再会、対決
「ところでサイモン達に聞きたいことというのは何だったんですか?」
シスターがにこやかに聞いてくる。いかんいかん、流れるような騒ぎで忘れるところだった。
「この町で黒髪の女の人って見た事無い?昨日、今日の話しなんだけど」
そう切り出した後、わたしはアンナの特徴を細かく伝える。派手な彼女のことだ。見掛けていたら目にとまることもあったかもしれない。身体的特徴を伝えた後、わたしはサイモンを見下ろす仕草をした。
「……こういう感じで、『ふんっ』って顔するんだけど」
子供達はぽかん、といった顔だ。ものまねはいらなかったか?と思った瞬間、
「それってアンナのことじゃないの?」
「あたしもそう思った」
な、何で名前まで知っている!?
「知り合いなの?」
ヘクターが聞くとシスターがおずおずと切り出した。
「その方なら昨日の晩、教会にこられたんですよ。憔悴した顔で『泊めてくれないか』と言われたので、良い身なりのお嬢さんには申し訳ないですけど屋根裏に泊まってもらったんです」
「ぼくも一緒に屋根裏に寝たんだよ」
「僕も。屋根裏に入れるチャンスなんて無かったから」
「でもうるさいって怒られたよ」
子供にも容赦なく怒鳴るとは、間違いなくアンナだろう。
「お知り合いの方だったんですか」
シスターが言った時だった。がたん!と土間の方で音がし、誰かが駆け出す足音が続く。直感的に誰なのかわかったわたしは叫んだ。
「アンナよ!」
わたしは立ち上がり土間の方へ駆け出す。教会へ続く扉が開けっ放しになっていて揺れている。わたしとヘクターはそのまま教会を抜け、通りへ飛び出した。
「どっち!?」
「こっちだ!」
ヘクターは叫ぶと走り出す。その後を必死で追いかけるわたし。な、なんか前にもこんな風に走らされた気がするんですけど!
がんばってはいるがやっぱりひらいていくわたしとヘクターの距離。その時、ちらりとアンナのものらしき黒髪が揺れているのを見つけた。よし!やっぱしそうだった!
次第に人気の無い通りまで入ってきた。こういうところは袋小路になっていると相場で決まっているのに馬鹿な奴め!段々悪役のような気分になってくる。
「つ、捕まえて!」
わたしが指差すとヘクターは速度を上げる。しだいにアンナの姿が大きくなってくる。もう少し!となった時、いきなりアンナが立ち止まり、こちらを向いた。両手を広げると、そのままヘクターにがしっとしがみつく。抱き合うような形となったままアンナが叫んだ。
「馬鹿!なんでついてきたのよ!」
「あの、えっと……」
「何どさくさに紛れて勝手なことしてくれてんのよー!!」
追いつき、アンナの頭にチョップを入れまくる私。
「いた!いた!いいじゃない!どうせ捕まるならやっとこうと思ったのよ!」
「良くない良くない!!」
絶対トラウマになったぞ、今の光景!わたしはアンナの髪を引っ張る。するとようやく身体が離れた。
「とにかく、落ち着いて」
ヘクターが静かに言ってもみ合うわたしとアンナを交互に見る。
「……で、何で逃げたのかしら?」
わたしが聞くとアンナはそっぽを向きつつ、膨れっ面になった。
「アンナさん、何で勝手に一人で出て行ったんです?」
ヘクターが言うとアンナは気まずそうに目を伏せ、
「……アンナって呼んでくれたら答える」
と呟いた。こ、この女はとことん……。なぜかヘクターはわたしの顔を見ている。
「よ、呼んであげれば」
自分でもびっくりする程の低音が自分の口から出てきた。にこやかに出来ない子供ですいませんね。ヘクターが頭を掻き、口を開いた。アンナは目を輝かせてヘクターの顔を覗き込む。長い長い沈黙が広がった。
「……いや、そういう風に言われると呼び難いんだけど」
ヘクターの答えにアンナはがくっと肩を落とすと再びそっぽを向いた。
「じゃあ教えない!」
はー、とわたしは溜息とつく。なんだか馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。会えたはいいものの、またこの人のペースに付き合わされるのか……。
「とりあえず、皆と合流しましょう」
そう言ってわたしはアンナの腕をがしっと掴んだ。
「な、何すんのよ」
「こうでもしないと『ヘクターが腕組んでくれるならついていくー』とか言い出すんでしょ」
うっと言葉に詰まるアンナ。
「さあ、行きましょう」
自分でも補導員のようだと思いながら歩き出した。
「バクスターのところには行かないわよ」
膨れっ面のまま言うアンナにわたしは頷いた。元々連れて行こうなどとは思っていない。
