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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第二話 願う人、沈黙の魔人
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ウォンの研究

 どのくらいの時間そのままだったのか、いつの間にか夕焼けのオレンジ色が部屋に入ってきていた。ヘクターの瞼が動く。わたしは慌てて手を離した。

「……リジア?」

 ヘクターがわたしの頬を撫でる。

「うん」

「もしかしてずっといてくれた?」

「……うん」

 わたしは今更になって恥ずかしさに顔から火が出そうになった。ヘクターが起き上がる。

「あ、無理しなくていいよ!」

 わたしは慌てて止めようとするが、ヘクターはベッドから足を下ろし大きく伸びをした。

「いや、大丈夫。特に問題ないし、体も軽い。やけに良く寝た気分」

 そう言って肩を回す。確かに顔色もいいみたいだ。ローザちゃん凄いな……。

「あっ!そういえばっ」

 わたしははっとして、ヘクターのアンダーシャツをめくり上げた。綺麗に傷痕もない腹筋が現れる。ほっと胸を撫で下ろす。初期の治療がわたしの下手くそな治癒術だったので心配だったのだ。

「……あの、もういい?」

 ヘクターの困ったような顔にわたしは我に返った。

「わっわっとっゴメン!」

 シャツを素早く下ろす。何やってんだわたし……。男女逆なら大問題だわ。

「大丈夫だよ、俺、このくらいの怪我なら初めてじゃないし」

 ヘクターはそう言うとわたしの頭をぽんぽんと叩いた。

「……本当に?」

「うん、まあ流石に毒受けたのに気付いた時は『やばいな』と思ったけど」

 ヘクターは苦笑する。わたしは血で染まっているシャツを見て、唇を噛んだ。

「あのさ」

「ん?」

 ヘクターの瞳がわたしを見る。

「あの時、『逃げろ』って言ったのは、アンナがいたから?それともわたしだけでもそう言ったの?」

 わたしが聞くとヘクターは困ったように口を閉ざす。暫く沈黙が続いたことでわたしはヘクターの答えを聞いた気がした。こくり、と飲み込んだ後にわたしは続ける。

「わたしは……きっと分岐点にいたんだと思う。あそこでアルフレート達を呼びにいって、間に合っていたとしてもきっと何かを失っていたと思う」

「……うん」

「ヘクターが間違っていたとも思わない。……ううん、たぶん、あの場の選択としては正解だったんだと思う。でも」

「ありがとう」

 言い終える前にヘクターがわたしの手を掴んだ。彼のブルーグレイの瞳に、自分のシルエットが見えた時、わたしは無性に恥ずかしくなって目を伏せてしまった。

「何言ってるのか、よくわかんなかったでしょ」

「いや、よくわかったよ」

 同じ歳頃のはずの男の子の手はわたしの手を覆い隠す程大きい。

「……シャツ、変えなきゃなー」

 ヘクターが自らの血で染まるシャツを見つめながらぽつりと言った。とんとん、と部屋がノックされた。慌てて手を放すわたしとヘクター。一瞬の間を置いてローザが顔を覗かせる。

「……あら、目覚めた?流石に回復は早いわねー。体力ある人は違うわ。……と、エディスさんが話しあるって」

 わたしはヘクターと顔を合わせると立ち上がり、扉に向かった。

「邪魔しちゃってごめんなさいねぇ」

 廊下を歩く途中でローザが耳打ちしてきた。

「……殺すわよ」

「あらあら、恐い」

 前を歩くヘクターは頭を掻いている。倉庫部屋に入るとフロロとイルヴァ、エディスさんが待っていた。

「……アンナは?」

 わたしが聞くとイルヴァが下を指差した。

「店員さんの仮眠室をお借りしました。まだ起きてないみたいですよ」

「そう……。アルフレートも戻ってないの?」

「アルはウォンの住居、探しに行ったんだって?じゃあもうすぐ戻ってくるんじゃないの」

 フロロが答えた。

「大丈夫でしょうか……」

 エディスさんが心配そうに呟く。

「大丈夫ですよ、うちらの中でも一番、何があっても死にそうにない奴だし」

 わたしは手を振って答えるが、エディスさんの顔は晴れない。

「でも……彼は、ウォンはとても危険な人物です」

「え、……って、何、ウォンってやっぱり生きてるんですか?」

 エディスさんが頷いたことで、わたし達の中の空気が少し張りつめた。だとしたら、やっぱり黒衣の男は賢者ウォンで合っていたのだろうか。

「でも、ギルドで聞いて来た話しでは葬式までやったって話しだったよ?」

 フロロが聞く。

「そうです、彼は……ウォンは一度、死んだのです。そして、バクスター家の方で葬式をあげることになっていました。バクスターは身よりの無いウォンとそのような約束をしていたので。でもそれがいけなかったのです。ウォンはそのことでマルコムを脅迫して、自分の研究の協力を要請してきたのです」

