疑惑
「まさか待たずに寝てるとはね」
真っ暗になっている部屋を見てわたしは溜息をついた。ローザ達残りのメンバーはすでに夢の中だ。気持ち良さそうな寝息だけが聞こえる。
「そろそろ旅の疲れも溜まってきてる頃だししょうがないよ」
ヘクターはまるで神かと思う程優しい。そんなに人間が出来てないわたしは鼻息荒く空いたベットに潜り込んだ。
「お休み」
ヘクターの声がパーテーションの向こうから聞こえ、わたしもお休みを返す。横になって足を伸ばすと、足の裏がじんじんとする。わたしも普段そこまで歩き回る方ではないので大分キツくなってきた。早く寝よう、と目を閉じた時だった。
(どうだったの?)
「うひょう!」
耳元で囁かれ、わたしは思わず声を上げる。わたしの口を塞ぎ「しーっ!」っと人差し指を立てるのはローザだ。
(な、何よ!?)
わたしも小声で返す。
(だからー、二人で夜の町に出て、何か進展あったかって聞いてるのよ)
ローザの言葉にわたしはみるみるうちに顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
(な、な、何言ってんのよ!何もあるわけないじゃん!)
(えー?もったいない)
(い、いやいや、っていうかローザちゃん、何でそんなこと!)
(何で、って……気づいてないとでも思ってたわけ?)
ローザの言葉がさっくりとわたしの胸に刺さる。
(……気づいてたの?その、わたしが……好きって)
わたしはパーテーションの向こうを指差した。ローザは心底呆れた顔になる。
(当たり前じゃない……。今の段階で気づいてないのってイルヴァぐらいだと思うわよ?)
通りでさっきはヘクターが同行を名乗り出た時点であっさり退いたわけだ……。
こそこそ小声で話すのに疲れてきたのか、ローザはテラスに出るガラス扉を指差した。『外で話そう』と言っているのだろう。恥ずかしさから少し躊躇した後、わたしは頷いた。音を立てないようにテラスに出ると、屋敷の壁側に置いてある丸い石作りの腰掛けに座る。
「で、どうだったのよ、デートは」
ローザはわたしの顔を覗き込んできた。焦るわたしをよそに本当に楽しそうだ。
「だから、本当に何も無かったってば。これは本当!」
わたしが強く言うとローザは、
「なんだー、つまんない」
と足をぶらぶらさせた。
「アンナの話しをしてただけだよ。……あと好きな色とか食べ物とか」
「え?何それ。それだけ?」
それだけとか言うなよー。がんばったつもりなんだよー。とわたしは涙目になる。
「つーか、いつから気づいてたのよ……」
「えー?かなり前からだけど。リジア、ヘクターの前だけ女の子になっちゃうんだもん。かわいかったわよ」
ヘクターの前、だけ……?少々引っかかるものの、まあ、自分でもバレない方がおかしい態度だったかもしれないと思う。
「普通なら向こうも気づいてるでしょ、って言いたいところだけど、彼、相当頭のネジ飛んでるっぽいからね」
ローザがさらりと言う。
「その言い方じゃ馬鹿みたいじゃない!止めてよ!」
「でもさー、あたしだってリジアがいつ相談してきてくれるのか待ってたのに、結局全然言ってくれないんだもん。さみしいわあ」
「そりゃあ、わたしだって、遠慮してるところがあったし……」
同じメンバーで色恋沙汰なんて、面倒だと思われる気はしていたのだ。気を使うし使われるのも嫌だし。
「でも普通、女の子っていったら、聞いてもいないのに好きな人の話しをべらべらするもんでしょう?今時一人で悩むって漢って感じだわ。男じゃないわよ、漢って感じ」
そうかなぁ、っていうか性別云々はあなたに言われたくないんですけど。
「まあ、アンナとか見てるとそうかもしれないわね。『恋してるの楽しい!』って感じがしてたし」
ヘクターの前ではしゃぐアンナを思い出し、わたしは呟いた。同時に寂しくなる。アンナ、今どこで寝てるんだろう。
「リジアの顔、怖かったわよ。アンナがべたべたしてる時」
「うそ!?」
わたしは自分の頬を押さえた。
「そうよお、自分だってガツガツ行けばいいのに、じとーってしてたわよ。そんなのでもし、ヘクターが満更でもないなんてことになってたらどうしてたわけ?」
そ、それを突かれると痛い。確かに戦わずに負けなんて情けないとは思う。けど片思い長すぎて行動する自分が浮かばないのだ。
言い返せないわたしにローザは続ける。
「人に取られちゃったら諦める程度じゃ駄目よ!あんたただでさえ趣味は暗いんだから、本気で呪術とかやりそうだし」
失礼だな!とわたしが反論しかけた時、ローザの言葉のある部分が引っかかり始める。何か聞いた事あるフレーズな気がしたのだ。
「あたしも応援してあげるから、これからはもっと……」
「ちょっと待って、ローザちゃん」
わたしは手でローザの話しを制した。何か、何かが浮かび上がりそうな気持ち。くっ付きそうでくっ付かないパズルのピースをいじくり回しているような……。
「あ」
わたしの頭に光が射す。絡まった毛糸が解れていくような感覚。
「な、何?どうしたの?」
「……起こして」
「え?」
「皆を起こして、今すぐ!」
わたしは立ち上がると、部屋へ掛け戻った。
わたしは全員の顔を見回す。イルヴァは一人夢の中のようだが構わず話し始める。
「アンナにイェトリコの魔封瓶を持って来るよう指示したのは誰か、わかった気がするのよ」
「本当?」
