オカマ、嘆く
変り者のエルフが学校に入って来た。
そんな話しを聞いたのは、わたしが三期生に上がった時だった。人間より遥かに寿命が長く、また魔力や精神力でも人間のそれとは比べものにならない程優れている彼らは、基本的に人間界には立ち入らない。それは立ち入る理由がないからである。
たまに物好きなエルフを町中で見ることはあっても、それは「人間の観察」目的だ。人間より確実に優秀な生き物であるエルフが、間違ってもその人間から物を教わろう、などとは思わないだろう。
ところがどっこい、アルフレート・ロイエンタールはプラティニ学園に入学して来たのだ。
当時、そんな彼を一目見ようと学園中の生徒が彼の元へ詰め掛けた。わたしもその中の一人。精霊使いとして超が付くほど優秀なことと、エルフ特有の線の細い美貌を持つ異種族を、色恋とは別の憧れの目で見たものだ。
しかし、わたしの予想とは少々違う場所に彼はいた。
「バードクラス」
そう、吟遊詩人のノウハウを学ぶクラスにいたのだ。エルフのイメージといえば、いうまでもなく精霊魔法の使い手としての魔術師の姿だ。しかしながら、ああ、魔法はもう習うことなんてないんだろうな、ちょっとした趣味のつもりで音楽でも習うのかもな。あの見た目だもの、さぞかし様になるんだろう。誰もがそんなことを考えていたと思う。今となっては当時の自分に忠告してやりたい。彼の歌を聴くな、と。
若き少年少女に軽くトラウマを与える結果となった歌声と連日割られるガラス窓に、いつしか彼の学園でのあだ名は『歩く鼓膜破壊機器』。学園に入ってくるようなエルフがまともなわけがなかったのだ。
そんな彼とわたしが知り合ったのは、彼の意外な一言だった。
「お前はアルマ・ファウラーの孫か?」
アルフレートはわたしの祖母であるアルマ・ファウラーと知り合いだったのだ。彼曰く、わたしと若かりし頃の祖母はそっくりらしい。わたしが驚きながらも肯定すると、彼は何やら嬉しそうにニヤニヤ笑い、それから何かと話しかけてくるようになった。
しかしその後、アルフレートから祖母の名が出てくることはない。わたしと祖母は離れて暮らしている。その為、アルフレートと祖母のつながりはよくわからないままだ。
もしかして一緒に冒険なんかしてたのかな、とアルフレートの横顔を見ながら思う。わたしの祖母は両親とは違い、魔法使いだったからだ。その才能をこんな形であれ、引き継いだのがわたしになる。
その辺の話しも一度聞いてみたいものだな、と食べ終わったサンドイッチの包みを丸めた。するとそれを見ていたのか、ローザがローブの懐から何かの紙を出す。
「これ、記入して教官のところに持っていきましょう!こんだけ早い結成なんてあたし達が一番かも!」
見るとパーティ編成書の記入用紙だった。メンバーの名前と所属クラス等を書き込む欄がある。日の光を反射する白い用紙に「いよいよだね」と呟いていた。
わたしの魔術書の表紙を下敷きにして全員の名前を書き込む。出来上がったそれをわたしは手に取ると、
「じゃあ教官室行こうか!」
と全員の顔を見た。
昼食の残骸を片付け、鼻歌なんて口ずさんじゃったりしながら教官室に向かう。廊下を歩き、見えてきた茶の重厚な扉の前に立つとノックした。くぐもった「どうぞ」の声に意気揚々と中に入り込む。
机と積みあがった書類で構成された教官室、入り口から一番手前の席にいるメザリオ教官はわたしの顔を見て目を丸くした。しかしぞろぞろと続く仲間の顔を一つ一つ見る毎に、どこか遠い所を見るような目つきに変わる。
「……どうした?」
低い教官の呟きに、わたしは記入してきた編成書を差し出す。
「はい!出来ました!普段の仲良しグループですけど、良いですよね?」
明るいわたしの声に、
「ああ、うん……」
呻きのような教官の声。その対比に、漸くわたしは空気がおかしい、と気付いた。顔を上げると室内にいる教官達が全員こちらを見ている。戸惑っているわたしにメザリオ教官は静かに言い放つ。
「却下」
「え、な……なんで?」
突っ返されたメンバー編成書を手にしながら、わたしは辛うじて乾いた声を出す。
「なんでも何も……メンバーが片寄りすぎだろう」
メザリオ教官は溜息をついた。わたし達五人はお互いの顔を見回す。
「でも、人数の問題もクリアしていて、クラスだって一人も被ってませんよ!?」
詰め寄るローザに教官は答えにくそうに口を開く。
「それは認めよう。仲良しグループだって別に構わない。しかしね」
口篭るメザリオ教官の後ろから一人の女性教官が顔を覗かせた。
「言いにくいなら代わりに私から言いましょうか?」