「わかってます」
その答えにアンナは不安げな顔に変わる。こちらを探るような目を見せた後、また俯いてしまった。
「あのフロー教会のところならどうです?」
勝手に話し合いの場に選んでいいのかという気もするが、シスター達に挨拶もしておきたい。というか、あの状況だとわたし達の方が悪者に捉えられている気もする。そのままにしておくのも気持ち悪い。
「わかったわよ。……あたしもきちんとマザーターニアにお礼を言っときたいし」
「あら、意外にも常識あるんじゃない」
「どういう意味よ!」
アンナが大声を上げた時だった。ぴん、と空気が張りつめたのがわかる。見えない空気の壁に捕まったような、妙な感覚。隣りでヘクターが腰のロングソードを抜いた。その仕草にわたしは背中に嫌な汗が噴き出す。
「今日は人数が少ないんだな」
聞き覚えのあるしゃがれた声。最悪の展開だ。
「だ、誰よ……敵なの?」
振り向いた先の狭い路地にいる黒衣の男と、剣を構えるヘクターを交互に見ながらアンナが聞いてくる。
「まあ、多分……ね」
相変わらず顔はローブに覆われていて見えない。
「やっぱり生きてたのね」
わたしが言うと顔の中で唯一見える口元が笑みを形作った。
「なんだ、あの生意気なエルフはいないのか。せっかく今日は戦い方を変えて来たのに」
戦い方を変えてきた……?まるで変幻自在のような言い方じゃないか。どうする……?奴はどう考えても魔術師なのだから、わたしがメインにならなきゃいけない。とはいっても火のエレメンツや爆発系の魔法は町の中では使えない。しかもわたしが唱えるのだ。はっきり言って普段から駄目なもんが実践で制御出来るわけがない。わたしは出来うるかぎりの防御系魔法を思い浮かべた。
情けないが町中に逃げた方が得策だ。そう思い、相手の第一陣を防ぐ方法のみに集中するべく頭を回転させていた時だった。
「伏せろ!」
ヘクターの声が響き、顔を風が撫でる。
一瞬、何が起きたのかわからなくなった。反射的にアンナの腕を取り、半歩下がったわたしの目に映ったのは、ヘクターの剣と男の腕からのびる何かがぶつかり合う光景だった。ヘクターがわたしとアンナを庇う形で対峙している。金属のこすれ合う嫌な音が耳に響いてきた。男の腕についているのはセスタスのような腕輪型の鈎爪だ。黒くヌラヌラと光った刃が不気味さを醸し出している。
接近型に変わっている!?わたしは呆気に取られる。昨日は魔術師の老人、というイメージだったというのに、このスピードは何?
ヘクターの剣が鈎爪をはじくが、逆の手がさらに伸びる。それを受け止めたヘクターの顔が歪んでいくのがわかった。スピードだけじゃない。腕力までも顔半分から窺える老人のものとは思えない。数度、金属音が暗い通りに響き渡る。明らかに防戦一方のヘクターにわたしは何とか相手の注意が逸らせないかと考えた。
震えるアンナの手を握りしめた時、男の攻撃を避けたヘクターの腹部に相手の蹴りが直撃する。ヘクターが吹っ飛び、道ばたに積み上がる樽にまともに叩き付けられた。木の軋む音やヘクターの小さい呻き声が耳に響く。
「エネルギーボルト!」
わたしの呪文が完成し、男に向かって真っ直ぐ飛んで行く。が、ボウン!という破裂の音を立てて、男がわたしの放った魔力の塊を腕で叩き落とした。
「邪魔だ」
男がわたしの方に向き直る。鈎爪を振り上げ、地面を蹴った。するといつの間に立ち上がったのかヘクターが男の後ろから剣を振るうのが見えた。咄嗟に男がわたしに背を向け、二人の武器が再びぶつかる。
「……逃げろ」
ヘクターが声を絞り出した。一瞬、何を言われたのか理解するのに時間がかかる。
「逃げろ!」
荒い声にアンナがびくっと肩を振るわせた。その事が逆にわたしの体を動かしてくれる。アンナの腕を掴むとヘクターと男が対峙する場とは逆に走り出した。
「ち、ちょっと!本当に逃げる気!?」
「……邪魔にしかならないのよ、わたしは」
アンナに言い聞かせるため振り向いた時、男の体が浮き上がりヘクターに向けて黒い爪を振るうところが見えた。
路地裏を抜けて明るい通りに出た時、足を止める。
「どうするの!あのままじゃヘクターがやられちゃう!」
アンナはわたしの腕を振り払い、更に何かを言おうと口を開いたが、途中でそれを止めた。わたしの目が赤いのに気がついたのかもしれない。わたしは息を整えるとアンナの両手をとった。
「アルフレート達を探してきて。町の西側にいるはずだから、頼んだわよ」
「さ、探してきてって……」
