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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第二話 願う人、沈黙の魔人
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奇怪な個人部屋

「ヘクター!」

 壁に背を預け、倒れるヘクターの姿を見て駆け寄る。抱き起こすと息が荒い。わたしはヘクターの上着を脱がすと傷を確かめる。

「やだ……」

 こんな状態で戦っていたのか。脇腹から大量の血がシャツに染みている。後は腕や頬に小さな切り傷。混乱とショックで泣きそうになるのを堪えて短く呪文を唱えた。けして簡略しているのでは無く、わたしに出来る唯一の回復呪文だ。

「キュアネス」

 右手から出る小さな光をヘクターの脇腹に押さえつけた。ヘクターが小さくうめいた。

「ごめん、ちょっと我慢して」

 少しづつ、少しづつ傷が小さくなっていくのはわかるが、これでは駄目だ。

「大丈夫ですか……」

 涙で霞む目で振り返ると、先ほどのバーテンの青年が心配顔で覗き込んでいる。あれほどの爆発があったからか、様子を見に来た町の人もいる。その中の1人が傷を見てか声をかけてきた。

「それじゃ間に合わんだろう」

 見ると冒険者風の女性だ。剣士らしき姿だが呪文も使えるらしく精霊語を唱え出した。

「ヒーリング」

 女性がヘクターの腹部にかざした手から光が漏れている。わたしが唱えた時とは比べ物にならない早さで傷が塞がってきた。とりあずほっとした時、女性が顔をしかめる。

「いかん、毒を受けているな」

「え……」

 ヘクターの青い顔を見て、わたしは再び手が震えてきた。無意識に女性にすがる目線を送ってしまったのだろう、女性は首を振った。

「私は解毒の呪文までは覚えていないんだ。毒の種類もわからないし、早く魔法医のところに運んだ方がいい」

 そんなこと言われても……。魔法医なんてどこにいるのだろう。頭がぐらぐらして、痛い。働かない自分の思考にイライラして余計に涙が出てくる。

 ぽん、と肩に置かれた手に反応するのにも時間がかかった。

「大丈夫よ」

 聞き慣れた声に隣りを振り返る。ローザだ。ヘクターの顔や腹部の様子をテキパキと見て、呪文を唱え出した。指先が小さく光る右手で首もとを触る。

 ふと、背中が暖かくなった。イルヴァが後ろから抱きしめてくれたのだ。髪から漂う良い匂いに、わたしはようやく涙を拭うことができた。




「完全に人間じゃないな、それは」

 アルフレートが組んだ足をぶらぶらさせながら言った。振動で彼の座る古いカウンターが木の軋む音をさせる。

 隣りの部屋ではローザがヘクターの毒を治療している。手助けしてくれた剣士の女性はローザの検診だけで毒の種類を確認できる力に感嘆していた。ただ、治療には時間がかかるということなので、あのバーテンの青年が店の空き部屋を貸してくれたのだ。

 今、わたしは先ほどファイアーボールを放った倉庫部屋にいる。回収し忘れていた短剣を窓枠から引き抜いた。

「でも、がんばったじゃないか」

 似合わない言葉を言うアルフレートに思わず笑ってしまった。

「それはそうと、そろそろ離してくれない?」

 アンナが自分の腕を掴むイルヴァを睨む。

「えーん、こわいですう」

 棒読みで言い返すイルヴァ。

「離してやれ、イルヴァ。そのお嬢さんは逃げやしないさ。なんていったって自分の身勝手のせいで未来ある青年が一人、大怪我してるんだからな」

 アルフレートの言葉にアンナの顔が強張った。眉間には皺が寄り、俯いてる姿を見てわたしは何か慰めの声を掛けようか迷ったが、止めた。何を言っても白々しい気がする。わたし以外にアンナをフォローしそうな人間はここにはいないので、必然的に沈黙が部屋を覆う、と思ったらアンナが口を開いた。

