孤児院「つちのこの家」
フェンズリーの住宅は塀で囲った家が多い。一軒一軒の土地が大きく、やはりいい家柄の人が多そうだな、という印象だ。
「アンナの行方ももちろんだけど、あの謎の魔術師がどうなったかも気になるよね」
わたしは堅牢な門の家から聞こえてくるピアノの音を聞きつつ言った。
「なんでリジアを狙ってたんだろう」
ヘクターはそう呟くとわたしを見る。
「拘束しようとしてきたのが気になってたんだ」
ヘクターの疑問はわたしも気になってたいた点だ。
「出てきたタイミングといい見た目といい、賢者ウォンを疑ったんだけどね……亡くなってるって聞いちゃったし」
わたしは重く息を吐き出した。ウォンだったにしても狙われる理由は分からないし、それに情報元が盗賊ギルドなだけに疑う余地もない。
住宅街を抜けて、少し賑やかな通りに出た。なんだか甘い匂いがする。見回すと一軒の屋台に子供が多く集まっているのが見えた。
「これ、カステラの匂いじゃない?」
わたしが言うとヘクターはわたしの顔を見る。
「覗いていこうか?」
二人とも甘いもの好きだしね、と笑った。
屋台に近寄ると青いつなぎを着て腕まくりをしたお兄さんが、小さな凸凹がある鉄板を忙しなくひっくり返している。二枚を重ねてある鉄板を広げると一口大のカステラが綺麗なきつね色で現れた。わたし達の顔を見るとお兄さんは「いらっしゃい」と笑顔を見せる。
「20個で50リーフだ。どうだい、歩きながらでも食べられるぜ」
ヘクターがポケットに手を入れると素早く支払う。わたしは鞄に財布があるので出遅れてしまった。
「まいどありー、おねえさんかわいいから二個おまけしといたよ」
一瞬いい気分になるが、まあ女の子相手には同じことをしているのだろう。一瞬にして冷静になるのがわたしのかわいくないところ。
「はい」
カステラが入った紙袋をヘクターが渡してきた。
「え、いいよ。ちょっと横から貰うから」
わたしが断ると少し強引に押し付けて、
「俺が持ってるとリジア取らなそうだから」
そう言って、一つ口に放り込んだ。
「またまた、そんなこと言って自分が持ってると恥ずかしいからでしょ」
屋台のおにいさんに言われてヘクターは「ばれてるか」と笑う。なんてスマートな人なんでしょう。女っ気ない生活送ってきたなんて絶対嘘だわ。
ふと、屋台に首をつっこんでいる子供が目に入る。金髪、銀髪、茶髪と並んでいる頭を見ているとメダルの色みたいだな、と可愛らしさに顔がほころぶ。屋台のおにいさんは子供たちを手でしっし、とあしらった。
「ほら、お前らには今日の分はやっただろ。さっさと帰んな」
「ガスリーがやってる日だと一日二個くれるのに」
「そうだ、ケインはケチだ」
「けちー」
口々に言う子供をおにいさんは手を振って怒る。
「やるだけでもやさしいじゃねーか!ったく、マザーターニアに言いつけるぞ、物乞いみたいなマネしてるって」
子供達は顔を見合わせると大人しくなる。ヘクターが彼らの肩を叩いた。振り向く子供の口にカステラを投げる。びっくりした顔をしながらも口を動かす子供たち。
「悪いねえ、お客さん」
おにいさんは頭を下げた。
「おにいちゃん、やさしいな」
「ケインとは違うな」
「おカネ払ったものくれたもんな」
子供達はもぐもぐとしながら口々に言う。
「君達、地元の子?」
わたしが聞くと三人揃って頷いた。
「じゃあちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
地元の子供なら、アンナの姿を見たかどうか聞けるかもしれない。子供達は顔を見合わせるとにこっと笑った。
「いいけど」
「教えてあげるかわりについてきてよ」
そう言うとわたしとヘクターの手を引っ張る。
「え?え?」
「僕たちのおうちー」
「マザーターニアに会わせてあげる」
子供の手を振り払うのは気が引けて、引っ張られたまま走り出す。後ろから屋台のおにいさんの声で、
「こらー!お前達、またか!」
と叫ぶ声が聞こえた。いつもこんな事をしているのか。
「ど、どこまで行くのよ」
「だからー、僕達のお家だよ」
「『僕達』って、君達兄弟なの?」
「違うけどそうだよー」
何だかわけがわからない。
