依頼完了
翌朝のよく晴れ渡る空の下、バレット邸前で別れの挨拶をする。バレットさんを先頭に猫達が門の前にずらっと並ぶ。ぱっと見てお初の顔もあり、全部で十数名。こんなにいたのか、と少しびっくりしてしまった。
「それじゃ、気をつけてな」
寂しそうにぽつりと呟くバレットさんとヘクターが握手をする。
「顔を忘れられないよう、また直ぐに来ます」
ヘクターの言葉にたちまちバレットさんは笑顔になった。きっと普段の生活は退屈なのだろう。もう少し家の外に出ればいいのに。
「洒落た言い回しするねえ、流石リーダー」
と茶々入れるアルフレートに、
「アンタと違って下品じゃないしな」
とフロロが返す。別れの場でも妖精二人は変わりない。
「絶対またくるにゃー」
白猫タンタとわたしはがっちり抱き合った。見た目通りふわふわした毛が頬に当たり、気持ち良い。隣りで黒猫を抱いたイルヴァが「連れて帰りたいですねー」と漏らす。わたしが見ると、
「分かってますよう」
と頬を膨らませた。
バレットさんにサインを入れて貰った依頼完了の証明書を受け取り、わたし達は馬車へと乗り込む。山の麓までだが、行商の人に乗せていって貰えることになったのだ。もちろん護衛も兼ねてである。「上で胡坐かいてもいいぜ」と言われた荷物の上に座り込み、息ついた。
「忘れ物無いかい?」
馬の手綱を握る商人のおじさんがわたし達に尋ねる。大丈夫、と言おうとした時、馬車の扉をノックする姿に気がついた。表からタンタが何かを窓の方へと持ち上げる。
「お土産にゃー」
小さな手に乗ったそれはバスケットだ。可愛らしい小花柄のクロスを開けると焼き菓子があった。
「あなたが作ったの?」
わたしが尋ねるとタンタは恥ずかしそうに身をよじらせる。
「タンタの趣味だにゃ」
「ありがとう、ぬいぐるみも大切にするね」
わたしはお礼を言うとタンタの頭を撫でた。イルヴァじゃないけどこんな姿を見ると連れて帰りたくなる。
「でも家、犬いるしな」
「あんたって時々ずれてるわね」
呟くわたしをローザが微妙な顔で見ていた。
姿が見えなくなるまで手を振り続け、最後まで見えていた猫の耳が視界から消える。急に寂しくなってきてしまった。村で一番大きな通りを過ぎれば出口はすぐそこ。窓の外の景色を眺める中、ふと目に入った女の子の姿にわたしは立ち上がる。
「あ!ち、ちょっと待って!ほんの少しだけ馬車止めてください!」
「忘れ物?」と振り返るおじさんにわたしは首を振り、窓から身を乗り出す。
「えっと、おはようございます!」
わたしの挨拶に窓の外で箒を掛けていた人物が驚いた様子でこちらを見た。
「あら!おはよう、今度こそ帰っちゃうみたいね」
何度か足を運んだ大衆食堂のウェイトレスは馬車に乗るわたし達にそう言った。
「うん、もう帰るの。……あのさ、バレットさんの事なんだけど、良い人だから!こんな事言っても意味分からないだろうけど、噂は違うから!詳しくは言えないんだけど、仲良くしてあげてくれない?」
わたしのしどろもどろの説明に目をぱちぱちさせていたが、ウェイトレスの女の子は可笑しそうに笑った。
「うん、分かったわ!今度飲みにくるよう誘ってみる。その分だと冒険も上手くいったのね?おめでとう」
その言葉にほっとして、わたしも笑顔を返す。馬車の中に体を戻すと、仲間のにやにやした顔があった。
「立派な冒険者らしいじゃんよ」
フロロの茶化しにわたしはふんぞり返った。
「でしょう?皆の平和と友好の為に動くのが冒険者ですから」
「顔赤いけどな」
アルフレートの突っ込みには「うるさいわね」と返す。
ごとりごとりと馬車の振動が大きくなった。山道に入ったのだ。
「改めて考えも不思議な人達だったわね」
小さくなっていく村を眺め、ローザがぽつりと呟いた。
「変な人達だったね」
わたしもそう返す。横でヘクターも頷いている。
「世の中には我々など追いつきもしない変人がいるもんだ。勉強になったじゃないか」
アルフレートの締めは微妙に納得いかないものだったが、とりあえず全員が頷いた。
イルヴァの肩に止まるイグアナの『フローラ』に目が行く。バレットさん、タンタを始めとした猫達を思い出して胸が熱くなる。初めての冒険が終ったんだ。へんてこりんで不思議なバレットさんと猫達だったが、お別れになるとどうしてこんなに寂しいんだろう。隣りから声がかかる。
「また、すぐ来れるよ」
ヘクターの声に頷く。彼とこんな風に話せるようになった事も、わたしにとっては神様からの贈り物のようなものだ。案の定、戦いの場面では良い所は一つもなかったわたしだが、言いようの無い満足感に満たされていた。
馬車を乗り継ぎ乗り継ぎで町に帰ってきたわたし達は、真っ先に学園に戻る。全員の意見が一致して「まずは教官達の所へ」となったのだ。