「ちょちょちょ、ちょっと待って、全然話しが飲み込めないわ。一旦死んだのに生きてたってこと?」

 混乱するわたしにエディスさんは頭を振る。彼女自身、どう話していいのか迷っているようだ。暫く沈黙したのち、ゆっくり話し始めた。

「賢者ウォンは元々、マルコムの祖父の代に顧問魔術師としてバクスター家に来た若者でした。当時まだ一地方領主だったバクスターが国政の舞台に上がるのにとても尽力したと聞いています。マルコムも小さい時からとてもよくしてもらったと言っていました。彼には残念ながら魔法の才能は無いので師と仰ぐことはなかったけれど、面白い話を聞かせてくれる家庭教師のような存在だったようです」

 フロロから聞いた話と合っている。エディスの声はか細く、みんな黙り込んだ。

「私自身はあまり付き合いがありませんでした。私が嫁いできた時にはもう、年齢からウォンはそれまでのようにバクスター家に直接雇われるような形にはなっていなかったので……。それでも家の人間からも町の人からも賢者の話はよく聞いていましたわ。とても尊敬される人物、であったのだと思います」

「そうじゃなくなった、と」

 わたしの言葉にエディスさんは頷く。

「顧問魔術師時代から古代魔術の研究で大きな功績を残していたウォンの研究は晩年、不老不死の研究に大きく傾いていきました。それは呪術と呼ばれる類のもので、名声を得るようになった古代魔術の研究はすでに、頭には残っていなかったのです。老いた魔導師には、自然の流れなのかもしれません」

 突っ込みどころ満載の台詞にわたしの頬は引きつりまくるが、穏やかな空気をまとった彼女にどう言っていいのか浮かばなかった。ソーサラーの世間一般からの目はこんなもんなのか……。わたしは一人唸る。

「永遠の命を手に入れるため、ウォンが最初にとった方法は自らの細胞を元に新しい体を作ることでした。……失敗でした。どうやっても、若い新しい体にウォンの意識を移すと、見る見るうちに老いた姿に変わっていったそうです。次に考えたのが人間よりも強固な存在と自分の体の融合です。これが今の彼の姿になります。モンスターの中でも人型に近いもの、トロルやデーモンなどと自分の体のコピーを次々と融合させていったのです」

「一度目に会ったウォンが魔術師系のモンスターとの融合……ヴァンパイアとかかしら。次に会ったのが肉弾戦系のモンスターってことね」

 わたしは唇を噛んだ。

「体が消えたのはなぜです?」

 イルヴァが珍しく質問する。わたしは浮かんだ考えを披露してみる。

「たぶん、本当に絶命する前に次の体に意識を移すよう、ウォンの研究室か何かに移動するようになってるんじゃないの?」

 どうやって、と聞かれたら困るがウォンは元々テレポート系の魔法で名声を得た偉大な魔導師だ。エディスさんは頷くと再び話し出す。

「それでも見た目が老人の姿になるのは変わりませんでした。彼が手に入れたいのは力では無く、永遠の命です。そこで思いついた方法が悪魔や神に近い存在との融合です。神はもちろんのこと、神の従属である闘神、邪神の従属である悪魔にも寿命はありませんから。……バクスター家と元々懇意にあったウォンは、イェトリコの魔封瓶のことをどこからか知っていました。それが数百年前にバクスター家の先祖が悪魔を封じた物だということも、いつからかレイノルズ家に流れていってしまったことも」