子供達に連れられて来たのは、通りを抜けてすぐの教会だった。レリーフを見てすぐにわかる。なぜならローザが信仰するフロー神の紋章がくっきり彫られていたからだ。
「おうちってここ?」
「そうだよ」
「つちのこの家だよ」
つ、つちのこ?と思ったが、フロー神は大地母神だった。おそらく「土の子」だろう。教会の扉が開いて、中から初老の女性が出てくる。白いローブ姿を見るにこの教会のシスターだろうか。
「リンク、サイモン、マイク、あなた達どこに行っていたの?」
そう言うとわたし達の姿に気づいて、微笑みながら頭を下げた。
「ガスリーのカステラ屋だよ」
「今日はケインだったから一個しかくれなかった」
「でもこのおにいちゃんがもう一個くれたよ」
シスターの周りを駆けながら口々に言う子供達。わたしなら目が回りそうな状況だが、シスターは落ち着いて静かに言う。
「またケインを困らせていたの?あなた達、お庭の掃除も終らせていないわね?」
子供達は一瞬気まずそうに顔を見合わせるが、すぐに騒ぎ出した。
「そんなことよりお客さんだよ」
「カステラくれたからお茶だしてあげて」
「ねーいいでしょー?」
「そんなこと言って、また無理言って連れてきたのね?」
シスターはわたし達の方を見ると再び頭を下げた。
「すいません、遊んでくれそうな人を見つければ、こうやってここに連れてくるんです。お忙しかったら言ってくださいね」
「大丈夫だよ、この人達、僕らに聞きたいことがあるんだって」
「早くおいでー」
またしても手を引っ張られ、そのまま教会内に入る。木造のベンチが並ぶ間を抜けて、祭壇脇にある扉を開けた。教会堂の裏が住居施設になっているのだろうか。入った先は土間になっていた。さらに奥に行くと綺麗に整えられた部屋の中、数人の子供の顔がぱっとこちらを見上げた。年代も、髪の色肌の色も様々な子供たちが部屋にいるのだ。
「また知らない人を連れてきたのね」
テーブルで物書きをしていた少女がわたしの手を取る子供を睨む。幼児ばかりの中ではお姉さん役に見えた。
「ここは孤児院なんですよ」
後ろから聞こえた声にわたしとヘクターは振り向いた。先ほどのシスターがやってくる。
「お茶を煎れますね」
「すみません」
「いえいえ、こちらこそ申し訳ないわ。貴重なお時間を頂く代わりにとっておきのお茶をお出ししますね」
わたしとヘクターは顔を見合わせ、二人揃ってお礼を述べた。
窓から花が咲き乱れる庭が見える。マザーターニアは働き者なのだろう。子供達一人一人の顔を見てもそれはわかる。手作りに見える無骨な腰掛けをお借りした。
「お姉さん魔法が使えるの?」
わたしの手を引っ張って来た銀髪の少年がわたしの顔を覗き込み聞いて来た。ヘクターはすでに小さな子供達に囲まれてもみくちゃにされている。
どの子もとても人懐っこい。みんな孤児なのだろうか。そう思うと胸が痛んだ。
「どうしてそう思うの?」
わたしが少年に聞くと、代わりに隣りにいた少女が答える。
「サイモンはローブを着ている人はみんな魔法使いだと思ってるのよ」
先ほどテーブルから少年、サイモンを叱っていた少女だ。金髪に透き通るような肌、グリーンの瞳が美しい。
「ローブを着ていたら魔法使いとは限らないけど、今回は当たりよ。おねえさんは魔法使いなの。……見習いだけど」
二人の顔がぱあっと輝く。意外にも食いつきが良いのは少女の方に見える。
「見せて見せて!何でもいいから」
少女にせがまれて、何を唱えようと少し迷う。かっこいいところを見せたいものの、慎重にならなくては。
「ライト」
短い呪文でふわりと光源が現れた。
「うわあ~」
二人は思った以上にはしゃいでくれた。あまり魔法に縁がないのだろうか。
「すごいすごい!」
「ミーナはねえ、魔法使いになりたいんだって。お姉ちゃん教えてあげてよ」
サイモンが肩を抱く少女はミーナというらしい。
「そうね、もう少し大きくなったら学園に通えるようになるわ。そしたら教官からきちんと教わった方がいいわよ。それに今からたくさんの本を読む事。きっと役に立つから」
欠点ありまくりなわたしが未来ある子供に教えるのは気が引ける。わたしは簡単なアドバイスをするのに止めておいた。