ローザの問いにわたしは頷く。
「別にものすごく意外な人物でもないから、驚くような事でもないけど、十中八九間違いないわ」
「エディスか、マルコムかってこと?」
フロロが聞いてきた。
「わたしはマルコムだと思う」
わたしが言うとアルフレートが興味深気に身を乗り出す。
「理由は?」
「さっき帰ってくる時にマルコムに会ったのよ。出掛けていた理由を聞かれたから『アンナが来ているかもしれないから』って答えた。そうよね?」
わたしがヘクターの顔を見ると彼は頷いた。
「マルコムは一言、『そうか』と言った。これって変じゃない?義理の妹が家に来るなら、普通に門を開けて入ってくるはずじゃない。なぜわたし達が『わざわざ家の外に行ったのか』聞きもしなかったのよ?」
「家に素直に入ってこない理由を知っているかのようだな」
「そうなのよ。アンナは自分が危険人物だとわかってしまった。だから直接訪ねてくる真似は出来ない、ってね。実際、アンナはエディスさんだけに交渉する隙を伺っているんだと思う。だから未だに来れないのよ」
わたしはもう一度皆を見る。
「もう一つは、今回のことが『誰かの指示によるもので、アンナはその人物を庇う為に消えたんじゃないか』っていう話しの基本に戻るわよ」
アンナのショックを受けた顔や、父親の指示だったことをほのめかした後、翌朝には消えていた彼女を思い浮かべた。
「父親に罪をかぶせてまでアンナが庇いそうな人物、っていったらエディスさんしかいないと思ってたんだけど、マルコムでも充分あり得るのよ」
「なんで?単なる義理のお兄さんじゃない?そりゃ元は同じ一族の出で普通よりは絆深い可能性もあるけど」
ローザの言葉にわたしは首を振る。
「アンナは、マルコムのことが好きだったのよ」
皆がぽかんとした顔になる。
「アンナがエディスさんが結婚した当時の話しをした時のこと、思い出して。……『姉様が結婚して本当に悲しかった。でも幸せそうな二人を見て諦めた』……諦めたっていったのよ、彼女」
仲の良い兄弟が結婚した感想としては随分大げさ、というか阻む気でもあったかのような表現だ。諦める対象は自分も相手になり得る場合の人物だけ。それはマルコムしかいない。
「……正直、女性特有の勘、というか、鋭い指摘だなぁという感じだ」
珍しくアルフレートが感心したように唸った。
「冷静に考えてみれば、イェトリコの魔封瓶がどういうものなのか、真実を知っていそうなのはマルコムが一番可能性高いと思うのよね。アンナはあの反応だったし、レイノルズ氏といえば悪魔が封じられていたような物が無くなっているのに『家宝はあったよ』なんて間抜けな返事よこすぐらいだし。エディスさんはそういう家庭で育った人だもの、知る機会は無かったんじゃないかしら。というより知っていたらすでに持ち出していると思う。自分の実家だもの」
「マルコムの場合は?」
フロロの問いにわたしはいまだ纏まりきっていない頭を回転させる。
「マルコムは……バクスター家とレイノルズ家は元々同じ一族だった、って言ってたわよね。どういった経緯で別れたのかわからないけど、イェトリコの魔封瓶のあれこれはバクスター家の方に言い伝えられていたのかもしれない。ほら、あの瓶は先祖の大元の話だっていってたじゃない。物だけレイノルズの方に行ってしまってたとか」
「ありえるな」
アルフレートが頷いた。
「で、どうする?」
ローザの問いに再び唸る。
「何とか、エディスさんと個人で話せないかしら……」
わたしはあれこれ考えてみるが、どうやっても良い理由は思いつかない。街へ連れ出す方が安全だと思うのだが、いい理由付けが無かった。
翌日、朝食を終えたわたし達は屋敷を出る。屋敷の門を出る直前、
「毎日すまないね、いってらっしゃい」
マルコムの声に思わず大げさな身振りで振り向いてしまった。鳥の羽ばたく音だけが響く。気まずい。
「……いってきます」
そう返すわたしにマルコムは小さく手を振り、屋敷へと戻っていった。
「……何してたんだと思う?」
わたしの質問にアルフレートが楽しそうに答える。
「散歩かな?」
そうではない、と暗に言っていた。まさか屋敷周辺をアンナがうろついていた場合の為にこんなところに?
早くエディスさんと接触する機会を窺いたいところだが、アンナを探すというのがわたし達に課された使命なため屋敷に居座るわけにもいかない。門をくぐる前にフロロが、
「俺が残る」
と言い残して裏庭の方向から屋敷に消えていった。隠れて潜入するつもりなんだろう。
「私達も町の外へ出る必要はないわけだな」
アルフレートが言った。アンナがすでにこの町にいることはわかっているのだから、もう町の中を回ればいい。町中なら昨日の黒衣の男のような者が襲ってくる心配も無い、というのもある。
「時間がもったいない。二手に別れよう」
ヘクターが提案すると、ローザがアルフレートとイルヴァの腕を取った。
「こういう組み合わせでどう?」
にこやかに言うローザの袖を引っ張ると、わたしは小声で抗議した。
(こういうのが嫌だったから言わなかったのよ!)
(いいじゃない!本当はうれしいんでしょ!)
どん、と押され、よろけたわたしをヘクターが後ろから支える。
「じゃあ、よろしく」
手を振り去っていく三人。しばし呆気にとられる。
「……じゃああの三人とは反対から回ろうか」
ヘクターに言われ、わたしは大きく息をついた。