「アルフレートは耳が良いの!名前を連呼してればすぐに見つかるはずよ!わたしはやることがあんのよ!」
わたしはアンナの肩を叩くと走り出した。ちらりと振り返るとアンナもわたしが言った方角へ走り出すのが見える。言うことを聞きてくれたようでひとまず安心する。わたしはある建物を見つけると中へ駆け込んだ。
「いらっしゃいま……」
黒いバーテン姿の青年を突き飛ばすと階段を見つけ、駆け上がる。
「ちょっとちょっと!」
青年が後ろから追いかけてくるが気にせず三階まで走り込んだ。
「ちょっと、何な……」
「路地裏の方角はどっち!?」
文句を言おうとした青年の声にかぶせてわたしが怒鳴ると、青年は反射的に右方向を指差す。
「こ、こっちかな」
「ありがと!」
右側にあった部屋の扉を勢い良く開け放つと、倉庫に使われている部屋のようで簡易棚に乾物が並んでいた。素早く入り込み窓を開ける。
いた!下にヘクターと男が剣をぶつけ合う姿があった。
「うわわ、何やってんすか、あいつら……」
わたしの後ろから覗き込んだ青年が焦りの声を出す。
「あんた、わたしの体押さえてて!!」
「ええ!?……ってちょっと、あぶな!」
窓から大きく身を乗り出したわたしを、慌てて青年が後ろから抱きかかえてくる。なんとか上からサポート出来ないかと来てみたのだが、失敗は許されない。わたしはグローブの下の手が汗ばんでいるのを感じた。上手くいくかどうかわからない、自信も無い行動だが何もしないなんて嫌だ。わたしは唇を噛むと呪文を唱え始める。
下ではヘクターが男の両手から繰り出される攻撃を受け流してはいるものの、上着には血が滲んでいるのが見えた。お願い、堪えて!
わたしは背中の短剣を窓枠に勢い良く突き刺した。
「な、何するんですかあ!」
背中から青年が悲鳴を上げた。
「うるさい!二人とも死んじゃうわよ!これ無いと!」
両手で術印を結ぶと『力ある言葉』でそれを完成させる。
「ウィンド・プロテクション」
風のシールドが、短剣を中心に上に向かって伸びていった。
次!再び呪文の詠唱に戻る。ヘクターが男の腕を薙いだ。が、痛みを感じないのか平然と男も反撃の手を止めない。焦りながらも静かにわたしは完成した呪文を発動させる。
「エア・ブラスト」
空気が歪み、圧縮された風の刃が路上に転がる樽に触れると爆発を起こした。樽の破片が男に襲いかかる。男の背中が壁となって、ヘクターには爆風が行かないような物を狙って撃ったのだが、うまくいったようだ。
「なんだ!?」
背中に受けたダメージと樽の破壊される大きな音に、さすがに男は辺りを見回している。その間にヘクターが剣を振りかぶるが寸でのところで受け止められた。
「くそ!」
男が舌打ちする。まずは成功、問題はここからだ。男が上にいるわたしに気がつくのは時間の問題。出来うる限りの早さでわたしは次の呪文を唱える。
あと、あと一説、紡ぎ出せばいける。わたしは光る右手に神経を集中させた。頭が妙に冴えている。全てが普段よりもスローに感じる感覚。
「……そこか!」
男が飛んだ。三階にいるわたしの高さまで。まるで化け物だ。
「ひ、ひやあ!」
わたしの腰を掴む青年の情けない声が響く。男がわたしに向かって黒く光る鈎爪を振るい下ろした。
「ファイアーボール!」
わたしの一声に大きな火の玉が男に向けて飛び出していく。次の瞬間、鼓膜がいかれるんじゃないかと思うような轟音、熱波。
「ぎやあああああ!!あ……って、熱く、ない?」
青年が悲鳴の後、呟く。先ほど貼っておいた風の結界のお陰で熱気が頬を撫でたぐらいで済んだ。
「く、そ……」
もうもうと上がる煙の中、赤く剥き出しになった肌から炎を燃え上がらせながら男が落ちていくのが窺えた。
魔法の演習で教授たちが張った結界を突き破ったファイアーボールだ。普通なら消し炭になっているはずだが魔法への耐性まであるのか、男はきちんと両足で着地した。が、すでにローブも吹き飛んでいて赤黒い筋肉が剥き出しになっている。初めて窺うことが出来たローブの下の顔だが、燃える炎とすでに焼けた肌ではよく分からない。
「ちくしょう!」
男の最後の言葉が吐き出された。ヘクターの剣が、男の胸元を貫通させる。ずるり、とその体が地に伏せた瞬間、
「消えた!?」
わたしは思わず叫んでいた。また、町の外で会った時と同じように消え失せてしまったのだ。何なの、あいつ……。ということはまた現れたりするのだろうか。
「あ、ちょっと、危ないですよっ」
青年が下を見て叫ぶ。ぐらり、とヘクターの体が傾き、倒れる。わたしは小さく悲鳴を上げると、今度は下に向かって駆け出した。