魔術師、それぞれの道へ
「また明日からは普通に授業受けなきゃいけないのよねえ。変な感じ」
教官室を出てから揃って廊下を歩く中、ローザがぼんやりと呟いた。
演習を終えたわたし達はこれから、定期的にクエストを受けて旅の生活に入ることになる。でもまだその他の期間は今まで通りに学園で授業を受けていく必要があった。
「まだ今回の事、レポートにまとめる作業も残ってるわよ。大体の流れで良いらしいけど、わたし達の場合はバレットさんが余計な事してくれたお陰で面倒なのよね」
わたしはそこまで言ってから、ある事を思い出す。「あ」と呟くとメンバーに手を振った。
「ちょっと自分の教室戻るから、先行ってて」
「どした?」
フロロの問いにわたしは首を振る。
「忘れ物があるんだ。出発前のレポートで、ロッカーに置きっぱなしなの」
正確に言えばわたしの書いたレポートではなく、クラスメイトのポリーナが書いたものだ。教官からの指摘に闘志を燃やしたらしく、なぜかわたしに難しい内容のレポートを押し付けてきたのだ。
そのまま校門に向かうメンバーとは逆の方向に駆け出す。廊下をすれ違う生徒も年下ばかりになっていた。
ソーサラークラスの自分の教室前に戻ると、ロッカーを開けて問題のレポートを取り出す。旅の前は忙しくてそれどころじゃなかったが、一応目を通して感想くらいは伝えてやろうじゃないか。
そんな事を考えていると教室内、人の気配がするのに気がついた。他にも帰って来ているクラスメイトがいるのだ。扉を開けようとノブに手を掛けた時、向こう側にいたらしい人物が扉の隙間から、ぬっ、と顔を出す。
「うわ!」
わたしは思わず驚きの声を上げる。ぼさぼさの髪を真っ黒のローブで覆い、何とも暗い雰囲気の人物。よく見ると我が学友のロレンツであった。
「なんだ、びっくりさせないでよ……」
「なんだって何だよ、こっちだってびっくりしたぜ」
ロレンツはむっとしていたが、急ににやりと笑う。
「で、どうだったんだよ。帰ってきたところなんだろ?」
顔に思いっきり「どうせまた失敗やらかしたんだろ?」と書いてある。わたしはその顔にふふん、と鼻を鳴らす。
「残念ねー、お望み通りの展開じゃないわよ。ばっちり成果上げてきて、今教官達からも褒められてきたんだから」
わたしが胸張りつつ答えると意外にも彼は嬉しそうに、「本当か!」と声を上げた。少し調子を崩されたわたしであったが、簡単に旅の話しをする。
「実は予定外の展開になっちゃって大変だったのよ。依頼人が消えたり、村で奇妙な噂があったからそれも調べたり、戦闘も多かったし……」
嘘は言ってないはずだが、変な汗も出てきた。変に誇張するような言い回しのせいだろうか。見栄を張るのに慣れてないのが露呈される。
しかしわたしの言葉に心なしかロレンツの目が輝いていったように見えた。
「すごいじゃんか」
「ま、まあねー」
手放しの賞賛は予想外だったわたしは照れくさくなる。ロレンツは暫く廊下の窓の外を眺めていたが、ゆっくりと口を開いた。
「俺さ……、実はまだ迷ってたんだ」
「何を?」
「うん、……このまま本当に研究科に進んで、本当に旅に出なくていいのかって」
思わぬ話しにわたしは「え」と言った以降、言葉を失ってしまった。
「あ、俺が冒険の旅に出るより研究に没頭したいっていうのは事実なんだ。俺自身、そっちの方が向いてるって自覚もあるし。……でも、何て言うのかな、せっかくここまでこの学園にいて、本当にこのまま研究だけの日々になっていいのかなって」
「……何となく、分かるよ」
気安く返事したわけではない。わたしの本心だった。
「サンキュ。でもな、やっぱ俺にはお前らみたいになるのは無理だってわかった。俺は俺なりに研究科でがんばって、お前らのプラスになるような活躍が出来るようにやってみるよ」
わたし達が冒険に出ている間、彼にもそれに値するような何かがあったのかもしれない。「どうしてそう思ったの?」と聞いていいのか迷っていると、わたしの顔に出ていたのか彼は話しを続けた。
「俺さ、お前がこのソーサラークラスじゃはっきりいって落ちこぼれなのを見ててさ、しかもお前、学科はそれなりに出来るくせに肝心の実技が全然なタイプだし、……それでも諦めないのがすごいと思うよ」
よ、喜んで良いのか微妙な話しな気もするが、結構嬉しい事言ってくれるじゃないの。
「俺はダメなんだよな。自分でも嫌になるぐらいプライドが高いみたいで、一回失敗すると全部嫌になるわけ。でも、冒険なんて自分以外の命かかってる場でそんな性格だと駄目だと思ったんだ。……意外とお前みたいなタイプの方が向いてるんだと思うよ」
