローザちゃん……」
ローザに突っ込んだ後、わたしはミーナと顔を合わせた。
「……どうしたのよ、学園に入れば、って話しはしたはずじゃない」
「だってあと三年も先なのよ?」
ミーナが口を尖らせた。学園に入るのは十二歳になる年からと決められている。これは戦士系のクラスを目指すには、それ未満であれば体が未発達で力不足という理由からで、魔術師系を目指すには、ぶっちゃけ理論を教わっても理解出来ない、頭に入らないからだったりする。するとミーナは今年九歳ということか。
「しかも魔法が習えるのは一年経ってからだもんねえ……」
ローザが溜息ついた。
そうなのだ。魔術師系のクラスでは、始めの一年はみっちり世界情勢やら言語学やらの知識を叩きこまれる。これは魔法を習う前の知識のベースを作る意味と同時に、魔術師がパーティーにおけるセージ(知識人)の役割を担うことが多いからという理由だ。まずこの初年で脱落者が多く出る。入学時に半々の割合だった戦士系クラスと魔術師系クラスがわたしの五期生では3対1ぐらいの割合になっているのだ。もちろん戦士達も脱落者は多く出る。それでこの割合なのだ。いかに魔術師クラスからの脱落者が多いかが分かると思う。
わたしも『魔法が使いたい』という理由で入学を希望したし、入学前から魔法の出てくるような本を読み漁ったりしていたから気持ちは分かるが……。
「何か焦ってない?」そう言おうかと口を開きかけた時、
「いいじゃないか」
アルフレートがにやにやとしながらこちらを見る。
「リジアにも良い復習になる、人に物を教えるっていうのはそういうことだ」
偉そうな言葉だが、いくらなんでも入学前の子供に教える範囲のことがわたしの復習になるとも思えない。
「それは無いんじゃない?リジアはほら、頭でっかちだから」
ローザが笑いながら言った。頭でっかちとは大した腕前も無いのに知識だけは立派というわたしへの周りからの評価である。褒めているようで貶している。
「最近はそうでもないもん」
わたしは頬を膨らました。
「可哀相じゃないか。せっかく無いに等しい人望で慕ってきてくれた子供を追い返すなんて。丁度我々は暇なことだし」
アルフレートの嫌味満載の台詞にわたしは嫌な汗をかく。まだ根に持ってるのかよ、とわたしは心の中で舌打ちした。