『やってやったぜ、ざまーみろ』という気分で学園内を歩く。しかしまだ冒険中の生徒が多いのか、同期生の姿が無い。少し不服だが一泡吹かせる相手は教官達が本命だ。
「帰りました!やりました!報告に上がりましたー!」
わたしはそう叫びながら、どーんと扉を開け放つ。教官室に乗り込んだわたし達を見て、しんとなる大人達に「あれ?」と思ったのだが、
「ほ、本当か!」
手を前に突き出しながら駆け寄る学年主任のメザリオ教官に身を引く。
「ほ、本当ですよ。ばっちり依頼人からのサインも貰ってきてます」
ローザが書類を取り出し、教官の前に突きつけた。暫く無言でそれを凝視していたメザリオ教官は、次第に目を真っ赤にし、
「よくやった」
と全員の手を握って回る。あ、なんかわたしもちょっと泣きそうかもしれない。
ふと隣りに現れた影にびくりとし、涙が引っ込む。コルネリウス教官だ。この状況で怒られるとは思わないが、この教官を前にすると自然と緊張が走るのだからしょうがない。
コルネリウス教官も無言でメザリオ教官の手に渡った書類を眺めてみたが、
「立派になって」
と泣き始める。ハンカチを眼鏡の奥に押し付けながらわたしの頭を撫で回した。他の教官からも「かわいい子には旅させろって本当ですねぇ」などの言葉と共に拍手を貰う。あまりの反応に複雑な気持ちになってきた。
「ちょっとあんまりじゃない?」
そう言うローザとイルヴァが顔を合わせる後ろ、扉が再び開く。
「終わりましたー!」
そう言いながら満面の笑みで入ってくる集団。同期生の別のパーティだ。その中の一人と目が合い、お互いに「あ」と声が出る。
「お帰り、上手くいったの?」
黄緑頭を黒いローブですっぽり覆ったディーナに尋ねる。すると彼女は口を尖らせた。
「あああ当たり前じゃない。リジアみたいな子が上手くいくんだから、私だってこのくらいなんて事無いわよ」
そう言ってふん、と鼻を鳴らすディーナだったが、仲間の集団が教官達を囲んでいる姿を見ると小声で話し出す。
「……実はジリヤがスカウトされて、そのパーティの友達グループを紹介して貰えたの」
その話にわたしはジリヤのオレンジ頭を思い出す。へえ、スカウトなんて凄いな。
「結局自分じゃ動いてないんだけど、それでも良いってコルネリウス教官が珍しく褒めてくれたんだ」
ぽつりぽつりと話す彼女に胸がじんわりとする。すると、
「ディーナ、ご飯食べに行こう!」
部屋を出ようとするディーナのパーティメンバーが手を振っている。随分背の高い女戦士だ。
「良い人そうね。かっこいいし」
ストレートのロングヘアが揺れる女戦士は顔は人懐っこく、女のわたしから見ても素敵だった。
「で、でしょう?」
ディーナは少し頬を赤らめながら、自慢げに胸を張った。
そのまま部屋を出て行くディーナパーティを見送っていると、
「な、なんだそれは、話が全然違うじゃないか」
メザリオ教官の声にはっとする。その教官の前にいるヘクターの様子から、今回の旅のあらましを話したらしかった。そのヘクターの頭をローザが押しのける。彼の首がぐきり、と鳴り、わたしは駆け寄った。文句を言おうとするも、オカマの矢継ぎ早な愚痴にかき消される。
「そうよお!大変だったのよ。結局頼まれた物は本当に研究に使うらしかったから良かったけど、変なダンジョンに付き合わされた挙句に『こういう趣味だから』なんて言われちゃうんだもの。怒る気も無くなるわよね」
厳しい顔をするものの、困ったような空気を感じるメザリオ教官の横で、コルネリウス教官の顔が仮面のような無表情に変わっていく。フロロが「こ、こええよ」と呟いた。
そのままコルネリウス教官は机に向かうと「あの糞ジジイ、この国でもまだこんな事やってるのか」とぶつくさ言いながら、何かを書き始めた。小花模様の薄く入った綺麗な便箋を見るにどうやら手紙らしい。
「……え、何、知り合い?」
そう尋ねるメザリオ教官にコルネリウス教官は舌打ちする。
「私の前の赴任先で問題視された依頼人です。同じように簡単な依頼内容で生徒を呼びつけて、自前のダンジョンとかいう物を用意して生徒の反応を見る、という事を毎回やっていたんです。危険性は無くても依頼と実際の内容を毎回故意に変更するので、前の学園では『お断り』していた人物なんですよ」
コルネリウス教官の早口な説明にメザリオ教官は「あー……」と呟くのみだった。ガリガリと手紙をしたためる相手の迫力に押されたのだろう。
「前の赴任先に確認を取ります。あと、明日私もバレット邸に確認に参ります」
きびきびと動くコルネリウス教官の言葉を聞くに、バレットさんはうちの学園も今回限りの付き合いになるに違いない。
「……行こうか」
急に張り詰めた空気になる教官室を前に、ヘクターがそっと提案した。