「ありがと」
ロレンツはいえいえ、というと廊下を去って行ってしまう。わたしは暫し、自分が何をしに来たのかも忘れてしまって、ぼんやりと彼がいなくなった方向を見つめていた。
「おはよ」
朝の学園、ローザがわたしの教室前、廊下に並ぶロッカーの前で挨拶してくる。
「おはよー。そっちは今日の一限何?」
わたしは自分のロッカーを開けつつ尋ねる。
「古代語の授業よ。退屈だわー……って、すごいわね」
ローザは横からわたしのロッカーを覗きつつ呟いた。彼女が目を丸くするロッカー内は一度全部綺麗にしたのだが、すぐに元通りわたしへの悪口だらけになってしまった。無事に演習を終えてきたせいか、筆跡から人数は減っているように感じる。ただ『病んでる度数』が高そうなものが残ってしまっている現状は、出発前より混沌としている。
「これとかさー、相手の方が心配になるよね」
わたしが指差す血文字の『呪』にローザが後ずさる。が、何かに気付いたようで「何これ?」と言いながら戻ってきた。そして扉の裏に張られている紙切れの一つを掴む。
「あ、見ない方が良いわよ。鬱になるから。ヘクターが何でわたし達と組んだのか、の恨み辛みをひたすら綴ってるだけだから」
「そ、そう」
「文章からして同じソーサラークラスか、違うクラスでも魔術師科っぽいけど」
「陰湿さからしてソーサラークラスじゃないかしら」
「どういう意味よ……」
とわたしがローザの方へ向き直った時、聞き慣れた声が後ろから掛かる。
「学園のアイドルにちょっかい出しちゃあしょーがないねー」
「フロロ……」
わたしが振り向くと、そこには頭の上で手を組んだフロロがいた。
「あんたなんでまたこんな所にいんのよ。シーフクラスは校舎まで別じゃない。っていうか『ちょっかい』って何よ」
「しっかもリジアは一緒に登下校までしてるみたいじゃんー。ズルいーズルいー」
わたしの言葉を無視して囃し立てるフロロ。そうなのだ。毎日待ち合わせして、というわけではないが、なんせこれまでもバスが一緒だったりしたもんだからもうこれからは自然と一緒に通うことになる。どっちかが朝早い、帰り遅い、なんて日はバラバラだが今更シカトする方がおかしいじゃないか。
「ちょっと!変な言い方すんな!」
わたしは顔と耳が熱くなるのを感じながら叫んだ。フロロを捕まえようと手を振り回すわたしと、それを苦労無く避けていくフロロを見ながらローザが深い溜息をつく。
「でもねえ……なんでリジアだけなわけ?あたしには何も無いのが納得いかないわぁ」
見当違いなローザの台詞に一瞬呆れそうになるが、確かにイルヴァからもそんな話しは聞かない。やっても効果無さそう、とは思うけど。
わたしのみに恨みを持っている、とすると「犯人は女であり『一緒にパーティ組みたかったよ』というよりは色恋の恨みである」と考えるのが自然だと思う。何しろ純粋にパーティメンバーとして希望していた層とは、出発前に和解……とは言えないが、納得はしてもらえていたと思うのだ。
イルヴァには何も無い、というのが「魔術師科の生徒では?」と思わせる。すなわちわたしと同じような立場の子だったのではないか、と。
そう思うとなんだか複雑な気持ちになってきてしまう。何しろわたし自身がちょっと前まで、ヘクターに憧れてるけど影からこっそり見るだけの半ストーカー女だったわけだ。
学園の構成自体、魔術師クラスは女子が多め、前衛クラスは男子多めになっている。これは肉体の性質上から自然とそうなってしまうのだが、両者が関わりを持つ機会が今回のような混合パーティを組む時ぐらいしか無いわけだから、わたしのような立場の子はいっぱいいただろう。
はっきり言ってわたしがヘクターとお近づきになれたのは運が良かったとしか言いようがないと思うので、違う子がヘクターと組んでいたらわたしがハンカチ噛みつつ、日夜呪いの手紙をしたためていたのかもしれないのだ。
「で?あんたは何しに来たの?」
ローザの声にわたしは我に返る。
「アルからの伝言ー。今日の放課後、一階カフェテリアに集合だってよ」
フロロはアルフレートのことを『アル』と呼ぶ。理由は「長いから」というエルフにとってはとても引っかかるであろう理由からだそうだ。
「レポート写させろ、とかじゃないわよね」
ローザの台詞にフロロは首を傾げる。締め切りにはまだちょっとあるが、もう提出しているグループも多い。わたし達はというと乗り気のしないことにはとことん食いつきの悪いエルフのお陰でまだ未提出だった。
「知らないけど『面白いことがわかった』だってさ」
フロロの言葉にわたしとローザは顔を見合わせた。