「お姉さん、学園に通ってるの?もしかして首都の?」
ミーナが興味津々といった感じで聞いてくる。
「ううん、ウェリスペルトのプラティニ学園よ」
「うわあ、本校の方ね!」
別に本校の方がすごいということは無いが、ミーナはある程度の様子は知っているようだ。
「あたし、きっと入学できる年齢になったらウェリスペルトに行くわ。そしたらお姉さん、教えてよ!」
きっとこの子が入学出来る歳にはわたしは学園にはいない。しかし否定するのもなんだかな、と思って頷いた。
「……ミーナ、やっぱりウェリスペルトに行くの?」
サイモンが眉をハの字にしてうつむく。この子はミーナのことが好きなのだ。なんてかわいい恋心なの!と一人燃え上がったわたしはサイモンにも声をかける。
「あなたも行けばいいのよ。学園にはちゃんと寮もあるし、魔法使いだけじゃなくて戦士、盗賊、神官、……色々学べるわよ。吟遊詩人のクラスだってあるしね」
「じゃあ俺、戦士になるよ!ミーナを守ってあげる」
ミーナは少し焦ったように頬を赤くした。
「な、何言ってんのよ。勝手に決めないでよ」
「えー……」
落胆するサイモンとわたし。……いかんいかん、感情移入しすぎてしまう。だって、サイモンってこの銀髪といい、歳のわりに綺麗な顔といい、ヘクターに似てない?鼻の形も少し似てるもの。親戚の子だと言われても信じてしまう。
「ミーナ、サイモンは将来きっと良い男になるわよ」
わたしはミーナの肩をぽん、と叩いた。
「お茶が入りましたよ」
シスターがお盆を持ってやってきた。お盆には綺麗なカップと大きなポットが並んでいる。
「あなた達には今、冷たいジュースを持ってくるから、ミーナ、お客様にお茶を煎れてあげてちょうだい」
「はい」
シスターは子供達の為の飲み物を取りに戻っていった。ミーナは小さな手で器用にお茶の用意をしていく。わたしとヘクターがテーブルに着くと子供達も周りに集まってきた。
「お姉さん、学園には幾つから入れるの?」
ミーナがお茶の入ったカップをわたしの前に置きながら尋ねてくる。
「学園に入りたいの?」
ヘクターが聞くとミーナは顔を赤らめた。
「十二歳になる年から入れるわ。ミーナは魔法使いになりたいんですって」
わたしが代わりに答えたると、ミーナは「あと三年かあ」と呟いた。
「お兄ちゃんは戦士なの?」
サイモンがヘクターの腰にかけてあるロングソードを指差した。
「そうだよ」
「僕も戦士になれる?」
ヘクターは微笑むとサイモンの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「それは君が決めることだな。でもきっと、なれるよ」
「俺は盗賊がいいなあ」
先程、わたし達をここまで連れてきた少年の一人、金髪の子が言った。すると次々に子供達が「俺も」「私は……」と発言していく。ついこの前までの自分がここにいる。わたしは何だか感慨深くなってしまった。
「ジュース持ってきましたよ!」
シスターの声に子供達は一斉に集まっていった。ふう、とわたしが一息つくと、なぜか残っているサイモンと目が合う。
「お兄ちゃん達は夫婦なの?」
ぶおっ!わたしは紅茶を盛大に吹き出した。
「馬鹿ねえ、サイモン、まだ若いじゃない。夫婦じゃなくて恋人っていうんじゃない?」
「ゲホっうえほっ!ミーナ……それも、違う……」
喉を叩きながらわたしは訂正した。二人はキョトンとする。 「でも、今までここに来てくれたことのある冒険者さんたちはみんな、自分達のこと『家族だ』って言ってたよ?」
「家族?」
わたしは聞き返した。
「うん、ここにいるみんなは血がつながってないけど、みんな家族なんだよ、って言ったら『自分達も同じ家族みたいなもんだよ』って言ってたの」
わたしはようやく事情が飲み込める。たぶんここにいる孤児達を見て、冒険者たちは血のつながりなんてたいした事ではない、と言いたかったのではないだろうか。
「そうね、おねえちゃん達も家族みたいなもんだね」
まだ実感としてはあまり無いけど、学園でも『仲間とは命を預け、預かる存在である』と耳にタコが出来る程聞かされる話しだ。そんなわたしの話しでもサイモンとミーナはにこにこと聞いていた。