「……全部話すわよ。はあ、まさか追いかけてくるなんてね」

「当たり前だろ。我々の仕事をばかにするな」

「ばかにするなです」

 アルフレートとイルヴァに続けざまに言われ、アンナは少し落ち込んだ様子だ。

「まずはなぜ、我々を置いて一人で出て行ったか、だ」

 アンナは少しの間、口を閉ざす。何から話すべきか、と迷っているのだろう。

「そうね、始めに言っておきたいのは姉様に援助をしに行くというのはあたしの勝手な意思で」

「父親は単にお前が姉に会いに行く、というのを聞いただけなんだろう?」

「気がついてたの?……その、あたしの嘘だって」

 アルフレートが深い溜息をつく。

「悪いがレイノルズ氏には書簡を送って質問した。ただ単に『家宝を持って行く』云々は怪しすぎたんで気づいたが、まさか援助の話し自体が作り話とはな」

「そうなの?」

 わたしが聞くとアルフレートは頷く。

「さっきこの女を探しに行った先の酒場で聞いた。バクスター家は議員としての名誉は失っていたが、金には困った素振りが無いな。なんでもフロー神の教会にある孤児院に援助していたり、上手い金の使い方で今でも十分町の人間の心を掴んでるよ」

 わたしはあのサイモン達のいた孤児院を思い出す。あそこに援助しているのか……。マルコムの人柄がわからなくなる。

「……それはあたしもこの町に来て初めて知ったんだけどね。本当に経済的に困ってると思ってたんだから。にしても、お父様にもバレちゃったのか……。困ったな」

「別にエディスさんが困ってるって聞いたから、って言えば、父親なんだし許してくれるんじゃない?」

 わたしが言うもアンナは首を振る。

「ないない、よそに行った娘のことなんて面倒見きれん、て終っちゃうわよ。けちだもん」

 ああ、そういえばローザもそんなこと言ってたっけ。

「じゃあ、どうして困ってるって思ったのよ」

「言いたくないけど、あたしの早とちりとしか……。姉様から『毎日大変ですが、何とかやっています』なんて手紙が来たらそんなに大変なのかと思うじゃない。バクスター家のごたごたはずっと聞いてたし……」

「本当に馬鹿なんだな。巻き込まれたこっちのことも考えろ」

 アルフレートが吐き捨てた。アンナはすでに涙目だ。

「ちょっと、今責めてもしょうがないでしょう?とりあえず、全部話しを聞いてからにしましょう」

「その言い方だと話し終わったら責めるって感じですね」

 イルヴァが突っ込んでくるがシカトさせていただく。

「で、エディスさんの方からイェトリコの魔封瓶の話しがあったのね?」

 アンナは頷いた。

「……マルコムが頼んでいるんだけど、って前置きで、なんでもバクスター家からうちのご先祖が持ち出しちゃったらしいのよ。それを持って来てくれないか、って。それがあればバクスターが国政に帰るのも十分にあり得るから、って言われたら……断れないわよ」

 レイノルズ家が元々バクスター家から分かれた一族なのだとしたら、そんなこともあったのかもしれない。それをマルコムが知った、というのも不自然ではない。

「言い伝えを聞いて、不思議には思ったんだけど、ほら、あたしもお父様も知らないような話しだったし。でもお父様は援助なんて断るに決まってるし、あたしには持てるお金なんてたかがしれてるし」

「で、盲進しちゃったわけだ」

 アンナはアルフレートに頷いた。

「一人で出てきたのはあなた達を巻き込みたく無かったから、っていうのが大きいけど、本音を言わせて貰えばお父様に知られたくなかったから。まあもう無理みたいだけど。……でも怒ってないわ。こうなるべきだったから」

 そう言って少し笑った。

「あの瓶からあんなのが出てきた時は『どうしよう、間違った物持ってきたのかも』っていうのでショックだったんだけど、だんだん『知っていてこれを欲しがってるんじゃないか』って思い始めたのよ。だって似たような物は地下に無かったし。少し前から魔術の類いに嵌っているって聞いてたのもあって……。それであたし、だんだんあの人が何をしようとしているのか怖くなったの」

 エディスはマルコムに言われて妹に頼んだだけとはいえ、マルコムは悪魔を呼び出したあと何をしようとしていたのか、それを知ったエディスをどうしようと思っていたのか、確かに不安になるだろう。

「しかし、だ、お前一人で乗り込んで何が出来る?お前がやろうとしていたのは親に怒られたくない一心で動いていただけじゃないのか?」

「……あたしは……あたしなら姉様を救えると思ったんだもん!」

「フェンズリーに来ても屋敷の周りをうろついていただけのやつが?笑わせるな。今、仲間がエディス一人を外に連れ出すように屋敷に張っている。これでも我々は役たたずかね?」