 ふう、と一息ついた。

「ウォンはある日、自分の体のコピーをバクスター家の屋敷の前に置きます。まるで屋敷を訪ねてきた最中に発作で倒れたかのように。それを発見したマルコムは疑いもなく葬式を出す事を決めたのです。フェンズリーの中でも大きな式になりました。町人の中にも涙を流すものは多かったです。……しかし、彼はそのような人々をも裏切ったのです。ある晩、私とマルコムの前に彼が現れました。そして私たちをののしったのです。『あれは研究で作り上げた私の分身である。勝手に自分を殺したお前達を許さない』と。マルコムは動揺していましたが『すぐに間違いを発表しよう』と告げました。が、ウォンは首を振ったのです」

 一瞬、沈黙が広がる。全員がエディスの話に聞き入っているからだ。

「不気味な笑顔でした……。今考えるとマルコムはウォンの術中に入っていました。そうでなければ言う通りにするとは思えない提案です。……彼の提案はこうでした。『私は今以上に穴蔵に籠ることにしよう。死んだことにしてくれていい。それで君のフェンズリーでの名誉は守られるだろう。ただ、一つ条件がある』にやける顔が今でも頭に浮かびます。以前の彼には見られなかったものです。思えばモンスターとの融合で顔つきが変わっていたのかもしれません」

「その条件がイェトリコの魔封瓶ね?」

 ローザの言葉にエディスは頷いた。

「私もマルコムも知らない物でした。その時ウォンから説明を受けたのは『魔人が封印された瓶であり、バクスターの先祖は魔人の力を受けて財を成したのだ。封印が解けるにはいまだ早いが、私ならその封印が解ける』というものでした。たぶん、あなたがたもアンナから聞いたのがその話しではないでしょうか。私がアンナに話した内容がそれだったので……」

 わたし達は頷いた。

「私はアンナに手紙を書きました。瓶の外見の特徴を、そして父様にはなるべく気づかれないように、と。そして長旅の危険を考えて、アンナではなく誰か信頼できる若い者をよこしてくれ、と。私の言い方が悪かったのでしょう。逆にアンナを心配させて自ら家を飛び出すまねをさせてしまいました。アンナが家を出たという書簡がバクスター家に届くのと同時に、マルコムがイェトリコの魔封瓶が危険なものである、という先祖の伝聞を見つけてきました。私とマルコムはアンナを心配しましたが、ウォンにしか封印が解けないのであれば大丈夫だろう、と思っていたのです。しかし間違っていたことがすぐにわかりました。首都周辺で悪魔の姿が確認された為、フェンズリーでも警戒するようにという通達が首都からきたのです。マルコムは『アンナと護衛の冒険者には何も知らない振りをすること』を言ってきました。……言い訳だと思われてもかまいません。これは保身ではなく、余計な混乱をさけるためだったのです」

「アンナが聞いたらウォンのところに乗り込みかねない、と思ったんじゃありません?」

 わたしが聞くとエディスさんは迷った素振りの後、小さく頷いた。

「……アンナが家を出たと聞いた時点で考えてしまったのがそれです。あの子を巻き込むのは絶対に避けなければいけないというのが私とマルコムの意見でした。それなのにあなた達が来て、肝心のアンナがいない時は私とマルコムは本当に動揺してしまったのです。あなた達だけにでも事情を、ということも出来ない状況でした。ウォンはなぜか屋敷での会話などを知っていることがわかったのです」

 わたしの頭に一羽の鳥の姿が浮かぶ。屋敷の周辺で何度か見かけたカラスだ。

「あれか……」

 使い魔、という存在を思い出し歯噛みする。わたしにはまだその力は無いが、ソーサラーには使い魔となる動物を使役する者は多い。契約を結んだ動物とソーサラーは五感を共有するので、情報収集に優れた鳥類を選ぶ術者は多いのだ。

「それでいきなりウォンがわたし達の前に現れたわけね」

「そうですね……。こんなことならはじめから事情を話した上で、私とマルコムが町を離れれば済んでいた話しだったのです」

 そう言い終わるとエディスさんは涙を拭った。巻き込まれた方としてはそうして欲しかったというのが本音だが、全てを失うことへの怖さはわからなくもない。

「気にしないでください。危険を請け負うのがわたし達の仕事ですから」

 これはわたしの本音だ。そうでなかったらアンナをエディスさんに会わせた時点で帰る準備をしている。全てを綺麗に解決、なんておこがましい考えかもしれないが、全てを知りたいというのが本心だった。

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