冷たい声と女性教官の光る眼鏡に、わたしは思い切り身を引いてしまった。
「まず、貴方達は一人一人が問題視されている存在だということを理解しなさい」
女性教官――コルネリウス教官は持っていた指示棒をびっ!と伸ばした。五人の背筋が伸びる。
「貴方」
指示棒で差されるのはイルヴァ。人形のような顔を傾げて見せる。
「日ごろから服装について注意を受けているはずです。ファイタークラスの生徒は薄い物でもレザーアーマーか防護服を着用のはず。……なんですか、その格好は」
メザリオ教官を含めてその場にいる全員がイルヴァのフリフリな服を見る。
「ミニスカート、防護服無し、靴もなんですか、その厚底のヒール靴は」
「確かにねえ」
頬に手を当て溜息つくローザに「ハイそれ!」と指示棒が迫った。ローザは身をのけ反らせる。
「個人の性格についてとやかく言いたくありません。けどね、外部の人間がオカマ言葉全開の生徒を見て、どう判断するかは、我々も関与出来ません。普通ではない、これをまず理解しなさい」
「お、オカマの何が悪いのよ!」
うわーんと泣き出すローザに一気に修羅場感が増す。いかん、ここは地獄だ。
「婚期逃した独身女のヒステリーって嫌だよな」
にやにや笑うフロロの頭に指示棒がぱちん!と当たる。「いてえ!」という悲鳴があがった。
「貴方はそれ!その口の悪さがトラブルの原因になるかもしれない!それを胸に置きなさい!盗賊としての腕前がどうこうなんて関係ありません。この問題児達を引っ張る力は貴方には無いんだから!」
痛そうに頭を摩るフロロに同情するものの、普段からコルネリウス教官の魔術理論の授業はとんでもなく厳しいのだから馬鹿だな、とも思う。
「……そして一番の大きな問題は貴方達」
指示棒が差すのはわたしとアルフレートだった。わたしは棒の先をぎょろぎょろと見つめ、アルフレートは欠伸する。
「貴方達が演習場や校舎の壁、窓ガラスをそれぞれ破壊したその修繕費、それはどこから出てるか知っていますか?」
コルネリウス教官の目がすっと細められた。黙っているわたし達に教官は縦にやたら長い一枚の紙を突きつける。ずらずらと並ぶ日付と学園内の施設の名前に嫌な予感がする。これってもしかして、わたしとアルフレートが破壊して、修理が必要になったもののリストなんじゃないだろうか。
「学園の維持費用からです!学園の予算なんです!貴方達が大人しければ魔術書がいくつ増えたでしょう!奨学金枠がいくつ増えたでしょう!……いいですか?貴方達、特にその二人は退学寸前の状況だということを肝に銘じなさい」
その言葉にぎょっとする。退学になったらどうすればいいんだろう。というかどうすれば回避できるんだろう。大人しくしてれば、って授業の一貫だったんだけどな。……ってそれがマズイのか。
わたしの動揺を見透かしたようにコルネリウス教官は指示棒を手の上で弾いた。
「今回は見返すチャンスだと思いなさい。学生としては底辺の貴方達が、冒険者としては立派なものだと、周りを見返して御覧なさい。そしてこの学園、貴方達を慈悲で許容してくださっている学園長に恩返しなさい。プラティニ学園の生徒、そしてその出身冒険者は頼れるということを、世間に知らしめるんです!」
「そ、その為には!?」
熱い演説にわたしは思わず大声で尋ねる。コルネリウス教官は厳しい顔のまま答えた。
「まずはバラバラになる方がいいと思うわよ?メザリオ教官が言いたいのも、よりによって学園の問題児が一同に揃ってることを仰っているんだから」
一瞬の間の後、全員がメザリオ教官を見る。視線を向けられた教官は額に浮かんだ汗を拭きつつ息をつく。
「……まあまあ、何も全員バラバラになれ、とは言わん。数人ずつ分かれるのでもいい。それか、まだ五人なんだ。最後にもう一人、そうだな、君らをびしっと導いていけるような生徒を探すんでもいいぞ」
「既に輪が出来あがってるグループに外部からリーダーを引っ張ってこい、って事か?そりゃあ若い身空には酷じゃないかね?」
アルフレートがメザリオ教官の肩に寄りかかる。こんなに自分の立場が分かってないのも羨ましい。再びコルネリウス教官のこめかみに筋が浮かんできたのを見て、わたしは慌ててアルフレートの腕を引っ張った。
「わ、わかりました!出来るだけ早く残りの一人を見つけてきます!そりゃあ教官達もびっくりしちゃうような!」
そう喚きながら仲間の腕を引っ張り、全員を教官室の外へ押し出す。重い空気を遮るように扉を閉めると、その場にへたり込んだ。
「……ど、どうするの?あんなこと言って、リジア、当てでもあるの?」
ローザの小声の質問にわたしはゆっくりと首を振る。
「あるわけないじゃない……」