 アルフレートがにやりと笑うとアンナは驚きの声を上げた。

「姉様を?」

「勝手な真似と文句言いたいか?」

「違うわよ」

 アンナは深いため息をつく。

「そういえばアンナは賢者ウォンの顔は知らないの?」

 わたしは黒衣の男が現れた時のことを思いだし聞いた。

「ウォン?残念ながら会ったことは……。あの男がそうだったの?」

「見た目はどんぴしゃなんだけどね。ただそんなおじいさんがセスタス両手に暴れ回れるとは思えないけど」

 わたしは苦笑する。アルフレートは顎に手を当て何やら考えこんでいる。すっ、と手を下ろすとわたしに向き直った。

「私が動いてやるか」

 そう言うと窓を開け放つ。ヒラリと体を翻すと外へ飛び出していくではないか。

「ちょっ、ここ三階!」

 わたしが慌てて窓の下を見ると、何事も無かったようにアルフレートが通りを歩いていく姿があった。

「何者なの?あいつ」

 アンナの言葉にわたしが肩をすくめた時だった。

「アンナ!」

 部屋の入り口から声がかかる。わたし達は一斉に声の方向に振り返った。白い肌に艶やかな黒髪。穏やかな顔を憔悴の色で歪めている。エディスだ。隣にはフロロが腕を組んで立っている。

「姉様……!」

「アンナ!心配したのよ」

 エディスさんが腕を広げ駆け寄ると、アンナは彼女の胸の中に飛び込んだ。

「姉様!エディス姉様!」

 その瞬間、アンナの体がふらりと傾く。わたしは慌てて支えた。

「アンナ!」

 エディスさんが叫ぶ。

「……安心して気が遠くなったのかもしれません。ずっと神経張り詰めていたと思うので……」

 わたしがエディスさんに言うと、イルヴァがアンナを抱え上げた。

「他にベッドが無いか聞いてきます」

「勇ましいなあ」

 フロロが感心したようにイルヴァを見上げた。

 そのままイルヴァがアンナを抱えて、エディスさんもそれに付き添い部屋を出ていったのを見送り、フロロがわたしに『耳を貸せ』というように指を振る。しゃがむわたしにフロロは耳打ちしてきた。

「……バクスターの屋敷、色々見てきたけどやべーな、ありゃ」

「ど、どういうこと?」

「地下にある隠し部屋見つけちゃったんだよ。俺には魔法の知識ないからよく分かんなかったけど、なんかヤバそうな魔術の研究室みたいのあったぜ」

 それを聞いてわたしは鳥肌が立つ。

「マルコムの?」

「そうなんじゃないの?床には魔法陣と血痕があるし、壁一面が本で埋まっててさ、どういう本か後で確認出来る?」

「行けそうなら行ってみたいわね……マルコムが何をしようとしてたのか分かるかもしれない」

 そんな小声の相談中、ローザが入ってきた。

「どうだったの!?」

 立ち上がりわたしが聞くとローザは胸を張った。

「あたしが治療出来ないわけないでしょーが。少しタチ悪い毒だったけど、もう少し休んで体力回復すれば大丈夫。多分、相手の武器に塗ってあった毒みたいね」

 あの黒光りした鈎爪がそうだったんだろうか。わたしが怪しく光る刃を思い出しているとローザがわたしの肩を叩く。

「それよりヘクターが呼んでるわよ」

「わたし?」

 わたしは自分の顔を指差す。何だろうか。

「早く行ってやんなさいよ」

 ローザに急かされ部屋を出るが、隣りの部屋の扉を見て緊張する。『なんで逃げなかったんだよ』とか怒られたらどうしよう、と胸がドキドキしてきてしまう。

 大きく大きく深呼吸した後、意を決して扉を開けると簡易ベッドに横たわるヘクターの姿があった。近寄ってみると穏やかな寝息をたてているではないか。

「……呼んでるなんて、嘘じゃん」

 そう呟くが、ローザに感謝した。ヘクターの顔は綺麗に傷が消えている。ローザが全て治療したのだろう。わたしはベッドの脇に座ると、少し躊躇した後、そっとヘクターの頬に触れた。温かい。当たり前のことになぜか目頭が熱くなる。

「綺麗な顔……」

 わたしは思わず口に出していた。部屋の明かりに反射する銀髪、形の良い眉、すっと筋の通った鼻。ヘクターの手を取ると両手で握りしめた。

「……あったかい」

 涙が頬を伝う。よかった。わたし、逃げなくて正解だったよね。

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